2015年3月29日日曜日

ジュピター

(Jupiter Ascending)

 ラナ&アンディ・ウォシャウスキーの姉弟が制作し、監督も脚本も務めたオリジナルのSF映画です。代表作である『マトリックス』三部作以降の監督作品は、『スピード・レーサー』(2008年)と『クラウド アトラス』(2012年)がありますが、どちらもあまり成功したとは云い難い。さて今度はどうでしょうか。

 予告編の段階から、ビジュアルは実に見事だけどきっと中身はスカスカなんだろうなーなんて考えておりましたら、案の定でありました。
 ウォシャウスキー兄弟、いや姉弟の、映像的なセンスは疑うべくもありませぬが(コミックス作家出身ですし)、ストーリーが弱い気がします。『マトリックス』も第一作目が飛び抜けて素晴らしかったけど、二作目以降はそれなりでしたし(好きなんだけどね)。
 とは云え、SF者としては傑作駄作を問わず、とりあえず公開されたら観ておかねばなりますまい。

 本作もまた壮大なスケールのSFアクション大作には違いないのですが、非常に懐かしいスペースオペラの香りがプンプン漂っておりました。これは狙って制作しているのでしょうか。
 ジャンルとしては「スペースオペラ」以外に思いつけません。
 最新のCG特撮で、非常に古風なスペースオペラを映像化したらどうなるか、と云う試みなのでしょうか。なんかもう五〇年代か六〇年代あたりの、現代科学からすると如何なものかと思うような設定を大真面目に映像化していて、それがまたそれなりにリアルに見えるが故に、妙に信憑性があると云うか、一周回ってこんな設定でもやっぱりアリなのかと思ってしまうような感じがします。回りくどいデスカ。

 似た感じのするSF映画としては、アンドリュー・スタントン監督の『ジョン・カーター』(2012年)を思い浮かべます。劇伴が同じマイケルジ・アッキーノである所為でもありましょうか。
 いや、作品の内容とかよりも、制作上の方向性のようなものが似ている。

 『ジョン・カーター』と云えば、原作はエドガー・ライス・バローズ(『火星のプリンセス』な)。それに対して、本作はきっとエドモンド・ハミルトンが原作なんでしょと云いたくなりました。いや、歴としたウォシャウスキー・オリジナル脚本ではありますが。
 古いSF者としては、本作にはいたるところにドコカデミタ感が漂っているのが感じられます。
 基本設定からして、『スターキング』とか『星間パトロール』を彷彿する印象です。まぁ、よくあるSFのパターンですから、最大公約数的に抽出すれば、アレにもコレにも似ていると思えてしまうのは仕方がないのでしょう。

 ハミルトン以外にも、「動物の遺伝子を使用した半獣人(しかもイケメン)」とか、「地球が異星人により収穫される」とか、「星界の王が不老長寿である秘密」とか、「知性化したクリーチャーの下僕」とか、あっちにもこっちにも元ネタがあるのが伺えて、ツッコミ処が満載です。
 「一般人に気付かれずに紛れ込んでいる異星人たち」とか、「主人公が地球を所有することになって、半獣人の恋人と……云々」なんて展開も、思い当たる節がアリアリですわ。

 多分、開き直ってアレンジしているんだろーなー。逆に、ネタの出所を幾つあげられるかでSF者同士競ってみるのも面白いのではないかとさえ思えます。
 深く考えると、そんなことで不老長寿になれるのかとか、「収穫」にかかるコストの方が高く付くのではないかとか、色々と疑問に思える部分がありまくりです。その辺のウォシャウスキー姉弟のスタンスは『マトリックス』の頃から変わらないようです。むしろツッコミ待ちなのか。ツッ込まないと失礼なのか。

 本作の主演は、ミラ・クニスとチャニング・テイタム。以下、共演がショーン・ビーン、エディ・レッドメイン、ダグラス・ブース、ジェームズ・ダーシー、ペ・ドゥナ、ティム・ピゴット=スミスといった皆さん。何人かは過去のウォシャウスキー関連作品にも出演しておられますね。
 テリー・ギリアム監督もカメオ出演しておりました。
 
