2014年11月19日水曜日

グレース・オブ・モナコ/公妃の切り札

(Grace of Monaco)

 往年の大女優グレース・ケリーの伝記映画です。同時代のハリウッド女優だとマリリン・モンローとか、オードリー・ヘップバーンとかが思い浮かぶところです。懐かしい。
 劇中にマリリン・モンローが登場する映画はフィクションからドキュメンタリまで何作か観た覚えがあり、近年もミシェル・ウィリアムズ主演の『マリリン 7日間の恋』(2011年)とか存じておりますが、グレース・ケリーは本作が初めてでしょうか。
 本作でグレース・ケリーを演じているのは、ニコール・キッドマンです。
 うーむ。似ているような似ていないような。少なくとも、ミシェル・ウィリアムズのように瓜二つという感じではなく、どう見てもニコール・キッドマンにしか見えない箇所も見受けられました。
 まぁ、ブロンドでクール・ビューティなら大丈夫か。

 監督はオリヴィエ・ダアン。『エディット・ピアフ/愛の讃歌』(2007年)の監督ですね。そう云えば、こちらも実在の歌手エディット・ピアフの伝記映画でした。マリオン・コティヤールはこれでアカデミー賞(第80回・2008年)の主演女優賞を受賞したのでした。
 ニコール・キッドマンはどうでしょう。ちょっと難しいか。ドラマも政治的なストーリーが半分以上を占めているので、あまり感動の涙を流すようなものではありませんでしたし。
 もっぱら一九六二年から一九六三年にかけてのモナコ公国の危機が描かれ、モナコがフランスに併合されることなく、如何にしてその危機を乗り切ったのかが描かれております。
 その意味では、グレース・ケリーの伝記と云うのもちょっと違うか。ある時期のグレース・ケリーではありますが、半生を描くほどではないです。

 実話に基づいておりますので、国際的に有名な実在の人物が多数登場しております。
 モナコ大公レーニエ三世(ティム・ロス)に始まり、フランス大統領シャルル・ド・ゴール(アンドレ・ペンヴルン)、アメリカ合衆国国防長官ロバート・マクナマラ(フィリップ・ダレンシー)といった具合です。
 他にも世界的大富豪オナシス(ロバート・リンゼイ)とオペラ歌手マリア・カラス(パス・ベガ)も登場します。グレース公妃とマリア・カラスが友人同士だったとは存じませんでした。
 勿論、サスペンスの神様アルフレッド・ヒッチコック監督(ロジャー・アシュトン=グリフィス)も。

 劇中にヒッチコック監督が登場する映画としては、アンソニー・ホプキンスが演じた『ヒッチコック』(2012年)がありますが、本作におけるロジャー・アシュトン=グリフィスもなかなかヒッチコックに似せておりました。
 また、フランク・ランジェラが公妃の後見人であるフランシス・タッカー神父の役で登場していますが、個人的にはフランク・ランジェラにヒッチコック役を振っても良かったような気がします。ただ体型的に押し出しが立派なところが似ているだけなので、もしフランク・ランジェラがヒッチコック役なら、それこそアンソニー・ホプキンス並みの特殊メイクが必要になったでしょうが。

 冒頭の「実話に基づくフィクションである」旨の断り書きにちょっと違和感を感じました。実話であるよりもフィクションである旨を強調しております。微妙にニュアンスが異なりますね。
 どうもグレース・ケリーを主人公として美化しすぎたようで、モナコ王室の反発を喰らったのだそうな。
 まぁ、公妃が主役なので、旦那さんである大公の影が薄くなるのはやむを得ないでしょうか。

 しかも本作に於ける大公レーニエ三世はフランスからの外交圧力に追い詰められ、ちょっと煮詰まっている人として描かれますので、あまり格好良くありません。ティム・カリーの演技には問題ないのですが、レーニエ三世の人物像が事実と異なると云うモナコ王室のクレームは何となく判ります。
 そもそも「モナコが国難を乗り切ったのは、グレース公妃のおかげである」と云う映画ですし。
 他にも、王位継承権絡みでモナコ王室のスキャンダル的な部分も描かれておりますので、そのあたりも「フィクションである」と断りを入れる必要があったようです。

