2013年9月3日火曜日

ガッチャマン

(GATCHAMAN)

 往年のタツノコ・アニメ、『科学忍者隊ガッチャマン』の実写映像化と云うと、かつてNTT東日本が各キャラクターにSMAPを配役したCMを製作したことがあり、それが実にサマになっておりました。五人全員が男でしたが、それがまたカッコ良かった(G3は稲垣吾郎でしたねえ)。
 今般の実写映画化作品を観ると、どうしても当時の「あのCM」のことを思い出してしまいます。あれをそのまま劇場版化してくれれば良かったのになぁ、と思わず怨み節が漏れてしまいます。うーむ。特撮技術は格段に進化しているのがよく判るのですが……。

 本作は、映画はまず脚本であると云うことを痛感する、大変残念な仕上がりであります。もう今年(2013年)一番の残念映画かも知れません。個人的には『アフターアース』とか『バレット』とか、色々残念なものもあると思うのデスが、本作は今のところダントツブッチギリ。

 同時上映に『おはよう忍者隊ガッチャマン』を持ってくるのもスゴイ。如何に本作が日本テレビ放送網開局六〇周年記念作であるとしても──同時に、日活一〇〇周年記念とか、タツノコプロ五〇周年記念とか、色々と節目の作品であるのは目出度いことでしょうが──、そりゃヤリスギでしょう。いや、日テレの朝番組は見ないのですが、たまにチャンネルが合ってしまって、ここだけ見てしまうことが何度かあって存じておりました(FLASHアニメでも侮れん)。
 でもこれが併映されることを知らずに劇場に足を運んだので、スクリーンの前で目がテンになりました。

 しかも、大変申し上げにくいことですが、この前座の『おはよう忍者隊ガッチャマン』の方が笑えるし、面白いし、科学忍者隊に、南部博士に、ベルクカッツェに、アンダーソン長官まで登場してくれる劇場版仕様になっていて豪華です。ゲストに松坂桃李も登場します。
 スーパー・タートルキングの勇姿も是非、観たかったッ。
 どうせなら『秘密結社鷹の爪』とか『紙兎ロペ』のように、『おはよう忍者隊ガッチャマン』の方が長編アニメ化されれば良かったのに。
 つまりそれくらい、実写映画化本編の方は……もう、どこから突っ込めばいいのか判らないくらい破綻しております。これほどスゴイ代物は久々に観ました。

 どうにもタツノコプロの往年のアニメは絶大な人気を博しておりますが、実写化には向かないのではないかと思わざるを得ません。
 『新造人間キャシャーン』が、『CASSHERN』(2004年)になっちゃうし。
 『マッハGoGoGo』も、『スピード・レーサー』(2008年)になっちゃうし。
 かろうじて『ヤッターマン』(2009年)くらいなら……あれもちょっとビミョーではありますが。
 上記の作品らは、アニメとしてリメイクされたこともあり、そちらの方がまだマシだろうと思われるのですが。『科学忍者隊ガッチャマン』もリメイクしたアニメの方が……いや、『ガッチャマンクラウズ』のことではありませんデスよ。

 この先は『宇宙の騎士テッカマン』か、『破裏拳ポリマー』か、『ゴワッパー5 ゴーダム』か。いっそ『ポールのミラクル大作戦』くらいメルヘンなら、実写化してもまだ観られるのでは無いかとも思ってしまいます(あるいは『紅三四郎』とかね)。
 実写化の企画を立てているのが誰か存じませぬが、この路線は止めた方がいいのでは。
 いや、そもそも邦画では漫画やアニメを実写化してはイカンのではないか。法律を作って禁じた方がいいのではないかとさえ思いマス。でもタマに『るろうに剣心』(2012年)とか成功例もあるし……。

 さて、リメイクするに当たって設定をリニューアルすると云うのはよくあることですが、上手くリニューアルしないと、旧作の雰囲気をブチ壊しにしてしまいます。本作はその悪い例であると云っても差し支えないでしょう。
 あまりにもオリジナル設定を詰め込みすぎて、原形を留めないまでに旧作の設定を書き換えてしまっているように見受けられます。壮大な設定にして風呂敷を広げたくなるのも判りますが、アニメなら容易くても実写となると簡単には行かないでしょう。あまりにも映像的に矛盾する場面がありすぎます。

 CG特撮はそれなりの出来ではありますが、全編そればかりならともかく、一部でも実在の背景を映してしまうと、途端に設定と齟齬を来してしまうと云うのは如何なものか。
 「世界の半分が侵略された」と語る割に、日本のビル街(新宿)が変わりなさ過ぎ。いっそ、『スカイキャプテン/ワールド・オブ・トゥモロー』(2004年)とか、『エンジェル ウォーズ』(2011年)のように、背景は全部CGにしてしまえば辻褄もあったろうに(予算の問題は別にして)。

 また、敵の組織〈ギャラクター〉についてが変更著しい。
 「悪の秘密結社」が時代遅れなのは判りますが、「宇宙由来のウィルスに感染した人間」と云うのも如何なものか。せめて「宇宙人の侵略」にしておけば旧作の設定も残せたであろうに。
 感染してギャラクター化してしまった人がもはや人間では無いと云うのは『ワールド・ウォー Z』(2013年)のゾンビにも通じますが、感染者にも差異があるのがよく判りません。兵士クラスと、幹部クラス、更にはベルクカッツェ等のトップとの差が何故、生じるのか。
 多分、考えた人は色々と辻褄を合わせる為に理屈を用意したのだとは思いマス。しかしあまりにも脚本上で採用されなかった為に、一見しただけでは理解出来ないものになってしまいました。
 なんか星の位置がどうにかなるとギャラクター化したものはテレポート出来るそうですが、ウィルスに感染しただけで何故そんな。

