2013年7月21日日曜日

二郎は鮨の夢を見る

(Jiro Dreams of Sushi)

 銀座〈すきやばし次郎〉の店主、寿司職人の小野二郎さん(85歳)──店名は「次郎」なのに、御本人は「二郎」なのか──に密着取材したドキュメンタリ映画です。寿司職人のドキュメンタリなのだから邦画かと思いきや、歴とした洋画でした。
 監督は米国人であるデヴィッド・ゲルブ。製作と撮影も監督御本人。
 しかし邦画と見紛う内容ですね。本作中のインタビューや解説はすべて日本語ですし、英語のナレーションなんかは一切ありません。かろうじて画面に寿司がアップになると英語の字幕が付くくらい(トロには “TORO” と名前が表示される)。

 以前、『ピアノマニア』(2009年)と云う、ピアノの調律師に密着取材したドキュメンタリ映画を観ましたが、本作もまたあれに負けず劣らず特殊な世界が描かれており、超人的な職人技を堪能できる実に興味深い内容のドキュメンタリでした。
 食べ物を題材にした映画を観ると、鑑賞後に無性にそれを食べたくなるものですが──伊丹十三監督の『タンポポ』(1985年)を観ると、ラーメンやチャーハンが食べたくなったように──、本作を観ると寿司が食べたくなります。でも、この寿司は……美味そうですが、高価いッ。

 小野二郎さんは五年連続でミシュランガイドに三つ星を付けられた寿司屋の御主人だそうで、〈すきやばし次郎〉はその筋では超有名なお店なのだとか。へー。
 NHKのドキュメンタリ番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』でも「修行は、一生終わらない 鮨(すし)職人 小野二郎の仕事」として取り上げられていたそうで、本作と併せて鑑賞すると、より深く理解できるようデス(見損ねたぁ)。
 大体、私の知っている寿司屋と云えば、回転する寿司屋ばかりなので、そんな「回転しない寿司屋」なんて行ったことないですヨ。この世の何処かにはあると云う伝説の存在デス(そういうネタのコミックスがありましたねえ)。

 その伝説の寿司屋は銀座にあります。画面を観る限りでは、東京メトロ銀座線の入口から下った先にある地下街に直結した、某オフィスビル地下の隅っこの方にあるらしい(まぁ、「すきやばし」と云うくらいだから、数寄屋橋にあるのは当然ですね)。
 それにしても、およそ三つ星レストランとは思えぬような場所にあります。
 店内もカウンター席が僅か一〇席。クレジット払いは不可。トイレも店の外にある。そんな三つ星レストランは世界でもここだけでしょう。

 冒頭から店舗入口の鍵を開けて入る職人の手が映ります。手袋を付けているのが奇異ですが、寿司職人として指先を保護しなければならないと云う事情が後になって判ります。どうやら小野二郎さんは、日常的には手袋をしているようです。これだけでも只者では無い。
 本作には、「美味しい」とはどういうことかを日々追求する職人の姿が描かれておりますが、もうその姿は求道者のようです。寿司道か。
 厳しい表情で握る姿を見れば、あながち間違った印象ではないでしょう。

 まずは子供時代から、太平洋戦争への出征を経て、戦後に店を構えるまでの履歴がざっと紹介され、長くひとつの仕事を続けられたことについて、御本人が「自分の仕事に惚れることだね」と答えております。それが成功に繋がる。ひいては「立派な人になる」道であるそうな。
 作中には、料理評論家である山本益博氏へのインタビューも挿入され、客観的な証言も添えられます。
 曰く、自分が百軒食べ歩いた中で、この店がダントツである。シンプルだが奥行きのある深い味わいなのだ。
 映画なので「味」までは判りませぬが、見るからに「美しい寿司」であるのが見事です。スクリーンに映る寿司は、どれもこれも神々しく輝いて見えます。もはや芸術です。

 有名店なので、予約は一ヶ月前から。酒もつまみもなし。お一人様三万円から。
 どんなに安くても、最低で三万円か。追加注文でもしようものなら、もっとか。なんと怖ろしい。
 しかも食べる環境が厳しい。
 狭い店舗でカウンターに着いて注文します。酒やつまみの類はありませんから、目の前に出されるのは握った寿司があるのみ。
 職人が真剣勝負で握るのであるから、食べる側もまた真剣に味わわねばなりません。口に入れるところもカウンターの向こうから見つめられているというのは、なかなかに居心地が悪い。緊張するなあ。

 一個食べると、また次が握られて供せられる。
 したがって、一人前を食べるだけならあっという間。黙々と食べれば、一五分もあれば食べきってしまう。それでも三万円は三万円。
 一ヶ月前に入れた予約が、そんな短時間で終わってしまうのかと思うと、伊達や酔狂で行くのも憚られますが、文句を云う客はいない。皆、納得した顔で店を出て行くのだ云う。

 二郎さんの握る寿司もシンプルですが、本作の作りもまたシンプルです。
 本作には余計なナレーションが一切入っておりません。質問するインタビュアーもいない。取材される側が答えているところだけが映されているわけですが、それでも「何を尋ねられたのか」、「何について語っているのか」が判るように構成されているのが見事です。
 マイケル・ムーア監督のアポなし突撃取材ドキュメンタリ映画とは対照的です。あちらは監督自身がカメラの前に出てきて、ベラベラと喋り続けてくれますね。まぁ、それはそれで面白いのですけど。