 まずはハリウッドでの映画撮影の現場から始まります。
 グレース・ケリーの最後の出演作『上流社会』(1956年)のラストシーンを撮影している場面は映画ファンへのサービスですね。ビング・クロスビー似の俳優さんとドライブしている場面がちょっと笑えます。
 カットの声が掛かり、撮影スタッフ一同の拍手と花束贈呈があって主演女優はスタジオを後にする。最初の内は主演女優は顔を映さず、カメラは後ろ姿ばかりを追いかけていきます。
 スタジオを出て、楽屋に戻り、鏡の前に座って初めてニコール・キッドマンの顔が映り、同時にラジオからはモナコ大公レーニエ三世と女優グレース・ケリーの婚約のニュースが流れてくると云う趣向。
 そしてモノクロ映像でロイヤルウェディングの様子が映り──実際の映像でしょうか──そしておもむろにタイトル、美しいモナコの海岸へと場面が流れていくオープニングです。

 時は流れて六年後。モナコ王宮を訪問するアルフレッド・ヒッチコック監督ですが、もはや横向きのシルエットだけで誰だかすぐに判りますね。これもファンサービスか。
 久しぶりの再会を喜ぶグレース。そしてヒッチコック監督が持参したのが、計画中の新作『マーニー』の脚本。実は女優への現役復帰を打診しに来たのでありますが、一国の公妃になったグレースにそんな話を持ちかけてくる辺りが、図太い神経です。断られて当たり前だろうと思われるのに、あのトボケた表情で押してきます。
 予定している相手役は「諜報員役で名を馳せた英国人の俳優だよ」だそうな(笑)。

 現実にはこの配役が実現しなかったことは周知の通りなので、ちょっと残念ではあります。『マーニー』(1964年)はティッピ・ヘドレンとショーン・コネリーの主演ですからね。
 うーむ。グレース・ケリーの新作として観てみたかったです。
 劇中では、レーニエ三世も始めのうちは特に反対もせず、グレースも脚本を読み込んで自室で演技の練習などもしているのですが。
 いっそニコール・キッドマン主演で『マーニー』をリメイクとかしないものか(笑)。

 ヒッチコックとの談話で、最近の大公と夫婦仲がいまいちであるのが伺えます。公務で忙しく、夫婦のプライベートな時間が持てないというのは悩ましいところです。
 劇中では多忙な大公とはなかなか顔を合わせられない上に、自分が参加している国際赤十字の事業である児童向け病院の改装工事も思ったように進められずにストレスが溜まっていく様子が描かれております。
 フランス語が公用語の国に嫁いできて、宮廷内の作法や序列に疎い米国人女優であるのでたっぷりと疎外感を味わっております。唯一の理解者は後見人であるタッカー神父のみ。
 フランク・ランジェラが「王族との結婚を望む者は、その本当の意味を理解していないのだ」などと諭しております。女優から公妃への玉の輿も、世間が思うようなシンデレラ・ストーリーではないのです。公妃はつらいよ。

 さて、その頃のモナコ公国は隣国フランスの押しつけてくる難題に頭を悩ましていたので、大公が妻と顔を合わす機会を持てないのも無理からぬ事ではあります。
 一九六一年当時、アルジェリアはフランスからの独立を目指して戦っており、フランス側としてはこのアルジェリア戦争の戦費を調達する必要に駆られていたと説明されています。この戦争は『アルジェの戦い』(1966年)なんて映画にもなりましたね。
 そしてフランスが目を付けたのが、モナコにあるフランス企業に課税すること。モナコには所得税とか法人税がなく、多くのフランス企業が籍を置いているので、それに課税して吸い上げようという魂胆です。
 フランスからの使節が大国のエゴ丸出しの上から目線で「企業に課税してその税収分をフランスに支払え」と命じてくる。ほとんどヤクザがみかじめ料を要求しているようです。
 モナコは食料も、水道も、電力もすべてフランスからの供給に頼っており、「この要請を断れば禁輸措置を執る」と脅かされております。

 実に判り易く、本作ではフランスが悪役です。しかしフランス政府はモナコ王室のようには本作にクレームを付けたりはしなかったようです。まぁ、ド・ゴール政権時代ですし、あまりアルジェリア戦争当時のフランスを擁護して、非難されたりしたくないのでしょうか。
 劇中に登場するド・ゴール大統領が実にふてぶてしい悪党面でした。
 禁輸措置の脅しは更にエスカレートし、武力でモナコを併合するとまで表明される。
 当時のモナコは国連未加盟であるので(モナコの国連加盟は1993年)、諸外国にはあまり頼れないといった事情も説明されます。