 断言しますが、オリジナルの『科学忍者隊ガッチャマン』の中から何を残して何を変えるのかの取捨選択に失敗しております。ガッチャマン愛が足りないのかなぁ。
 個人的には『ガッチャマン』と云えば、「マントル計画」と云うクリーン・エネルギーに関する設定が基本にあって、これこそ現代にマッチするものだと思うのに、それを捨ててしまうのが納得いかんです。

 また、色恋沙汰を『ガッチャマン』に持ち込んで欲しくなかったですねえ(だから全員が男性であるSMAPガッチャマンの方が好き)。
 本作ではやたら「ジュンが健に対して積極的にアピールしまくり」であるのが不自然に思われました。人類の存亡を賭けて戦っているのに、色恋にコダワリすぎなのではないか。
 しかも邦画の悪い癖は、切羽詰まった状況で延々と人情話を繰り広げてクライマックスの緊迫感を削いでしまうところなのですが、本作でもその例に漏れません。
 健とジョーが、ベルクカツッエを交えて三角関係になるのは意表を突いておりましたが、これが長すぎます。

 観たかったのは「作戦失敗で怒る〈総裁エックス〉の前で、屁理屈こねまくって煙に巻くベルクカッツェの図」であったり、「必殺のバードミサイルを撃つ撃たないでモメる健とジョーの図」であったりしたのですが、本作ではそういった場面はありませんデス。
 〈総裁エックス〉は設定から削られてしまいましたし。バードミサイルも躊躇無く撃ちます。

 そもそも「科学忍者隊」と云う名称すら本編中では呼ばれること無く、「エージェント」と呼ばれております。一体、誰の「代理人」なのだ。ISOか。
 それを云うならISOは「国際科学技術庁」である筈なのに、アンダーソン長官達は簡単に「人類の命運を決する作戦」にゴーサインを出しております。いいのか、そんな。

 どうにも脚本全体に整合性が感じられないというのが一番、問題ですねえ。
 「エージェント」であるのは、半ば強制された運命であるように描かれ、適合者には戦うことが義務づけられていると云われながら、「郷里の母の容態が思わしくないから組織を抜けようと思う」などと簡単に口にする者もいたりします。どっちなんだよ。
 また本作は、ガッチャマンの初出動を描いていると思っていたら──ゴッドフェニックスもテスト飛行なしのイキナリ出動なのに──、後半になると「ガッチャマン不要論」が飛びだすのも不自然でした。一、二回出動しただけでお払い箱デスカ。
 宇宙由来のウィルスに対抗できる謎の結晶体〈石〉と云うのも、背景に色々ありそうで全スルーされてしまったので、これが何なのか判らず仕舞い。〈石〉の発光がウィルス感染を疎外すると云うのもよく判りません。ひょっとして雰囲気だけで何も考えていないのかしら。

 問題がない(少ない)のが、Gスーツ等のデザイン面だけと云うのが残念デス。
 ガッチャマンのリニューアルされたコスチュームや、各人が駆使するアイテム──バードランや、羽手裏剣や、クラッカー──等は再現度が高いのは評価できるところです。
 あ。でも「変身シーン」が無かったぞ。「バード・ゴーッ!」でGスーツを装着する場面が観たかったです。
 他にも〈ギャラクター〉の機動兵器──「鉄獣メカ」でしょ!──も、CGとは云いながらきちんと描かれております。キャタローラーとはまた嬉しいメカを。大抵は第一話に登場するタートルキングを持ってくるのに、いきなりキャタローラーか。

 と、思ったらクライマックスの移動要塞がタートルキングだったとは、これには気付きませんでした。これだけは変わりすぎですが。
 ひょっとしてアレが前座の『おはよう忍者隊ガッチャマン』で言及された「スーパー・タートルキング」だったのか(よく格納庫から出してこられたなぁ)。

 配役については、松坂桃李、綾野剛、剛力彩芽、濱田龍臣、鈴木亮平はそれなりに見えます。中でもジョー役の綾野剛と、竜役の鈴木亮平が似てます。鈴木亮平は『HK 変態仮面』(2013年)で見事な肉体美を披露してくれましたが、本作ではまたちょっとイメージを変えているのが巧いです。
 劇中での健とジョーの対立──守るべきは掟か、仲間の命か──が、ちょっと『スター・トレック イントゥ・ダークネス』(2013年)ぽいのですが、そこで浪花節に流れてしまうのが興醒めです。ガッチャマンはコバヤシマル・テストには合格できそうにない……。

 あとは岸谷五朗の南部博士役がクリソツでした(但し、見た目だけ)。
 設定が変更されたので、南部博士が「適合者の人権を無視して戦闘を強要する悪党」のように見えてしまったのが不満でした。これは岸谷五朗の責任ではありませんが。

 男か女かよく判らないベルクカッツェを、ウィルス感染者が代々交替していくと云う設定にしたのは面白かったです。これで中村獅童と初音映莉子の双方がベルクカッツェでも違和感なし。
 でも、あのプロレスの覆面のようなマスクは再考してもらいたかった……。
 この設定で行けば、倒されても倒されてもベルクカッツェは死なないことになるので、巧く使えば面白くなりそうではあります。

 えー。でも次のベルクカッツェは……彼ですか。そりゃちょっと無茶すぎるのでは。
 と云うか、続編前提のアレは如何なものか。長々とエンドクレジットを流した後に、オマケを付けるというのがサービスであるとしても、本作のオマケ・シーンは必要無いと思いマスねえ。
 続編製作はあり得ないと思うのですが。




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