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2012年10月14日日曜日

推理作家ポー 最期の5日間

(THE RAVEN)

 怪奇&ミステリ小説の元祖エドガー・アラン・ポーを主役にしたサスペンス・ミステリ映画です。
 ポーは一八四九年、ボルティモアの酒場に於いて泥酔状態で発見され、病院に担ぎ込まれたが数日後にそのまま逝去されたそうで(享年四〇歳)、本作はその死の謎に迫ろうという趣向。多少脚色しておりますが、虚実相半ばする脚本がお見事デス。脚本家のリサーチの深さが窺われます。
 原題はポーの代表作である『大鴉』のことですが、内容的にはカラスはあまり関係なかったです。邦題の方がよほど正確です(珍しい)。

 近年はエドガー・アラン・ポーを扱った映画が多いような気がします。一八〇九年生まれで生誕二百年を超えたことを契機に製作されるからなのでしょうか。ポーと同じ年に生まれたエイブラハム・リンカーンも、近頃はよく映画のネタにされているような。
 同じ一八〇九年生まれの有名人にはもう一人、チャールズ・ダーウィンがおりますが、こちらは伝記映画とか製作されないのかしら(進化論では映画になり辛いか)。

 ともあれ、本作にはポーのマニアにしか判らないようなトリビアも随所に挿入され、ファンならばニヤリとすること間違い無しでしょう。実は私は半分も判りませんでしたが。鑑賞後にパンフレットの解説記事を読んで、気が付いた程度でして(汗)。もっとも、すべてのネタが判らなくても、ストーリーを理解する妨げにはなりませんから御安心を。
 余談ながら、本作のパンフレットには作家の菊地秀行氏が寄稿している一文がありました。パンフレットの製作者もよく判っていらっしゃる。

 フィクションに書かれた事件を再現するマニアックな猟奇殺人鬼に、作家本人が挑むという筋立てが興味深いです。似たようなストーリーのサスペンス映画は何本かありますが、時代背景は現代ばかりで、本作のように一九世紀のボルティモアを舞台にして、推理小説の元祖E・A・ポーを主人公にするというのが、雰囲気があってイイ感じでした。
 但し、猟奇殺人の場面にはかなりエグいものもありますので、R15+の年齢制限が設けられております。
 やっぱり「振り子による人体切断シーン」はリアルに撮りたかったんでしょうねえ。振り子のセットはCGなんかじゃなく、本当に歯車が回って降りてくる実物大の装置が作られたそうで、見事な出来映えです。監督のコダワリが感じられました。

 監督は『V・フォー・ヴェンデッタ』(2005年)のジェームズ・マクティーグ。本作で監督三作目です。『ニンジャ・アサシン』(2009年)も観るべきだったか(観なくて正解だったような気も)。
 一九世紀のボルティモアの古風な街並みと、ダークな世界観が巧く描写されておりました。
 馬車が行き交う石畳の景観は、ブダペストなどの東欧でロケしたそうで(さすがに現代のボルティモアには昔の街並みは残っていないか)、これが効果を上げておりました。

 本作で主役のエドガー・アラン・ポーを演じるのは、ジョン・キューザック。久しぶりです。『シャンハイ』(2010年)はスルーしてしまったので、『2012』(2009年)以来のような。『オフロでGO!!!!! タイムマシンはジェット式』(2010年)も観てないや。
 頑張って顎髭を生やしてポーに似せた役作りをしてくれていますが、あまり似ているとは云い難いです。カッコ良過ぎると云うか。
 フランシス・コッポラ監督の『Virginia ヴァージニア』(2011年)に登場したベン・チャップリン演じたポーの方が実物に近いような気がします。ジョン・キューザックを、あの頭でっかちで線の細いポーの御面相に似せるのは、ちょっと限界があるような。

 本作に於けるポーは『大鴉』をヒットさせたものの、近年はイマイチで新聞に載せる文学書評で食いつないでいるという、冴えない状態です。
 酒場のツケも溜まりまくって、注文する前に店から放り出される始末。
 ポーには既婚歴がありますが、物語の時点では奥さんを病で亡くして独身状態。名士であるハミルトン大尉(ブレンダン・グリーソン)の愛娘エミリー(アリス・イヴ)に求婚したいところだが(相思相愛ではあるものの)、大尉からは毛嫌いされている。父親として収入の不安定な詩人崩れに娘を嫁がせられるものかという気持ちは非常に良く判ります。

 本作ではポー以外の登場人物は、ほぼフィクションだそうです。恋人エミリーも創作か。
 ハミルトン大尉役のブレンダン・グリーソンは、先日も『デンジャラス・ラン』(2012年)でお見かけしましたが、やっぱりデカい義眼をしていないのでマッド・アイ・ムーディとは別人のようデス(いや、ムーディの方が特殊な役作りだろう)。

 その一方で、ポーは新聞社の編集長(ケヴィン・マクナリー)からは評論ばかり書いてないで、また小説を書けとせっつかれている。
 「第二の『告げ口心臓』を書け」と云われてホイホイ書ければ苦労はしませんが、なんとなくジョン・キューザックの態度は「その気になればいつでも書けるが、なんか気が乗らない」と云っているようにも見受けられ、切羽詰まらないと傑作は書けないのかなあと思ってしまいます。
 本作の殺人鬼もそう考えたようで、無理矢理追い詰めて執筆を強制しようとするワケです。

