2013年9月7日土曜日

マン・オブ・スティール

(Man of Steel)

 マーベル・コミックスのスーパーヒーロー達は割と実写映像化に成功し、クロスオーバー企画『アベンジャーズ』(2012年)まで成功させているのに、マーベルよりも老舗のDCコミックスのスーパーヒーロー達は映像化もイマイチなものが多いのはどうしたことかと思っておりました(老舗である分、イメージが古臭い所為か)。
 DCコミックスの中で唯一、成功しているのはバットマンのみと云う為体。スーパーマンも、グリーンランタンも、ワンダーウーマンも低調。フラッシュも……。

 いやしかし。個人的にはブライアン・ジンガー監督の『スーパーマン・リターンズ』(2006年)は好きだったのですがねえ。ブランドン・ラウスのクラーク・ケントや、ケヴィン・スペイシーのレックス・ルーサーは悪くないと今でも思っておりますが、興行成績が振るわず、世間的には人気が無かったのか。『テッド』(2012年)の中でもボロクソにケナされておりましたからな。
 そこでまたしても、スーパーマン企画はリブートされることになってしまいました。

 バットマンがその異名である〈ダークナイト(闇の騎士)〉の名前で大成功したことにあやかってか、今度のスーパーマンもまた、その異名である〈マン・オブ・スティール(鋼鉄の男)〉の名前で再起動です。
 〈ダークナイト三部作〉のクリストファー・ノーランが製作に回り、本作の監督はザック・スナイダーです。これはこれで期待は出来るか。ジンガー監督にはちょっと気の毒ですが。

 〈ダークナイト三部作〉ではバットマンがリアルで昏いヒーローとして描かれましたが、スーパーマンもまた、そっちの路線に変更です。『~リターンズ』のような明朗なヒーローでは時代に合わないのでしょうか。
 おかげで刷新されたビジュアルでは、スーパーマンのイメージカラーである青も、ナニやら暗い色調になり、場面によっては黒にさえ見えます。赤いパンツはなくなり、随分とイメージチェンジしましたが、全体的に「ちゃんとスーパーマンに見える」から不思議です。
 やっぱり胸のS字と、赤いマントが残っているからか。前髪のウェーブもきちんとセットされてますし。

 一からやり直しなので、ストーリーもリセットです。もう一度、クリプトン星の滅亡から。
 本作は全体的にリチャード・ドナー版の『スーパーマン』(1978年)と『スーパーマン II/冒険編』(1980年)を足して二で割ったような構造になっております。ゾッド将軍の幽閉、クリプトン星の滅亡、クラーク・ケントの生い立ち、スーパーマンとしてのデビュー、そしてゾッド将軍との対決まで。
 二作品を足して、レックス・ルーサーの出番を丸ごとカットしたような感じですね。うーむ。ルーサーは好きな悪役なのにねえ。
 今回はコメディ要素は完全封印しております。『~リターンズ』を失敗作と捉えている所為か、そこまでしなくてもと思うくらい、シリアスです。

 全体的にダークに描こうとするので、音楽もまたジョン・ウィリアムズの例のテーマは封印されました。あんな明るい調子のマーチではいかんのか。
 代わって音楽を担当するのはハンス・ジマーです。なんとも劇的で重厚なテーマ曲になりましたが、かなり陰鬱な感じがするのも事実でして、まるで今までのスーパーマンとは違います。
 しかしハンス・ジマーが音楽を担当すると、〈ダークナイト三部作〉と同じテイストになりはしませんかね。それこそ望むところなのか。ハンス・ジマーもかなり苦労されたのではないかと察せられます。

 配役も刷新されました。
 スーパーマン/クラーク・ケント役は、ヘンリー・カヴィルです。『~リターンズ』のブランドン・ラウスよりも、ちょっとワイルドでしょうか。無精髭を生やす場面もありますし。
 『インモータルズ/神々の戦い』(2011年)や『シャドー・チェイサー』(2012年)で存じておりますが、以後は本作が代表作になるのでしょうか。是非、このままクラーク・ケント役で続投して戴きたいです。

 スーパーマンの両親もまたガラリと変わり、「生みの親」も「育ての親」も豪華な配役デス。
 クリプトン星の父親ジョー・エル役は、ラッセル・クロウですよ。かつてのマーロン・ブランド並みに重厚ですが、序盤の激しいアクションまでしっかりこなしてくれるのが素晴らしいです。クリプトン星の滅亡にここまで尺を割かなくてもいいのにと思うくらい、本作の導入部は迫力満点、ラッセル・クロウのアクションもたっぷり。
 母親ララ役は、アイェレット・ゾラー。イスラエルの女優さんだそうで、『天使と悪魔』(2009年)ではトム・ハンクスの相手役でしたね。

 一方、地球側の両親もスゴイ。
 父親ジョナサン・ケント役が、ケビン・コスナー。母親マーサ・ケント役が、ダイアン・レイン。
 ケビン・コスナーがカンザスの農夫かぁ。『フィールド・オブ・ドリームス』(1989年)の再来みたいです。
 ジョナサン役は、クラーク・ケントの人格形成に多大な影響を及ぼす役ですし、本作でも少年時代の回想シーンにたびたび登場しては威厳のある父親像を見せてくれます。
 特に、亡くなる直前の場面が実に印象的でした。さすがケビン・コスナー。
 設定上、郷里の母は父が亡くなった後も実家に住み続けているので、ダイアン・レインも回想シーンでは若く、現在ではちょっと老けメイクになって登場しております。それでもやはりお美しいデス。

 しかし総じて、本作は「父と子」の物語ですので、母親よりも父親がクローズアップ。
 ラッセル・クロウも死して尚、クリプトン星の超科学で記憶と人格が保存され、中盤過ぎても出番があります。

