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2012年5月12日土曜日

ル・アーヴルの靴みがき

(Le Havre)

 北フランスの港町ル・アーヴルを舞台にした人情物語。でも監督はフィンランドのアキ・カウリスマキ監督。本作はフィンランド、フランス、ドイツの合作になっております。
 しかしこの巨匠の作品、私はほとんど観ておりません。その昔、奇抜なヘアスタイルのバンド「レニングラード・カウボーイズ」が話題になったときにチラっと観た程度でして……(『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』(1989年)ね。続編の『レニングラード・カウボーイズ、モーゼに会う』(1994年)もスルーしてしまいました)。
 ついでに云うとお兄さんのミカ・カウリスマキ監督の作品は全然観ておりません(汗)。

 おまけにSF者な上にアニメ者でもあるので、「ル・アーヴル」と聞いて『不思議の海のナディア』が連想されたりします(確かジャンの故郷の街だよな)。
 そうか。ル・アーヴルってこんな街だったのか。初めて知りました(汗)。

 本作はヨーロッパでも社会問題となっている難民問題を扱っております。とは云え、大上段に社会派映画になるのではなく、あくまでも下町に暮らす市井の人々が、たまたま難民と関わりを持ってしまった事件という風に描かれる。
 心温まるヒューマン・ストーリー……と云われております。確かに「ヒューマン・ストーリー」ではありますが、心温まるか否かはビミョーなところでしょうか。
 淡々と進行していくドラマにはなかなか感情移入しづらい部分もありますからねえ。あまり深刻にならないユーモアのある語り口は好感の持てるところではありますが。

 港町ル・アーヴルで靴みがきを生業とする初老の男マルセル(アンドレ・ウィルム)は、献身的な妻(カティ・オウティネン)と愛犬ライカと共に、貧しいながらも幸せに暮らしていた。
 イマドキは革靴を履く人が少なくなり、スニーカーが多くなったという世相は、なかなかに世知辛い。おかげで稼ぎは少なく、近所のパン屋にはツケが溜まりまくっているが、何とか奥さんには内緒にしながら、日々を凌いでいた。
 しかしあるとき、奥さんの具合が悪くなり、緊急入院してしまう。

 奥さんの病名については何も言及されませんが、相当に重篤であるらしい。端から医者がサジを投げているような様子です。そりゃあんまりだ。診察した医者と奥さんの会話は、最初から諦めムード。

 「望みはないの?」
 「奇跡が起きれば話は別だが……」
 「最近、近所じゃ起きてないわね」

 それでも奥さんは旦那さんには内緒にするよう、医者に堅く口止めする。したがってマルセルの方は奥さんの病状については一切、知らされないまま、しばらく入院して療養するという言葉を信じている。

 そして奥さんと入れ替わるようにやってくるのが、不法入国した難民の少年。
 ル・アーヴルの港湾施設に積み上げられていたコンテナの中から、アフリカのガボンから来た難民達が発見され、警察がコンテナ内の黒人達を連行しようとした際の隙を突いて少年が一人、逃走する。たまたま港の近くで営業していたマルセルは警察の目を逃れて隠れている少年と出会い、少年を匿うことにする。
 まったくフツーにマルセルとアフリカから来た少年との間で言葉が通じているのが、日本人からすると奇異に感じられますが、フランスの人からすると当たり前なのか。ガボン共和国はフランスの植民地だったこともあり、現在でも公用語はフランス語だそうで──今でもフランス人が多数住んでいる──、特に不都合なくフランス語で会話が成立しております。

 不法入国者らが発見されたことは早速、TVで報道される中、テロ組織アルカイダとの関係も取り沙汰されると云うのがイヤな感じデス。昨今は何でもテロリストとの関連を疑われるのか。
 マルセルの同業者もアジアからの移民であり、外国人をテロリスト予備軍のように伝える報道に憤りを覚えている。昨今のヨーロッパというのは、どこでもこんな感じなんですかねえ。

 一方、奥さんが入院した途端に、妙に御近所さんが優しくなると云うのが、なかなかユーモラスです。
 特にパン屋のオバちゃんが、難民の少年を匿うマルセルに協力してくれる。基本的に御近所さんは皆、協力的ですが、一部にはそうでもない人もいる。
 黒人の少年を見かけて警察に通報する者がいる。誰が通報しているのか、詳細は描かれません。登場人物の中でも特に名前を呼ばれないし、どういう人だか判らない。
 このあたりの描写に説明不足な印象がありますが、心ない人と云うのはどこにでもいるから、敢えて多くは語らないと云うことでしょうか。

