2012年9月27日木曜日

天地明察

 SF者ですから冲方丁の名前は以前から存じておりました。アニメも好きですから設定と脚本を担当された『蒼穹のファフナー』もTVシリーズと劇場版は両方とも観たし、『マルドゥック・スクランブル』がアニメ化されて、その出来は大丈夫だろうかと心配もいたしました(結果として杞憂でしたが)。
 そんな奴から見ると冲方丁が時代劇な小説を書いたというのが当初は不思議でした。一体どうしてしまったのだ、冲方丁。
 しかもそれがヒットし、二〇一〇年の本屋大賞を受賞(他にも吉川英治文学新人賞やら、北東文芸賞やら)して単行本が書店にドカドカと平積状態。一気にメジャーな作家になってしまいました。そしてそれを映画化したのが本作。
 でもその分、SFから遠のいたように感じられるのがチト寂しいですねえ。
 だって最新刊は『光圀伝』。また時代劇か(本作に於ける水戸光圀の扱いを見ていると、次回作が光圀主役の小説と云うのも判らぬではないですが)。うーむ。冲方、SFを書いてくれェ。
 しかしお陰で『マルドゥック~』も増刷されたり、改訂版が出版されたりしたので、嬉しくもあります。出来ればアニメ化された『マルドゥック~』はもっと拡大公開してもらえぬものか。

 それはさておき、本作は時代劇としてもなかなか面白く出来ており、個人的にはかなりお薦めであります。
 物語は江戸時代前期に天体の観測から日本独自の暦を作り出した安井算哲(後の渋川春海)の半生を描くもので、科学者が周囲の無理解に負けずに学問に打ち込み、真理に到達しようと頑張るあたりが、日本版『アレクサンドリア』(2009年)といった趣もあります(時代は全く異なりますけどね)。
 監督は滝田洋二郎。『おくりびと』で二〇〇九年(第81回)のアカデミー賞外国語映画賞を受賞しておりますが、本作も全米公開の暁には、必ずや……ノミネートくらいされるといいなあ。

 主演の安井算哲役は岡田准一。その妻役を宮崎あおいが演じております。
 岡田准一は一連の『SP』シリーズ以来ですが、今回は爽やかなナイスガイを演じております。出世や金儲けには興味を示さない(ついでに女にも縁がない)天体観測と算術が趣味と云う学問一筋の朴念仁。
 囲碁と天体観測には通じるものがあると云うのは、本作で初めて知りました。碁盤は天空の象徴だったのか。
 そんな岡田准一をときに優しく、ときには厳しく叱咤しサポートするのが宮崎あおい。江戸時代にしてはなかなか自由闊達な女性です。

 宮崎あおいは和算塾を営む兄と一緒に暮らしており、算術が縁で岡田准一と知り合いになるわけですが、このときに紹介された「出題者が神社の境内に算術の設問を絵馬に書き込んで掲示し、設問を解いた者が絵馬に回答を書き込む」というシステムが興味深かったです。
 時代劇なのに円の面積やら、三角形の辺の長さを求める設問が図解入りで描かれるという描写が新鮮です。当然、それは墨と筆で書かれていますし。今までのチャンバラがメインの時代劇とは一線を画しており、新鮮でした。
 算術の歴史を考えれば、当然そのような描写になるのでしょうが、如何せん今までの時代劇に算術はほとんど登場していなかったですからね。

 興味深い描写は他にもあって、最たるものはドラマの前半に描かれる〈北極出地〉ですね。日本各地をくまなく回り、北極星の高度を観測して、その土地の緯度を計測していく観測隊です。
 安井算哲も会津藩主保科正之(松本幸四郎)の命を受けてこの観測隊に随行することになる。一介の碁打ちである安井算哲は武士ではないので帯刀しておらず、わざわざ殿様から刀を拝領して出立する。
 「武士でなければ同行できない」とは、さすが封建社会です。
 この〈北極出地〉一行のリーダーとなるのが建部伝内(笹野高史)と伊藤重孝(岸部一徳)の二人の武士で、この二人がいてくれたからこそ、後の改暦事業につながるのですが、この二人が算哲と同じくらいヘンな人で大層、味わい深い人物でした。笹野高史と岸部一徳のトボケたキャラクターがぴったりで、配役の妙を感じます。

 笹野高史と岸部一徳は江戸を出立してからずうっと歩数を数えている。だから歩き方も実に規則正しくキビキビしています。
 最初は何をしているのかと思いきや、観測地に到着すると、先に北極星の高度を自分で計算し、観測結果と突き合わせようとしている。どちらが観測結果により近い数値を出せるかで勝負するという、なかなかアカデミックな勝負です。
 しかしこれは驚くべきことですね。北極星の高度が即ち観測地点の緯度となるのは、さほど理屈を知っていなくても(正確な観測機器さえあれば)出来ることですが、測定前に移動距離から緯度を算出するには、「地球が球体である」ことのみならず、「地球の大きさ」までも知っていないと出来ないのでは……。