 ミラ・クニスはつい最近、ウィル・スミス制作のリメイク版『ANNIE アニー』(2014年)の中にカメオ出演しているのを見かけました。劇中劇である珍妙なSFファンタジー映画の登場人物でしたが、カメオ出演でなくてもやっぱりこの手の映画には出てしまうのですね。
 本作では、星間文明を牛耳る一族の長の生まれ変わり──同一遺伝子を持つ──と云う役どころです。地球の正統な継承者である王女様ですが、出生の秘密に気付かず冴えない地球暮らしに甘んじている。

 『ANNIE アニー』の劇中劇では、ミラ・クニスの相手役はアシュトン・カッチャーでしたが、本作に於ける相手役はチャニング・テイタムです。今回はオオカミの遺伝子を混じらせたヒーローの役です。ちょっと毛深いところや牙のメイクがありますが、甘いマスクは相変わらずです。
 ミラ・クニスを守護するスペースレンジャー隊員と云うか、星間パトロール隊員。

 チャニング・テイタムの元上司であるのがショーン・ビーン。ワケアリで落ちぶれて、地球人に混じって暮らしている異星人です。
 近年では、TVシリーズ『ゲーム・オブ・スローンズ』のスターク卿の役が有名で、あまりスクリーンではお見かけしなくなりましたが──たまに『白雪姫と鏡の女王』(2012年)とか、『サイレントヒル : リベレーション』(同年)でチラリとお見かけするくらい──、本作ではそれなりに出番の多い重要な役になっています。かなり渋く歳をとってきましたね。

 でも一番印象的なのは、ミラ・クニスを亡き者にして地球収穫を企むエディ・レッドメインでしょう。つい最近、『博士と彼女のセオリー』(2014年)のスティーヴン・ホーキング博士の役を演じ、今年(2015年・第87回)のアカデミー賞で見事に主演男優賞を受賞したことで話題になった人ですが、あの車イスの物理学者とは似ても似つかぬ格好になっています。もはや別人。
 マザコンで屈折していて、線が細くてナヨナヨしている割に冷酷な星界の王と云う、アニメのキャラクターのような造形を楽しげに演じておられます。
 エディ・レッドメインによらず、基本設定やストーリー、キャラクターの造形からすると、本作は日本でなら間違いなくSFアニメになっていたことでしょう。

 本作はドコカデミタ感満載のSF大作でありますが、古いSF者からすると逆に思い当たる節が幾つもあって、どの設定が採用されているのか、世界観を把握するまでにしばらくかかってしまいました。
 例えば、宇宙の星々に人間の種を蒔いて、文明を発達させて、頃合いを見計らって「収穫」することを生業にしている一族がいるのですが、この一族の星間文明内でのポジションが始めのうちは把握し難かったです。
 絶大な権力を持ち、惑星一個分の知的種族を丸ごと絶滅させて平気な顔をしているのはいいのですが、その権力がどこまで及ぶのか、なかなかピンと来ませんでした。

 相当な権力者ですが、銀河帝国の皇族とかではないらしい。逆に、星間文明はかなり民主化されていて、「帝国」ではない。一族と云えども、逆らえない法律があって、それに抵触すると星間パトロールに取り締まられることになる。
 好き勝って出来るのは、領有を認められた星(私有地と云うワケか)の中だけ。そして一族は星々から「収穫」してきたモノで商売しており、その莫大な売上でいい暮らしをしているようです。当然、ビジネスに失敗すれば没落することもあり得る。

 『スター・ウォーズ』や『スター・トレック』なんかとは違う、どちらかと云うとフランク・ハーバートの『デューン』に見られるようなスタイルですね──とは云うものの、SF者でない人にどこまで理解してもらえるものやら。
 とりあえず、荘厳な宮殿を思わせる巨大な宇宙船や、大時代的に凝りまくった衣装や華麗な美術あたりにそう思わせるものがあるのだと御理解ください。
 これらの美術は実に見事です。特に、ドレスアップしてメイクしたミラ・クニスの美しさはちょっとしたものでした。

