2012年10月13日土曜日

魔法少女まどか☆マギカ
 始まりの物語/永遠の物語

(puella magi MADOKA MAGICA)

 二〇一一年にオンエアされるや熱狂的な支持と人気を集めた深夜アニメの劇場版です。全十二話を再編集して、前後編の二本の映画としておりますが、前編と後編の公開時期が一週間しかズレておらず、ほぼ前後編同時公開なのだから、一本につなげてもいいだろうと思うのデスが、そこは大人の事情というヤツなんですかね。
 しかも前編一三〇分、後編一一〇分だと、つなげて二四〇分。これってTVシリーズ全話をつなげたのとほとんど変わらないのでは。
 実際、鑑賞してみて、どこかにカットされた場面があったのか、よく判りませんでした。
 新作カットとの差し替えがあるのは判りましたが──特に各キャラクターの変身シーンも気合い入れまくりの新作カットなのは嬉しい──、逆に何かがカットされていたのかについては、ほとんど無かったような気がします(ストーリーにまったく変更がありませんでしたし)。
 なので、ここでは一本の作品として扱いたいと思います。

 私、最初のオンエア当時、この作品を完全にスルーしておりまして、知人と飲み会の席上で未視聴であることを白状すると、相手からとても残念な眼で見られたことを覚えております。しかも皆そろって同じような目付きでこちらを見やがる。
 やめろ。その「残念な眼」はやめてくれ。判ったから。観るから。
 で、後日ほぼイッキ視聴に近い形で制覇したワケですが、コレを見逃していた己の不明を恥じると共に、たった十二話しかないシリーズを短期間で観てしまうことについて、かなり勿体ない感覚を覚えました。
 もっと時間をかけて味わいながら観ても良かったのに。でも、見始めたら止まらなくなることも事実ですし。

 SF者としては、まず最初にさりげなく近未来の物語だったという描写に惹かれました。SFちっくな魔法少女モノと云うと、『リリカルなのは』がありましたが、またアレとは全然、作風が違いますねえ(いや、全然違うし)。
 そして回を追うに従って可愛い画とは裏腹に展開していく、とってもダークで血まみれなストーリーにのめり込み、大多数の御同輩と同じく、第十話でトドメを刺されたクチであります。
 よもやコレが「ループする時間」と云うSF者にはマタタビ的効果を持つネタをはらんでおったとは。なるほど星雲賞を受賞するワケだわ(いや、他にも至るところで色んな賞を獲りまくりの傑作ではありますが)。

 当初は序盤から登場する〈魔女〉の絵が前衛的なのにも唖然としました。劇団イヌカレーの異様な表現手法に『モンティ・パイソン』を思い出したり。この手の前衛的な演出としては、かつて『少女革命ウテナ』でJ.A.シーザーの歌曲を聴いたとき以来の衝撃でした。
 あの〈魔女〉のシュールな前衛的デザインに、各々ちゃんと意味があるのも興味深い。人間の深層心理を表現していそうな演出に、SF者としては古典SF映画『禁断の惑星』(1956年)を連想しておりました。〈魔女〉もある種のイドの怪物と云えるのか。

 また、映像も前衛的ですが、音楽も印象的です。本作の音楽を担当しているのは梶浦由記。個人的に菅野よう子と並んで好きな作曲家です(『NOIR』や『.hack//』も好きでして)。
 この劇場版でも、梶浦由記の劇伴がグレードアップされており、大変嬉しいデス。完全再アフレコでありますし、耳で聴いても新しい部分があるのが素晴らしいデスね。
 特にマミさんのテーマ曲(だと信じている)「Credens justitiam」に日本語の歌詞が付いていたことに感動しました。よし、これで歌えるッ。
 TVシリーズの主題歌である「コネクト」と「magia」も劇中でちゃんと使用されるし、この劇場版に抜かりがあるところなんて無いんじゃないでしょうかね。