 さりげなく江戸時代(十七世紀頃)の科学水準の高さを見せつけてくれます。また〈北極出地〉が幕府の命により行われている国家事業であるという描写も興味深いです。
 さすがSF作家の書いた時代劇に基づく作品です。描写の時代考証も怠りなしですね。
 それをきちんと映像化する美術スタッフもまた、いい仕事をしております。劇中には様々な観測機器や、天球儀、日時計、計算装置などが次々に登場してくれます。しかも実に精巧。

 特に面白いのが、算木を使った計算の描写ですね。冒頭で算哲も神社の設問を計算する為に使用する場面があります。ソロバンだけでは解けない高次方程式も、算木を使うと解くことが出来たそうで、実に興味深い。
 また改暦事業の為に会津藩が作った完全木造の天文台のデザインが素晴らしいです。
 本作を観ると江戸時代に対する認識が随分と変わります。

 江戸時代らしからぬ──と云うか、よく知る時代劇には出てこないような──描写は、水戸光圀(中井貴一)の屋敷にも見受けられます。やたらと洋風な内装や食事が並んでいるのを観ていると、ホントに日本は鎖国していたのかよと思いたくなります。
 それにしてもこの人が『水戸黄門』の御隠居と同一人物とは信じられませんね。いや、『水戸黄門』はかなり史実から懸け離れておりますが(笑)。
 中井貴一は少ない出番ですが、さすがの存在感を放っておりました。

 そして本作はかなりの長期間に渡る物語を、手際よく見せてくれます。ですがあまりにも手際よく、登場人物もそれほど老けない(いや、全然老けない)ので、これが数十年に渡る物語だったと云うことが、なかなかピンと来ませんでした。
 全国行脚の〈北極出地〉だけでも一年半を要していますし、その後も長期間の改暦事業が続き、更に当時の有力な暦のどれが一番正しいのかを判定する「三暦勝負」も、三年間も続いた筈ですし、その後もまた延々と続く算哲の個人的天体観測の日々も十年以上に渡ったと台詞の上では語られていますが、観ている間はまったく時間経過が気にならないほどサクサク進行してくれます。
 江戸時代の人は忍耐強かったのですねえ。「三暦勝負」なんて、よく途中で忘れ去られてしまわなかったものです。

 時間経過を感じさせない軽快な演出もお見事ですが、相当な人数の登場人物が代わる代わる登場するドラマをきちんと整理し、判りやすく描いてくれる演出もまたお見事でした。
 ドラマのパート毎に区切って整理しているのが判り易いです。笹野高史と岸部一徳は〈北極出地〉にしか出てきません。
 算哲の師である山崎闇斎(白井晃)は少年時代の回想シーンだけの出番かと思いきや、〈北極出地〉の後に、改暦事業が始まってから唐突に登場します。そして算哲より張り切って改暦に打ち込み、遂には改暦反対派の襲撃により命を落とすという劇的な退場までしてくれます。
 しかし山崎闇斎の死は、映画だけのフィクションのようで、史実では無いそうな(原作にもそのような場面は無いし)。まぁ、この襲撃シーンが無いと本当に一切のチャンバラが出ない時代劇になってしまいますから、それは許されなかったのでしょうか。

 後半に入って、物語が江戸と京都を往復しながら、改暦するしないで既得権益を手放すまいとする公家衆との対決が鮮明になってくると、また新たな登場人物が現れます。
 敵対勢力のボスである宮栖川友麿(市川染五郎)が、イイ感じに悪役ぽくて素敵です。語尾に「~おじゃる」を付けた公家言葉でイヤミな人物です。
 ちょっと絵に描いたような「嫌みな公家」ですが、判り易いに越したことは無いか。
 一方、公家衆の中にも味方がいて、安井算哲の幼少時からの知己である土御門泰福(笠原秀幸)が、かなり唐突に登場しますが、台詞が無くとも忘れ去られないよう所々に顔を出して印象づけているあたりに演出の苦心が伺えます。

 他にも和算家の関孝和(市川猿之助)との算術を通じた交流も随所にあって、一種の文通のような関係であるのが面白かったです。物語の冒頭から関係しているのに、実際に顔を合わせるのは随分と後になってから。
 また、本作の主題は「日本独自の暦の策定」でありますので、囲碁対決は脇筋ではありますが、所々に囲碁が話題になり、きちんと忘れ去られず描かれていたのもいい感じでした。
 物語が囲碁に始まり囲碁に終わる形になってします。
 本因坊道策(横山裕)との棚上げになった御前試合が冒頭にあり、万事成し遂げた後の因縁の対局がラストシーンとなる。横山裕は〈関ジャニ∞〉のメンバーで『エイトレンジャー』(2012年)にも出演していたそうですが、アイドル歌手とは思えぬ演技力で、ちょっと感心しました(芸能人はよく知らないので……)。
 差し向かい、楽しそうに碁を打つ岡田准一と横山裕の笑顔がまぶしいです。実に後味爽やかなラストシーンでした。誰も老けていないけど、そこはツッ込んではイカンのですかね。

 エンドクレジットでは、日本古来の暦に即した風物を引き合いに出したり、太陽が二四節句の運行を司る様子を美しいCGで表現したりする等、如何に暦が人間の生活に密着しているものかを表現した演出が判りやすかったです。
 久石譲の雄大な音楽もドラマに相応しく、印象的でありました。




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