2016年6月12日日曜日

二ツ星の料理人

(Burnt)

 ミシュランはフランスのタイヤメーカーですが、もはや旅行ガイド本の発行元というか、ホテル・レストランの料理の格付の方で有名ですね。一九〇〇年のパリ万博の頃から発行されていたガイドブックには非常に権威があるとされ、ミシュラン・ガイドが改訂されると、どのレストランが星を獲ったの失ったのと話題になったりするそうな。
 二〇〇七年以降は日本版のミシュランガイドも発行されるようになりましたが、活用したことはありません(そこまでグルメではないし)。

 料理の格付は星の数で三段階に表示されます。即ち──

 一ツ星 : その分野で特に美味しい料理。
 二ツ星 : 極めて美味であり遠回りをしてでも訪れる価値がある料理。
 三ツ星 : それを味わうために旅行する価値がある卓越した料理。

 でも個人的に知っている三ツ星レストランは、銀座の「すきやばし次郎」だけです。知っていると云っても、食べたことがあるワケでは無いです(汗)。
 「すきやばし二郎」は、ドキュメンタリー映画──『二郎は鮨の夢を見る』(2011年)──にもなりましたし、二〇一四年に日米首脳が会食したことでも有名ですからね(あの時の当ブログのアクセス数の跳ね上がり具合は凄かった)。
 ちなみに鮨職人の小野二郎さんはミシュラン史上最高齢の三ツ星シェフだそうな。

 このガイドブックで評価されるか否かが、料理人やレストランの死活問題にもなるそうで、本当にそうなのかどうかはさておき、これをネタにした映画も多いですね。
 近年でもジャン・レノ主演の『シェフ!/三ツ星レストランの舞台裏へようこそ』(2012年)や、ヘレン・ミレン主演の『マダム・マロリーと魔法のスパイス』(2014年)なんて作品があります。
 題名は似ていますが、ジョン・ファヴロー監督・主演の『シェフ/三ツ星フードトラック始めました』(2014年)はちょっと違うか(あれはB級グルメのストーリーですし)。

 本作もまた「料理人とレストランとミシュランの星」についてのストーリーです。
 一流の腕を持ちながらもトラブルを起こし、一度は業界から去った料理人が、再起を決意して再びミシュランの星の獲得に挑む。
 当然のことながら、劇中ではいかにも美味しそうな創作料理の数々が披露され、料理の見た目の美しさがアピールされています。この手の映画ではお約束とも云えます。
 したがって本作もまた「飯テロ映画である」と申せましょう。空腹時の鑑賞は控えた方がよろしいかも知れません。

 「飯テロ(めしてろ)」とは「食欲をそそる料理や食べ物の画像(又は映像)により、見る者を空腹感で悶えさせるテロ行為のこと」だそうで、「善良な市民に対する残忍で卑劣極まりない行為」なのだそうな。特に深夜のTV放送で飯テロに遭遇した際のダメージは大きい。
 私の記憶している最初の飯テロ映画は、伊丹十三監督の『タンポポ』(1985年)でした。観終わった後、無性にラーメンやオムライスが食べたくなって困りました。

 そこへ行きますと本作の場合は、飯テロの残忍さがむしろ低い方でありましょう。
 何しろ、舞台となるのはホテルの高級レストランですし、スクリーンに映る料理の数々も、実に美しいのですが、何の料理だか判らないのが多いです。そもそも一般庶民が口に出来るような料理とも思えないので、「美しい」とは思えども「食べてみたい」とはなかなか……。
 私にとっては、『シェフ/三ツ星フードトラック始めました』に登場するキューバサンドイッチの方が飯テロ度が高いデス。他にも『体脂肪計タニタの社員食堂』(2013年)とか、食べようと思えば食べられる料理を見せられる方がツラい。
 『二郎は鮨の夢を見る』で映る「芸術的な鮨」もまた「私の知っているスシ」とはナンカ違うし。

 どちらかと云うと本作の場合は、料理される前の食材の数々の方が美しく、また美味しそうに思われました。調理の過程を一々追いかけたりしないので、どう調理すればそのようになるのかサッパリ判りませんけれど。
 また、レストランの客に対して出される料理とは別に、厨房のスタッフが自分達でまかない料理を作って食べる場面もありまして、メニューに記載された料理よりも、まかない料理の方が美味しそうに見えました。
 やはり、かしこまってテーブルについて食べる料理より、皆でわいわい云いながら食べる料理の方がいい。

