2012年10月3日水曜日

マルドゥック・スクランブル/排気

(Marduck Scramble : Exhaust)

 冲方丁の原作によるSF小説の劇場用アニメシリーズ三部作の完結編です。毎年、一本のペースを遵守し、きちんと完結してくれました。一作六〇分前後なので、まとめて一本の映画に出来ないことも無いと思われますが、この超絶クォリティを維持して一度に三時間の映画を製作するのは、やはり無理があるのでしょうか。
 ともあれ、三年にわたり楽しませていただいたことを、まずは工藤進監督を始めスタッフの皆さんに感謝です。

 最近、SFを書かずに時代劇ばかり執筆しているような感のある冲方丁ですが──でも『天地明察』(2012年)も映画化され、結構面白かったですし──、本作の更なる続編『マルドゥック・アノニマス』も執筆中であるそうで、『マルドゥック・ヴェロシティ』と併せて〈マルドゥック〉三部作にする構想のようです。
 本作の公開と一緒に出版できれば尚、よかったのですが。
 ちなみに本作は「日本SF作家クラブ五〇周年記念作品」であるそうで、開巻時のロゴの表示が微笑ましかったです。いつの間にウフコックは日本SF作家クラブのマスコットになっちゃったのか(笑)

 本作は三部作完結として、前作『マルドゥック・スクランブル/燃焼』(2011年)の続きから始まります。
 バロット(林原めぐみ)とウフコック(八嶋智人)、ドクター(東地宏樹)の三人はシェル(中井和哉)の悪事の証拠を納めた一〇〇万ドルチップを手に入れんとシェルの経営するカジノを訪れ、並みいる腕利きディーラーとの勝負に勝利。遂に最強のディーラー、アシュレイ(土師孝也)とのブラックジャック勝負に挑む──と云うところから、前置きなしに始まります。

 前作のルーレット勝負から次第にSF色が薄くなり、本作のブラックジャック勝負はほぼSF抜き。純粋にギャンブラー映画として、白熱の勝負が展開します。
 もう細かい描写にいちいち説明は付けません。ルールなんぞ知らなくても大丈夫。何かスゴい手札らしいとか、そこでそんな札が来るのかとか、よく判らないまま進行していきますが、緊張感だけは伝わってくるし、それで充分。
 多分、その筋の人が観たら納得できる描き方になっているのだと思います。
 このあたりの演出は、ジム・スタージェス、ケヴィン・スペイシー主演の『ラスベガスをぶっつぶせ』(2008年)にも通じるものがありますね。

 トランプを使ったゲームの中で、ブラックジャックだけは、数学的に手札を予想できるゲームだと云われており──それも類希な動体視力と記憶力と暗算能力があればこそですが──、ウフコックのサポートを受けたバロットも並のディーラー相手なら勝っていられた。
 しかし最高のディーラー相手にはもはや通用しないと云う描写が凄いです。理屈はもはや判りません。説明もない。
 ただ、ハイテク満載のウフコックをして尚、人間のディーラーがそれを凌駕する演出に、人知を越えたものを感じます。
 アシュレイもまた、理屈は判らないながらもバロットが何者かの支援を受けていると見抜いている。
 もうこうなるとSFじゃないですね。

 『~/燃焼』のルーレット勝負でも、最後は人間同士の信念のぶつかり合いで、何故にそこでその目が出るのかサッパリでしたが、凄い勝負であることだけはヒシヒシと伝わって参りました。
 でも本作はさらにその上を行く勝負です。
 画面を分割したり、表情(特に目)のアップで、スピーディなゲームの進行と巨額のチップをめぐる攻防が描かれていきます。そして一進一退の攻防の果てに、バロットは人生を学んで成長していく。
 己が生きている意味、存在の理由。何が偶然で、何が必然なのか。
 まことにギャンブルとは人生の縮図であります(ホンマかいな)。

 でも、あまりにも高度な心理戦が展開するので、観ている側はついていけませんデス。もう超人同士のギャンブルはワケが判らなくて当たり前なのです。
 次のカードにはどの札が来るのかは、もはや問題ではない。超絶技巧を持ったディーラーには不可能はないので、当たり前のようにカードの順番は操作されている。
 問題なのは、次の札を引くのか、引かないのかと云う選択のみ。
 「正しい選択」をしないとバロットに勝ち目はない。ここにはSF的な要素は皆無です。

 アシュレイ役の土師孝也の声が渋いです。プロフェッショナルなので感情をまったく表に出しませんが、微妙な声のトーンだけで、キャラクターを表現しておられます。
 最後の最後でバロットに裏をかかれて負けてしまうのですが、完敗したとは云え、その勝負に深い満足を覚えている様子が感動的です。

