2012年4月11日水曜日

ルート・アイリッシュ

(ROUTE IRISH)

 イラク戦争後のバグダッドに実在すると云う、世界一危険な道路、通称〈ルート・アイリッシュ〉。バグダッド市内の米軍管轄地域(グリーン・ゾーン)からバグダッド空港まで続く片道約十二キロの道路で、この道を走る車両はテロの標的になりやすいそうな。
 本作はこの〈ルートアイリッシュ〉で命を落とした親友の死因解明に奔走する主人公を介して、民間軍事会社による非人道的行為に迫るサスペンス・ミステリー映画です。

 監督はケン・ローチ。『麦の穂をゆらす風』(2006年)がカンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いておりますが、本作もまた強烈です。
 イラク戦争を題材にした映画も、随分と増えてきました。イラク戦争ものは戦闘シーン自体よりも戦後処理とか、帰還兵を描いたものが多いですね。思いつくだけでも『告発のとき』(2007年)、『ハート・ロッカー』(2008年)、『グリーン・ゾーン』(2010年)、『フェア・ゲーム』(同年)等々とありますが、直接の戦闘を描いたものが無い。

 本作では、民間軍事会社という、今までの戦争映画ではお目にかかれなかったものが登場します。民間軍事契約業者 (Private Military Contractor) とも呼ばれるそうで、簡略化した呼び名は「コントラクター」。でもそれじゃただの「請負業者」なのでは……。
 おかげで今では「コントラクター」には「民間兵」の意味があるのだとか。傭兵とは違うのか。
 傭兵と云うと『ワイルド・ギース』(1978年)とか『戦争の犬たち』(1980年)なんて映画に出てくる人達のことだと云うイメージがあるのですが、それとは似て異なるものらしい。

 傭兵は戦闘を行うのがお仕事ですが、コントラクターはそれだけではないのだとか。
 戦闘の他に、警備、軍事教育、兵站といった軍事的なサービス全般を行う企業であり、今までの傭兵とは異なる新しい形態なのだそうです。
 八〇年代後半の、冷戦終結後の軍縮と民族紛争の時代の産物だそうで、新手の軍需産業やね。昔の映画に出て来ないのも当然か。
 でも急成長したのは、アメリカの対テロ戦争のおかげ。悪名が轟くようになったのは、イラク戦争以来ですね。どこかの政府が戦争の経費削減を図った所為で、酷いことになりました。

 新しいビジネスなので、軍人、民間人、傭兵といったカテゴリの、どれにも当てはまらないという、非常に曖昧な存在。そうは云っても、兵隊さんであることには変わりはないような気がするのですがねえ。
 曖昧であるから、規制する法律もなく、特にイラクではコントラクターには免責特権が与えられていたと云う。劇中でも言及される「オーダー17」と云うやつで、イラクに於ける連合国暫定当局(CPA)の代表、ポール・ブレマー(アメリカの外交官)が諸悪の根元だとか(暫定当局自体は既に解散している)。
 おかげでコントラクターは免責であることをいいことに、イラクでやりたい放題。拷問、殺人なんでもござれの極悪集団と化した云う(二〇〇七年当時はそうだったらしいが、今では違うのかな)。

 劇中では、コントラクターの一人が憂さ晴らしに「ターバン狩り」と称するイラク人への無差別暴行(または殺人)に及ぼうとする場面も登場します。無法者と変わるところがないデスね。
 そして二〇〇七年、民間軍事会社の一つブラックウォーター社が十七人の民間人虐殺事件を引き起こす。もう不祥事などと云うレベルではありませんな。
 本作の背景が二〇〇七年なのも、この事件と無縁とは云えますまい。

 こういった状況をイギリス人監督が描くことで、これまでのイラク戦争ものとはひと味違う作品になっています。
 物語の舞台はイギリスで、直接イラクへ物語が飛ぶことはありませんが、回想シーンやIT機器の発達により、現場の様子がリアルに感じらます。

 二〇〇七年の英国リヴァプール。 主人公ファーガス(マーク・ウォーマック)と親友フランキー(ジョン・ビショップ)は兄弟同然に育った仲であり、共に軍隊に入り共にイラクに従軍し、退役後は共に民間兵として再びイラクに入っていた。
 ファーガスは契約が終了し帰国したが、フランキーは契約を延長して残留し、バグダッドで帰らぬ人となる。遺族にはルート・アイリッシュを走行中に爆弾テロにより亡くなったのだと伝えられる。

