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2012年3月24日土曜日

シャーロック・ホームズの素敵な挑戦

(THE SEVEN-PER-CENT SOLUTION)

 本作はDVDで鑑賞しました。随分と昔にTVで放映されたのを観たきりだったので、実に懐かしい。
 それが近年のガイ・リッチー監督による新作ホームズ映画のヒットにあわせてDVD化されたのは嬉しい限りです。しかも日本語吹替付で。一部、放映時カットされた部分は字幕ですが、それでも構わん。
 スティングレイ社さん、ありがとう。

 ニコラス・メイヤーと云えばSF映画『タイム・アフター・タイム』(1979年)の監督であり、『スタートレック2/カーンの逆襲』(1982年)及び『同6/未知の世界』(1991年)の監督であることでSF者には馴染み深い。最近はどうされておるのか。ペネロペ・クルスとベン・キングズレー主演のロマンス映画『エレジー』(2008年)の脚本を担当していたとか。
 一応、監督と脚本家が本職らしいですが、小説も書きます。

 そのメイヤー作による『シャーロック・ホームズ氏の素敵な冒険』を映画化したものが本作(1976年)。小説の方はひとたび文庫化されて入手しやすくなったと思ったら、今また入手困難な状況になりつつあるようで、勿体ない。
 監督はハーバート・ロスですが、メイヤー自身が脚本を担当し、原作から脚色しております。
 本作は数あるシャーロック・ホームズのパスティーシュ映画の中でも、個人的に出色の出来であると信じております。
 ビリー・ワイルダー監督の『シャーロック・ホームズの冒険』(1970年)よりも好き。

 本作はユーモアを交えた語り口で、あの「最後の事件」から「空家の冒険」までの三年間のホームズ失踪の真相を明かそうという趣向。真面目なシャーロキアンからすれば、許してもらえないかも知れません。都合上、この二篇だけはワトソンの捏造になってしまうので。
 なんせ「ホームズは宿敵モリアーティ教授と共にライヘンバッハの滝壺に転落した」という筋書きを覆してしまうのだから。
 でも他の部分では割と辻褄は合ってるし、私は好きです。

 ホームズのパスティーシュ作品には、よく同時代の実在の人物や事件が絡んでくる物語が多い。そりゃ、ホームズも実在の探偵だと信じる人たちが書いているワケだし、当然か(笑)。
 だからホームズの物語に切り裂きジャックや、奇術師フーディーニや、夏目漱石が登場したりする。ネス湖の怪物も出たり。
 本作で登場するのは、オーストリアの生んだ偉大な精神科医シグムント・フロイト博士(1856-1939)。

 ホームズがコカインを嗜む描写は原典でもお馴染みですが、常人が七%のコカイン溶液を常用して、ただで済むはずがなく、本作ではホームズは麻薬中毒になりかけている(原典にツッコミ入れるのもマニアの愉しみデス)。
 これを治療するために兄マイクロフトとワトソンが計略を練ってホームズをオーストリアにまで連れ出そうとする。

 物語の前半はフロイト博士の下でのホームズの麻薬中毒の克服描写に充てられ、後半はフロイト博士も巻き込んでウィーンで発生した難事件の解決に奔走する。
 ある女性の失踪事件が、やがて欧州全土を巻き込む戦争に発展する危機となる。
 このあたりの「欧州戦争の危機」と云う設定はガイ・リッチー監督の『シャーロック・ホームズ/シャドウゲーム』(2012年)でも使われておりました。物語の背景が一八九一年で、その二三年後には現実に第一次大戦が勃発するわけですから(1914年)。
 こういう場合は、ホームズの力を持ってしても危機は遠のいただけという結末になるのがちょっと苦いか。

 しかしニコラス・メイヤーの原作小説の方のイメージが強かったので、今般DVD化された本作を見直したところ、意外なことを見つけてしまいました。
 原作にあった「戦争の危機」が映画の方では、ばっさり省略されている。あれえ? こんなんだったかしら。私の記憶違いか。
 ちょっと拍子抜けですが、原作者自身が脚本を書いているので文句は云えぬか。併せてヒロインの設定も若干変更されておりました。
 うーむ。予算が足りなかったのか。そりゃまあ、最近のガイ・リッチー監督作品と比較するのは酷というものでしょうが。
 配役は豪華なのですがねえ(ホームズよりも共演者の方が先にクレジットされるくらいで)。

