2013年3月20日水曜日

クラウド アトラス

(Cloud Atlas)

 「ウォシャウスキー兄弟」改め「ウォシャウスキー姉弟」の監督・製作による大作SF映画です。スケールの大きい壮大なスペクタクル巨編ですが、上映時間も一七二分と半端ありません。
 『スピード・レーサー』(2008年)以降、お見かけしないのでどうしているのかと思っていたら、その間にローレンス・ウォシャウスキー(兄)はラナ・ウォシャウスキー(姉)になっていたようです。
 弟のアンディはそのままか。こっちは妹にはならないのか。

 キアヌ・リーブス製作で、ハリウッドの大物監督やスタッフたちが出演して業界の変遷についてを語ってくれるドキュメンタリー映画『サイド・バイ・サイド : フィルムからデジタルシネマへ』(2012年)を観たときに、マーティン・スコセッシや、ジョージ・ルーカスといった監督へのインタビューと共に、このウォシャウスキー姉弟へのインタビューも収録されていて、なかなか興味深かったデス。
 うーむ。見た目も完全に女性化しておられる。「性転換した」と云うニュースは耳にしておりましたが、目の当たりにしたのはあの時が初めてでした。

 監督はウォシャウスキー姉弟だけでなく、トム・ティクヴァも共同監督として名を連ねております。
 ティクヴァ監督と云えば『ラン・ローラ・ラン』(1998年)とか、『パフューム/ある人殺しの物語』(2006年)などで存じております。『ザ・バンク/堕ちた巨像』(2009年)もありましたね。
 その所為か、本作はアメリカのみならず、ドイツ、香港、シンガポールといった国の合作になっております。大作過ぎて制作費も半端なかったと云うことでしょうか。
 監督が三人がかりと云うのも何となく納得であります。

 本作はデイヴィッド・ミッチェルの同名の小説の映画化で、原作の方も翻訳が出版されております(河出書房新社)が、こちらもハードカバー上下巻と云う大作です。なかなか読む暇もないなぁ。
 この原作は二〇〇四年のブッカー賞最終候補にまで残ったそうで。同じく二〇〇五年のネビュラ賞にもノミネートされていたとか(こちらはL・M・ビジョルドの『影の棲む城』が長編部門を受賞しました)。
 原作未読のまま鑑賞したので、どこまで忠実に映像化されているのかは判りませんが、映画としてのビジュアルは見事なものです。

 時代の異なる六本のエピソードを、同時進行させながら、少しずつリンクさせていこうという荒技ですが、シャッフルされて語られていくドラマが初めのうちは取っつきにくいですが、慣れてしまえばなかなか面白いです。
 短編映画を六本まとめて鑑賞しているようで、お得感はありますかね。

 第一のエピソードは、一八四九年の太平洋諸島。とある弁護士の数奇な航海記。
 第二のエピソードは、一九三六年のスコットランド。幻の名曲の誕生秘話。
 第三のエピソードは、一九七三年のサンフランシスコ。ハードボイルドな探偵物語。
 第四のエピソードは、二〇一二年のロンドン。雑誌編集者のドタバタ冒険談。
 第五のエピソードは、二一四四年のネオ・ソウル。クローン少女の革命物語。
 第六のエピソードは、二三二一年のハワイ。文明崩壊後の人類の末裔の行く末。

 時代もバラバラ──十九世紀から文明崩壊後の二四世紀まで──のエピソードですが、出演者がほぼ同一なので、御先祖と子孫なのかと思ってしまいます(二つのエピソードに跨がって同一人物を演じている方もおられますが、これは例外か)。
 中には人種や性別の異なる役までこなしている俳優もおられます。
 演じる側としては、これは大変ですが、やり甲斐のある楽しい仕事なのでしょうか。

 主演はトム・ハンクスとハル・ベリー。他にジム・スタージェス、ベン・ウィショー、ジム・ブロードベント、スーザン・サランドン、ヒューゴ・ウィーヴィング、ヒュー・グラントと、錚々たる面子が揃っております。配役の面でも大作です。
 各時代のエピソードで、各々が善人になったり、悪人になったり、主役を張ったり、脇役に回ったりしながらドラマは進行していきます。
 中でもヒューゴ・ウィーヴィングとヒュー・グラントは全エピソード皆勤賞です。

 見どころは、エピソード別に登場する俳優達の、別人かと見紛うほどに笑える過剰なメイクでしょうか。同じ顔でもそんなに問題ないとは思いマスが、やたらと別人であることを強調する為に、見た目や性格も変えています。
 トム・ハンクスが「ヤンキー作家」になるくらいならまだしも(丸刈りが似合わねー)、ヒューゴ・ウィーヴィングが「屈強な女性看護士」役で登場したときは笑いました。
 しかしヒュー・グラントは更にその上をいく「未開部族の戦士」役です。これが凶悪。もう顔面にペイントしまくりの、アンタ誰な状態。ヒューゴも負けじと「邪悪な精霊」役でも登場するし、第六エピソードはスゴいことになっています(笑)。

