2015年3月19日木曜日

イミテーション・ゲーム
/エニグマと天才数学者の秘密

(The Imitation Game)

 第二次世界大戦時、解読不可能と謳われたドイツの暗号〈エニグマ〉を解き明かした天才数学者アラン・チューリングを描いた伝記ドラマです。コンピューターの基礎となったチューリング・マシーンを考案し、「人工知能の父」とも呼ばれた科学者ですねえ。
 人工知能が自我を獲得しているか否かを判定するテストを考案した人でもありますし、「チューリング・テスト」の名はSF者には馴染み深いデス。
 コンピュータ業界の栄えある賞の名も「チューリング賞」ですし。
 その一方で、同性愛者であったことが災いし、華々しい業績を上げたにもかかわらず、その晩年はあまりにも不遇であったという悲劇の人でもあります。

 そのアラン・チューリング博士を演じるのが、ベネディクト・カンバーバッチ。監督はノルウェー出身のモルテン・ティルドゥムです。
 ベネディクト・カンバーバッチは売れまくっておりますね。『戦火の馬』(2011年)や『裏切りのサーカス』(同年)にも出演していますが、SF者としては『スター・トレック/イントゥ・ダークネス』(2013年)の宇宙の帝王がいい。TVシリーズの『SHERLOCK(シャーロック)』のホームズ役でも有名です。
 個人的には『8月の家族たち』(2013年)の弱々しい草食系男子の役が意外性があって印象深いですが、本作でも若干、そのケが残っております(ゲイであることを隠している役ですから)。

 一方、監督のモルテン・ティルドゥムと云えば、あの『ヘッドハンター』(2011年)の監督です。もうそれだけで本作の品質は個人的に太鼓判を押されたも同然。
 『ヘッドハンター』はノルウェー映画でしたが、本作は初の英語作品であるそうな(英米合作)。この先、どんどんメジャーになって戴きたい監督さんであります。

 当然、この監督にして、この主演俳優を起用し、アカデミー賞にノミネートされないわけが無い。
 今年(2015年・第87回)のアカデミー賞では八部門にノミネートされ(作品賞、監督賞、主演男優賞、助演女優賞、脚色賞、編集賞、作曲賞、美術賞)、とりあえず脚色賞だけは受賞しておりますが、他は全部逸してしまっているのが何とも残念デス。
 まぁ、作品賞も監督賞も、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』に掠われてしまいましたし、主演男優賞も『博士と彼女のセオリー』のエディ・レッドメインでしたからね。

 個人的には、アラン・チューリング博士の伝記映画と、スティーヴン・ホーキング博士の伝記映画の両方がどちらもアカデミー賞にノミネートされ(学者対決かあ)、しかもノミネートがかなりの部門で重複していたので、ちょっと気になっておりました。でも肝心の主演男優賞対決ではホーキング博士の方に軍配が上がってしまったのに、釈然としないものを感じますデス。どちらも甲乙付け難いし。
 どうせなら双方共に受賞を逸して、『バードマン~』のマイケル・キートンが受賞するのが、個人的にはスッキリする結果でしたのですが……。

 それはそれとして、ベネディクト・カンバーバッチ演じるアラン・チューリング博士の人物像には、最初は面食らいました。名前と業績と同性愛者であったことなどは存じておりましたが、まさかあそこまで変人であったとは意表を突かれました。
 その上、かなり傲慢です。自分の能力に絶対の自信を持ち、「エニグマを解読できるのは自分だけだ」などと豪語しております。
 とは云え、いくらコンピュータと縁の深い人物であるからといって、まるで自身がコンピュータであるかのような四角四面の人物に描くのは如何なものか──と思っていましたが、実際のチューリング博士はアスペルガー症候群でもあったらしいです。

 劇中の暗号解読チーム内で発揮する、まったく空気を読まないところなんかは、まさにそれか。してみると、コミュニケーション能力に欠けていたり、暗号解読機の設計に並々ならぬ集中力とコダワリを発揮するといった描写は、かなり正確な人物描写だったのでしょうか。
 本作はアンドルー・ホッジスによるチューリング博士の伝記『エニグマ アラン・チューリング伝』(勁草書房)を基にした正統なもののようです。