 しかし一方では、宇宙にも官僚主義がはびこっているという、ちょっとお笑いの設定もあります。
 ミラ・クニスが、地球の正統な継承者であることを承認してもらえるまでに、お役所の窓口をたらい回しにされると云うシチュエーションがありました。『銀河ヒッチハイク・ガイド』(2005年)のような、英国SF風の描写ですね。
 あるいは『モンティ・パイソン』や『未来世紀ブラジル』的でもある……と思っていたら、宇宙のお役所の遺産相続担当窓口の小役人はテリー・ギリアム監督がカメオ出演で演じていたというセルフパロディのようなオチでありまして、壮大なスケールのストーリーである割に、そこだけ妙に矮小すぎる設定のギャップが笑えます。
 
 冒頭からミラ・クニスのモノローグにより、彼女の生い立ちが語られていきます。ロシア系の移民二世であり、天文学好きの父親によって「太陽系最大の惑星」の名前を付けられる。これもある種のDQNネームなのか。
 しかし幼くして両親を亡くし、親戚らに育てられて成長するが、暮らしぶりはよろしくない。日々、ハウスクリーナーとして他人の家を清掃し生計を立てている。
 実は星間文明に名を馳せる華麗なる一族の御令嬢がトイレ掃除に甘んじている、と云う設定がその後のストーリーの壮大さとのギャップを感じさせますが、主人公の日常生活から始めて、出生の秘密を知り、宇宙に出かけていくまでの展開が結構、長いです。

 並行して、遠い宇宙のいずこかではエディ・レッドメインがそろそろ地球収穫をと企み始めるものの、正統な継承者ではないことで計画が進められない。ならば地球にいるミラ・クニスを謀殺し、継承権二位の自分が地球を相続すれば問題なし。
 裏でそのような展開になっているとは露知らず、地球に潜入した暗殺者らから命を狙われるミラ・クニス。そこへ、いきなり助けに現れる謎のイケメンがチャニング・テイタムと云う流れです。
 実に展開がラノベぽいと云うか、アニメぽいと云うか。

 どんなに地上でドンパチしても、目撃者の記憶を消して、翌日には元通りという設定は『メン・イン・ブラック』(1997年)あたりからのネタですね。人知れず地球の片隅で異星人達が暗闘を繰り広げる……というワケでは全くない。
 これでもかと云うくらい目立ちまくっているのが清々しいデス。舞台となる現代シカゴの高層ビル群を惜しげもなく破壊し、爆発させ、絶対騒ぎになるだろうと思っていたら、御都合主義的な記憶操作で一件落着というオチが安直ですが、スペースオペラなんだから深刻に考えてはいけません。
 そして、ミラ・クニスは怒濤の展開から己の出自を知って宇宙に飛び出し、地球の所有権を争い、エディ・レッドメインの陰謀に立ち向かうというのが大筋であります。所有権を奪われれば、人類は即絶滅でありますので負けるわけにはいかない。

 印象的なガジェットが随所に登場しますが、一番印象的なのはチャニング・テイタムが履いている反重力ブーツでしょうか。
 靴底が青く光って空中を滑走できるという代物ですが、一番身近で魅力的なアイテムでありましょう。SFでは大して珍しくもないアイテムですが──『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(2014年)なんかでも見かけますし──、ストーリーの随所でチャニング・テイタムがこれを活用して窮地を脱するなどの演出が巧いです。
 でも、おかげで『ジュピター』と云えば反重力ブーツ──しか印象に残らなくなってしまいました(笑)。
 SFアクション映画としては『スター・ウォーズ』や『スター・トレック』などのシリーズものとは一線を画したような作りですが、これ一作をもって「スペースオペラの復権」と唱えるのは如何なものかと思いますデス(むしろ徒花ぱい)。




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