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2013年8月2日金曜日

ロイヤル・アフェア/愛と欲望の王宮

(En kongelig affære)

 個人的に「北欧の名優は?」と訊かれると、第一にはステラン・スカルスガルドさんの名前を挙げてしまいますが、その次に来るのがマッツ・ミケルセンさん。『キング・アーサー』(2004年)と『007/カジノ・ロワイヤル』(2006年)あたりで名前を覚えました(アクション映画に出てくれないと覚えられない)。
 そのマッツ・ミケルセンが主演した一八世紀デンマークを舞台にした歴史劇が本作。

 中世ヨーロッパの王室を描いた歴史劇と云うと、イギリスとかフランスなんかは馴染み深いですが、デンマークは存じませんでした。うーむ。丁国かあ。
 デンマークと云えば、昔はアンデルセン童話とネスカフェ・ゴールドブレンドしか存じませんでしたが──コペンハーゲンの朝は一杯の珈琲から始まるんですよね。あれ、違った?──、近年はスサンネ・ビア監督の『未来を生きる君たちへ』(2010年)とか、マイケル・マドセン監督の『100,000年後の安全』(同年)なんかを観てデンマーク映画にも親しむようになりました(本数は少ないですが)。
 そうだ、デンマークの映画監督と云えばもう一人、鬼才ラース・フォン・トリアー監督もおられました。『メランコリア』(2011年)もデンマーク映画でした。
 鬼才ラース・フォン・トリアーは本作の製作総指揮にも名前を連ねておられます(名前の前に必ず「鬼才」と付けねばならないと云うのはメンドクサイなぁ)。

 本作はニコライ・アーセル監督・脚本によるデンマーク映画(正確にはデンマーク、スウェーデン、チェコの共同製作)です。アーセル監督はデンマークの人ですが、スウェーデン映画の『ミレニアム/ドラゴン・タトゥーの女』(2009年)では脚本を担当しておられました。
 スウェーデン、ノルウェー、デンマークといった北欧諸国の映画は、俳優やスタッフがやりくりできてなんか羨ましいデス。

 本作は今年(2013年・第85回)のアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた五本の内の一本でした。残念ながら受賞は逸しましたが──受賞したのは、ミヒャエル・ハネケ監督の『愛、アムール』でした──、『魔女と呼ばれた少女』や『コン・ティキ』と競り合っていたわけですね。
 最終候補作に残るだけのことはある風格を備えた作品でした。やはり時代考証と当時の風景を再現する背景美術が半端ないです。

 本作は実話に基づくストーリーであるそうです。
 西暦一七六六年に即位したデンマーク王クリスチャン七世と、一五歳でイギリスから嫁いだカロリーヌ・マティルデ、そしてクリスチャン七世の侍医ヨハン・フリードリヒ・ストルーエンセの三角関係をもとにしたものであります。デンマーク王室最大のスキャンダルだったそうで、ほぼ実話のメロドラマか。
 マッツ・ミケルセンは、この侍医ストルーエンセを演じております。
 ミケルセンと不倫してしまう若き王妃カロリーヌ役はアリシア・ヴィキャンデルです。つい先日も『アンナ・カレーニナ』(2012年)に出演しておりましたね。
 そしてクリスチャン七世役はミケル・ボー・フォルスガード。馴染みのない俳優さんでしたがベルリン国際映画祭では、このクリスチャン七世役の演技で銀熊賞(男優賞)を受賞しました。なかなかの熱演であります。

 さて、一八世紀のヨーロッパと云えば啓蒙時代。宗教的で盲目的な古い権威から離れて、理性を尊ぼうと云う進歩的な思想運動でありまして、ジョン・ロックとか、ジャン=ジャック・ルソーとか、ヴォルテールとか、モンテスキューといった名前が思い出されます(うーむ。学生時代の悪夢が甦る)。
 本作でもヴォルテールの名前にチラリと言及したり、ルソーの著作『社会契約論』が映る場面があります。
 当然、啓蒙主義は貴族から危険視されてカロリーヌがイギリスから嫁ぐ際には、デンマークに持ち込む書籍が検閲されると云う場面もありました。イギリスやフランスでは啓蒙思想は割と問題なく貴族階級にも浸透していたようですが、デンマークではかなり事情が違ったようです。

 そもそもカロリーヌはデンマーク語があまり上手くないので人付き合いよりも読書に慰めを求めようとしたのに、嫁ぐ前から普通に読めていた本を取り上げられてしまうと云うのが理不尽です(言語が違っても検閲は容赦なしか)。
 イギリスよりもデンマークの方が格段に遅れているという印象です。
 おまけに初対面の結婚相手は精神的にナニやら不安定な様子だし──クリスチャン七世が統合失調症だったらしいと云うのは史実のようです──、自分勝手なお子様のような男で結婚生活もお先真っ暗というのが哀れです。
 序盤は政略結婚のネガティブな面が思いっきり描かれておりまして、観ている側はカロリーヌに感情移入し、不倫に走るのもやむを得ないかと思わせてくれます。

 本作は史実にかなり忠実に、クリスチャン七世とカロリーヌの結婚生活の破綻と、精神不安定から侍医ストルーエンセに依存してしまう国王、そして侍医でありながら事実上の摂政としてデンマークを牛耳ろうとしたストルーエンセについてのドラマが語られます。
 ストルーエンセは本当に宮廷を掌握し、啓蒙思想に則った改革を断行したそうですが、あまりにも性急な改革は反対派のクーデターを引き起こし、結果としてストルーエンセは投獄、後に斬首となったそうな。本作に於いても、マッツ・ミケルセンはそのような末路を辿ります。
 一方、カロリーヌもクーデターで投獄監禁され、最後はドイツに追放されました。当時の道徳観では不倫は許されるものではなく、王妃と云えど故国への帰国も許されなかったとは厳しい(イギリスの方が帰国を許さなかったようで)。

