2012年10月2日火曜日

キリマンジャロの雪

(Les neiges du Kilimandjaro)

 題名からして、アーネスト・ヘミングウェイの小説を映画化したのかと思われましたが、全然違いましたね。グレゴリー・ペック主演のアレのリメイクではないのか。
 本作の題名は六〇年代のパスカル・ダネルのヒット曲に由来するのだそうで、フランス人には有名なシャンソンであるとか。この歌は劇中でも歌われ、エンドクレジットでも流れます。イイ感じの曲です。

 また、クレジットにはフランスの文豪ヴィクトル・ユゴーの長編詩「哀れな人々」に着想を得た旨が表示されます。ユゴーと云えば、『レ・ミゼラブル』しか存じませんデス(汗)。
 この詩の内容は、五人の子供を抱えた貧しい漁師夫妻が、更に孤児二人を引き取って育てることになる顛末を描いたものだそうで、本作も大筋はその通りの展開ですが、結末に至るまでには様々な脚色が施されております。と云うか、結末以外はまるっきり別物なのでは。

 監督はロベール・ゲディギャン。マルセイユ生まれで、マルセイユを舞台にした映画ばかり撮っている地域密着型の映画監督だそうです。
 『マルセイユの恋』(1997年)とか、『幼なじみ』(1998年)くらいが日本でも紹介されておりますが、未見デス。結構、安定したペースで映画を撮っているのに(大体、二年で一本か)、あまり紹介されないとは残念な。
 本作を観る限りでは、ハートフルなヒューマンドラマの作り手で、私は気に入りました。ヨーロッパ映画にありがちな淡々とした描写に徹しすぎて、私が感情移入する隙が無いような作品に比べると、割とエモーショナルな描写が多いように見受けられます。

 物語の舞台はフランスの港町、マルセイユ(当然ですね)。
 フランスの港町を舞台にした人情話と云うと、最近はアキ・カウリスマキ監督の『ル・アーヴルの靴みがき』(2011年)を観ましたが、それよりは泣ける──あるいは心温まる──展開になっております。どちらの作品にも、難民問題や格差社会と云った、どの国でも理解できる社会問題が扱われているのが共通しております。
 でもル・アーヴルとマルセイユでは、同じ港湾都市でも随分と印象も異なります。やはり北海に面した港と、地中海に面した港の差か。マルセイユの方が陽光が溢れる分、楽天的なイメージが漂っております。
 街の景観としても、港湾に丘の斜面が迫り、狭い坂道が曲がりくねる中に民家が密集している様子は、神戸に似ています。しかもオシャレだ(実際は庶民の家屋が多いのだとしても)。

 本作の主演はジャン=ピエール・ダルッサン。薄い頭髪と白くなった髭を生やした風貌が、ちょっとショーン・コネリーぽい。
 何処かで観た人だと思ったら、この人は『ル・アーヴルの靴みがき』にも出演しておりましたね。あちらでは主人公を逮捕しようとする難民取締の警視役でしたが、本作では人情家の主人公を演じております。
 主人公の妻マリ=クレール役がアリアンヌ・アスカリッド。この方はゲディギャン監督の奥様だそうで、ここでも「旦那が監督、主演がその嫁」と云う構図が見受けられます。
 ゲティギャン監督作品は、舞台もマルセイユで固定なら、キャストもスタッフもほぼ同じと云うのが興味深い。完全にゲティギャン組が出来上がっているのですね。
 本作はこの二人が演じる熟年夫婦を軸に展開していきます。

 世界的不況はマルセイユにも押し寄せ、とある造船会社ではやむを得ず二〇人をリストラすることとなった。労働組合の委員長であるミシェル(これがダルッサン)は公平を期する為にリストラ対象者をくじ引きで決めることにした。
 全従業員を前にくじを引き、名前を読み上げていく。だがその二〇人の中には、自分自身の名前も含まれていた。
 従業員仲間である義弟(ジェラール・メイラン)からは「何を馬鹿正直に」と云われるが、公正公平を旨とするミシェルは譲らず、自分で自分をリストラしてしまう。
 事情を聞いた奥さんが一切、旦那を責めようとしないのが素晴らしいデス。

 まぁ、もともと定年間近でもあり、長年の蓄えもあり、息子も娘も結婚して独立している(孫もいる)熟年夫婦ですから、即座に切羽詰まるワケでは無いのが救いです。
 無職となり、ハローワーク通いを続けながらも、夫婦円満のまま結婚三〇周年を迎えて、友人一同が祝いの席を設けてくれたりと、それなりに幸せな生活を送っている。
 『カンパニー・メン』(2010年)のベン・アフレックとは随分と状況が異なります(あちらも造船業でしたが)。
 そして友人一同、息子や娘夫婦がカンパし合ってプレゼントしたのが、アフリカ旅行。皆が「キリマンジャロの雪」を合唱し、パーティは盛り上がる(三〇周年だから真珠婚式ですね)。
 しかし順調だったのはここまで。