 ホームズ   : ニコル・ウィリアムソン  (中村秀生)
 ワトソン   : ロバート・デュバル    (森川公也)
 マイクロフト : チャールズ・グレイ    (西田昭市)
 フロイト   : アラン・アーキン     (宮田 光)
 モリアーティ : ローレンス・オリヴィエ  (松岡文雄)
 ローラ    : ヴァネッサ・レッドグレイヴ(平井道子)

 まったく記憶に残っていなかったのですが、ヒロインがヴァネッサ・レッドグレイヴであったとは。
 近年の『ジュリエットからの手紙』(2010年)や『英雄の証明』(2011年)に出演されていた老婦人のイメージの方が強いので、こんなに若いお姿で登場されてビックリです。似ている(いや、本人だから!)。

 そしてローレンス・オリヴィエのモリアーティ教授。
 これが原典通りに本当に「犯罪界のナポレオン」だったなら、きっとホームズを圧倒する演技を見せてくれたでしょうに。残念。
 本作での教授は、設定がヒネってあって、実はいい人になっている。あのモリアーティ教授がちょっと小心な善人に(笑)。
 それが何故に悪の帝王扱いに──と云うのが、本作のもう一つの謎であり、フロイト博士の深層心理分析によってホームズの幼少時のトラウマが明らかになる。
 ホームズの女性に対する偏見や、少年時代の思い出を語らないといった設定に抵触することなく、巧く辻褄を合わせた展開が面白いデス。ホームズもののパスティーシュは、辻褄合わせの腕の見せどころですから。

 冒頭からフラッシュ・バック的に挿入される「階段を上っていく少年」のイメージが思わせぶりです。
 物語の合間にも、次第に少年が階段を上っていく。登り着いたところで、少年の身に何が起こったのか。事件解決後のエピローグとして、遂に真相が明かされる。

 本筋の方はと云うと、昔懐かしい活劇調の演出がなかなか楽しい。レトロな感じのアクションです。
 拉致されたヴァネッサ・レッドグレイヴを救わんと、ホームズ、ワトソン、フロイトの三人が蒸気機関車で追跡する。国境を越えて突っ走る機関車チェイス。
 列車を使った活劇の定番、「貨車の屋根の上でのアクション」も外しません。時代的にチャンバラになるのが一九世紀的。

 まぁ、全体的に手に汗握るといった雰囲気よりは、レトロなアクションを楽しむといった演出に感じられてしまっておりますが、昔はこれでも結構、緊迫した場面……だったのでしょうか。イマドキのアクション映画を見慣れてしまった眼には物足りなくもありますが、これはこれで。
 劇中で登場する暴れ馬も、特に怖いことはありません。
 「気をつけろ! 人を殺すよう訓練された馬だ!」と叫ばれておりますが、よく調教された馬にしか見えないぞ(笑)。
 爆発とか、炎上とか、銃撃戦とかも、ありませんからねえ。そういえば最近のガイ・リッチー監督作品には、それらが全部詰まっておりますな。

 事件解決後、麻薬への依存を断ち切ったホームズはしばらく休暇を取ると称し、ワトソンを残して旅に出る。「読者をどうするつもりだい?」と訊かれて、「死んだとでも書いておきたまえ。教授と一緒に滝に落ちたとか何とか。誰も信じないと思うが」とホームズが応える。
 これが三年間のホームズ失踪の真実である──そうな。
 ラストシーンは、原作には無かったヴァネッサ・レッドグレイヴとのロマンスも匂わせつつ、ロマンチックに終わりです。これはこれで良いのですが、ホームズ先生はトラウマの克服と同時に女嫌いも克服できたんですかね?

 原作小説には続編『ウェスト・エンドの恐怖』もあるのですが、こちらも映画化してもらいたいところですねえ。ガイ・リッチー監督にお願いできないかしら。


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