2014年2月5日水曜日

オンリー・ゴッド

(Only God Forgives)

 ニコラス・ウィンディング・レフン監督でライアン・ゴズリング(以下、ゴズりん)主演のクライム・サスペンス映画『ドライヴ』(2011年)は素晴らしかったです。ハードボイルド映画の鑑です。
 『ドライヴ』が評判になって、日本でもそれ以前の監督作品──『ブロンソン』(2008年)とか、『ヴァルハラ・ライジング』(2009年)──が公開されたりしておりましたが、諸般の事情により観に行けませんでした。
 本作でやっとレフン監督作品も二本目鑑賞。今度もまたゴズりん主演なのだから、まずハズレではあるまい。

 ……と思っていたのですが。うーむ。どう云えばいいのやら。
 非常にスタイリッシュな作品でしたね。
 ただ、まぁ、ナンと云いますか。スタイリッシュも度を超すと一周回って野暮ったくなると云うか、エキセントリック過ぎて付いていけなくなると云うか。
 例えるなら、名を馳せた鉄人シェフが高級食材を使って独創的すぎるB級グルメを調理しているような感じがします。
 実際、本作は昨年(2013年・第66回)のカンヌ国際映画祭で、拍手喝采とブーイングがごっちゃになっていたそうです。それも宜なるかな。本作は好みが激しく分かれる作品でしょう。
 色鮮やかな色彩と様式美に則ったバイオレンス描写に、独特のスタイルを感じるのですが、私には今ひとつでした。

 まず、予備知識が皆無だった──監督と主演くらいしか知らなかった──ので、いきなり読めない文字がスクリーンに躍ってくれたので面食らいました。英語ではない。かと云ってフランス語や、デンマーク語でもない(本作はフランス・デンマークの合作ですが)。
 ヨーロッパ映画らしからぬフォントはどう見てもアジア系です。マサラ・ムービーでも観ているかのような錯覚に陥りました。
 冒頭から、ムエタイの試合が映るので、やっと「あれはタイ語だったのか」と納得しました。
 本作は全編、タイの首都バンコクを舞台に展開します。背景がエキゾチックであることには疑いないところですが、演出のスタイルには戸惑いを感じます。

 ゴズりんはバンコク在住のアメリカ人で、兄弟でムエタイ・ジムを経営しているようです。しかし裏では麻薬密売といった裏稼業にも手を染めております。
 あるとき、ゴズりんの兄(トム・バーク)が殺され、アメリカからゴッドマザー(クリスティン・スコット・トーマス)がやって来る。これが実に怖ろしい鬼ママで、ゴズりんに兄の仇討ちを命じると云うストーリー。
 実にシンプルな筋書きです。ひねりなし。

 その上、台詞も極力ありません。半分以上、サイレント映画のような趣でした。
 それが悪いワケではありませんし、過剰な説明台詞の多い邦画に比べれば、むしろ画で判らせる演出であるのは好ましいところです。
 しかし感情表現も極力廃された演出なのは如何なものか。
 とにかく主演のゴズりんを始めとして、登場人物に喜怒哀楽がない。表情がほとんど変化しない。どいつもこいつも仏頂面の能面演技で、何を考えているのか判らない。
 それも含めて、人物の行動だけで判らせようという演出方針のようです。ちょっとハードボイルドも行きすぎた感じがします。

 台詞がほとんどないまま、映像と音楽、効果音だけでストーリーが進展していきます。本作の音楽は『ドライヴ』と同じ、クリフ・マルティネス。
 そして効果音もまた凄みがあるというか、ぶっちゃけ荒木飛呂彦の『ジョジョの奇妙な冒険』のようでした。不自然なまでに赤いネオンライトに照らされて、無言で佇むゴズりんの背後に重低音の効果音。「ゴゴゴゴ……」と云う擬音が目に見えるようです。
 ついつい、ゴズりんが「ジョジョ立ち」しているような錯覚も覚えます(やってません)。
 もし本作をコミカライズするなら、是非とも荒木飛呂彦にお願いしたいところです(笑)。

 本作もクライム・サスペンスであるので、登場するのはゴズりん一家──バンコクを根城にする麻薬密売組織──と、タイ警察の人達。この警察が到底、法の番人とは思えぬ集団です。
 法を無視した無法捜査ぶりが凄まじい。制服を着ていなかったら、対立するマフィアかと思ってしまうところです。
 本作は結局、バンコクを舞台に二つの集団が血で血を洗う抗争に突入していくストーリーになっておりまして、目撃者が多数いるのに路上でマシンガンをぶっ放したり、警察署長が独断で犯罪者をぶった斬ったりしております。
 バンコク版『仁義なき戦い』と云うか『県警対組織暴力』と云った風情です。スタイリッシュを目指して、荒唐無稽に転落しているような。

 荒唐無稽と感じられる最たる理由が、もう一方の主人公──と云うか、こっちの方が目立っていますが──タイ警察の警察署長です。いや、「署長」なのかどうか怪しいところですが、制服を着た警官を部下にして、殺人現場に現れたり、捜査活動を指揮したりしているので、やはりそれなりの地位にいるのでしょう。
 台詞が少ないから、そのあたりも見た目で判断しなければなりません。
 この署長役は、ヴィタヤ・パンスリンガムと云うタイの俳優さんです。一見、どうと云うこともないオヤジさんです。制服も着ておらず、地味な開襟シャツですから、そんなに凄い人のようには見えません。

 しかしこの署長はタイのサムライだったのだ。タイの刀剣は日本刀のように先端が尖っておらず、幅広のままなので長いナタのような印象ですが、署長はこれを常時携帯しております。
 タイの銃刀法は日本のそれとは異なるのか。あるいはクエンティン・タランティーノ監督の『キル・ビル』(2003年)のように端から無視しているのかのどちらかでしょう。
 署長はこれで気に入らない奴をドンドンぶった斬ります。