 当初、魔法少女同士で争い合う図というのがラッセル・マルケイ監督の『ハイランダー』(1986年)と云うか、『仮面ライダー龍騎』みたいだなあと云う感想を抱いたりもしましたが、最近では逆に『仮面ライダーウィザード』に本作に似た部分を感じたりしております。
 やはり「絶望した人間から悪いモノが誕生する」という設定が似ておりますね。

 そして何を云うにしてもほむらちゃん(斎藤千和)でしょう。こっちが物語の主役ですよね。
 斎藤千和さんの演じるキャラだと『ストライクウィッチーズ』(2012年)のルッキーニちゃんも好きデス。あ、あっちも魔法少女モノか(笑)。

 序盤からのミステリアスな展開は、何度観ても新たな発見があると云うか、この物語は最低でも二回観ないと判らないと思います。私も知人から「(TVシリーズは)全話観終わったら第一話に戻ってもう一度観ろ」と云われましたし。
 劇場版では観客が既に物語のカラクリを知っていることを前提に製作されていますので、転校当初のほむらちゃんがまどか(悠木碧)の何気ない言葉に、ギリギリと唇を噛みしめる短いカットが挿入されていたりするのが印象的でした。
 判るッ。今なら判るよ。
 まどかを「どこまであなたは愚かなの」となじりたくなる気持ちも判ります。
 これも最初は、面と向かって「オロカモノ」呼ばわりですか、キツイのう──なんて思っていたのですけどね。
 まぁ、主人公は愚かで間違いばかりしている方が丁度良いとは思いますが。

 そんな中で、迷っている主人公の女の子にアドバイスするのが母親である、と云う展開もいいですねえ。本作は「母と娘の物語」としても印象深いです。
 このとき、アドバイスを求めたまどかママ(後藤邑子)の言葉が素晴らしい。「人間、正しいことばかりしていると間違える」と云うのは名言デスね。
 この場面は本作屈指の名シーン(の、ひとつ)だと思います。本作の場合、名場面が幾つもありすぎて困ります。

 そしてまた、名言ではありますが、ママの言葉を真に受けて本当にそのとおりに行動するまどかにビックリもしました(素直すぎるわ!)。
 更に終盤でのママがいい。あそこで娘の背中を押してやれる親はなかなかいるもんじゃないと思います。いや、フツーは出来んだろ。
 ワシには出来ん。
 だって超巨大な台風が来ている最中に、十代の娘が外へ出て行こうなんて正気の沙汰ではない。きっと恨まれてでも引き留めてしまい、世界を滅亡させてしまう羽目になるのでしょう。
 それ以前に、うちのムスメらはキュウべえ(加藤英美里)に「僕と契約して魔法少女になってよ!」と云われたらホイホイ引き受けてしまいそうですが。

 それにしても、声は可愛いが無表情なキュウべえとは怖いキャラクターですね。
 「契約前の重要事項説明」なんぞ丸きり無視して「訊かれなかったから」と平気で答える。近年稀に見る極悪キャラですわ。
 都合の悪いことは一切、口にせずに「まどかが魔法少女になるように仕向ける」ことに全力を尽くしている発言が見え見えです。
 人間の価値観が通用しない生き物、言葉を喋れども精神はエイリアンという設定にSFマインドを感じます。「言葉は通じるが、話は通じない」と云うシチュエーションは、藤子・F・不二雄の短編で読んだ憶えがありますが、まさにこのことですね。

 そしてカラクリが明かされた後の終盤展開はもう、何回観てもウルウルしますね。
 当初は「ループする時間」ネタなSFなので、救いのない円環構造の物語だったらどうしようかとも心配しましたが(それならまた最初に戻って観返せば良いんだよ)、まどかとほむらちゃんが出会うという「始まりはあった」のだから、どこかに「終わりはある」筈だと思っておりました。しかしまさか、その出口が「宇宙全体が一度、終わる」という部分に位置していたとは。

