2016年1月6日水曜日

クリード/チャンプを継ぐ男

(Creed)

 シルベスター・スタローンの『ロッキー』シリーズのスピンオフ作品と云われておりますが、シリーズ第七作目ですよね。
 しかも本作は割と出来がよろしいので、更なるシリーズ化もありだとか。
 八〇年代には「お手軽な続編の例え」として『ロッキー13』なんてギャグを飛ばしてくれたコメディ映画もありましたが、あながち外れでも無かったと云うことでしょうか。
 とは云え、題名からもお判りのとおり、本作の主人公はロッキーではありません。ロッキーのかつてのライバルにして親友、アポロ・クリードの息子アドニス(マイケル・B・ジョーダン)と、老いたロッキー・バルボア(シルベスター・スタローン)の物語と云う趣向です。

 『ロッキー・ザ・ファイナル』(2006年)でロッキーJr.役だったマイロ・ヴィンティミリアは出番なし。結婚してカナダで暮らしていると語られ、実の息子とやっぱり疎遠になっているロッキーがちょっと可哀想ですが、レストラン「エイドリアン」の営業は順調のようです。
 さて、『~ファイナル』のロッキーも、高齢でしたが何とかリングに立つことは出来ました。しかしそこから更に一〇年。いよいよ老境に差し掛かり、もはや現役ではない(当然か)。

 そして今でも『~ファイナル』のときと同じように、愛妻エイドリアンの墓参りに行き、墓石の前で語りかけたりしております。ちゃんと同じ墓地の設定であるのが嬉しいですね。
 が、エイドリアンの墓石の隣に、いつの間にか義兄ポーリーの墓石がッ。本作にはバート・ヤングは登場いたしません。なんということだ。
 時の流れが容赦なく押し寄せているのを感じます。

 するとそのうち、スタローンの登場しない続編が製作されたりするのでしょうか。
 プロボクサーとしてデビューを果たしたアドニスが墓参りに来ると、同じ墓地にポーリーとエイドリアンと、その隣にロッキーの墓石があったりなんかする場面が……。
 『クリード2』か、遅くても『クリード3』あたりで、確実にそうなりそうな予感がします。
 そしたら新たにドルフ・ラングレンにも登場して戴きたいところですが、それではギャグか。でも「親の仇」になるワケだし、それはそれでドラマになりそうな気もするのですが……。

 本作の監督はライアン・クーグラー。初監督作品『フルートベール駅で』(2013年)に続いて、本作が二作目になります。
 マイケル・B・ジョーダンを連続して主演に起用しているところを見るとウマが合うのでしょうか。しかしアポロの息子役だと、年齢が合わないような気もしますが、気にしてはいけません。劇中では、アポロが愛人に生ませた子供であるとされ、父と子の年齢が離れすぎている理由を説明しております(それでもちょっと苦しい)。
 マイケル・B・ジョーダンも、『クロニクル』(2012年)や『ファンタスティック・フォー』(2015年)からぐっと大人になったような印象です。ヒゲを生やしている所為でしょうか。

 冒頭、九〇年代のアドニス少年の境遇が簡単に紹介されます。
 父親不在の母子家庭で育つも、幼くしてその母も亡くし、施設に入れられ荒んだ生活を送るアドニス少年。本当はいい子なのに、喧嘩沙汰の毎日。しかし強い。
 そこへアポロの未亡人メリー・アン(フィリシア・ラシャド)が現れ、養子にならないかと申し出る。正妻が愛人の子を引き取って育てると云う、なかなか複雑な家庭環境です。
 アポロ本人は『~4』(1985年)でお亡くなりになりましたが、本作でもカール・ウェザースの勇姿を劇中でチラリと見ることが出来ます。父の顔を知らず、自分の父がどんな男だったのか、ネットにアップされた試合の動画で確認する、と云うのが現代的です。