 まずは、とあるアパートで深夜に女性の悲鳴が聞こえ、駆けつけた官憲が突入すると、凄惨な殺人現場に遭遇する。しかも部屋は密室。窓には内側から釘付けされ、暖炉の煙突にまで死体が詰め込まれていた。しかし犯人の姿はどこにも無く、煙のように消え失せていた。
 もう序盤からして「どこかで見たような」殺人事件です。

 ここで登場するのがルーク・エヴァンス演じる警視。現場を一瞥するや「どこかで読んだぞ」と、あっという間に密室トリックを見抜いてしまう。
 ルーク・エヴァンスと云えば、ポール・W・S・アンダーソン監督の『三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船』(2011年)でアラミスを演じておりましたが、ここでもキレ者の警視として登場します。
 ぶっちゃけ、ジョン・キューザックより颯爽としています。こっちが主役のような(笑)。

 理性的な警視と、酔いどれ詩人がコンビとなって、難事件に挑むという図式は正統派バディ・ムービーのようです。
 更に殺人事件は続き、謎の殺人鬼は大胆不敵にも犯行予告まで残していく。そして厳重な警戒の中、堂々とポーの恋人エミリーまで拉致して、ポーに執筆を強制する。傑作を書かないと恋人の命は失われてしまう。
 偏執的な愛読者に取り憑かれた作家こそいい迷惑ですが、悠長なことを云っている暇は無い。
 追い詰められたポーは犯人を追跡しながらも、自らをモデルにした小説を憑かれたように書き始める。

 あまりポーの著作を知らない私でも、有名な作品をモチーフにした事件は、よく判ります。原作を読まなくても、映画化された作品を先に観ちゃっている場合もありまして。
 だから『モルグ街の殺人』、『恐怖の振り子』、『赤き死の仮面』、あたりならすぐに判ります。また『早すぎた埋葬』ネタも大丈夫。
 中盤で展開する『赤き死の仮面』をなぞらえた舞踏会のシーンは実に豪華で見事です。
 しかし事件が進展して行くにつれ、私のよく知らない作品にも言及されます。『マリー・ロジェの謎』、『ヴァルドマアル氏の病症の真相』、『アモンティリヤアドの酒樽』とか。多分、知っている方の目には、殺人事件の演出にピンと来る部分が沢山あるのでしょう。
 ああ、読んでおけば良かったなあ。短編集、買って読もうか。

 ポーの小説をモチーフにした猟奇殺人事件は次々に発生し、死体には恋人エミリーへと至る手掛かりが残されていると云う趣向。なかなか謎解きのミステリとしても面白く、エドガー・アラン・ポーのファンでなくても、ミステリ好きなら楽しめることでしょう。
 でもかなり面倒な手間をかけないと、小説の再現は出来ない筈なのに、そのあたりの理屈はスルーされています。フツー、あんな巨大な殺人振り子を製作する段階でアシがつきそうなものだし、暖炉の煙突に死体をどうやって突っ込んだのかとか、方法までは解明されません。
 熱心な愛読者と云えど、熱意だけでは出来ないこともあるのでは……。

 また、ポーが亡くなることは予め判っているのが、ちょっと残念。その為、犯人は明らかになるのですが、スッキリしたとは云い難い。
 最後に小説を書き上げたポーは同時に犯人を突き止め、恋人を救出するが、毒を飲まされ力尽きる。犯人は悠々と立ち去ってしまう。
 本作では、史実でエドガー・アラン・ポーが遺した謎の言葉「レイノルズ」こそ、犯人の名前だったという解釈になっています。本作では、ある人物がレイノルズなのですが、苗字を呼ばれることが無いので判らないようになっています。

 そして倒れたポーの遺志を継ぎ、警視がラストを締めてくれます。
 しかし、犯人がフランスに逃亡したことをどうして察知できたのか、かなり謎です。確かにポーの最後のメッセージは警視に届きましたし、あれほど頭のキレる漢なら、行方を捜して先回りすることなど造作も無いのかも。
 でも逮捕はしない(そのつもりがないのは、メッセージのことを誰にも告げないことで明らかですが)。もっと単刀直入に、ズドンと撃って強引に解決。
 非道な犯人なので、当然の報いではありますが、司直の警視がそんなことして良いのかしら。ついでに、撃つ前に犯人が持ち去った「ポーの遺作」を回収して欲しかった。「素晴らしい傑作」だったそうで、その原稿を読ませてくれーッ。

 また、犯人の方も、パリまでやって来たのは逃亡するつもりでは無かったのは明白ですね。
 ポーに向かって「ヴェルヌという若い有望な作家」のことを語りますから、今度はジュール・ヴェルヌにストーキングするつもりだったようです。ヴェルヌも災難ですね。
 しかしその場合、今度はどんな事件を起こすつもりだったのか。
 『海底二万哩』とか『神秘の島』を模した連続猟奇殺人でも起こすつもりだったのか。それはそれで、どんな事件になったのか観てみたかったような……。

 銃声一発でそんな妄想は断ち切られ、怒濤のエンディングに雪崩れ込みです。
 CGを駆使したスタイリッシュなエンドクレジットはなかなかカッコ良かったデス。


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