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2013年12月16日月曜日

キャプテン・フィリップス

(Captain Phillips)

 二〇〇九年にソマリア沖で実際に発生した「マースク・アラバマ号乗っ取り事件」の顛末を描いたサスペンス映画です。実話に基づく映画であり、実にリアルで緊迫感に溢れた力作でありました。

 タイトルの「フィリップス船長」とは、貨物船マークス・アラバマ号の船長であったリチャード・フィリップス氏のことで、本作はソマリアの海賊に船をシージャックされ、人質として拉致された体験を記した御本人の著書『キャプテンの責務』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)が原作です。
 実話ですし、御本人自らの体験談を基にしておりますので、ちゃんと無事に救助されることが判っているのですが、それでも観ている間はギリギリと締め付けられるような極限状況の演出がお見事でした。

 本作の監督はポール・グリーングラス。マット・デイモン主演の『ボーン・スプレマシー』(2004年)、『ボーン・アルティメテタム』(2007年)、『グリーン・ゾーン』(2010年)などで知られておりますね。
 リアリティ重視で手持ちカメラの映像を多用した緊迫感溢れる演出には定評のある方です。

 それにしても、現代の海賊として「ソマリアの海賊」はつとに有名になりましたねえ。まぁ、「海賊」と云うよりも「武装勢力」と表記した方がイメージしやすいか。
 ソマリア沖、アデン湾と云えば、今やインドネシア周辺海域と共に、海賊行為が頻発する海域として名が売れております。紅海の出口に位置し、北のアラビア半島(イエメンがある)と南のソマリア半島に挟まれた海域。
 あまりにも頻繁に商船が襲われるので、各国が船舶保護の為に軍艦を派遣して警備活動を行っております。

 日本の海上自衛隊もこれに協力して護衛艦を派遣したりしておりますね。つい先日も、派遣海賊対処行動水上部隊(ものものしい名前だ)として日本の護衛艦二隻──〈さみだれ〉と〈さざなみ〉──が何度目だかの派遣に出航しておりました。
 そのことで、米海軍第五艦隊司令官から、日本の海上自衛隊は「最大限の貢献をしている」と評価されたと報じられていたのも記憶に新しいところです。
 とは云え、もし日本の貨物船が乗っ取られて乗組員が人質になったとして、海上自衛隊は本作に描かれた米軍のように果断に行動できるのか、ちょっと心配なところではありますが。
 特に、本作における特殊部隊シールズ隊員のプロフェッショナルな対応は実に見事でした。

 主演のフィリップス船長役はトム・ハンクスです。さすが名優。武装集団相手に大立ち回りを演じるようなアクションもなく、沈着冷静さを忘れず、恐怖に耐える姿を熱演してくれました。もう、来年(2014年)のアカデミー賞主演男優賞をあげてもいいくらいです。
 対するソマリア海賊の中で主犯格の役であるバーカッド・アブディは、本作が俳優デビュー作であるそうな。この人の演技もまた特筆ものでしょう。病的に痩せて、目ばかりがギラギラした凶暴な男の姿は、とても演技とは思えません。
 本職の海賊をスカウトして連れてきたのではないかと思えたくらいです(いや、絶対そうだろ)。願わくば、二人揃ってアカデミー賞を受賞して戴きたいものです。

 本作はほぼ全編、男ばかりが登場する作品になっております。女性が登場するのは、冒頭の船長と奥さんのシーンと、救助後に米軍の看護師が船長の手当をするシーンくらいですね。
 原作の中には、船長の愛する家族に対する思いや、奥さんとのやり取りなんかも描かれていたそうですが、映画化に当たってはその辺はバッサリ削られております。トム・ハンクスが海外出張に出かける場面も、特に感傷的になること無く、淡々と進行するだけです。
 船長が人質になったことが公になってからも、自宅で奥さんが夫の身を案じる場面とかはありません(こういうのは定番の演出だと思うのデスが)。報道番組や、ニュースが流れて世間的にどのように騒がれたかなどと云う場面も無し。
 本作はもう、実録再現ドラマだけに絞り込んだ演出で、ただひたすら現場の描写だけで進行していきます(それでも一三四分もある)。

 序盤はマークス・アラバマ号と海賊、双方の描写が交互に描かれております。
 冒頭にトム・ハンクスが自分のスケジュールを確認し、海運会社に出社すること無く海外出張に出かけていく様子がちょっと興味深かったです。国際航路の船長ともなるとそんなものか。
 次の自分の仕事がオマーンからケニアまでの貨物船の指揮であると確認し、アメリカから中東へ飛行機に乗って出発する。定刻までに現地の港に出頭し、着任すればOKらしい。へえ。

 一方、ソマリアの海岸にあるさびれた漁村では、男達が半ば強制的に海賊行為の片棒を担がされていると云う描写もあります。どうも軍事独裁政権の手下共が、漁村を回って一般の漁師さん達を海賊に駆り立てているようです。
 荒くれ共が自動小銃を振り回し、「お前ら、さっさと船を襲いに行かないか!」と脅しつけている。そういうシステムだったとは存じませんでした。自発的に海賊稼業をしているわけでもないようです。
 強制的に海賊させ、稼ぎを上納させると云うヤクザ紛いの商売ですね(いや、ヤクザだろう)。海賊部隊を編成するときにも、参加者に礼金を支払わせていますし、下っ端は搾取されまくりであると云うのが哀しい。
 このソマリア人達の場面では、セリフはすべてソマリ語(多分)で、英語字幕が表示される演出なのもリアルです。

