2013年6月12日水曜日

天使の分け前

(The Angels' Share)

 イギリスの名匠ケン・ローチ監督によるユーモア・タッチのヒューマンドラマです。「コメディ」と呼ぶほど笑えるかどうか。ちょっとオフビートでしょうか。
 青少年の非行と更生、若者の失業問題といった社会問題に、スコッチウィスキーのトリビアを絡めて描いております。
 『麦の穂をゆらす風』(2006年)とか、『ルート・アイリッシュ』(2010年)で存じている監督さんなので、シリアスな社会派映画の監督と云うイメージが強かったのですが、『エリックを探して』(2007年)なんて監督作品もある(でも未見)ので、本作はそちらの系譜に連なるようです。
 昨年(2012年・第65回)のカンヌ国際映画祭で、審査員賞も受賞しております。

 イギリス、スコットランドの都市グラスゴーを舞台に、暴力沙汰を起こしては警察の厄介になっているチンピラ青年が、妊娠していた恋人が出産したことを契機に真人間に生まれ変わろうとすると云うストーリー。
 これにスコッチウイスキーのトリビアが絡んで来るのがスコットランドらしいと云うか。題名の「天使の分け前」と云うのも、ウィスキー製造に関する用語です。
 発酵させ、蒸留したウィスキーは、オーク材などの樽で熟成させるのですが、その過程で水分が蒸発して、出来上がるウィスキーは必ず最初に樽に入れた量より少なくなっている。この蒸発分は「天使がウィスキーを美味しくしてくれた分である」として、そのような呼び名が付いたのだとか。
 なかなかロマンチックな名称であります。

 イギリス映画でありますから──正確にはイギリスとフランス、ベルギー、イタリアの合作。ヨーロッパ映画は合作が多いデスね──、出演する俳優さん達にはあまり馴染みがありません。若手の俳優さん達は特にそう。
 ポール・ブラニガン、ガリー・メイトランド、ジャスミン・リギンス、ウィリアム・ルアン、シヴォーン・ライリー。この中でガリー・メイトランドはケン・ローチ監督作品には何度か出演しているそうですが、スルーしております。
 年配の俳優さんも、ジョン・ヘンショウ、ロジャー・アラムと馴染みがないです。ロジャー・アラムの方は『パイレーツ・オブ・カリビアン/命の泉』(2011年)とか、『マーガレット・サッチャー/鉄の女の涙』(同年)とかにも出演しているそうですが、覚えてません(汗)。
 この他に、本職のスコッチウィスキーの権威、チャーリー・マクリーンが出演しており、劇中で実際にウィスキーのテイスティングを指南してくれます。
 ウィスキーの場合は「ソムリエ」とは云わんのか(それはワインだけ?)。

 まずは冒頭から、若者達の愚行が幾つか披露されます。まぁ、悪事と云うほど非道いものではありませんが、愚かな行為であることには違いない。
 酔っ払って列車の走行を妨害したとか、自動販売機を破壊したとか、ケンカで暴力沙汰を起こしたとか。各人は略式裁判で起訴され有罪となり、判事からは各々の量刑分の社会奉仕活動を命じられる。
 命じられた者は指定の場所へ出向き、バスに乗せられ、その日一日、どこかでペンキ塗りやら、清掃作業の活動に従事しなければならない。
 主役はこれらの活動に従事する羽目になったポール・ブラニガンら四人の若者と、作業の監督を行う社会奉仕活動の指導員ジョン・ヘンショウです。

 ある日、主人公(ポール・ブラニガン)が奉仕活動中に恋人(シヴォーン・ライリー)が産気づいたと連絡があり、指導員と共に病院に駆けつけるが、恋人の家族からはけんもほろろな仕打ちを受けて会わせてもらえない。定職に就かずにフラフラしているような馬の骨と娘の交際を認めるものかと云う父親側の言い分も尤もです。
 その場に居合わせた指導員の仲裁で暴力沙汰になることだけは避けられたものの、赤ん坊の顔も見ることが許されないとは厳しい。
 同情した指導員がポールを慰めようと自宅に招き、秘蔵のウィスキーを祝いに振る舞ってくれる。これがポールとウィスキーの出会いです。

 劇中では、社会奉仕活動と平行して更生プログラムの一環として、暴力事件を起こした被害者家族との面談も描かれます。自分が過剰に暴力を振るったお陰で障害者となった青年とその家族に会わねばならない。
 ようやく自分が何をしてしまったか悟っても後の祭りですが、この面談は針の筵です。
 自分が赤ん坊の父親となり、ようやく他者への思い遣りの気持ちを持つとは遅きに失した感がありますが、改心しないよりはした方がいい。二度と誰も傷つけないと誓いはするものの、恋人の父親はまだまだ許してはくれそうにない。金をくれてやるから娘と縁を切れと迫られます。

 その一方で、ウィスキー愛好家である指導員ジョンは、ポールがウィスキーに興味を持ったことを知って、社会奉仕活動中の若者らを連れてウィスキー蒸留所の見学に連れて行ってくれる。蒸留所の係員から製造工程の説明を受け、ポールは「天使の分け前」なる用語も教えてもらう。
 そして見学の最後にウィスキーの試飲もさせてもらい、僅かな味の違いも見分けられる才能を発揮する。ポールにはウィスキーのテイスティングの才能があったのだった。
 指導員ジョンは更にウィスキー愛好家の集会にもポールを連れ出し、ポールはどんどんその才能を開花させていく。

