2015年4月16日木曜日

はじまりのうた

(Begin Again)

 ジョン・カーニー監督及び脚本による音楽ドラマです。本作の主題歌「ロスト・スターズ」が今年(2015年・第87回)のアカデミー賞歌曲賞にノミネートされておりましたが、残念ながら受賞は逸しております。
 歌曲賞は『グローリー/明日への行進』の主題歌「Glory」でしたが未見なので何とも云えませんデス(但し、アカデミー賞授賞式典での演奏を聴く限りでは、こちらもなかなか良さげではありました)。

 個人的には本作から「ロスト・スターズ」をチョイスしたので歌曲賞受賞を逸したのではないかとの疑念が拭いきれませぬ。本作の劇中歌はどれもこれも素晴らしい曲ばかりなのですが、キーラ・ナイトレイが歌う「テル・ミー・イフ・ユー・ワナ・ゴー・ホーム」がノミネートされていたなら、あるいは……。
 まぁ、ジョン・カーニー監督作品では既に『ONCE ダブリンの街角で』(2013年)がアカデミー歌曲賞を受賞しておりますけどね(こっちも未見なのでカーニー監督作品は本作が初めてデス)。

 落ち目の音楽プロデューサーと失恋したアマチュア・シンガーが出会い、人生の再起を目指して独創的なアルバム製作に挑む。舞台となるニューヨークの随所でストリート・ミュージシャン達が演奏するライブ活動が実に興味深く、「音楽で人生は変わる」を地で行くというストーリーでありました。
 劇中では「音楽の魔法は平凡な景色を特別なものにする」と語られていて、確かにごく普通の街を行き交う人々の画に歌曲を付けると、何やら意味ありげなものに見えてくると云った演出が面白かったです。

 本作の主演はキーラ・ナイトレイとマーク・ラファロでありまして、落ち目の音楽プロデューサーをマーク・ラファロが、失恋したシンガーをキーラ・ナイトレイが演じております。
 ミュージャンを描く映画ですので、劇中では登場人物達が何曲も歌い、また演奏し、本作のサントラCDはかなり聴きものであります。特にキーラ・ナイトレイ自身がギターを演奏しながら歌っております。これはお見事でした(だから余計に「テル・ミー・イフ・ユー・ワナ・ゴー・ホーム」の方が印象的なのですが)。
 また、オリジナルの歌曲以外にも、過去のヒットソングが使用されていたり、本物のミュージシャンも配役に起用されております。
 音楽映画としてはかなり出来のいい作品と申せましょう。

 キーラ・ナイトレイは『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』(2014年)にも出演しておりました。あちらでは暗号解読チームの紅一点として頭の切れる女性を演じておりましたが、本作ではナイーブなストリート・ミュージシャンを演じていて、ぐっと若返っているような印象を受けました。『アンナ・カレーニナ』(2012年)と比べても、本作の方がずっと若く思えます。女優の力量ですね。
 マーク・ラファロは『ブラインドネス』(2008年)や『キッズ・オールライト』(2010年)の頃から記憶に残っておりますが、最近ではやはり『アベンジャーズ』(2012年)のシリーズで超人ハルクことブルース・バナー博士を演じているのが一番有名でしょうか。
 この人もヒゲの有無で年齢がガラッと変わって見えますね。

 キーラの元恋人役で、人気バンド〈マルーン5〉のボーカル・ギターを務めるアダム・レヴィーンが出演しております。劇中でのコンサートの様子はさすがに本職。実は演技の方もなかなか堂に入ったものでした。これが映画初出演とは思えません。
 その上で主題歌「ロスト・スターズ」を歌うので、やっぱりこっちがノミネートされてしまうのでしょうか。劇中ではキーラ・ナイトレイが歌うバージョンも披露されていたのですが。

 本職のミュージシャンとしてはもう一人、有名ラッパーの役としてシーロー・グリーンが顔見せしてくれておりましたが、こちらはあまり出番なし。
 他にも、ジェームズ・コーデンやモス・デフといった俳優が共演しております(モス・デフはミュージシャンの方が本職か)。
 ジェームズ・コーデンは『ワン チャンス』(2013年)で実在のオペラ歌手、ポール・ポッツを演じていたのが忘れ難いですね。本作でもちょっとユーモラスなストリート・ミュージシャンの役です。
 一方、モス・デフはマーク・ラファロと同じ音楽プロデューサーの役でしたので、劇中でラップを披露してくれる場面はありませんでした。残念。