 この危機的状況の中で公妃が映画出演などもっての外であると側近からは反対され、やがて女優復帰の情報がリークされて取り沙汰される。どうやら王宮内にはフランスへの内通者がおり、大公と公妃の仲を裂いて、大公を更に追い詰めようという魂胆であるらしい。色々と悪事を企むド・ゴール大統領です。
 一時は夫婦仲も険悪になり、離婚まで考えるグレースですが、それではフランスの思う壺であると気を取り直して反撃に転じます。映画ファンとしては、そのまま離婚して米国に帰って『マーニー』に出演して欲しか(げふんげふん)。
 そしてグレースは疎かにしていたフランス語やらモナコの歴史やら宮廷作法の特訓に取り組み始める。嫁いで六年にもなるのに、今まで誰も教えてこなかったというのがちょっと不自然ですが、反撃を決意した主人公が特訓する定番展開はスポ根ものにも通じる演出ですね。

 ここで登場するモナコの外交儀礼担当フェルナンド・デリエール伯爵を演じているのがデレク・ジャコビです。『もうひとりのシェイクスピア』(2011年)では御本人役で登場しておりましたが、なかなかユーモアのある伯爵を楽しげに演じております。
 そしてフランス語をマスターし、市民とふれ合い、国境封鎖中のフランス軍兵士にも差入れを持っていく様子が報道され、公妃の人気も急上昇。
 古来、武器を持たない小国モナコの武器は狡猾さであると伯爵に教わり、「あなたがモナコを救う切り札となるのです」との教えを忠実に実践していきます。

 一方、大公の方はようやくヨーロッパ諸国の首脳を招いたサミットの開催に漕ぎ着け、フランスの非を訴えて活路を開こうとするものの、折悪しくド・ゴール大統領の暗殺未遂事件が発生してサミットはお流れに。八方が塞がり、絶望するレーニエ三世。
 ちなみに、このド・ゴール大統領暗殺未遂事件はフレッド・ジンネマン監督の『ジャッカルの日』(1973年)として映画化されましたが、本作にはエドワード・フォックス似の暗殺者は登場してくれませんでした。残念(そういうハナシじゃないし)。

 くじけてフランスに屈しそうになる大公を励まし、「ルイ一四世にも、ナポレオンにも出来なかったのに、ド・ゴールなんかにモナコを併合できるものですか」と歴史のウンチクを傾けるグレースの姿に成長の軌跡を感じます。
 夫婦仲は修復され、同時に宮廷内の内通者も明らかになって、逆に敵を罠に掛けようとするグレース。国際赤十字主催の名目で舞踏会を企画します。
 そしてヒッチコック監督には晴れ晴れとした表情で、出演依頼の断りを入れます。思えば女優復帰は夫婦仲の危機からの逃避だったのか。

 クライマックスはこの舞踏会。
 ド・ゴール大統領本人も招待に応じてやって来て、モナコ市民から思いっきりブーイングを浴びております。逆にマクナマラ国防長官は颯爽とした伊達者のように描かれて、こちらも美化されておりますね。
 この舞踏会でのグレース・ケリーのスピーチが本作の白眉となるのですが、その前座にマリア・カラスが出席者の心を鷲掴みにする歌唱を披露してくれます。演じているパス・ベガはスペインの女優さんですが、この場面は実に見事でした。
 そして友人マリア・カラスの援護を受けて壇上に立つグレース・ケリー。一世一代のスピーチでよりよい世界のために愛を訴えます。

 結果的にこのスピーチでモナコは救われたという流れになるのですが、多少眉唾ものかなと云う印象は否めませんデス。具体的にはスピーチに感動したマクナマラ長官がド・ゴール大統領に釘を刺して、併合を断念させるわけですが。
 ニコール・キッドマンの演技はお見事なのですが、ちょっと展開が安易でしょうか。
 国難を乗りきり、離婚の危機も乗りきり、穏やかに微笑むニコール・キッドマンのアップでエンドです。
 その後、字幕で「フランスは封鎖を解除した」旨と「グレース・ケリーは生涯、女優には復帰しなかった」旨が説明されます。
 一九八二年に交通事故で亡くなるところまでは触れられておりません。
 この手の実録伝記映画ものだと、エンドクレジットで本物と役者の比較とか行われたりするのですが、本作はそのまま静かに終わります。やはりグレース・ケリーとニコール・キッドマンの写真を並べると、マズいですかね。




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