 少年は祖父と共にイギリスのロンドンを目指していたと云う。祖父は逮捕されていずこかの収容施設に送られていた。マルセルは自費で少年の祖父の行方を尋ねていく。
 まずはダンケルクの難民キャンプへ赴くマルセル。
 いきなり第二次大戦の古戦場の名前が飛び出しましたが、まぁフツーの海岸でした(笑)。

 祖父の行方を尋ね、難民キャンプから更に刑務所のような難民センターへと赴くマルセル。
 特に説明的なセリフは一切無く、ただ淡々と各地に収容されている黒人達の様子を映していくのみな演出なので、どの程度ひどい扱いなのかは想像するより他はありません。
 センターの所長から面会を求める理由を訊かれて、親族であるとヌケヌケと云い放つマルセルが笑えます。どう見ても黒人じゃないし。

 「いや、私が白子なんです」

 これで欺される人がいたらお目に掛かりたいもので、一旦は拒否されそうになるところへ機転を利かせて「会話はすべて録音されてますよ」などと食い下がると(ウソですが)、渋々面会を認めてくれる。なんか後ろ暗いところがあったのか。

 面会できた少年の祖父は、もはや強制送還の覚悟を決めているが、孫だけは何とかロンドンに送り届けてやってくれとマルセルに頼み込む。ロンドンには少年の母親がおり、恐らく母親の方は先にイギリスへの密入国に成功したらしいことが察せられます。
 全体的に淡々とした描写なので、何故ロンドンなのか理由は説明されません。イギリスの方が暮らしやすいのでしょうか。
 むしろ言葉の通じるフランスの方が不都合が少ないような気もしますが……。取締が厳しいのか。

 マルセルを始め、登場する人物のほとんどが優しい人達ばかり。難民に同情的で、困っている人がいるから助けてあげるのだという素晴らしく博愛精神に満ちた人々です。さすがフランス。
 大体、稼ぎの少ない靴みがき屋なのに、そんなことする余裕はあるのか。奥さんだって入院中なのに(具合が悪いのに化粧をして平静を装う奥さんも健気です)。
 そんなツッコミは野暮と云うものか。
 ロンドン行き貨物船の船長も、少年の密入国という危ない橋を渡るのに報酬は一切要求せず、ただ必要経費としての賄賂が必要だと云うのみ。自分の取り分は要らないと云い放つ船長は漢ですねえ。
 淡々と、さも当然という風に博愛精神が発露されていきます。

 ここから更に、大金を工面する必要に迫られたマルセルが、慈善コンサートを企画したり、出演交渉の過程でミュージシャンの為に一肌脱いであげたりします。
 邦画だとお涙頂戴な湿っぽい演出になりそうなところを、乾いたユーモアでユルユルと進行していく物語は個人的には好ましい演出なのですが、かと云って「これで心温まるか」と問われると、それもちょっと外しているような気がしました。

 監督自身が「これは非現実な物語だ」と云っておられるそうですが、まさにファンタジーなんですね。
 人々は善意に満ち、悪意ある人はサラっとスルーされるのみ。
 少年の身柄確保を厳命された刑事さんも、土壇場で見逃してくれるし。
 あまりハラハラな展開もなく、ユルーい人情話が静かに進行していく作品です。どうにも描写が淡々とし過ぎるように感じられました。

 少年の逃亡が成功した後、マルセルは病院へ奥さんを見舞いに行く。しかし病室のベッドは空っぽ。
 ドタバタやってる間に奥さんの病状は悪化し、遂に身罷ってしまわれたのか──と、思いきや。
 医師に呼ばれて診察室に行ってみると、全快した奥さんがにこやかに微笑んでいる。
 何故、快癒したのか、医師にも説明が出来ない。まさに奇跡。

 一切の説明を廃した問答無用のハッピーエンド。ここまでファンタジーだと、いっそ清々しいデスね。
 善人の元には必ず幸せが訪れるのであると云う展開に、なんか宗教的なテイストすら感じてしまうのですが、私にはどこがこの物語の勘所だったのかよく判りませんでした(汗)。
 これで感動の涙を流せと云われましても、ちょっと辛いなあ。
 ハートウォーミングな物語なのかなあ。なんか狐につままれたようなエンディングなんですけどねえ。ハッピーだからいいのか。


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