 伝記を基にしているので、本作は〈エニグマ〉解読ばかりではなく、チューリング博士の少年時代や、戦後の境遇などについても描かれております。
 そもそもドラマは冒頭からして、一九五二年のマンチェスターから始まります。自宅に泥棒が入ったとの通報を受けて警察がやって来ますが、何やら怪しい素振りに通報した博士自身が取り調べを受ける羽目になる。
 そして事情聴取の過程で、戦時中へ時間が遡って本筋が語られていくと云う趣向。
 更にまた少年時代にまで遡り、数学を志した動機や、同性愛に目覚めた顛末なども語られ、三つの時代を行きつ戻りつしながらドラマは進行していきます。

 その他の出演は、キーラ・ナイトレイ、マシュー・グッド、マーク・ストロング、チャールズ・ダンスといった皆さんです。英国の俳優さんが多いですね。大戦中の英国が舞台のストーリーですし、当然か。
 本作では、チャールズ・ダンスが〈エニグマ〉解読チームを組織するデニストン中佐役、キーラ・ナイトレイとマシュー・グッドがその解読チームのメンバー、マーク・ストロングは英国諜報部員スチュワート・メンジーズの役でした。

 暗号解読チームの紅一点がキーラ・ナイトレイである他は、主な配役は野郎ばかりの渋い映画であるのも個人的には好みです。
 チャールズ・ダンスは『ドラキュラ ZERO』(2014年)のマスター・ヴァンパイア役で憶えておりますし、マシュー・グッドも『イノセント・ガーデン』(2012年)のサイコな殺人鬼が忘れ難い。マーク・ストロングは色々ありすぎですが、近いところでは『記憶探偵と鍵のかかった少女』(2013年)の探偵役がありますね。
 実話に基づくストーリーですので皆さん実在の人物ですが、若干の脚色も施されておるようです。

 中でもスチュワート・メンジーズ役のマーク・ストロングがかなり脚色されているらしい。実話を判り易く整理する過程で、色々な役割を果たした人達を一人の人物に圧縮して体現しているようです。
 劇中でもマーク・ストロングは「絵に描いたような諜報部員」でしたからね。何となく見た目からして、かつてのショーン・コネリーぽい格好ですし、やっぱり英国諜報部員と云えばジェームズ・ボンドなんですかねえ。
 他にも、実際の〈エニグマ〉解読に関しては、イギリスでの解読作業以前に、ポーランドでの関係者達の尽力が大きな助けになっていたそうですが、本作ではそのあたりは省略されてしまっております。

 さて、解読不能の暗号〈エニグマ〉を扱った映画と云えば、他にもありましたね。
 ジョナサン・モストウ監督の『U-571』(2000年)と、マイケル・アプテッド監督の『エニグマ』(2001年)が有名でしょうか。前者はマシュー・マコノヒーや、ビル・パクストン、ハーヴェイ・カイテルといった男臭い俳優がそろった潜水艦ものの戦争映画で、後者はミック・ジャガーが製作したことで話題になったサスペンス映画の趣でした(ケイト・ウィンスレットも出演してましたし)。
 ドイツ軍の潜水艦からエニグマ暗号機を奪取してくるストーリーと、暗号解読チームの中の裏切り者を探すストーリーでしたっけ。

 ともあれ、多分本作が一番史実に近い出来なのではないでしょうか(エニグマ絡みのドラマは他にも色々とありますが、とても全てはカバー出来ませんデス)。
 チューリング博士の生涯についても、本作以前に戯曲『ブレイキング・ザ・コード』があって、後にTVドラマ化もされたそうですが、そちらは未見デス。舞台版、TV版共にチューリング博士役はデレク・ジャコビが演じていたそうなので、一度観てみたいものです。

 本作は、アラン・チューリング博士の為人を描くことにかけてはかなり力を入れていますし、暗号解読そのものを描いているところも興味深い。
 中でも劇中で制作される暗号解読機の威容が圧巻です。まさに「チューリング・マシーン」と呼びたくなる代物です。無数のギアが複雑に絡み合ったコンピュータの御先祖様ですが、これがガシャコンガシャコンと幾つもの円盤を回転させて演算を実行していく様子が素晴らしいデス。SF者はこういう描写に燃える(スチームパンクぽいテイストも感じます)。
 「マシーンに対抗できるのは、別のマシーンだけだ」なんて台詞も、ちょっと熱いですね(何となく日本のアニメでよく聞く台詞のような)。
 でも実際の暗号解読機は、見た目がもう少し地味だったとか、一台だけではなく何台も制作されたとか、まぁ色々と脚色されている部分はあるようです。

