2013年2月19日火曜日

ゼロ・ダーク・サーティ

(Zero Dark Thirty)

 今年(2013年・第85回)のアカデミー賞作品賞の有力候補に挙げられておりますね。さすが『ハート・ロッカー』(2008年)のキャスリン・ビグロー監督です。実に骨太かつ重々しいサスペンス映画でありました。
 重厚すぎて腹に応えましたけど。
 作品賞にノミネートされておりますが、キャスリン・ビグローは監督賞にノミネートされていないのか。不思議です(『ハート・ロッカー』で受賞しちゃったから故意に避けられたのかしら)。

 主演女優賞にジェシカ・チャステインもノミネートされております。『ヘルプ/心がつなぐストーリー』(2011年)で助演女優賞にもノミネートされておりましたが、受賞したのは同作のオクタビア・スペンサーの方でした(それもまたやむなし)。
 ジェシカには、本作でオスカーに輝いて戴きたい。
 他にも本作は脚本賞、編集賞、音響編集賞と、計五部門にノミネートされており、それぞれがまた納得の出来映えであります。特に脚本のマーク・ボールは、『ハート・ロッカー』で既に脚本賞を受賞していますが、本作ではどうでしょうか。
 個人的には、音響編集賞はカタいのではないかと思っております。特にクライマックスの闇をついて飛ぶ二機のステルス型ブラックホーク・ヘリのプロペラ音は圧巻でありました。あのヘリの音は音響設備のしっかりした劇場で聴くことをお薦めいたします。

 本作は、関係者の証言に基づいて、911の全米同時多発テロを起こしたテロ組織アルカイダの指導者、オサマ・ビンラディンを追うCIAアナリストの活躍を描いた、限りなく実話ライクなストーリーです。
 ほとんど軍事スリラー映画であると云っても良いくらいの迫真のサスペンスです。
 また、「実話に基づくCIAの極秘作戦を描いたサスペンス映画」と云うと、ベン・アフレック監督・主演の『アルゴ』(2012年)とも似ておりますが、あちらほどユーモアな場面はありません。もうギリギリと締め付けるような緊張感が二時間半も持続する、結構キツい作品であります。
 本作と『アルゴ』が一緒に作品賞ノミネートというのも奇遇ですねえ。

 ところで「CIAアナリスト」と云うと、トム・クランシーの小説〈ジャック・ライアン〉シリーズを想起いたしますが、本作のアナリスト、マヤ役のジェシカ・チャステインはハリソン・フォードほど格好良くは描かれておりませんです。現実はこんなものか。
 本作でのジェシカは、化粧気もなく、ほぼ素のままの冴えない姿で全編通しておりますが、それがまたリアルです。仕事に打ち込むキャリアウーマンですね。『ヘルプ~』のキャピキャピした若奥様と同一人物とは思えませんです。

 どうでもいい余談ですが、「アルカイダ」なのか「アルカーイダ」なのか「アル=カーイダ」なのか、日本語での表記がよく判りませんデス。「ビンラディン」も、「ビンラーディン」とか「ビン=ラーディン」とか、「オサマ」とか「ウサーマ」とか、もうヤヤコシイなあ。
 とりあえず一番、文字数の少ない「アルカイダ」の「オサマ・ビンラディン」にしておきますね(映画の字幕もそうでしたし)。

 さて、事実として発端の二〇〇一年九月の同時多発テロがあり、その決着である二〇一一年五月の米国海軍特殊部隊(ネイビーシールズですねェ)が行った軍事作戦がありました。オサマ・ビンラディン殺害のニュースが大きく報じられたのも、まだ記憶に新しいところです。
 本作はその始まりから決着までの十年間を描いていこうと云う趣向です。
 当初の企画では、アフガニスタンのトラボラで失敗したビンラディン捕獲作戦の顛末を描くつもりだったそうですが、準備中に現実に追い越されてしまい、急遽企画を変更したのだとか。
 しかし企画変更後、一年余で一作製作してしまえると云うのがスゴいですね。しかもそれでまたアカデミー賞を狙えるというのだから、キャスリン・ビグロー監督とマーク・ボール脚本のコンビは最強ですな。

 ところで本作は、題名が意味不明でした。何かの暗号かと思っていましたが、これは時刻を表しているそうな。軍隊用語か。そう云えば「ハート・ロッカー」も兵士達の隠語でしたね。
 その意味するところは、「深夜の零時三〇分」。これはまさに特殊部隊が、その作戦を決行した時刻であるそうな。
 「ダーク・ゼロ・サーティ」とか「ゼロ・サーティ・ダーク」じゃないのか。軍隊用語は奥が深い(のかどうかはよく知りませんが)。

 冒頭、911テロに遭遇した人々の様々な音声が交錯する場面から始まります。画面は黒いまま、ただ音声だけが流れ続けるあたりでもう、異様な緊迫感が漂います。
 ニュースキャスターの声や、航空管制の音声、警察無線、そしてタワー崩壊前に現場にいた当事者達の電話の音声などが重なり合いながら流れていく。
 そして轟音。沈黙。画を出さないので余計に悲惨なイメージが印象づけられます。実に効果的です。