 また、マークの妻子の役でキャサリン・キーナーとヘイリー・スタインフェルドが出演しておりました。
 キャサリン・キーナーは『マルコヴィッチの穴』(1999年)の頃から存じておりますが、最近では『キャプテン・フィリップス』(2013年)でトム・ハンクスの妻役を演じておりました。『25年目の弦楽四重奏』(2012年)では御自身でも楽器を演奏しておられましたが、本作では全くの門外漢の役です。
 ヘイリーちゃんはコーエン兄弟の西部劇『トゥルー・グリット』(2010年)で、アカデミー賞助演女優賞にもノミネートされた、あの少女ですね。たった数年で随分と成長しております。『エンダーのゲーム』(2013年)にも出ておりましたが、出番が短かったのでイマチイ憶えておりませんでした(面目ない)。

 冒頭、とあるクラブで飛び込み的に演奏する女性シンガーの歌を、たまたま客として飲んでいた音楽プロデューサーが耳にすると云う出会いの場面から幕を開けますが、一旦出会いのシーンを描いておいて、そこから双方の過去を説明していくドラマの構成が秀逸です。
 ライブ演奏、そしてタイトルが表示されるオープニング。そこから時間が巻き戻って、まずはプロデューサーであるマーク・ラファロの方から物語が始まります。

 マークは妻子ある身ですが、離婚寸前で別居しているようです。独り身の自堕落な生活を送っており、ティーンエイジの娘からも軽蔑されているのがイタい。
 とあるレコード会社の設立メンバーであるのに、今や会社の経営は相棒(これがモス・デフ)が一人で切り盛りし、マークは疎外されまくりでありますが、これは自業自得ぽい。アーティストとしての閃きはあるようですが、堅実な会社経営に向いてはいないらしい。
 アマチュア・ミュージシャン達が日々、送ってくるデモテープを聴いては「ゴミ」だの「クソ」だの云いたい放題。人の演奏をそこまで貶すお前は何様のつもりかと云いたくなるくらい傲慢で、そのくせ冴えない人生を送っているので、正直ちょっとムカつく野郎です。

 この序盤におけるマーク・ラファロのダメっぷりが実に痛々しい。こんな負け犬人生の冴えない男が主人公で本当に大丈夫なのかと心配になります。
 かつては自身もミュージシャンであり、コンビを組んだ相棒と会社を設立して成功したと説明されていますが、見た目が冴えないのでとてもそうは思えませぬ。
 年頃の娘とも巧くいかず、そのことで別居中の奥さんともまた諍いを起こす。
 踏んだり蹴ったりの日常を紛らわせようと、一杯飲みに立ち寄ったクラブで、たまたまキーラが歌う場面に居合わせると云う趣向で、冒頭に繋がる流れです。

 しかし素人的には、昼間にマークが貶しまくっていたデモテープのミュージシャン達の音楽と、キーラ・ナイトレイがギターを弾きながら歌う歌に、それほど差異があるようには思えなかったのですが。何か根本的に違うところがあったのでしょうか。
 ギターをつま弾きながら歌うキーラを見ていると、マークの脳内でピアノやバイオリンの伴奏が追加されて演奏が補完されていく演出が興味深かったです。
 玄人の耳にはそのように聞こえるみたいですが、観ている側は素人ですのでよく判りませんデス。

 かなり強引に名刺を渡してスカウトしようとするマークですが、最初はなかなか信じてもらえません。そりゃ風采の上がらぬオヤジがプロデューサーを名乗ったところで、胡散臭く思われるのがオチでしょう。
 最近はスマホですぐにネットにアクセスできるので、マークの云ったことの裏付けがその場で確認できるのがイマドキな演出ですね。信じられないことに目の前の胡散臭いオヤジは、かつて二度もグラミー賞を受賞した大物プロデューサーだったのだ。ホンマかいな。
 それでもまだ半信半疑なキーラでしたが、とりあえず連絡先だけ聞いて、その場は別れます。そして帰宅後、スマホをいじってマークの云ったことを検証しながら、スマホの中に記録されている動画を目に留めて再生しているうちに、今度はキーラ・ナイトレイの側の過去が回想で語られていくと云う流れです。