 会社側からの説明に不審なものを感じたファーガスはフランキーの死の真相を探り始める。
 実は亡くなる直前に、フランキーはファーガスに国際電話をかけており、留守録には彼の切迫した調子の声が残されていたのだ。
 何かのトラブルに巻き込まれたらしく、しきりに連絡を欲しいと言い残していたが、生憎とその晩、ファーガスは酔って喧嘩沙汰を起こし、留置場で過ごしていたのだった。
 もしもあの晩、自分が電話に出ていたら、フランキーは死なずに済んだのかも知れない。

 フランキーの葬儀と前後して、ファーガスの元に国際便で荷物が届く。生前のフランキーが発送したもので、中身は一個の携帯電話だった。
 アラビア語仕様の携帯電話だったので、ファーガスはリヴァプール在住のイラク人ミュージシャン(タリブ・ラスール)に頼み込んで、メモリ内のメールと動画を翻訳してもらう。
 このイラク人ミュージシャンは本職だそうで、劇中で披露する平和を願う歌が印象的でした(エンドクレジットで再度、この歌を聴くことが出来ます)。
 そして再生された動画には──。

 ただでさえ英国人俳優にはなかなか馴染みがないところへもってきて、大半がTVドラマで活躍している人だったり、これが映画デビュー作だったりする人が多くて、ちょっと地味な印象になってしまいます。主役のマーク・ウォーマックからして、なかなかの悪党面だし。
 主人公もコントラクターの経歴のある人物だし、潔癖な人間ではないと云うのも伺い知れる。
 社会派なサスペンス映画として、なかなか骨太な演出です。
 しかし監督の主眼はミステリではないので、陰謀の内容それ自体は、割とあっさり割れてしまいます。

 携帯電話に残されていた動画は二本。一本は、平和なイラク人一家の団らんの様子が撮影されている。だがもう一本では、その家族が目撃したコントラクターによる一般車両の銃撃事件が撮影されていた。
 罪のないただのタクシーを運転手、乗客もろともに射殺する(ただ単に「なんか怪しかった」と云う勘だけで)。フランキーの姿も映っており、銃を撃った仲間を激しく非難している。
 だが動画はそこで終わらず、撮影されていることを察知した民間兵は、目撃していた者(年端もいかない子供達)までも皆殺し。
 動画には撃たれた撮影者が倒れたあとに、携帯電話を拾い上げるフランキーの姿があった。

 会社は不祥事が明らかにされることを好まなかったが、フランキーはあくまでことを公にして、射殺してしまった被害者の遺族への補償を主張していたと云う。おかげでフランキーは危険なルート・アイリッシュを往復する過酷なシフトを組まれてしまい、その挙げ句が爆弾テロで命を落としたのだった。
 会社が直接、手を下したわけではないが、一日に何往復もするシフトを組んで待っていれば、テロに遭うのは時間の問題。
 会社側はそれを伏せたまま、「フランキーはマズいときにマズい場所にいたんですよ」などと説明していたワケで、ファーガスが怒るのも無理はない。
 この「マズいときにマズい場所に」というフレーズは、『ダイ・ハード』でお馴染みですが、人は誰しもマクレーン刑事のようにはなれないのです。

 劇中ではイランで起きているコントラクターによる虐殺事件は、これが最初でも最後でもないし日常茶飯事であるとも語られる。
 イラク戦争の最大の犠牲者はイラク人である、というのが明快です。今まで観てきた映画はアメリカの映画なので、米兵も悲惨な目に遭ったという点が強調されていましたが、ここまではっきりと「一番の被害者はイラク人」と堂々と主張しているのは本作くらいなものでしょう(『グリーン・ゾーン』でもちょっと語られたか)。

 そして「思い込みで人を殺す」ことについては、主人公もまた同類であるというのがシビアです。最初はフランキーと敵対していた同僚を疑い、親友の敵を討ったつもりが、思いっきり人違いだったときの後味の悪さは格別です。まぁ、相手だって殺されても文句の云えないくらい悪行を重ねているので、自業自得と云えなくも無いですが。
 独善と正義は紙一重であることがありありと伺えます。
 とりあえず真の敵にも天誅喰らわすファーガスですが、ここでも無関係の人が巻き添えになったりして、甚だはた迷惑。最後まで主人公を正義の味方に描いてあげないのが社会派監督らしいと云うか。
 ファーガスがラストで選択した身の処し方は潔いと云うべきでしょうが、それで誰が浮かばれるわけでもない。
 実に容赦無く、悲劇的な物語ですが、眼を逸らすことの出来ない骨太なドラマでした。


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