 貴方は希望を叶えるんじゃない。貴方自身が希望になるのよ。

 まさにインキュベーターの干渉すべてを無効化するような祈り。
 それにしても凄まじいまでに巨大なソウルジェムになっちゃいましたね。クライマックス前にも一度、雲のむこうに見える山みたいな影が映りましたが、あれが史上最強の魔法少女の姿でしたか。
 そしてほむらちゃんが時間を繰り返す度にまどかは強力になっていったけれど、祈りの内容もまた少しずつ変化していったと云うことなんですかね。
 最後の祈りにある「全ての魔法少女」という概念には、自分自身すらも含まれるとな。

 でもゲーデルの不確定性原理によって、自分自身を完全に内包した記述は不可能であると証明されているのデスが。魔法少女はゲーデルすら蹴っ飛ばすか。
 確かにそんなことをするには宇宙全体を書き換えるというか、自分が宇宙にならざるを得ませんわなあ。
 人間の感情、希望と絶望のエネルギーだけが、熱力学第二法則を覆せるのであれば、あるいは可能なのか。

 かくして今現在の我々の宇宙は、あまねく〈まどか神〉が遍在する世界であるワケですね。もはや魔女もなく、魔法少女もない。そして常に希望はそこにある。
 ネガティブな感情エネルギーは〈魔獣〉という形を取るようになり、インキュベーターに取っては「魔法少女システムより効率の悪い」システムになったと。
 もうキュウべえには、女の子を魔法少女にすることは出来ないのだと判っただけでも、多少は溜飲の下がる想いです。

 とは云うものの……。
 いつかまたきっと会えるよ──って、それはまた実に遥か先のハナシではないのか。この宇宙が終わるときなのでは。
 それとも、会えないわけでもないか。もはや常に二人は一緒にいるようなものですからね。

 なかなか昨今のSFアニメの中では群を抜いて、出来の良い物語です。脚本、映像、音楽、演技どれを取っても申し分ない。
 欲を云うなら、もうちょっと長く続いて物語を楽しみたかった……と、云うところで後編の上映終了後に、『[新編]叛逆の物語』の予告も流れます。
 しかし綺麗に終わったと思ったのですが、どう続けようと云うのか。楽しみが続くのはいいことですが、待ち遠しい。

● 余談
 本作はアニメとして文句なしに傑作、名作の部類に入りますので、いずれ私のムスメらにも観てもらいたいと思っております。でもまだ九歳と七歳だしなあ。あんなダークな展開を見せるのは、まだちょっと早いか……と思っていたら、ムスメの方がこちらの上を行っておりました。
 音楽配信で入手した「コネクト」と「magia」を携帯音楽プレーヤーに入れ、車を運転中にカーステレオで聴いていたところ(どうせムスメらには何の歌だか判るまいと高を括って)、同乗していたムスメらに目敏く反応されました。プリキュアとポケモンの主題歌以外はスルーすると思っていたのに。

 「あ、魔法少女の歌だー」
 「ホントだー」

 ……ナゼ、アナタ方ガ知ッテイルノデスカ(冷汗)。

 小学生の情報収集能力は侮れぬ。と云うか、小学校のお友達(の父兄)にアニオタがいたり、親戚にもアニオタがいたりする環境では、隠しても無駄なだけだと悟りました。
 そう云えば知らないうちに『けいおん!』も知っていたし。
 ハナシを聞くと誰かの家に遊びに行ったときに何話かDVDを観ちゃったらしく……。

 「マミさん、食べられちゃうんだよねー」

 うわ。そこまで観たのか!

 「魔法少女になるのはねえ、マミさんと、まどかちゃんと、さやかちゃんとぉ……、あのライバルの女の子。名前は……えーと。あの真っ黒い子」

 ほむほむのことをそんな風に呼ぶなぁッ。




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