2013年5月16日木曜日

愛、アムール

(Amour)

 今年(第85回・2013年)のアカデミー賞で、作品賞、監督賞、主演女優賞、脚本賞、外国語映画賞にノミネートされたミヒャエル・ハネケ監督によるオーストリア、フランス、ドイツ合作映画です。とある夫婦が人生の黄昏時に直面する試練を正面から描いた気が重くなる、ヘビーな上にもヘビーな作品でありました(『ゼロ・ダーク・サーティ』より重苦しかったデス)。

 前年の『アーティスト』(2011年)に続いて、外国映画(台詞もフランス語)でもアカデミー賞の主要部門にノミネートされるようになったようですが、さすがに二年連続で作品賞や監督賞を外国作品に掠われては適わんと思われたのでしょうか、本作は外国語映画賞のみの受賞となりました。それともヘビーすぎたのがイカンかったのか。
 でも、個人的には『アルゴ』が作品賞を受賞するくらいなら、本作でも良かったんじゃね、なんて思われるのですが(いや、やっぱり『ライフ・オブ・パイ』の方に……)。
 ともあれ、カンヌ国際映画祭の方では、本作はパルムドールを受賞しております。ハネケ監督は『白いリボン』(2009年)に続いて、二作連続のパルムドール受賞です。大したもんだ。

 本作は、とある夫婦の姿を克明に追い続けるドラマでありまして、主な登場人物は夫と妻の二人しかおりません。背景も、夫婦の暮らすアパルトマンからほとんど出て行きません。
 夫を演じているのは、ジャン=ルイ・トランティニャン。クロード・ルルーシュ監督の『男と女』(1966年)、『男と女 II 』(1986年)あたりが代表作になるのかも知れませぬが、SF者としてはエンキ・ビラルが監督した『バンカー・パレス・ホテル』(1989年)の方が馴染み深いです。
 一方、妻の方はエマニュエル・リバです。フランスの大女優ですが、如何せん出演作が、私の守備範囲外のものが多くて馴染みがありません(汗)。『華麗なるアリバイ』(2009年)くらい観ておけば良かったか。

 しかしエマニュエル・リバは本作で、アカデミー賞主演女優賞最高齢ノミネートです(86歳)。『ハッシュパピー/バスタブ島の少女』のクヮヴェンジャネ・ウォレスちゃん(9歳)が主演女優賞最年少ノミネートされて、二人が対になって報じられたりしておりました。でも結局は『世界にひとつのプレイブック』のジェニファー・ローレンスだったワケですが。

 冒頭の場面で、いきなりアパルトマンのドアが消防士達によってぶち破られるという、緊迫した場面から幕を開けます。突入してきた消防士達が目にしたのは、室内のドアが目張りされ、密閉された状況。ガス自殺が図られたのかと、観ている側も緊張します。
 どうやらガスではなく、単に悪臭が漂っているらしい。
 窓を開放し、外気を入れ換えながら、寝室へと続くドアを開け放つ消防士が観たものは。
 ベッドの上にきちんと喪服を着て、両手を組んで横たわる老婦人の遺体だった。遺体の周囲には花びらが撒かれており、何者かが丁重に扱った形跡が見られます。
 遺体は半ばミイラ化しており、どれほどの期間、そこに安置されていたのか判りません。
 一体、このアパルトマンで何が起こったのか──。

 タイトルが表示され、ドラマの時間は遡って発端から描かれていきます。先に結末を見せておくと云う、かなり突き放した描き方です。
 ドラマの展開がどうなろうと、最後にはこうなってしまうと云うのが判っているのが無常です。

 ジャン=ルイとエマニュエルは引退した音楽家の夫婦です。ある晩、奥さんのピアノの弟子のコンサートに招かれ、演奏会後に帰宅してきます。夫婦の会話から、二人が非常に仲睦まじいことが判ります。
 そこまでは良かったが、異変は翌朝やって来る。
 いつもの通り朝食を支度し、二人して席について食べ始めたところで、夫の言葉に妻がまったく反応しなくなる。急に黙り込んだことを不審に思った夫が、覗き込むが奥さんは無反応。
 目を開いたまま、彫像のように固まってしまっているのが不気味です。
 この場面が本作のキービジュアルとして、ポスターやパンフレットの表紙になっております。無表情に固まってしまったエマニュエル・リバに、手を差し伸べているジャン=ルイ・トランティニャンの図。

 気が動転したのか、手許にあるケータイで救急車を呼ばず(フランスでは呼べないのかしら)、外出の支度を始めるジャン=ルイ。
 着替えを用意していると再びキッチンで誰かの動く気配がする。おそるおそるキッチンに戻ってみると、何事もなかったかのように振る舞っている妻の姿があった。
 夫婦愛を描くヒューマンドラマの筈が、妙にドキドキのサスペンスタッチな演出です。なんかコワイ。

 問い詰めても、妻には無反応だったときの記憶がなく、時間は途切れなく続いていたと感じられているらしい。夫がどんなに説明しようと、妻はまったく信じない。勿論、病院に行って検査を受けようなどと云う提案は一蹴されます。
 しかし何事もなかったかのようにティーポットからお茶を注ごうとして……微妙に奥さんの手が震えてカップに巧く注ぐことが出来ない。
 説明台詞の無いまま、手の動きだけで異常を伺わせる演出が巧みです。