 本作に登場する寿司職人、評論家はすべて日本人なので、語る言葉も全部日本語です。本作を日本人が観る分には、何の差し支えもございません。
 多分、海外で上映する場合には、英語字幕とかが付けられるのでしょうか。観ているうちに洋画であることを忘れておりました。
 エンドクレジットだけ横文字で表示されるので、そこで洋画だったと思い出したくらいで。

 作中では他にも二郎さんの周辺の人達が現れ、「小野二郎とはどんな人か」を語っていきます。主に弟子達の証言ですが、一番は長男である小野禎一(よしかず)さん。
 店主である二郎さんが八〇歳越えなので、長男もいい歳したオヤジであります。普通ならとっくの昔に自分の店を持っている年齢ですが、今でも父の下で握り続けている。
 実は二郎さんには次男もいて、小野隆士(たかし)さんは既に六本木に暖簾分けしてもらって出店しております。長男には「自分の店を譲る」つもりであるらしいですが、いまだに現役なので、ナンバーツーに甘んじている。

 ここに「偉大すぎる父親を持ってしまった息子たちの悲哀」も感じられます。
 並みの寿司職人程度では、まったく評価してもらえない。「父親と同じレベル」に達しても、まだ評価されない。「父を超えて初めて評価される」と云うのは辛いです。どんなに頑張っても、父親を越えられない場合にはどうすればいいのか。
 二郎さんは自分に厳しい人なので、息子たちも自分に厳しくならざるを得ない。
 「二代目は倍のことをやらないと、同じとは見てもらえない」と語る長男ですが、もう既に並みの寿司職人のレベルを遥かに越えているように思われます。

 作中では息子たちによる紹介が続きます。曰く、「自分に厳しい人だ」、「これほどの人は見たことがない」、「毎日毎日、同じ事を続けて飽きることがない」
 たまに正月などで店を開けない日が続くと、そっちの方が落ち着かず苦痛であるようです。
 そして職人とは、毎日同じ事を同じように出来る人を指すのだと語られます。まるでコンディションの維持に努めるアスリートのようです(同じ人種なのか)。
 日々、同じレベルを維持し続けているので、ミシュランの審査員も、評価を落とすことが出来ない。いつ来ても、何度食べても、素晴らしい。

 作中では、二郎さんの人生訓も語られます。
 次男を独立させるときに、「失敗しても帰ってくるな」と云った。何故なら、九歳の時に自分が「もう帰る場所はないぞ」と云われたから。
 世間には「嫌になったら帰ってこい」などと云って子供を送り出すバカな親がいる。そんなバカな親の子供はロクな大人にはならないね。
 キッパリと二郎さんはそう断言します。実に厳しい人です。

 その一方で、時代の流れもまた感じさせてくれます。
 実は二郎さんは、今の若い人の方が大変なのでは、と云う感想も漏らしています。これには最近の漁業事情も絡んでいるらしい。ネタの味が昔と違うのではないかと云う指摘はちょっと怖いです。
 良いネタを仕入れて、良い仕事をするのが職人である。しかし良いネタの入手は昔に比べて難しくなってきている。
 後半になると、ネタを仕入れに市場へ出かけていく様子も描かれます。マグロを競りにかける光景は一種独特で、実に興味深い。そして仲売人も日々、精進し続けている。
 二郎さんは「自分は寿司のプロだが、ここには魚のプロがいる」と信頼しています。マグロの達人や、アナゴの神様がいる。
 一流は一流を識ると云うことでしょうが、これほどの職人から信頼される緊張も並大抵ではありますまい。

 ネタの次には、シャリについても紹介されます。二郎さんに米を卸している精米店の御主人は、「うちの米を炊けるのは二郎さんだけだね」などと云います。
 以前、〈すきやばし次郎〉と同じ食材を買い付けようとした某有名ホテルがあったそうですが、この御主人は断ったとか。
 「うちの米を使いこなせない人には売りたくない」
 いやはや。二郎さんだけかと思いきや、あっちにもこっちにも「その道のプロ」が出てきます。皆、職人か。
 現代の日本にこんな人達がいるのか。なんか別世界のようです。
 一流の店は一流の人達に支えられていると云うわけですね。

 更に、厳しい修行を積んでいる孫弟子たちの姿も描かれ、店全体がひとつのオーケストラのようだとも語られます。各自が自分の持ち場で全力を尽くし、コンサートマスターが満足できるように努めている。
 おかげで「このシャリとネタの一体感は音楽のようだ」とまで評されています。どんな寿司なのか想像できません。
 「二郎さんの寿司を食べると云うことは、二郎さんの哲学を食べると云うことだ」
 そこまで云いますか。だんだん三万円払っても一度くらいは食べたくなってきました。死ぬ前には一度くらい……。

 最後に、いつまで仕事を続けられるのかと問われて「七〇年以上やり続けてきたが、動けなくなったり、見苦しくなったときには辞める」と云い切ります。
 しかし、そのあとはどうなるのか。名人の技は途絶えてしまうのか……。
 ラストでひとつ種明かしがあります。かつてミシュランの審査員が三つ星を付けたとき、その寿司を握っていたのは、実は長男だったのだ。
 次世代の〈すきやばし次郎〉も安泰のようです。ちょっと安心ですね。




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