 他にも劇中では、当時の記録映像が何度も使用されているところが印象的でした。ロンドン空襲の様子や、四連装主砲の英戦艦や、Uボートなどの映像がリアルです。
 そして空襲後の瓦礫が散乱するロンドン市街のセットも生々しい。美術がいい仕事しています。さすがアカデミー賞にノミネートされるだけのことはある。
 早く暗号を解読しないと、損害は広がる一方であると云うプレッシャーにも繋がる演出でした。

 ところが首尾良く〈エニグマ〉を解読できても、そこでドラマは終わりません。解読不可能な暗号を解読しました。めでたしめでたし、では済まさないのか。
 まぁ、考えてみれば当然ではありますが……。
 敵に解読に成功したことを悟られてはならない。すぐにコードが変更され、また対応に追われることになる。損害の少ない場合は、敢えてスルーしておき、重要な局面でのみドイツの裏を掻くことにすればよい。
 しかしそれはドイツ軍の攻撃に晒される人々を見捨てると云う決断であり、暗号解読チームは日々、助ける人と見捨てる人を選別する血塗られた作業に追われることになったと云うのがやるせない。
 思いも寄らなかったジレンマに直面する解読チームのメンバー達。

 更に解読チーム内にソ連の二重スパイが存在することも明らかになるが、それもまた諜報部の策により泳がせていたことが判明するに及び、題名である『イミテーション・ゲーム』の意味が実感できてきます。
 もはや一介の数学者には手に負えるものでは無い。誰もが誰かを騙し、偽り、欺瞞に満ちたゲームを繰り広げているかのようです。
 このあたりで見せるマーク・ストロングの諜報部員としての貫禄が流石デス。論理と計算に秀でた数学者でも、人間同士の騙し合いには為す術も無い。

 しかしそれを云い出すと、自分もまたゲイであることを隠し、世間を欺いているわけで、あまり他人を責めていると自分にも跳ね返ってきそうなところがもどかしい。
 スパイの存在からキーラ・ナイトレイの身を守ろうと、本心を偽って別れ話を切り出し、誤解を受けたまま唯一理解し合える異性だったキーラに去られる博士。
 やっと終戦を迎え、すべての資料を焼却できたときには、メンバー全員が肩の荷が下りる思いだったことでしょう。
 何となく、そんな証拠隠滅のような事をして、ホントにいいのかと思わないではありませぬが、〈エニグマ〉なんかに関わってしまった一般人としては、さっさと解放されたいと云うのが本音だったような気がします。

 そしてまたドラマは戦後に戻ってきますが、〈エニグマ〉解読は軍の機密事項である為に業績を公表できず、不遇を託つチューリング博士は、逆に同性愛者であることを暴かれ有罪判決を受けるに至る。イギリスでは一九六七年までゲイは犯罪だったというのが、ちょっと信じられません。何たる時代錯誤か。
 更に投獄か薬物治療かの二者択一を迫られ、ホルモン療法を受ける保護観察の身となるわけですが、女性ホルモンの注射で同性愛の性向を矯正するなんて可能なんですかね(性欲を抑えると考えられていたそうですが無茶なことを)。
 薬物投与の副作用は明晰な頭脳の働きを阻害し、かつての天才数学者の面影が見るも無惨な有様です。働かない頭でマシーンの改良に取り組む姿が切ない。

 そして一九五四年、四二歳で死去。警察は自殺と断定したそうですが真相は不明。
 結局、チューリング博士の業績が公表されたのは一九八二年。戯曲『ブレイキング・ザ・コード』の初演が一九八六年。そこから色々ありまして、名誉は回復され、エリザベス女王による正式な恩赦の発効が二〇一三年。遅すぎですねえ。
 英国がゲイにもっと早く理解を示し、チューリング博士が長生きできていたら、どんなことを成し遂げたかと想像すると残念でなりませんデス。きっとスティーブ・ジョブズやビル・ゲイツなんて出る幕なかったのでは。
 今やチューリング・マシーンはコンピュータと名を変え、我々の生活を支えてくれているわけで、こんなブログを書いていられるのもチューリング博士のお陰ですね。「コンピュータのゴッドファーザー」には多大なる感謝を捧げる次第デス。




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