 オマーンの港からの出航シーンがなかなか緊張感に溢れ、巨大な貨物船が離岸する場面にちょっとワクワクしました。
 二〇〇九年時点の物語なので、既に船舶には海賊対策が施されているというのも興味深い。劇中では、トム・ハンクスがまず抜き打ちで非常訓練を行う場面があって、前もって対処法の段取りを説明してくれるのが判り易かったです。このときの船員達のダラケぶりと、あとで本番を迎えたときの緊迫感の対比も効いています。

 ストーリーとしては実に単純で、出港した貨物船が海賊に遭遇し、色々と対策を講じるものの制圧されてしまい、船長が人質になって拉致され、米軍が出動して四日後に船長は救出される──だけなのですが、もう顛末が判っていようといまいと関係ないくらいギリギリと締め付けるように緊張が高まる演出は素晴らしいデス。
 制圧されるまでにトム・ハンクスが講じる対策で、フィリップス船長が機転の利くベテランであると判るのも巧い演出でした。非武装の貨物船でも色々なことが出来るものですねえ。

 制圧されたあとも、主な船員達を機関室に隠れさせ、ブリッジにいる数人だけで海賊達と交渉しようとする。「積み荷は金目のものでは無い」──主にアフリカの難民向け支援物資──と説得しようとして武装勢力のリーダー(これがバーカッド・アブディ)に対峙する船長です。
 他の乗組員の所在を尋ねられてもシラを切り通そうとする。
 その一方で、隠れた乗組員も様々な手で海賊共に妨害工作を仕掛けようとします。電源を切って停電を装ったり、船の通路にガラスの破片を撒いて通行を妨げようとしたり。
 特に、海賊の一人が裸足であったので、ガラスの破片を撒く「ダイハード作戦」がリアルに痛そうでした。

 そして一度は形勢逆転し、主犯格のアブディを船員達が不意を突いて捕らえてしまう。海賊と船員の双方が互いのボスを人質にし合い、交換の上で貨物船から退去させようとしたところまでは良かったが、海賊は約束を守るようなタマではなかった(悪党ですしね)。
 結局、船長一人が人質になったまま、貨物船の救命ボートで海賊達は逃げ出してしまう。
 この救命ボートが単純なボートではなく、エンジン付の小型船舶といった感じでした。しかも密閉式のカプセル型と云うのが興味深い。救命ボートというと、もっと小さなもの──『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』(2012年)に出てきたみたいなヤツ──を想像しておりましたが、近年の救命ボートは進んでおりますねえ。

 そして米軍が出動してきて、救命ボートを追跡し始める。ここから緊迫の四日間が幕を開けるわけで、後半は救命ボートの逃走と、ソマリア沿岸に到達する前にボートを補足して人質を奪還しようとする米軍──駆逐艦〈ベインブリッジ〉──の行動が交互に描写され、緊迫感を盛り上げてくれます。
 どう考えても逃げ道など無く、哨戒機で補足され、シールズまでが出動し、追い詰められていく海賊達です。駆逐艦の汽笛(と云うのかな?)だけで、物凄い音量があって、プレッシャーがかかる描写が印象的でした(音響も凄かった)。

 専門の交渉人を用意し、水と食料を差入れながら人質解放の為の交渉が続く一方で、シールズの狙撃班が配置につきます。更に二隻の軍艦が現場海域に到着し、小さな救命ボートに対して三隻の軍艦と云う構図が圧倒的でした。
 でも、国民一人にここまでしてくれるのは有り難いけど、その出動費用はどれくらいなのだろうとか考えてしまいました。さすがアメリカ。
 更に、米軍側の情報収集能力も半端ではないのが凄いです。僅かな交渉現場から得た映像だけで、海賊達の身元を全部照会してしまう。
 交渉人から本名を名指しで呼ばれてうろたえる海賊達の方が哀れに思えてきます。早くギブアップすればいいのに、崖っぷちで尚、強気に出ようとする。もはや正常な判断が出来なくなっているように思われます。

 結局、絶妙のタイミングで海賊共は主犯格だけ残して射殺され、船長の身柄は無事に保護されるわけですが、揺れる甲板上で狙撃体制を取りつつ、誰一人狙いを外さなかったシールズ隊員達の凄腕には舌を巻きます。劇中のシールズは本職が出演してくれたそうな。
 ほとんど台詞も無く、撃つだけ撃ったら黙々と撤収していく様子が実にプロフェッショナル。
 本作はさりげなく、海軍万歳映画にもなっております。
 そして無事救助された船長ですが、死を覚悟した極限状況から解放された後の人質の反応が実にリアルで、トム・ハンクスの熱演が忘れ難いです。ここだけでも迫真の演技でした。 

 事件解決後は、特に家族との感動の対面シーンなどなく、淡々と字幕でその後の顛末を説明しながら終わってしまいます。あまりにストンと終わるのが、ちょっと拍子抜けでありましたが、淡々としながらも実に力強いドラマでありました。




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