 刀剣の美しさは判ります。鍛えられた鋼の美しさは画面から伝わってくるところですが……。
 署長はこれを自宅に何本も所持していて、朝の散歩の際にも、刀を手にしてひゅんひゅんと振り回しながら歩いております。いいのかそんなことして。
 何やら様式があるのか、そのような流派であるのか、刀を振り回す手際にも一種の舞踏のような趣が感じられるのですが、説明が無いのでよく判りません。まったく無言で、刀を振り回して公園を散歩するのが日課のようです(誰か通報しろよ)。
 画面からは「署長はそういう美意識の人である」以上のことは判りません。

 そして署長はその刀を背中に隠している。それまでそんな刀をもっている素振りもなく、見た目も仕込んでいるようには見えなかったのに、凄みを効かせて相手を睨みつけながら、首筋の後ろから忍者のように刀剣を抜き放つ(鞘は見えない)。
 署長が抜刀するときは常に正面から捉えたショットです。そういうスタイルなのか、劇中では三回ほど同じ様式で抜刀します。色々とお約束の多い作品です。
 また、署長は人を斬った後は必ずカラオケを歌いたくなるようです。本作ではヴィタヤ・パンスリンガムが無表情のまま、マイクを片手に朗々と歌う場面が数回、挿入されます。
 もう意味不明。とにかく「斬ったら歌う」、「斬ったら歌う」のパターン。

 こんな難儀な警察署長を相手にしなければならないゴズりんに同情してしまいます。
 発端はゴズりんの兄貴が少女売春に手を出した上に、相手の少女を殺してしまったことから始まっております。殺された少女の父親が、娘の復讐に兄貴を殺すわけですが、署長はそれを見て見ぬ振り。
 そのあとで、そもそも娘を娼婦にするとは何事かと、父親の腕を斬り落としたりもします。
 それ故、兄貴を殺した男だけでなく、それを許した警察署長までもが復讐の対象となる。

 ゴズりんの方はもっぱら表稼業のムエタイ・ジムを経営し、ヤバい仕事は兄貴が仕切っていたような印象ですが、詳しい説明が無いのでよく判りません。
 やがて本国から母親がやって来る。組織の首領である鬼ママ、クリスティン・スコット・トーマスの台詞が一番、多いです。『サラの鍵』(2010年)のシリアス演技や、『砂漠でサーモン・フィッシング』(2011年)のコミカル演技もお見事でしたが、本作の凄みを効かせた演技も素晴らしいです。『危険なプロット』(2012年)でもお見かけしましたが、出演作毎に別人のようです。

 だんだんと、母親は長男だけを溺愛しており、次男ゴズりんは蔑ろにされていたことが判ります。命じられた兄の仇討ちも、ゴズりんにとっては母の愛を得る為に嫌々やっているようです。
 「ようです」としか書けないのは、劇中ではゴズりんにやる気があるのかないのかよく判らないからです。兄貴が殺されても涙一つ見せず、淡々とした表情で母の言葉を聞いているだけ。
 多分、母が望まなければ復讐はしなかったのだろうとは推察されます。

 始めは組織の手下だけで署長の命を狙いますが、あの警察署長がチンピラ風情に殺られるわけもなく、逆襲されてチンピラ達の方が酷い目に遭います。組織の首領の居所を白状させるための尋問──ぶっちゃけ拷問──が実に凄惨です。
 本作には結構、血生臭い描写が随所にあります。血まみれもまたスタイリッシュ。
 そして結局、ゴズりんにお鉢が回ってくる。でも、署長との初対面のシーンでは、いきなり殺し合いにはならず、ムエタイ勝負をしてボコボコにされてしまう。殴られて腫れ上がったゴズりんのメイクが痛々しいです。

 誰もが無言、無表情のまま進行していくドラマですが、日活の「渡り鳥」シリーズのような無国籍アクションぽい様式を取り入れているようにも思われます。それにしては淡々とし過ぎていますが。
 とりあえず署長とゴズりんの顔見せは済ませ、決着はまたあとで(そこで一旦、双方が引き下がる理由がよく判りませんが)。

 結局、ゴズりんは母が望むのならと、手下を引き連れて署長の自宅を襲撃に出かけていくのですが、署長の家族までも皆殺しにしろという母の命令には従わない。むしろ「皆殺し命令」を実行しようとした手下を殺してしまいます。
 一方、署長の方はゴズりんと入れ違いに、鬼ママがいるホテルを襲撃。女であろうと容赦なく斬り捨てる。
 戻ってきたゴズりんは母の遺体を発見し、無言で佇み、やがて母の腹を切り裂いて手を突っ込む。いや、云わんとするところは判りますが、なかなかエゲツない。

 そしてラストはゴズりんと署長の決着……のハズが、どうも争いはここまでにしようと手打ちに持ち込まれたようです。台詞が無いのでよく判りません。母親の復讐には走らないのか。
 無言で両腕を差し出すゴズりんに、無言で背中から抜刀する署長。
 一応、それ以前に、署長は何らかのケジメを付けるときには、相手の腕を斬り落とすだけで命は取らないと云う描写があるにはあるのですが。
 その後、ゴズりんがどうなったのかは描写されないまま、またしてもカラオケで歌う署長の姿にエンドクレジットがカブってくる(タイ語で)。
 パターンから推察するに、ゴズりんの腕を斬り落としてケジメを付けたのかとも思えますが、これではまるでバンコクの治安を守り抜いたヴィタヤ・パンスリンガム主演の映画のようです。
 タイの映画ファンは満足なのかな。




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