2013年8月16日金曜日

ワールド・ウォー Z

(World War Z)

 マックス・ブルックスによる同名のベストセラー小説の映画化です。ある日突然、ゾンビが大量発生すると云うホラー的な破滅SFがベストセラーになると云うのも驚きデスが、これをブラッド・ピット(以下、ブラピ)が映画化するというのも、ちょっと眉唾モノではありました。
 原作者のマックス・ブルックスに馴染みはありませぬが、この人は映画監督メル・ブルックスの息子さんであるそうな(お母さんはアン・バンクロフトね)。
 親父さんはコメディ映画で名を馳せましたが──『メル・ブルックスの大脱走』(1983年)は大好きです──、息子はベストセラー小説家か。大したものです。

 破滅SFではありますが、原作の方では世界は危機を乗り越えております。と云うか、全体の体裁が「世界が崩壊しかけたゾンビ大戦から十数年後」に、国連の調査員が様々な人に当時の体験を語ってもらう形式になっています。つまり人類が助かったことが大前提にある。
 小説は全体が、第二次大戦後の体験者の回顧録を模した形式で、ドキュメンタリー・タッチの巧いやり方ではありますが、そのまま映画化するとほぼ全編、回想シーンになってしまうので、大胆に脚色されております。
 主人公を国連調査員本人に変えて、現在進行形の調査員視点で物語を語ろうという趣向。
 監督はマーク・フォースター。『007 慰めの報酬』(2008年)や、『マシンガン・プリーチャー』(2011年)といった社会派タッチのシリアスドラマが手堅い監督ですね。あの007も社会派映画にしてしまった方ですが、本作ではその作風も活かされております。

 主人公の調査員を演じているのがブラピです。しかしブラピ以外の俳優は軒並み馴染みのない人達です。スケールの大きな物語で登場人物も大勢ですが、それ故にあまり大物俳優を沢山起用できなかったのか。
 有名俳優も混じっていますが、そういう人達はそろって出番が短い。

 奥さん役のミレイユ・イーノスは、『L.A. ギャング ストーリー』(2013年)でジョシュ・ブローリンの奥さんを演じておられた方ですね(特捜班結成に一番知恵を出してくれた、あの人か)。
 他にも、ブラピ一家を救助する特殊部隊の兵士役が、マシュー・フォックスです。先日も『終戦のエンペラー』(2013年)で軍人役──主役のフェラーズ准将ね──でしたが、本作では出番が短いので誰だかよく判りません。
 同様に、ジェームズ・バッジ・デールが在韓米軍基地の軍人役で登場しますが、こちらもあまり目立てません。『ローン・レンジャー』(2013年)では、アーミー・ハマーのお兄さん役だったのですが。
 ゾンビ化ウィルスの出所について情報を語るCIAエージェント役が、デヴィット・モースですが、これも脇役もいいところ。ほとんどカメオ出演並みです。
 総じて、皆さん実力派ですが、あまり知名度の高くない人ばかりと云う感じです。通好みか。
 しかも出ずっぱりなのはブラピのみですし。

 さて、ある日突然、ゾンビが大量発生する問答無用の序盤展開が秀逸です。説明抜き。
 かろうじてオープニング・クレジット中に、不穏な鳥インフルエンザ関連のニュースがチラリと流され、WHOからパンデミック(爆発的感染)の怖れもあるとか何とか語られますが、それは遠い海外でのこと。ブラピの朝はごくフツーに、何の変哲も無く始まります。
 この市井の市民が突如としてゾンビ・パニックに巻き込まれるわけで、あまりの急転直下ぶりが凄まじいです。朝の交通渋滞に始まり、事故の様相を呈しはじめ、そして遠くで爆発。次いで向こうの方から悲鳴と怒号を伴って大勢の群衆が走ってくる。
 人間が人間を襲う阿鼻叫喚の巷と化すフィラデルフィアの街。

 本作に於けるゾンビは、いわゆる「走るゾンビ」です。
 開祖ロメロの描いた『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968年)のゾンビは、文字通りの「生ける屍」で、動きもノロノロユルユル。それだけに別の怖さがありましたが、八〇年代に入って特撮技術の進化と共に、映画のモンスター達は一斉にスピード時代に突入。ゾンビもその波に乗って、『バタリアン』(1985年)あたりから高速化が始まり、『28日後…』(2002年)、『ドーン・オブ・ザ・デッド』(2004年)で、遂に全力疾走ゾンビとなりました。
 これを邪道と捉えるか否かは観る人次第ですが、私はあまりにもアクティブすぎて「屍体ぽくない」と感じてしまいます。屍体じゃないとゾンビとは云えません。あまりにも元気だと、映像として「単なる暴徒」と区別が付かず、却って恐怖が半減すると思うのデスが。

 今では、伝統を重んじる古典的低速ゾンビ派と、行けるところまで行っちまえヒャッハーな高速ゾンビ派とで棲み分けが行われている様子です。
 『ロンドンゾンビ紀行』(2012年)なんてのは、古典への回帰ですね。
 本作のゾンビは、実は両方のいいとこ取りをしたハイブリッドなゾンビであるのが新しいです。
 即ち、獲物がいないと休眠状態となり古典的にユラユラと立ち尽くすのみですが──音に反応するというのも古典的な特徴です──、獲物を発見するや高速モードに移行し、我が身が損傷を受けてもひるまない(もう死んでますからね)。