 このオープニングがあるので、ビンラディンの所在を割り出す為にCIA局員が捕らえた容疑者を執拗に拷問にかける場面も、ある程度は納得できます。しかしエゲツない拷問です。
 肉体よりも精神を痛めつけることに主眼を置いています(いや、肉体も相当、痛めつけますけど)。
 人間の尊厳を剥ぎ取る為にここまでするか。いや、多分、現実はもっと正視に耐えないくらいのことをやっていたのでしょう。これでもまだ手ぬるいのでしょうねえ。
 多少なりとも救いなのは拷問を行う方も、強気を装いながら、内心やりきれなさを感じている描写があったことでしょうか。でも、結果的にはやるべきことを情け容赦なくやってしまっているので、偽善と云われても仕方ないところではあります。
 劇中では、オバマ大統領が「捕虜の拷問」について厳しい発言をしているTV映像を、現場のCIA担当者らが白けた目で見上げている場面もあります。でも台詞は一言も無し。本作ではその是非を問うことはいたしません。

 本作では十年近い年月の経過が描かれますので、主演のジェシカもその分、経験を積んでベテランになっていきます。最初にイスラマバードの米大使館に着任したときには、まだ右も左も判らない新米アナリストだったのに(割と性格的にも穏和な面が伺えます)、次第に現場に慣れ、だんだんと図太くなっていく。
 そりゃもう分析官として、各地から送られてくる「取り調べの映像記録」──ぶっちゃけ「拷問の記録」──を延々と吟味しなければならないので、精神的にも荒んでいかざるを得ないのでしょう。こういう仕事は気が滅入る。
 ちなみに本作では、場所を明かせない──劇中では「CIA秘密施設(ブラック・サイト)」と呼ばれる──某所が何カ所も登場します。中近東だけでなく、ヨーロッパにもあるようです。さすがはCIA。

 後半に入るとジェシカは職場の中でも古株になって、上司である支局長(カイル・チャンドラー)を怒鳴りつけて予算と人員を分捕るまでに成長します。いや、これは成長と云うのかな。
 もうビンラディンを追うことが、半ば執念と化している。劇中では親しかった同僚が自爆テロの犠牲になる場面もあり、仇を討つことを誓ったようですが、本作は正面から登場人物の内面を描いたりはしません。心情を吐露するような説明台詞もなし。
 実にハードかつドライな、骨太の演出です。
 ジェシカも淡々と、もはや機械のように情報を分析しながら心身を磨り減らしていきます。同時に観ている側も、この殺伐とした展開にだんだん疲れてきます。

 そして遂にパキスタン首都近郊の地方都市アボッターバードを突き止めるが、確証は得られない。
 作戦会議で、対象家屋の住人を確認するCIAの「あの手この手」が報告されますが、どれもビンラディンがここにいるとは断言できない。
 劇中では「下水の中の汚物のDNA分析までやった」と語られますから、現場の人達の苦労は並大抵ではなかったことでしょう。特にソレを分析するよりも、サンプルを採取してきた人に同情したい。

 決定的な確証を上層部に提示できないが、確信しているジェシカの眼力に圧倒されたのか、CIA長官も作戦を承諾し、遂にあの〈海神の槍作戦〉が実行に移される。
 個人的に、『忠臣蔵』の吉良邸討ち入りの場面を連想するかのような展開でしたが、討ち入った後のシールズ隊員の容赦のない掃討が強烈でした。とりあえず動いていたら女でも射殺。
 もはや押し込み強盗の実況中継を観ているようでした。暗視ゴーグルの映像がまたリアル。
 そして最後に、ビンラディンまでもを射殺。
 しかし相手の顔は一切映しません。遺体も仰け反っているので、顎髭が見えるくらい。

 本作では作戦が終了した後の、ビンラディンの遺体の扱いがどうなったかと云う顛末までは描かれません。
 報道ではビンラディンの遺体はアラビア海上の空母カールビンソンまで運ばれ、イスラム教の風習にはない水葬に付されたそうですが、これはあまり本筋とは関係ありませんからねえ(そこまで克明に映像化すると色々と差し障るところもあるのだと察せられますし)。

 任務完了後、帰国の輸送機を手配してもらうものの、ジェシカの表情に達成感はありません。ただ疲れて無感情になったまま、パイロットの言葉にも反応せずに座っている。
 やがて静かに涙があふれ出す。何故泣くのか、何も語られることなく沈黙の内に暗転してエンドです。
 特に字幕で、その後のジェシカの身の振り方や、社会情勢について語られることもない。「するべきことだけしました」的な単調な演出でしたが、観ているこちらも疲れ果て、どっと息を吐き出すエンディングでありました。

● 追記
 二月二五日に第85回アカデミー賞の受賞が発表されました。
 残念ながら作品賞受賞作は『アルゴ』となり、本作は受賞を逸してしまいました。
 と云うか、本作は脚本賞も編集賞も逸してしまい、音響編集賞のみの受賞となりました(『007 スカイフォール』と同時受賞)。ジェシカ・チャステインの主演女優賞もならずか。残念。
 でも、音響編集賞は納得でしょう。あのブラックホークが飛んでいくときの音は格別でしたからねえ。




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