 この指導員ジョン・ヘンショウが実にいい人です。たまたま自分の趣味に合った才能だからと云う理由もあるのでしょうが、ここまで自腹で職務外のことまでしてくれるとは善人過ぎる。
 劇中では、他にもポールを応援してくれる善意の人達がいて、世の中は世知辛いばかりではないと教えてくれます。
 例えば、恋人シヴォーンの叔母さんもそう。父親の方はポールを認めないが、叔母さんの方は姪の「親子三人で暮らしたい」と云う希望を知ると、借家を紹介してくれます。
 「何故、ここまで親切にしてくれるのですか?」と尋ねるポールに、叔母さんは「昔、人から親切にしてもらったことがあるから」と応える。なかなか出来ないことですよ。

 本作は、非行に走った社会の落伍者が、思わぬところで才能を開花させて、更生していこうとするドラマです。手堅く好感の持てる展開ですが、そのままとんとん拍子に巧くいく……わけが無いデスね。
 ワルだった頃の敵が現れ、幸せをブチ壊そうとし始める。グラスゴーに居ては、過去と完全に決別することは出来ないと悟るポール。
 しかし親子三人で新天地で暮らすには、まとまった資金が必要だが、今は文無しも同然。職に就こうにも、不景気で就活も難しい。何かいい方法はないものか。

 そんなときにポールはウィスキー愛好家が注目するニュースを知る。今は閉鎖された有名蒸留所であるモルトミル蒸留所の樽が、別の蒸留所で発見されたのだった。かつてスコットランドの蒸留所の間で交流が行われ、その際に樽が交換されたことがあったのだろうと云う。
 ウィスキー愛好家ではないのでよく判りませぬが、なんかこれは物凄いことらしいです。
 一九六〇年に蒸留された五〇年ものの〈モルトミル〉の樽。マニア垂涎の逸品だそうで、オークションにかけられれば一〇〇万ポンドを下らないだろう……って、そういうものなのですか。

 そこでポールが思いついたのが、この〈モルトミル〉強奪計画。樽からボトル数本分の量を失敬し、その筋のマニアに売りつければ、一本二〇万ポンドでも買う奴はいるだろう……って。
 あれえ?
 これはそういうストーリーだったのデスカ。後半に入って、予想外の展開に転がり出すので面食らってしまいました。てっきり「チンピラだった若者がウイスキー作りを通じて更生していく」感動のストーリーだと思っていたのですが……。
 泥棒しちゃうの?

 本作は後半、いきなり泥棒映画な展開になっていきます。
 真っ当な人間に生まれ変わるには、ある程度の資金が必要であると云うのは理解できますが、その為に盗みを働くことも辞さないとは。
 しかも、これが悪党から盗むとか云うならまだ判りますが、ごく普通の蒸留所に忍び込んで、ウィスキーをちょろまかそうなんて。
 主人公には幸せになってもらいたいのは山々ですが、如何にユーモア・タッチのドラマであるとは云え、これは如何なものか。いまひとつ釈然としないものを感じてしまいました。
 最初から泥棒映画だと判っていれば、また印象も違うものになったのかも知れませんが、これは宣伝の仕方が間違っていたと云われても仕方が無いような。

 ポールは奉仕活動仲間と共に、北ハイランドのオークション会場を目指して旅立つわけで、怪しまれないようキルトをはいて、スコットランドを旅するバックパッカーを装い、四人でハイランドを旅していく珍道中。ハイランド地方の美しい背景が挿入されて、これはこれで素晴らしい眺めです。
 伝統的にキルトの下はノーパンであると云うのも、ちょっと笑えますが、野郎共がノーパンでもあまり嬉しくありません(一人は女の子ですけど)。
 ちなみに、この四人のキルト姿が本作のキービジュアルに使われております。

 デッチ上げのウィスキー愛好倶楽部を名乗ってオークション会場に忍び込み、隙を見て蒸留所の倉庫の中に隠れるポール。夜になって樽から少量を失敬しようと云う計画です。
 泥棒映画としては、あまり緻密な計画とは云い難いですし、ユーモア・タッチのドラマですので、強奪と云ってもユルユルな描写です。そんなに巧く行くものかいな。
 でも計画は首尾良く達成され、四人にボトル一本ずつの分量をポンプで吸い出してしまう。元より樽の中の〈モルトミル〉が、全体としてどれほどあるのかは量られていないので、多少は減りが多くても、それは「天使の分け前」分として気付かれることはない筈だ。
 うーむ。「天使の分け前」がそう云う意味で使われるとは、これも意外でした。

 帰路に多少のアクシデントはあるものの──あまりにもマヌケなアクシデントには開いた口が塞がりませんが──、持ち帰った〈モルトミル〉をオークションで競り負けたコレクターに売りさばき、大金をせしめるポール。山分けしても、新生活を始めるのには充分すぎる。
 かくしてポールは仲間達に見送られ、恋人と赤ん坊を連れ、グラスゴーから旅立つハッピーエンド。それって駆け落ちですよね。いいのかしら。
 最後に、恩人である指導員ジョンの元にも、ある贈り物が届けられる。これもまた「天使の分け前」か(いや、それもちょっと如何なものか)。

 ハッピーエンドには違いありませんが、どうにも釈然とせず、最後までまだ何かあるのだろうと思っていたら、そのまま終わってしまったので、いささか拍子抜けしました。これでは感動のエンディングとは云い難いです。
 第一、ポールのテイスティングの才能がサッパリ活かされず仕舞いですよ。
 〈モルトミル〉強奪のつもりでいたが、自分達より悪質な陰謀を企むものがいて、それをテイスティングを始め、四人の仲間の特殊な才能で阻止する──と云う展開になるのかもと考えもしましたが、まるっきり外れてしまいました。
 ケン・ローチ監督作品としては……これはちょっと期待外れと云わざるを得ませんです。


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