 本作の監督はジョン・ウェルズです。『カンパニー・メン』(2010年)や、『8月の家族たち』(2013年)といった作品で存じております。味わい深いヒューマン・ドラマが多いデスね。
 一方、脚本はスティーヴン・ナイト。最近だと『完全なるチェックメイト』(2015年)の脚本を書いておられるが、その前が『マダム・マロリーと魔法のスパイス』でしたか。『マダム・マロリー~』と本作を観ると、ミシュランの星についての扱い方が似ております。
 即ち、星は一つあるだけでも凄いことなのであって、それを増やすのは至難なのだという描かれ方です。ヘレン・ミレン演じるマダム・マロリーのレストランも「一ツ星」であるだけですが、それでも地元の誇りであると描かれておりました。

 本作でも、劇中で登場人物の一人が「ミシュランの星」について解説する場面があります。
 一ツ星でも凄いのだ。ルーク・スカイウォーカー級のヒーローなのである。
 だから二ツ星はもっと凄い。オビ=ワン級である。正確にはアレック・ギネスだと云われております(ユアン・マクレガーではないらしい)。
 三ツ星ともなると……「それはもう、ヨーダだ」そうです(人類じゃないのか)。確かに、小野二郎さんはヨーダかも知れん。
 本作の主人公は、かつてパリの二ツ星レストランの料理人であったと云う設定なので、オビ=ワン・ケノービに当たるのですが、厨房では鬼と化すので、ダースベイダーじゃないのかとも云われておりました。

 その二ツ星の料理人を演じているのが、ブラッドリー・クーパーです。『世界にひとつのプレイブック』(2012年)、『アメリカン・ハッスル』(2013年)、『アメリカン・スナイパー』(2014年)と、三年連続でアカデミー賞の主演男優賞にノミネートされているイケメンです。
 さすがに本作で四年連続ノミネートには至りませんでしたか。残念。
 個人的には『アメリカン・スナイパー』より本作の方が印象的なんですけど……。

 本作でブラッドリー・クーパー演じる二ツ星シェフは実に傲慢な野郎です。確かに腕は良い。一流でしょう。自他共に認めているのもいいが、気性が激しすぎる。すぐにキレる。
 こんな人と同じ職場にいると、きっとストレスが溜まります。
 自分に厳しいのはよろしいが、等しく他人にも厳しいのでつき合うのは難しいでしょう。
 劇中では、料理の出来具合が少しでも気に入らないと、無言でゴミ箱に廃棄する様子がたびたび映ります。勿体ない。
 何がどう悪かったのかの説明も無いので、スタッフとしてはやるせない。苦労した成果があっさり廃棄されるのは辛かろう。あまり人材育成に向いているとは云えない人です。

 冒頭から、過去にトラブルを起こし、パリからルイジアナに逃げてきた旨が本人のモノローグで語られております。何をやらかしたのかは詳細には語られませんが、「全てをブチ壊してしまった」と云っておりますので、相当に酷いことなのでしょう。
 これについては劇中でストーリーが進行していくと、おいおい察しが付いてきます。どうやら有名レストランの料理人であることのプレッシャーに負けて酒とドラッグに手を出してしまい、二ツ星のレストランを一軒、潰してしまったらしい。

 そして贖罪の為に、自らに「一〇〇万個の牡蠣の殻剥き」を科したのだった。どんな罰だ。
 日々、単調な牡蠣の殻剥きを続け、その個数を書きとめ、三年が経過したとき、遂に目標の一〇〇万個に達して、自分に再起することを許す。
 修行僧のような業を続けるのはいいのですが、自分ルールが全てであるらしく、雇ってもらっていた牡蠣料理のレストランに事情も話さず、断りもなく、ある日突然、職場を放棄して出て行ってしまうのが勝手すぎます。

 そしてロンドンに趣き、友人のホテルマン(ダニエル・ブリュール)を訪ねるわけですが、万事が自分勝手で傲慢な奴なのであまり好きにはなれませんです。そりゃ、腕は良いのでしょう。
 「お前のレストランには俺が必要だろう」と云われて、断れる人は少ない。
 しかし、如何に「一〇〇万個の牡蠣の殻剥き」を終えたからと云って、自分のしでかしたことが帳消しになるわけではないし、他人から見たら、そんな自分ルールの刑罰に何か意味があるとも思えませんデス。
 それでも今までの友情に免じて雇ってあげるダニエル・ブリュールはいい人です。

 ダニエル・ブリュールは近年、どんどんメジャーになって参りましたですね。『ラッシュ/プライドと友情』(2013年)や、『黄金のアデーレ/名画の帰還』(2015年)などにも出演されておりますし、遂にアメコミ・ヒーロー映画にもデビューしましたものね(悪役でしたが)。
 『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(2016年)でのヘルムート・ジモ大佐役が渋かった。