 しかしアポロは以前からファイトマネーを相当に稼いだ資産家として描かれておりましたので、生活に不自由することは無い。そして時は流れて現代。
 ビジネスマンとして就職し、LAの豪邸に老いた義母と二人暮らしのアドニス青年。将来に何の不安も無いのにどこか満たされず、休日はメキシコまで出かけていき、ストリートファイト紛いのボクシング試合で憂さを晴らしている。
 LAのボクシング・ジム──アポロを輩出した名門ジム──に入門したいが、実力の伴わないアマチュア扱いで本気に受け取ってもらえない。かくなる上は辞職して、本格的にボクサーへの道を歩もうとするが、義母は大反対。
 趣味で済ませている内はまだいいが、プロボクサーは命がけであると説教されてしまう。旦那さんの死因を考えれば当然の反応ではあります。

 しかしアドニスの決意は変わらず、遂に義母の家を出て単身フィラデルフィアへ。父の姓を隠し、母方の姓を名乗って、「ミッキーのジム」に入門します。
 劇中では、フィラデルフィアの街に建つロッキーの銅像も映ります。もはや名所ですね。
 また、ボクシング・ジムがチャンピオンを輩出すると、何年経とうがその栄光の姿をジムの中に貼り出している背景が興味深い。LAのジムではアポロ、フィラデルフィアではロッキーの特大ポスターがデカデカと。やっぱり宣伝になるのか。

 その一方で、アドニスはレストラン「エイドリアン」も訪れる。店内の内装も『~ファイナル』の頃から変わっていません。
 そして閉店時間になっても帰らない青年を不審がるロッキー。妙に過去の対戦成績に詳しい上に、アポロと自分が「三回対戦した」ことまで知っている。
 アポロとロッキーの対戦は第一作と第二作だけではなく、第三作のラストシーンもそうであったと思い出しました。しかも三戦目は観客のいないプライベートな試合だったハズ。
 本作では三〇年以上前の「あの三戦目」の勝敗の結果がさらりと語られたりします。

 ロッキーにだけは素性を明かし、自分のトレーナーになってくれるよう頼みますが、二つ返事で引き受けてくれるはずも無い。追い払われても、また顔を出し、何度もロッキーにアドバイスを求める青年に、次第にロッキーの方も気になり始める。
 かつてのジムにも顔を見せ、アドニス青年のトレーニングに口出ししていくわけで、やがて本格的に特訓が始まります。毎度お馴染みの「音楽で盛り上げつつ、訓練風景をモンタージュで繋いでいく」演出は手堅いですね。

 そういったアドニス青年のドラマと並行して、現役チャンピオンが諸般の事情で引退することになった旨が背景として描かれていきます。しかしその最後の試合に有名な挑戦者を迎えて興行しようとしたら、記者会見の顔合わせの際に血の気の多いチャンピオンが挑戦者をその場でぶん殴って骨折させるなんてハプニングが起きてしまう。
 挑戦者不在のまま、現役チャンピオンは引退せざるを得ないのか。
 もはや流れがミエミエで、「この現役チャンピオンの最後の試合にアドニス青年が抜擢されることになるんだろうなぁ」と云うのが読めてしまいますが、そこは外すことのないテッパン展開。

 それまでは母方の姓を名乗り、「クリード」であることを伏せていたのに、デビュー戦でひょんなことから素性がバレてしまう。そして「アポロの息子をロッキーが育てている」なんてネタにマスコミが食いつかない筈が無く、かくして現役チャンピオンのマネージャーが試合の申込みに現れるという次第です。
 無理なくストーリーが流れていくので、実に判り易い。それはいいのですが、サクサク進行しすぎて、第一作『ロッキー』(1976年)のような悲壮感溢れる盛り上がりに欠けるように思えるのですが、これは年寄りの贔屓目でしょうか。

 「まったくの無名のボクサーが、一勝に一度巡ってきた幸運に人生の全てを賭ける」と云うギリギリな感じが、本作にはあまり感じられないです。状況も異なるので、第一作と同じにはならないのは理解出来ますが。
 どちらかと云うと、本作は『~ファイナル』と同様の悩みを抱えることが描かれています。即ち、「偉大な父親に比べられるプレッシャーに苦しむ」というシチュエーション。ロッキーJr.と同じ悩みをアドニスも抱え込むことになります。
 しかしそれは真の敵ではない。最も手強い敵は自分自身なのだ。本作でもロッキーの台詞には名言が多いデス。