 ある晩、キリマンジャロへの記念旅行を前に押し込み強盗に襲われ、旅行の資金、チケット、果ては財布やクレジットカードまで奪われてしまう。たちまち困窮する夫婦であるが、何よりショックだったのは、やがて捕らえられた犯人が一緒にリストラされた同僚の青年であったこと。
 親は不在、蓄えも無く、幼い弟二人を養わねばならない青年にはやむを得ない犯行だったのか。

 劇中で主人公がリストラの際の決断を悔やむシーンがあります。個別の事情も考慮せずにくじ引きにした判断は正しかったのか。
 自分達のように、リストラされても何とかなる人員から先に選抜するべきだったのでは。
 悔やんでも後の祭りではありますが、どうなんでしょうか。
 リストラされたのは自分達の他に十八人がいたわけですが、犯罪に走ったのは青年一人だけだし、他にもリストラされて生活が困窮した男達は沢山いたと思うのデスがねえ。
 むしろ特権を行使すること無く、自分の名前まで正直にくじの中に入れて、当たってしまったら率先して範を垂れた主人公が責められる謂われはないと思うのですが。
 或いは、くじ引きで決めることに反対ならば、何故誰も先に異を唱えなかったのか。

 思うに皆が「くじ引きに外れること」を期待して黙っていたのではないかとも考えられます。二〇人という数が全体の何割だったのかは知る由もありませぬが、確率に負けた後でそれを責め、留置場に面会に来たミシェルに向かって恨み言をぶちまける青年は甚だ男らしくありませんです。
 逆境に耐えている残りの十八人に申し訳ないと思わんのか(いや、そこまで描いている尺は無いので、想像するだけですけど)。
 労組の委員長まで務めた主人公にとって、同僚の裏切り行為は労働者の連帯を壊すものでありショックなのは判りますが、世代も離れていますし、オヤジ世代の闘争の歴史を若い連中が知らないのは仕方ないというか、そこまで気に病む必要は無いと思うのデスが……。
 青年の言葉で肯けるのは「アフリカまで行かなくても、ケダモノなら街に沢山いるぜ!」と云う捨て台詞だけです。

 旦那が警察に呼ばれたり、裁判所に呼ばれたりしてバタバタしている間に、加害者である青年の家に寄って、幼い二人の弟たちの面倒を見始める奥さん。勿論、旦那には内緒です。
 然り気ない行為に、優しさと慈愛の心が溢れております。
 それだけでなく、奥さんは兄弟達の母親と云う女性にも会いに行きます。こちらはもう育児放棄も甚だしい勝手な女で、まったく好きになれません。長男が強盗に走ったのも、元を正せばこんな母親の所為なのでは。そう考えると多少は同情の余地ありですかね。

 本筋とは関係ありませぬが、ある決断を前に悩んだ奥さんが珍しくお酒を飲もうとするシーンが素敵でした。
 街角で見かけたバーにフラリと立ち寄る奥さん。バーテン(フランスだからギャルソンと呼ぶべきか)から何の酒にするかと訊かれて答えられないでいると、ギャルソンの方がお酒を解説し始める。
 曰く、恋の悩みならばマリー・ブリザール(リキュールの一種)。度数は二五で、少しばかり甘さを残した風味に、氷を二つばかり加えれば失恋の処方として完璧ですよ。
 恋の悩みではない、人生についての悩みだと答えると、また別の酒を取り出してくる。
 それがメタクサ。太陽の国ギリシャの酒(ブランデー)で、必ず二杯飲むこと。何故なら「人生は二人で歩むもの」だから。
 「とりあえず今は貴方に一杯。僕の為にもう一杯どうぞ」

 取り立ててオシャレでもない、どちらかと云えば場末の大衆酒場のようなバーに、こんな粋なギャルソンが(しかも割とイケメンだ)存在しているのが驚きデスが、マルセイユではありふれているのか。
 さすがフランス(しかも商売上手で二杯飲ませたぞ)。

 一方、警察の尽力によりキリマンジャロ旅行の旅券は手許に戻ってきたが、もはやミシェルは喜ぶ気になれない。旅行会社のカウンターでキャンセルして料金を払い戻してもらう。そして、そのお金を持って加害者青年の家を訪ねる。
 結局、夫婦してどちらも相手に一言の相談もなく行動しているのですが、考えていることは同じだったという展開が、オー・ヘンリーの短編『賢者の贈り物』のようです(ちょっと違うか)。
 「旅行で辛い日々を癒やせたかも知れない」と云う旦那に、奥さんが「旅行は夢でいい。ここで幸せなら」と応える場面が胸に迫ります。幸福な人生とはかくありたいものです。

 本筋に無関係ですが、主人公が密かにアメコミのファンであると云う設定があります(しかもスパイダーマン)。このアメコミ好きが思わぬところで役に立つと云う展開が面白いのですが、ちょっと取って付けた感が漂っています。
 もう少し隠れマニアであることが納得できるような伏線があれば良かったにと思うのですが、あまり強調するとギャグになってしまいますかねえ。




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