 「俺は今、勇気をみた。謙虚をみた。俺の目の前で誰かが勝つのを初めて見た」

 カードの手札よりも、相手の人間性を読みあい、人生の生き方で勝負をしている。
 勝ったバロットも、勝利を誇るよりも「勉強させてもらいました」と非常に謙虚な態度なのが素晴らしいです。
 人生の生き方ばかりはどんな時代でも、科学が超絶的に進歩しようと変わるところは無いのですね。

 さて、カジノ対決が終わっても、実は『~/排気』のドラマとしてはまだ中盤。原作小説ではこの場面が白眉であったので、そこから先は割とあっさり描写されて終わっていたような印象でした。
 なのでシェルが凶行に及ぶ理由や、裁判の行方、ボイルドとの最終決戦などは、小説の頁数としてはそれほどでは無かったような気がしました。
 しかし映画として、アクションをきちんと描こうとすると、前半のカジノ勝負と同じくらいのボリュームになってしまうのはやむを得ないですね。
 ここから先は再びSFアクション映画な展開がじっくり、しっかりと描かれます。
 戦いを前にウフコックとバロットが誓う言葉が好きです。

 「俺たちは殺さない。殺されない。殺させない」

 個人的にはカジノ対決でドラマが終わってもいいくらいの満足感を味わいましたので、そこから先の展開はちょっと蛇足ぽくもありましたが、手を抜くことなく最後まで描いてくれました。
 でもシェルの末路は哀れすぎるかなあ。もはや本筋がバロットとウフコックとボイルドの三角関係に完全にシフトしてしまったので、悪役として活躍することなく、あっさり退場です。もはや出番なし。

 白熱のガンアクションの末にウフコックとボイルドの長年の因縁にも決着が付き、ボイルドも遂に安らぎを得る。
 「これでやっと眠れる」という末期の言葉が印象的でした。
 きちんと完結してくれたので、それはそれで満足なのですが、三年続いたイベントもこれで終わるのかと思うと一抹の寂しさも感じます。

 エンディングでは、本作に限り林原めぐみが主題歌を担当して歌っております。
 今まで、『~/圧縮』も『~/燃焼』も、主題歌は本田美奈子でした(二〇〇五年に急性骨髄性白血病でお亡くなりになっておられますが)。
 『~/圧縮』では「アメイジング・グレイス」、『~/燃焼』では「アヴェ・マリア」が主題歌になっておりましたが、本作では林原めぐみの歌う「つばさ」が主題歌です。
 この歌は本田美奈子の歌曲の中では「アメイジング・グレイス」と双璧をなす人気なのだそうで、感慨深いものがありますね。

 ところで本作には早速、ハリウッドで実写化の企画があるそうですが、監督が『シューテム・アップ』(2007年)のマイケル・デイヴィスと云うのが実に何とも……心配です。
 マイケル・デイヴィスが監督である以上、ガンアクションの描写に手抜かりはありますまいが、逆にそればっかりになりそうな気がしてなりません。ウフコックも一度、銃にターンしたらもはや元に戻る暇もなくなりそうな気がします(笑)。
 それに多分、一二〇分前後で完結させるとなると、かなり省略されてしまうのではないか。『マルドゥック・スクランブル/省略』なんてのだけは観たくないです。
 それよりは本シリーズ三作を連続視聴する方がいいな。
 その際には『~/圧縮』もディレクターズ・カット版(2011年)で観たいものです。聞く処に依ると、なんかエロいシーンが追加になっているとか(笑)。
 だから一八禁か。

 それにマイケル・デイヴィス監督には、小川一水のSF小説『時砂の王』の実写映画化のハナシもあるそうなので──最近、日本のSF小説のハリウッドへの売り込みが激しいですな──、『マルドゥック・スクランブル』実写化が実現するとしてもいつになることか。
 それよりは来年からまた三年間、今度は『マルドゥック・ヴェロシティ』をアニメ化して……と云う企画は無いのでしょうか。
 でも前日譚なのでバロットの出番が無く、ウフコックとボイルドの無敵コンビが幸せだった頃の物語では、林原めぐみファンの観客動員は見込めそうにありませんかねえ。




▲ PAGE TOP へ

ランキングに参加中です。お気に召されたならひとつ、応援クリックをお願いいたします。
にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村

ランキングに参加中です。お気に召されたなら、ひとつ応援クリックをお願いいたします(↓)。

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村