『人類は衰退しました』の方は随分と長く続いておりますが、長く続くとついていくのが大変です。それに比べて『AURA』は一冊だけなので読みやすいです。大丈夫だ。通勤電車の中で読んでも恥ずかしくない(と、自分で思っていただけかも)。
尺の方も八二分と短めです。もう少し長くても良かったように思えます。短めに作られた所為か、若干、原作を整理して登場人物を省略しておりますが、ストーリーの展開に問題はありません(でも保険室の美人養護教諭に出番がないよう……)。
監督は既に『人類は衰退しました』のアニメ化で田中ロミオ作品にはお馴染みの岸誠二です。岸監督のアニメは『Angel Beats!』(2010年)から存じております。
また、構成が上江洲誠で、脚本は熊谷純と云う、岸監督とよく一緒に仕事しておられる方です。二人とも『人類は衰退しました』で脚本を書いておられる。
製作はAICだし、これは丁寧に作られた良作ですよ。本作の公開が小規模であるのは、実に残念なことです。
本作は現代の高校を舞台にした学園ラブコメでありますが、実は「コメディ」と呼べるほど、ドタバタな展開はありません。真っ当な青春ストーリーであり、描かれる日常描写は実にリアルです。背景もリアルで、八王子市界隈が背景に取り入れられているように見受けられます(駅前の様子が見事です)。
高校を舞台にして、生徒同士の微妙な序列関係や校内の空気を描いた青春ストーリーと云うと、吉田大八監督で、神木隆之介や橋本愛が主演した『桐島、部活やめるってよ』(2012年)が思い出されますが、本作もアレに負けず劣らずです(実は、好みで云えば『桐島~』よりも本作の方が好きデス)。
それにしても「教室内序列(スクール・カースト)」って嫌な言葉ですね。
悲惨だった中学時代に決別し、心機一転して高校デビューを果たした主人公、佐藤一郎(島崎信長)は、ひょんなことから魔女のコスプレをした少女と出会う。「異世界から来たリサーチャー」であると名乗る少女は、不登校が続いている同じクラスの同級生だった。
平穏な学園生活を送ろうと心に決めていた筈なのに、担任から彼女の面倒を見るよう頼まれた──苗字が同じ「佐藤」であると云うのが表向きの理由ですが、実はウラがある──おかげで、一郎の日常は思いも寄らぬ方向へ転がり始める。
そして、かつて家庭崩壊まで招いてしまった自分自身の暗い過去まで暴かれて──。
序盤のファンタジー展開が、モロに「よくあるアニメ」ですが(そのまま続いてくれても別に良かったけど)、本作は地に足のついたリアルなドラマです。
「科学と魔法が混在する世界」もないし、「異世界からの渡航者」もいないし、「魔眼の持ち主」も、「バンパイアの血筋」もいないのです。
全部、妄想。
本作ではそういった中二病をこじらせ、イタい妄想に耽る人のことを、〈妄想戦士(ドリーム・ソルジャー)〉と呼称します。最近、そういう題材のアニメが多いような気がしますが、中二病はトレンドなのかしら。
人間、辛い現実から逃避する為には、なにがしかのファンタジーが必要とは云え、あまりにファンタジーが過ぎると、現実に適応できない、イタい人が出来上がる。ファンタジーもほどほどに。
ましてや日常をコスプレで過ごしながら、「マイ設定」を口走り続けているのも如何なものか。
実際に超自然な現象が描かれるわけではありませんが、しかしそれを信じる人達──信じるフリをしている人達と云うべきか──は居ると云う状況の中でドラマは展開していきます。
この世に悪魔など存在しないが、「悪魔を信じる人」がいるのと同じか。そういう人達が事件を起こすと、悪魔そのものよりも、とってもホラーなことになる──と云うネタの映画もありますし、小説もある。「悪魔」より「神様」と言い換える方が、もっとアリガチか。
しかし本作がアニメで良かったです。コレ、実写にするとかなりキツい話になるんでしょうねえ。リアルに役者が演じていたら、イタくて観ていられないような映画になりそうデス。アニメのお陰で、随分と表現が和らいでいるように思えます。
この手の物語の元祖は、やはりセルバンテスの『ドン・キホーテ』でしょうか。
そこまで遡らずとも、近年の実写映画で「思い込みが激しい女のイタいストーリー」と云うと、シャーリーズ・セロン主演の『ヤング≒アダルト』(2011年)を思い出しますが、ここまで病的では無かったか。
妄想逞しく「あっちの世界」に行ってしまった人を描いた作品では、テリー・ギリアム監督の『フィッシャー・キング』(1991年)を思い出します。
あるいはライアン・ゴズリング主演の『ラースと、その彼女』(2007年)とか。
でも、本作の劇中で描かれる「イタい人」への周囲の反応は、『ラース~』のように温かくありませんです。と云うか、風当たりが実にキツい。「イジメの問題」も描いているのだから、当然ですが。
弱者をいたわり、支えようとする心温まる物語を、ユーモアを交えて描こうなんて素振りは……まったくありません。