 ダニエル・ブリュールは、父親のホテルを受け継いだはいいが、その経営──主にホテルのレストランの──に頭を悩ませており、ブラッドリー・クーパーの申し出を断れない。
 自信満々なブラッドリーは「今度は星を三つ獲る」と宣言しますが大丈夫なのか。
 ダニエルの心配を余所に、厨房スタッフを刷新し、その人選を進めていくブラッドリーです。「理想は『七人の侍』だ」、と云うのはよく判りますけどね。

 そして昔の仲間達にも声をかけ、集めていく人材が、シエナ・ミラー、オマール・シー、リッカルド・スカマルチョ、サム・キーリーといった面々。他にもエマ・トンプソンや、ユマ・サーマンも共演しています。
 料理の腕を見込んでスカウトするものもいれば、別のレストランから引き抜いてしまうものもいます。最高のスタッフを揃えたいというのは判りますが、強引です。
 しかも昔の仲間と云うと、パリの二ツ星レストラン時代の厨房仲間であるので、相当に怨まれています。自分の所為で失業させてしまったのだから無理もない。
 このあたりのブラッドリーの目算が甘いような気がするのですが、これも自信の表れなのか。「もう酒もドラッグも断った。大丈夫だ」とは云いますが、あまりにも自信がありすぎて、他人が自分をどう評価しているのかよく判っていなさそうなのが危うい。

 刷新されたレストランは話題になるものの、開店当初は問題山積でなかなか経営は軌道に乗らない。ドラマの中盤は立ちはだかる問題をクリアしていくブラッドリー・クーパーとダニエル・ブリュールの姿が描かれていきます。
 昔気質のブラッドリーも、真空調理器を認めざるを得ないと云うのが笑えます。
 並行して、昔のブラッドリーの所行が明かされ、まだ借金取りに追われていることなども判ってきます。かつての二ツ星レストランで、自分を仕込んでくれた師匠が既に亡くなってしまったことも、師匠の娘(アリシア・ヴィキャンデル)と恋人同士であったことも語られ、恋愛展開もあるのかと思われましたが、そこはあまり進展したりしません。あくまでも料理一筋です。

 そして軌道に乗り始めたレストランに、ある日、ミシュランの調査員らしき男達が現れる。
 劇中では、ミシュランの調査員について「常に二人組である」とか「一人ずつ時間差をおいて来店する」、「床にフォークを置いて店員の反応を見る」等の見分け方が提示され、ダニエル・ブリュールが目を光らせております。
 匿名調査が基本であるとはいえ、そんなバレバレでいいのかミシュラン。

 そして気合いを入れたブラッドリー・クーパー渾身の料理が供されるのですが……。
 やはり客観的に自分がどれほど怨まれているか自覚していなかったようです。最大の難局に、最大の裏切りがやって来る。もう和解したと思っていた仲間から、手ひどい仕打ちを受けて、料理は台無し。もはや星の獲得は絶望的になる。
 ブラッドリーが甘かったと云えばそれまでですが、その瞬間が来るまで真意を隠して仲間の振りをしていた奴の復讐心も相当なものですね。
 自暴自棄になり、真空調理器で自殺を図ろうとするブラッドリー・クーパーの姿が哀れです。笑ってしまうほど惨めな姿を堂々と演じております。窒息して死ぬのは苦しいから止めてぇ。

 そして本当にどん底に落ち込んだ後に、光明が見えてくる。
 実はミシュランの調査員だと思っていた客は、その真似をしていただけだった(そりゃ、あれだけ特徴があるなら真似もされますわな)と判明します。
 しかし憑き物が落ちたかのように落ち着いたブラッドリー・クーパーには、もはやどうでもいいことになっていたと云うのがいいですね。
 自分が落ち込んでいたときも厨房を守り続けてくれたスタッフがおり、立ち直りを信じてくれた友人がおり、励ましてくれるライバルもいる。それに比べれば、ミシュランの星など些細なものだ。

 あれほど自信に満ちて傲慢な男だったブラッドリーが終盤では、仲間を信じ、スタッフと助け合う男に変貌を遂げるのが感動的です。
 その後、再び日常に復帰したブラッドリーのレストランに、またしてもミシュランの調査員らしい客がやって来ます。慌てるダニエル・ブリュールを前に、「やることをやるだけだ」と平常心を失わないブラッドリーの姿が素晴らしいです。以前とは別人です。
 果たして調査員は本物だったのか、レストランは星を獲得できたのか、なんてことは語られないまま終わります。人生の再起には星より大切なものがあると云う、やや定番ですが安定したエンディングでした。
 でも、ブラッドリー・クーパーが厨房スタッフ達と和やかに食べるラストシーンのまかない料理は本当に美味そうでした(やはり飯テロだッ)。




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