 それからしばらく経ち、台詞の端々から少しずつ状況が明かされていきます。
 どうやらあの後、やはり病院で診察を受け、手術の必要を説かれたらしい。しかし入院している場面や、手術の場面はありません。
 奥さんの症状が何であったのか、詳しく説明されませんが、頸動脈に血栓があるとか、手術は結局うまくいかなかったと云うことを、心配して様子を見に来た娘に対して、ジャン=ルイが説明しています。「失敗率五%の一人だ」と云うレアなケース。

 娘エヴァを演じているのは、イザベル・ユペールです。出番は少ないですが、この方もフランスの名女優です(でもやっぱり馴染みがありません……)。
 ジャン=ルイは娘に対して、妻の退院後は自分が介護する旨を宣言します。
 実はそれ以前の夫婦の会話から、既に娘は結婚し、孫も自立する年齢であるのが判っています。皆、音楽関連の職であったり、その道に進もうとしている。しかし娘夫婦の仲が険悪で、別居状態であるとも語られ、なかなか娘に頼ろうという気持ちにはならないようです。

 介護用の電動ベッドが室内に用意され、やがて車イスに乗った奥さんが退院して来る。
 夫は自分で介護するのだと云い切りましたが、奥さんを車イスから立たせるだけでも一苦労です。これはかなり危うい感じです。
 しかし奥さんは「もう二度と病院には戻りたくない」と云い放つ。どんな説得も無駄であるらしく、ジャン=ルイも仕方なく約束させられる。
 その日からジャン=ルイの苦難の日々が始まります。

 本作はほぼ全編にわたって、老老介護の日々が描かれます。と云うか、それ以外のことは描かれません。年齢的にも夫婦揃って引退しているので可能なことですが、これはなかなかハードな日々です。
 奥さんのトイレや入浴の介護もすべて人手を借りず、ジャン=ルイが務めています。
 最初の内は世話をしながら、色々と夫婦の会話も弾むし、奥さんの症状も右の手足が麻痺しているだけのように見受けられます。
 足を動かすリハビリも、すべてジャン=ルイがサポートしています。実に甲斐甲斐しい。

 しかし状況は好転しません。
 本作は淡々と、奥さんの症状が悪化していく過程を描いていくのみです。希望はない。
 なんせ最初に結末を見せておりますので、症状が改善する道などないことは観ている側にも判りますが、これは辛い。非常に沈痛です。

 やがて少し目を離して外出するだけでも、差し障りが生じるようになる。
 車イスも手動式から、電動式にモデルチェンジ。一向に奥さんの身体の麻痺は治らない。
 その上、本人のプライドか、或いは遠慮があるのか、必要なときに夫を呼ぼうとしないので、少し目を離すとベッドから落ちてそのままだったりします。
 ピアニストになった弟子が見舞いに来ても、病状のことは故意に話題から逸らしてしまう。娘夫婦の見舞いも嫌がる始末。
 自分の状態を見られたくないと云うのは判りますが、言動も次第にネガティブになっていく。
 挙げ句、昔のアルバムが見たいと云い出し、若い頃の写真や子供達の写真を見て、長い人生だったなどと総括し始める。傍で見ている旦那はタマらんでしょう。

 そこから先はもう坂道を転がり落ちるように悪化していきます。
 尿意を我慢できず、トイレの介護を呼ぶ前に失禁するので、大人用のオムツをあてがわれ、点滴が必要になり、遂に寝たきりになる。
 意識もはっきりしない時間が長くなり、言葉も巧く発音できない。記憶も混濁してきて、うわごとを呟くだけとなる。
 時折、見舞いに来る娘が母の無残な姿を見て取り乱しますが、もはやジャン=ルイは諦観しているように感情を表に表しません。日常的に接している方が辛いに決まっているのですが。

 看護士の介護も頼むようになり、パートタイムが、フルタイムになり、二交代制になる。
 妻の衰えは激しくなる一方で、もはや幼児と変わるところが無いまでに。
 ジャン=ルイは外界との接触を断ち、電話にも出ない。避けられない時がやって来るのを、ただ待っているだけと云う、やりきれない日々です。
 元気な妻がピアノを弾いている幻覚を見るようになっていくのが切ないです。

 そして介護に疲れ切り、憔悴しても尚、妻に話しかけるがもはや意味のある言葉は返ってこない。発作的に枕を妻の顔に押し当てるジャン=ルイ。
 介護の果てに遂にやってしまうのか。
 メキシコ映画の『グッドハーブ』(2010年)も同様でしたが、愛するが故の行為とは云え、これは辛い。

 そこから先はもう冒頭に見たとおりの状況が出来します。妻に喪服を着せ、花を撒き、部屋中を目張りしていくジャン=ルイ。しばらくは遺体と過ごしているようです。
 遺書らしい手紙を書き始めますが、ふと目を上げると元気な妻の姿がそこにいる。誘われるように外出の支度をして、二人して出かけていく。どこへ行くのか。
 無人となったアパルトマンに娘がまた様子を見に来るが、応えるものは誰もいない。
 まったく無音のまま、エンドクレジットが流れ出し、救いも何もないまま幕切れです。溜息しか出ない、誠に沈痛な作品でありました。
 ジャン=ルイ・トランティニャンの押さえた演技と、エマニュエル・リバの迫真の演技は特筆ものですが、もう一度コレが観たいかと問われますと、キツいです(汗)。
 いずれ自分にもその時が訪れるのなら、楽にポックリ逝きたいものだと切に願います。




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