 そして父の仇であるゾッド将軍役が、マイケル・シャノンです。ラッセル・クロウと一緒に『マシンガン・プリーチャー』(2011年)に出演していたときは、線の細い神経質な感じがするお方でしたが、本作では実に強烈な悪役を演じております。信念を持った悪党の演技が見事です。
 リチャード・ドナー版のゾッド将軍──名優テレンス・スタンプでした──にあったコミカルな部分は欠片も無く、今までに無く凶悪でアグレッシブなゾッド将軍です。

 クラーク・ケントの職場になるデイリープラネット社は今回はあまり出番がありません。そもそも本作は、クラークが新聞記者になる前のストーリーになっていますし。ラストシーンでようやく就職して、本来のスタイルが完成するというのは、最近よく見るパターンですね。
 ロイス・レイン役がエイミー・アダムス、編集長はローレンス・フィッシュバーンでした。二人ともそれなりに似合ってますが、今回はジミー・オルセンが登場しません。コミカルな役は片っ端から封印していく方針のようです。

 また、デイリープラネット社と云えば、社屋のトレードマークが印象的ですが、本作ではそれすらも封印していたのが徹底しております。デイリープラネット社なのに「ビルの屋上でぐるぐる回る巨大な地球儀のモニュメント」がない。
 可能な限りリアルな都市を描こうというのは、クリストファー・ノーランの方針でしょうか。〈ダークナイト三部作〉では、バットマンのゴッサム・シティは「ごく普通のシカゴっぽい街」のように描かれておりましたが、本作に於けるメトロポリスはどう見てもニューヨークのまんまです(笑)。

 リアルにスーパーマンの物語を語ろうとするので、中盤までのクラークは目立たないように、世間に隠れて生きています。ちょっとパワーを発揮して人命救助してしまうと、途端に姿を隠してしまい、放浪の旅を続けている。
 現実に超人がいたら、怖れられ、疎外されるだろうと云うリアルな演出です。このあたりはザック・スナイダー監督も『ウォッチメン』(2009年)で描いたとおりですね。人は超人を放っておかない。疎外するか、政府の管理下に置こうとするか。
 「軍に拘束されるスーパーマンの図」が、今までのシリーズとは一線を画すものになっております。

 さて、軍隊がスーパーマンを拘束する前に、ゾッド将軍らが地球にやって来て、かつての『冒険編』と同じようにスーパーマンの引渡を要求するわけですが、リアルなシチュエーションにするから『インデペンデンス・デイ』(1996年)のような展開でした。
 世界の危機を前にしてクラークは正体を明かして出頭すべきか迷います。だが出頭したところでゾッド将軍が地球を去ってくれるのか信用出来ない。迫るタイムリミット。 
 そこでクラークが田舎町の教会で一介の神父さんに相談するのが面白いです。いきなりトンデモな告解をされてしまった神父がクラークに助言する。

 「まず、貴方から相手を信じてみては。信頼関係は後から築かれるものです」

 これは後のスーパーマンと地球人との関係も表しているようで、なかなか奥が深い。
 まぁ、ゾッド将軍がそんな善人である筈が無く、スーパーマンを捕らえた後は、早速に地球侵略──と云うか地球改造──に着手してしまう。信念を持ったカリスマは約束を反故にしても気にしないのです。
 地球をクリプトン星と同じ環境に改造して、クリプトン再興を目論むゾッド将軍。だが改造された環境では人類はもはや生存できそうに無い。
 CG特撮を駆使した惑星改造マシーンがド迫力です。ちょっと『宇宙戦争』(2005年)ぽい。

 更にそこからクライマックスの最終決戦にもつれ込んでいくわけですが、超人同士の超高速バトルが凄まじいです。リアルに戦闘するから、ビルが薙ぎ倒されまくって、メトロポリスも壊滅寸前。ここまで破壊の限りを尽くされると、いっそ清々しいくらいです。
 画面には映りませんが、巻き添えを食らう一般市民の死傷者も相当数でしょう。ここまでやってしまうと一件落着後も、市民感情として只では済むまい。

 一応、地球は救うものの、最後までスーパーマンをヒーローとして讃えないのがダークです。ヒーローと云うよりも災害扱いです。本人もそれを自覚しているようで、また行方を眩ませようとする。
 災害である以上、軍がスーパーマンを今後も追い続けるのは当然で、信頼関係が結ばれるのはまだまだ先のようです。ラッセル・クロウが望んだ「二つの世界の架け橋」になれる日は来るのでしょうか。

 でも、あれほど壊滅的な被害を受けたメトロポリスがラストシーンで復興していたのは、ちょっと世界観にそぐわない感じがしました(時間経過については説明なしでしたが)。
 デイリープラネット社の社屋もいつの間にか元通り。編集長から「新人特派員」を紹介されたロイス・レインの微かな笑顔が絶妙でした。巧いエンディングですねえ(続編にも超期待デス)。

● 余談
 既に続編製作が決定していますね。次は『バットマン vs スーパーマン』になるとか。
 ああ、いよいよDCコミックスの二大巨頭激突か。マーベル・コミックスが『アベンジャーズ』に至るまでに踏んだ段取りを省略して、まずは二人だけか。大丈夫なのか。
 バットマンとスーパーマンのコラボ企画自体はずっと以前からあったもののようですし、これが成功すればDCコミックスの他のスーパーヒーロー達も再度リブートされるのでしょうか。

 でも次のバットマンはベン・アフレックですよ。無茶苦茶心配です(まぁ、ジョージ・クルーニーだってバットマンを演じたりもしましたが)。
 『ジャスティス・リーグ』までの道のりは……まだ遠いのかなぁ。




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