 ビルから転落しようと突進を止めず、折り重なって山になろうと頓着しないという描写も凄まじいです。本作での高速化は、かなり行き着くところまで行ってしまった感があります。肉体の限界能力を最大限に発揮しております。
 これ以上の高速化、超人化は描写として、もはや「別の生き物」になってしまい、「ゾンビ」では無くなってしまうでしょう。だから『アイ・アム・レジェンド』(2007年)なんかは、ゾンビ映画とは云いません(云いたくない)。アレはゾンビとは云わんのじゃ(原作者のリチャード・マシスンもゾンビだなんて一言も書いてません)。

 ゾンビ映画に低速高速の違いはあれど、共通しているのは「ゾンビ化はある種のウィルスによる感染である」と云う描写ですね。本作でもこの設定は踏襲されていますが、感染後十数秒で発症し、見境無く人を襲いはじめるのが『28日後…』的なスピード展開です。
 但し、発生源や、感染経路等は不明になっており、この原因究明がブラピに託されるという流れです。
 実はブラピは、紛争地帯でのサバイバル能力に長けた腕利き調査員であったが、愛する家族の為に職を退いていたところを、ゾンビ・パニックの所為で現役復帰を強要される。

 そして手掛かりを求めて、まずは韓国の米軍基地へ。やはりウィルスの発生はアジアから始まるのか。
 調査行には本職のウィルス学者が同行し、ブラピの仕事はそれをサポートするだけの筈だったのに、その本職が調査開始後に真っ先に亡くなってしまうのがギャグのようでした。
 まあね、ブラピを主役にする為には、より適任な学者先生には居てもらっては困るのは判りますが、余りにも呆気なさ過ぎでしょう。ここだけはギャグかと見紛うばかりの演出でした。
 ギャグと云えば、韓国で情報収集した際に「北朝鮮では将軍様の命令で人民全員が歯を抜いたので、ゾンビ化しても噛まれずに感染の拡大は防がれた」とデヴィット・モースが語る場面がありましたが……。いや、そこは笑うところなんですかねえ。

 本作の構成は大まかに三部構成になっておりまして、第一部としてパンデミックの発生からブラピ家族がフィラデルフィアを脱出するまでが描かれ、第二部が韓国の米軍基地からイスラエルの首都エルサレムへと続く調査行が描かれます。
 中盤の見せ場は、巨大な防疫壁を築いて完全に隔離されたエルサレムの街が陥落する場面でしょうか。
 「ゾンビは音に反応する」と判っていても、市内に収容された安堵から避難民が歌を歌い始め、それを聞きつけたゾンビ達が防疫壁を乗り越えて襲ってくる。安心したからと云って、ちょっと調子に乗りすぎましたねえ。破滅が人の心理の隙を突いて訪れるという演出は巧いです。
 また、ここで描かれるダイナミックすぎるゾンビの人柱は一見の価値ありでしょう。まさに個が消滅した群体生物のようです。ここまでくれば「単なる暴徒」ではなく、得体の知れない動く屍ですね。

 エルサレムの破滅からからくも脱出したブラピは、最後の手掛かりを求めて英国ウェールズのWHO研究所へ向かう。
 実は劇中ではインドや、ロシアの状況なども語られ、ドラマがそちらへ向かうのかと思われましたが、そこはスルーして、ここから第三部へ移行します。
 調査行の途中、何度かブラピは「ゾンビに襲われない人」を目撃しており、その秘密に迫ろうというわけですが、序盤と中盤の活動的なゾンビ描写から一転、静かにサスペンスを盛り上げる展開になりました。
 このあたりの元ネタは、マイクル・クライトン原作の『アンドロメダ…』(1971年)でしょうか。致死性ウィルスの蔓延した中で発見された生存者の共通点を探るのと同様のミステリー要素が導入されております。

 終盤の研究所内での展開は、何やらカプコンのアドベンチャーゲーム『バイオハザード』を彷彿といたします(決してポール・W・S・アンダーソン監督の映画化作品の方ではありません)。研究所内にいるゾンビ化した職員を避けながら、目的の研究室まで辿り着こうと云う演出がゲーム的です。
 ここでそれまでのスケールの大きな野外での展開から、完全に密室で進行するドラマに切り替わっております。別にそれはそれで良いのですが、ミステリ要素の導入で盛り上がってきたのに、ちょっと御都合主義的な描写があったのが残念でした。

 孤立したブラピが命がけで薬品を選択する場面。ゾンビが対象を見失うようになる手掛かりが、ある薬品にあるのですが、それが何なのか判らない。幾つかある候補の中から、運を天に任せてひとつを選んで自分に注射し、自分自身で効果を確認するという決死の選択。
 誤った薬品では命を落とすかも……と云われておきながら、ブラピが「正しい選択」をする理由が見当たりません。本当に偶然で正しい薬品を選択したらしい。
 これはちょっと御都合主義と云わざるを得ませんデス。

 かくしてブラピが実証した薬品の効果により、人類はゾンビに襲われなくなり、逆に対ゾンビ戦争に勝利していくのである……と云うのがラストのナレーションで語られます。
 ブラピは無事に難民キャンプで待つ愛する妻子の元に帰り着く感動的なハッピーエンド。
 だが、まだゾンビとの戦いは終わらない。戦いは始まったばかりなのだ……って、うーむ。結局、原因も、感染経路も、第0号患者も、何もかも投げっぱなしのまま対処法だけ発見されて終わってしまいました。いいのかなあ。続編は……あるのかしら。




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