 ドラマはまずは冒頭、一七七五年のドイツから始まります。
 一人の女性──カロリーヌ──が手紙を書いている。どうやら二度と会えなくなった我が子に宛てた手紙のようで、何故こんな事になったのかを切々と訴えるような文面です。
 そこから時間が遡り、九年前の一七六六年のイギリスへ。本作は導入部がカロリーヌの回想という形になってはいますが、劇中ではカロリーヌの知り得ない部分(ドイツの町医者だったストルーエンセが宮廷侍医に登用されるエピソードとか)まで描かれています。
 観終わった後に、たった九年間の出来事だったと云うのが意外に思えました。

 不倫を禁断の愛として描いておりますので、カロリーヌとストルーエンセが主役です。カロリーヌは芸術を愛する聡明な女性で、マッツ・ミケルセンも権力を恣にする悪徳医者とかではなく、思慮深い医師として描かれています。どっちがいいとか、悪いとか云うハナシでもありませんが。
 ミケルセンは侍医として患者のことを第一に考えつつ、国王に友情すら抱きながら、結果として裏切っていることに苦悩するという難しい役どころを演じております。

 また、クリスチャン七世も悪人ではない。精神を病んだ哀れな人ですが、シェイクスピアを好む一面を見せたり、明晰な頭脳を取り戻すような場面もあります。周囲から疎外されていることも理解しており、一時的にストルーエンセの力を借りて名君のように振る舞う姿は痛快です。
 本作に於いて、一番の悪党は国王を政治から遠ざけ、民衆を弾圧する保守派の貴族です。

 歴史映画になると、当時の街並みがCG合成でリアルに描かれるのも今や当たり前ですが、中世のコペンハーゲンの様子もなかなか興味深いです。
 当時、天然痘が猛威を振るっていたと云う描写や、貴族が簡単に農民を拷問して殺してしまうと云った背景も描かれます。歴史考証も怠りなしと云う感じです。

 また、豪華な宮廷の様子も再現されております。宮廷での盛大な舞踏会も見どころでしょう。この手の歴史映画で舞踏会での華麗な衣装はお約束ですね。
 まぁ、ちょっとお約束過ぎるところが無きにしも非ず。カロリーヌとストルーエンセは舞踏会で知り合い、踊りながら見つめ合い、そのまま禁断の愛になだれ込んでいきます。「舞踏会で運命の相手とめぐりあう」と云う描写がテッパン過ぎますか。なんだその少女漫画のような展開は(しかもそれを大真面目にマッツ・ミケルセンが演じています)。

 当初はストルーエンセはクリスチャン七世を裏でサポートしながら改革していくので、そのままその路線でいけば良かったのに、次第にまどろこしくなって来る。王の顧問に任命してもらい、権限をもらえれば手間が省けるというのも判りますが……。
 始めのうちにあまりにも上手くいきすぎたのが却って仇となり、改革の手を広げすぎて自分一人では余裕が無くなり、ハードワークが祟って友情を感じていた国王までを蔑ろにして墓穴を掘ってしまうミケルセンです。半ば自業自得な感じです。

 その上、王妃を寝取ってしまうわけで、如何に啓蒙主義の改革が素晴らしかろうと、それはやってはイカンじゃろう。あれほど聡明な人であるのに、運命の恋には抗えないのか。
 史実どおり、クリスチャン七世とカロリーヌの間には男児と女児が生まれますが、兄フレデリクは正統な血筋であり、妹ルイーセは不義の子であると描かれます。これも一般的な歴史解釈であるそうな。

 そして保守派の貴族と教会が結託してクーデターが発生。軍隊も保守派の味方です。改革の為の財源確保に兵士の給料まで削ったのが裏目に出ました。そのあたり、ストルーエンセは政治家としては二流でしたか。理想に燃えた知識人であるだけでは難しいか。
 ストルーエンセは投獄され、拷問され、遂には斬首。カロリーヌは監禁。しかしクリスチャン七世は再び政治から遠ざけられ、疎外されてしまう。どっちに転んでもお飾りのままと云う国王の状況がちょっと可哀想です。
 デンマークは一気に暗黒時代に逆戻り。改革が推進されていた頃は、ヴォルテールその人からもクリスチャン七世の治世を絶賛する手紙が届いていたというのに。

 そして冒頭のカロリーヌの場面に戻ってきます。我が子を取り上げられ、遠いドイツで病に伏せって余命幾ばくも無い状態です。只一人の忠実な侍女に手紙を託して、ほどなくお亡くなりになる。
 その後、侍女は密かに王子と王女にカロリーヌからの手紙を届けに行きます。恐らく母の顔など思い出せなくなっているだろう子供達が、なかなか凛々しい王子と可憐な王女でした。
 兄妹二人で手紙を熟読した後、引き籠もったままの父王に会いに行く場面でラストです。

 フレデリクは齢一六歳にしてクーデターに成功、父王の摂政となり、後にフレデリク六世として即位する。改革路線は復活し、これが五五年続く治世の幕開けであった──と字幕でその後の状況が簡単に語られます(歴史映画にはありがちか)。
 デンマークの黄金時代はこれからと云うところで終わってしまいました。フレデリクを主役にした続編はないのかしら。

● 余談
 マッツ・ミケルセンは、アンソニー・ホプキンスが演じて有名になった『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクター博士(の若い頃)を主人公にしたTVドラマに、レクター博士役で出演しているそうで、これは是非とも日本でも放送してもらえないものでしょうか。かなりハマり役のような気がします。
 今後も「北欧の名優」として、ステラン・スカルスガルドさんを凌ぐご活躍を期待します。


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