実に陰湿で、ギスギスしたイジメが展開します。これはもはや虐待だろう。
しかし高校生にもなって「下駄箱の靴を隠す」とか、「トイレに閉じ込める」なんて幼稚なことをまだやっているのか。一年生の一学期は、まだ中学生みたいなものなのか。自分には身に覚えがないので(幸運でした)、いまいちピンと来ませんでした。
主人公である佐藤一郎くんを演じているのは、島崎信長です。が、馴染みがない。新しい声優さんの名前を覚えるのも一苦労です(でも巧いし、覚えておきましょう)。
本作のもう一人の主人公、リサーチャー(本名:佐藤良子)を演じているのは、花澤香菜です。こちらは『ゼーガペイン』(2006年)の頃から存じております。無表情を貫き、機械的な口調で小難しい単語を羅列した台詞をスラスラ口にするのもお見事デスが、クライマックスで感情が迸る人間的な台詞とのギャップが素晴らしいです。
そして花澤香菜のヒロインをイジメまくるクラスの女王気取りの女子生徒演じているのが、井上麻里奈。私の好きな声優さんのひとりなのですが、本作に於ける井上麻里奈の言動は実にムカつきます。見事なイジメっ娘と申せましょう(観ていて殺意を覚えるくらいだ)。
原作では、クラスの半数を占める〈妄想戦士〉陣営の「濃い連中」の描写が面白かったりするのですが、アニメ化に際しては尺の都合により割愛されているのが残念。面白い連中が色々居るのに(眼帯ってのは、やはり一番手っ取り早い手段なんですかね)。
個性を出したいんだと思いますが、それは本当の個性ではないと思いますねえ。
しかし過半を占めたら立派にメジャーではないか。そんなに卑屈にならなくてもよさげに思うのデスが(と云うか、物凄いクラスですよ、ソレは)。
また、同級生からの風当たりはキツいが、上級生からは妙に可愛がられるという、救いになる描写も、アニメでは省略されています。おかげで本作ではイジメの描写がより際立っております。
本作でも『パラノーマン/ブライス・ホローの謎』(2012年)などと同じく、「自分と同じでないもの」に対する不寛容についてが描かれます。
劇中では詳しく語られませんが、良子ちゃんのコスプレは一種の逃避であるのが容易に察せられます。何が彼女をそこまで頑なにさせてしまったのか、是非、知りたいところです(良子ちゃんの家庭については語られないので)。
一方、一郎くんの方は中学時代の自分がまさに〈妄想戦士〉だったので、良子ちゃんを見ていて身につまされていると云うのが、よく判ります。実際にどれくらいの妄想だったのかと云う点は、クライマックスで明かされますが、半端じゃないですね。
そして癇癪を起こした一郎くんが、居たたまれずに良子ちゃんに投げつける言葉はグサグサ来ます(半分は自分に向けて言い聞かせているようなところはありますが)。
「普通がそんなにイヤか」「幼稚な目立ちたがり屋だ」「努力しろ。いきなり結果を求めるな」
いや、観ているこちらも説教されている気分デス(うーむ。古傷が……)。
しかし男女の気持ちのすれ違いが、最後にはとんでもない事件を引き起こす。
学校の屋上に「教室の机だけで組み上げられた壮大な神殿」の図は実に見事です。いきなり非日常が降って湧いております。これはアニメでないと描写は難しいか。
そして屋上に立て籠もった良子ちゃんは、遂に「異世界への帰還儀式」を実行に移そうとする。要するに飛び降り自殺なワケですが、果たして一郎はそれを止められるのか。
彼女を思いとどまらせる為には、封印した筈の過去をもう一度甦らせねばならない。かくしてリサーチャーの帰還儀式の発動を阻止せんと、〈妄想戦士〉魔竜院光牙は最後の戦いに赴く……。
イタいながらも、実に感動的なクライマックスでした。
一件落着後、エンドクレジットを流しながらも、エピローグ的にその後の顛末が語られていくところも楽しいデス。かなり重苦しいところのあった本筋の学園生活の描写に比べて、実にハッピーで明るいクラスの様子が描写されていく。一種、救われたように感じます。
「楽しい学園生活」とは斯くありたい。
但し、妙に〈妄想戦士〉のカミングアウトが流行り始め、逆にリアル指向の生徒の肩身が狭くならないか心配です。
ラストシーンでは佐藤良子ちゃんの制服姿が初めて披露されます。これは可愛い。反則だ。
「この服装は防御力がゼロになってしまう」と心配しておりますが、その心配は無用でしょう。防御力はゼロになろうとも、破壊力が飛躍的に増大しておりますからな。
● 余談
劇場売店ではタイアップ商品として〈妄想エナジードリンク〉なる青い炭酸飲料(ジンジャーレモン風味)が販売されておりました。うーむ。これで妄想パワー倍増だ。
でも一冊千五百円のパンフレットは高価いデス(豪華ですが)。
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