 でも過剰な老けメイクや、女装くらいなら問題なしですが、人種を越えるメイクは如何なものか。年齢や性別を超えるよりも、違和感を感じました。かなりビミョーな感じがします。
 ハリウッドでは昔、白人俳優が顔を黒く塗って黒人を演じていたことがあり、今では人種差別的であると廃れたそうですが、黒人が白人を演じるのはOKなのかしら。
 でも「色白なハル・ベリー」はちょっと不自然な感じでしたけどね。
 更に、本作では白人俳優がアジア系人種や、オセアニア系人種(多分)を演じたりします。

 巧いのは、それらは未来のエピソードになっている点ですね。SFならナンデモアリですから。
 文明崩壊後の遠未来(第六のエピソード)で、太平洋上の島に暮らす未開人となった一族の男をトム・ハンクスが演じるのは特に不自然には感じられません。白人が顔面にマオリ族風の刺青を施しているのもエキゾチックであります。まぁ、スーザン・サランドンの呪術師はちょっとヤリスギな感じもしますし、ヒュー・グラントやヒューゴ・ウィーヴィングに至っては(以下略)。

 しかしもう一つの第五エピソードは如何なものか。
 二二世紀のネオ・ソウルを舞台に、ペ・ドゥナ演じるクローン少女の叛乱を描くエピソードでは、俳優の皆さんが揃って「吊り目の平たい顔」になっている。
 これは如何にも不自然。異様な風貌と云っても良い。
 ハル・ベリーに至っては、もはや面影を残すこともありません。あのサイバネスティック医師は、スター隠し芸大会並みのギャグでした(しかも指摘してもらえないと判らん)。
 この不自然さが却ってSFらしさを強調するとは云え、それ以外の時代とはあまり連続性が感じられません。こんなことしているのは、このエピソードだけですし。
 アジア的風貌に整形するのがこの時代の流行だったのか。
 まぁ、あの風貌で「日本人です」とか云われると、もっとクレーム付けたくなりますが、韓国人だからいいか(いやいやいや)。
 韓国の人達は本作を観てどういう感想を抱かれたのか、ちょっと訊いてみたいところデス。

 本作では個々のエピソードはそれなりに面白いのですが、肝心の「輪廻転生を繰り返す魂」と云うテーマがイマイチ巧く伝わってこない感じがしました。
 身体のどこかに「彗星型の痣がある」と云う設定は『南総里見八犬伝』の様でもありますが、その痣を受け継いでいるから同じ魂の持ち主というのが、それほど重要には感じられないのが残念なところです。
 劇中では「人は輪廻転生を繰り返し、何度も出遭い続ける」と言及されます。死は扉に過ぎず、ひとつが閉じれば、また別の扉が開く。
 何度も繰り返し出遭い続けるのは、同じ俳優を使っているので理解できます。
 判らないのは、その目的でして。

 各エピソードで、登場人物達はそれぞれに困難に遭遇します。各時代の状況に沿ったシチュエーションで、危険を乗り越え、困難は克服されていく。あるときは悲劇に終わるが、別の時にはハッピーエンドを迎える。
 そうして「超えられない壁などない」ことを訴える演出なのはいいでしょう。いかなる困難も必ずや克服される。越えられない壁などないのだ──という実に前向きなメッセージです。
 特に監督自身が「性別の壁」を乗り越えているので、そういう主張には信憑性ありますねえ。

 判らないのは「困難を克服する魂が、別に輪廻転生している必要は無いのではないか」と思えてしまう点でして……。
 確かに困難を克服していくエピソードは感動的であったり、スリリングであったりします。でもそれを六回(またはそれ以上)繰り返すことの意味が薄弱に思われます。
 五百年近い時代に渡り「彗星型の痣」を持つ人物が時折、世に現れては出会いと別れを繰り返す──だけ。
 最終的にこれがどうなるのか明示されないままストーリーは終わってしまいます。
 時代を超えて続いていくことに意義があるのでしょうか。
 各エピソードは完全に断絶しているわけではなく、細かい部分でリンクしている描写はあります。

 第一エピソードでの航海日誌が書籍となり、第二エピソードで読まれている。
 第二エピソードで作曲された曲が録音され、第三エピソードでレコードになっている。
 第三エピソードでの事件が小説となり、第四エピソードで編集者に読まれている。
 第四エピソードでの出来事が映画化され、第五エピソードで視聴されている。
 第五エピソードの登場人物が神格化され、第六エピソードで崇め奉られている。

 これらの設定や、編集のカットのつなぎで、全体の繋がりを感じることが出来るのですが、個人的にはこれだけではちょっと弱い(SF者としては『ソイレント・グリーン』(1973年)に言及した小ネタが笑えて好きなのですが)。
 特に第二エピソードで作曲された〈クラウド・アトラス六重奏〉がほとんど印象に残らないのが辛いです。もっとガンガン、六重奏を鳴らして、各エピソードを繋いだ演出にして戴きたかった。

 あるいはラストシーンで、同じ魂の持ち主が時空を越えて一堂に会するような場面があると判り易かったのかしら。
 壮大な物語であり、SFの枠を超えた大作ではあるのですが、もう一度観るのは結構、ツラいかなあ。リンクする小ネタの確認と、誰がどの時代で何の役だったかを確認するのも一興でしょうけど。




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