 恋人(アダム・レヴィーン)と二人で組んだユニットの歌曲が、ある映画の挿入歌に使用され、それが評判となってNYにやって来るも、レコード会社は男の方にだけ用があったと判る扱いが哀しい。
 会社から新たな住まいを提供されてもキーラの方は留守番ばかり。その内、恋人の方が仕事で知り合った女性と浮気し始めると云う定番展開です。
 驚くべきは、恋人の歌う歌曲のテープを聴いていてキーラが浮気に気が付く展開ですね。曲を聴き始めて、しばらくすると泣きながら恋人をひっぱたきます。
 ミュージシャンの鋭い耳には、その曲が自分ではない別の女性を想いながら歌っているのが明確に判ってしまうものらしい。問い詰められた恋人の方も隠しておけずにあっさり白状。言葉で言い繕わない、音楽は正直であると云うミュージシャンの態度は潔いと云うべきでしょうか(素人にはよく判らないデス)。

 破局を迎えて飛び出したキーラは、たまたまNYのストリートで歌う学生時代の友人と出会い、そのアパートに居候することになる。当初は友人宅で塞ぎ込むだけの毎日でしたが、見かねた友人が自分のバイト先であるクラブのライブ演奏にキーラを引っ張り出すと云う流れで冒頭のシーンに再び回帰してきます。

 双方の過去を語りながら、何度も冒頭のシーンに戻ってくるワケで、お互いの事情をきちんと説明しつつ、この出会いが僅かなタイミングの差ですれ違っていたかも知れないと感じさせてくれます。運命の出会いだったのか。
 翌日、意を決してマークに連絡を取るキーラですが、連れて行かれたマークのレコード会社では思ったような扱いを受けられません。
 まぁ、堅実な会社経営を続ける相棒(モス・デフ)からすれば、マークがイキナリ田舎出の姉ちゃんを連れてきて、その場でギターを弾かせて「な、凄いだろ?」と云われましても同意しかねるというのは尤もです。
 「ちゃんとしたデモテープを持ってきてくれ」と云われて門前払い。

 これで御破算になるかと思いきや、ここからマークの天才的閃きでストーリーが進行していきます。
 デモテープを通り越し、いきなりアルバム製作に着手するわけですが、予算も何もないのでスタジオなど借りられない。全てをストリートでライブ演奏した楽曲を収録すると云う計画。
 機材、伴奏、すべてを有志によって賄う超低予算企画。基本的にミュージシャンは自分の歌や演奏を聴いてもらえるなら、収入など二の次であると云うアマチュア精神が好ましく描かれております。

 音楽学校の学生や、ストリート・ミュージシャンの友人達を巻き込み、NYの至るところでゲリラ的にライブ演奏を敢行していきます。この過程が実に興味深く、またユーモラスです。
 公園、地下鉄構内、下町の路地裏、アパートの屋上といった場所で、時にはその場に居合わせた子供達にも手伝わせて収録していきます。街角の喧噪すらも音楽の一部として取り込んでいく。どんな音でも音楽になると云う描写が素晴らしいです。ちょっとしたNY観光の気分も味わえます。
 そして出来上がったアルバムが大評判になるのは、もはや云うまでもない。

 当初はどん底のダメ男だったマーク・ラファロが、活動し始めた途端に生き生きと輝いて見えてくるのがお見事でしたが、むしろ序盤のどん底演技はヤリスギだったようにも思えます。
 そしてマークの年頃の娘の悩みにキーラが相談に乗ってやると云った場面もあって、父娘の関係も修復され、更に夫婦仲までもが円満になっていく。
 一方、キーラ・ナイトレイの方も元カレとの関係が修復されるのかとも思われましたが、もはやミュージシャンとして別々の方向に歩み始めた二人は元の鞘に戻ることはない。苦い経験ではありましたが、アダム・レヴィーンの方も無理強いすることなくキーラの決断を尊重する姿勢を見せたので、それほど悪い男ではないか。
 不安が全て払拭されたわけでもないが、誰もが新たな人生に向けて一歩踏み出すと云うエンディングは後味爽やかでありました。

 ところで劇中では「携帯音楽プレーヤーに入れたプレイリストで、そいつがどんな奴だか判る」とマークが語っておりましたが、そうなのか。「本棚の書籍で為人が判る」のと同じことですかね。
 私のウォークマンにはアニソンばかりが入っているのですが、これはどうなんでしょ。




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