 その一方で、ロッキーとエイドリアンの恋路と同様、アドニス青年にも恋人ができる。ミュージシャンであるビアンカを演じているのは、テッサ・トンプソン。音楽活動もしている女優さんなので、劇中でクラブのステージに立つ様子が堂に入っております。
 無名のボクサーとミュージシャンの恋模様がドラマに花を添えておりますが、あまり重要な要素ではないか。ビアンカが進行性の難聴であり、音楽活動にいずれ限界が来る、なんて設定も語られますが本筋とあまり接点が無いのが残念です(続編への伏線かしら)。

 いずれ音楽活動を諦めねばならないのに、何故ステージで歌うのか。それは自分がボクシングを止めないのと同じ理由からである。誰しも「生きる実感を味わうため」に生きているのだ──と語られておりますが、やっぱりサイド・ストーリーとしては弱いか。
 いや、それよりも重大なことが隣で進行していくので、どうしてもそちらに気を取られてしまうのは仕方ないデスね。
 それが「ロッキーが癌に倒れる」と云う衝撃の展開です。

 奇しくも愛妻を亡くしたのと同じ病であり、抗癌治療の辛さを身に沁みて知っているロッキーは治療を拒否します。愛する者が全て去った世の中で長生きして何になる。
 が、アドニスが黙っていない。チャンプと戦うには死ぬ気でやるしかないと云ったじゃないか。俺のセコンドはあんたしかいない。俺はやるぞ、だからあんたも戦え。
 かなり強引な体育会系的説得ですが、ロッキーには有効な手段でした(同類だからね)。

 かくしてアドニスの特訓と、ロッキーの抗癌治療が並行して描かれていきます。
 しかし抗癌治療によって、頭髪の抜けたシルベスター・スタローンの容貌は観ていて実に切ない。ニット帽を被って隠すようになりますが、闘病生活でロッキーもやつれていきます。
 ドラマとして盛り上がりはしますが、どうにも主人公一人に焦点が絞れないので、やっぱり如何なものかと思ってしまいますねえ。ともすればリングに立つアドニスの姿よりも、それを見守るロッキーの姿の方が気になって仕方がありません。

 そして迎えるクライマックス。
 ドラマとしては、ここまでの布石で充分盛り上がりますので、このあとの壮絶なリング上での死闘は……まぁ、オマケですかね。いや、それはそれでキッチリと手堅く描写されます。
 でも、ちょっとズルい演出が入りますが。
 本作の音楽はルートヴィッヒ・ヨーランソンでありまして、クーグラー監督とは『フルートベール駅で』でも一緒に仕事しておりますが、残念ながら馴染みがありません。
 それはそれとして、それまではルートヴィッヒ・ヨーランソン独自のスコアを流していたのに、打ち合いが続くとビル・コンティの「あのメロディ」が流れてくるとは、何としたことか。
 年寄りはあのメロディにヨワいんぢゃあッ。自動的に涙腺が緩むじゃないか。ヒキョーな!
 だったら「アイ・オブ・ザ・タイガー」や「ハーツ・オン・ファイヤー」も流してくれ。

 あと一歩、及ばず判定負けを喫しますが、悔いはない。試合に負けたが戦いには勝った。チャンプもこれで引退ですし、「これからはお前の時代だ」なんてお墨付きまでもらっちゃいます。
 フィラデルフィアに戻り、ロッキーと二人で「あの美術館前の階段」を登ります。おぼつかない足取りのロッキーを励ましながら階段を上るアドニス。階段を上りきり、フィラデルフィアの街並みを眺めながら「人生、そんなに悪くはないな」と述懐しエンドです。
 あれ。なんか『ロッキー5』(1990年)と似たようなラストシーンですが……でも絵になる風景ですし、本作の方がしんみりしてイイ感じでした。




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