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2016年5月1日日曜日

レヴェナント: 蘇えりし者

(The Revenant)

 アメリカの西部開拓時代に実在した罠猟師ヒュー・グラスの半生と、彼が体験した過酷なサバイバルを描いたマイケル・パンクの西部劇小説『蘇った亡霊 : ある復讐の物語』が、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督、レオナルド・ディカプリオ主演によって映画化されました。
 本作は今年(2016年・第88回)のアカデミー賞において、一〇部門にノミネートされ、三部門での受賞──監督賞、主演男優賞、撮影賞──に輝いております。

 本作でイニャリトゥ監督は『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014年)に続いて、連続で監督賞の受賞となりました。これで作品賞も受賞できたら、二年連続のダブルクラウンとなったのに残念。
 もう作品賞まで獲っちゃっても良いのではないかと思われましたが、さすがにそこまで巧くはイカン。作品賞はトム・マッカーシー監督の『スポットライト/世紀のスクープ』でしたね(こちらは脚本賞も一緒に受賞です)。

 でも本作の撮影監督であるエマニュエル・ルベツキは、『バードマン~』でも撮影賞を受賞しておりますし、実はその前年のアルフォンソ・キュアロン監督の『ゼロ・グラビティ』(2013年)でも受賞しておりますので、本作と併せて、アカデミー賞撮影賞三年連続受賞と云う快挙です。
 その実力に違わず、本作で活写される雄大な大自然の景観は素晴らしいです。自然光のみで撮りあげたというコダワリの景観。ともすればストーリーの進行を一旦中断しても、静かに風景だけを映し続けるイニャリトゥ監督の演出と相まって、その臨場感には圧倒されます。
 単なる背景ではない大自然の厳しさは一見の価値ありと申せましょう。

 そして何より、本作はレオナルド・ディカプリオ(以下、デカプー)の初のアカデミー賞受賞作品となりました。今まで『ギルバート・グレイプ』(1993年)で助演男優賞ノミネート、そして『アビエイター』(2004年)、『ブラッド・ダイヤモンド』(2006年)、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013年)で主演男優賞にノミネートされながら、そのいずれもで受賞を逸しておりましたが、ついに本作で五度目の正直。いや、長い道のりでした。
 うーむ。『クリッター3』(1991年)の男の子がここまで登り詰めるとは感慨深い(忘れて差し上げたいが無理)。

 それにしても本作でデカプーの主演男優賞獲得の前に立ちはだかったのは、強敵揃いでしたねえ。特にマイケル・ファスベンダー(『スティーブ・ジョブズ』)とエディ・レッドメイン(『リリーのすべて』)がヤヴァかった。
 実は密かに『博士と彼女のセオリー』(2014年)に続いて、二年連続でエディ・レッドメインが主演男優賞を掠っていくのではないかと怖れていましたが、私の予想はいつも外れます。
 でも個人的な好みを申せば、『オデッセイ』のマット・デイモンにあげたかった。マットもデカプーも、同じサバイバルを繰り広げる男の役なのに、よりシリアスである方が受賞するとは釈然としないものを感じます。あるいはこれはSF者の判官贔屓なのか。
 ブライアン・クランストンについては 『トランボ/ハリウッドに最も嫌われた男』をまだ観てないのでノーコメントにしておきますね。

 そして、デカプーと並んで印象的なのが、その敵役を演じたトム・ハーディ(以下、トムハ)でありまして、こちらもアカデミー賞助演男優賞にノミネートされていましたが、惜しくも逸しております。本作を観るとトムハとデカプーが二人そろって受賞するのもアリだったのではないかと思うのですが、世の中ままならぬものです。
 結局、トムハを抑えて助演男優賞を受賞したのは、『ブリッジ・オブ・スパイ』のマーク・ライランスでした。まぁ、仕方ないか。

 それにトムハは受賞するなら『マッドマックス/怒りのデス・ロード』で主演男優賞を受賞するべきだったのだ(ノミネートすらされませんでしたけど)。あるいは『チャイルド44/森に消えた子供たち』でも良かったのに(こちらはもっと納得いかん。作品賞にもノミネートして差し上げるべきでした)。
 うーむ。実は昨年はトムハの当たり年だったのですね。
 まぁ、助演男優賞の方も、クリスチャン・ベール(『マネーショート』)、マーク・ラファロ(『スポットライト』)、シルヴェスター・スタローン(『クリード』)と強敵揃いでしからね。いや、まぁ、スタローンについては異論のある方もおられましょうが。

 ところで本作は原作付の映画ですが、既に一度映画化されたことがあるそうな。本作はリメイク作品だったのか。
 一九七一年にリチャード・C・サラフィアン監督によって『荒野に生きる』として映画化されたそうですが憶えが無い。サラフィアン監督と云えば、『バニシング・ポイント』(1971年)の監督さんですが、同じ年にもう一本撮っていたとは存じませんでした。
 『バニシング・ポイント』はアメリカン・ニューシネマの代表作の一つではありますが、『荒野に生きる』もそうなのかな。ちょっと本作と見比べてみたいところですが、止めて差し上げるべきでしょうか。

 実は本作を観ていると、七〇年代の別の作品を彷彿いたしました。シドニー・ポラック監督、ロバート・レッドフォード主演の『大いなる勇者』(1972年)。脚本はジョン・ミリアスでした。
 あちらもまた実在した罠猟師ジョン・ジョンソンをモデルにした物語で、雪深いロッキー山脈が背景に描かれておりました。動物の毛皮を獲ることを生業としたり、先住民の女性と暮らしたりする場面が描かれているあたりに、共通するものを感じます。
 本作でも、劇中にはミズーリ川を下る場面が出て参りますので、背景に映る山々はロッキー山脈のどこかなのだと推察されます。劇中でははっきりと場所が明示されたりはしないし、時代背景も一九世紀初頭らしいこと以外はよく判らないままですが、西部開拓時代で、先住民族が白人開拓者とまだ争い合っていた時代ですから、『大いなる勇者』とかなり近い時代のような気がします。
 アリカラ族とか、ポーニー族と云った先住民の部族が登場するので、その方面に詳しい方なら判るのかしら。

 そう云えばデカプーはリメイク版『華麗なるギャツビー』(2013年)でも、かつてロバート・レッドフォードが演じたギャツビー役だったりしておりましたが、本作もまた役柄(の職業だけね)がロバート・レッドフォード主演の『大いなる勇者』によく似ていたりするあたり、ナニやらロバート・レッドフォードの後を追いかけているような印象を受けますね。
 個人的にはもう、デカプーはロバート・レッドフォードの後継者のようなイメージですよ。

 そして本作は音楽を坂本龍一が担当しているのも特筆するところでしょう。エマニュエル・ルベツキの映像に坂本龍一の音楽。これだけで本作は堂々たる叙事詩的風格を漂わせております(いや、実際そうですし)。
 イニャリトゥ監督は『バベル』(2006年)でも劇中に楽曲を使用しておりましたし、ファンだったのでしょうか。
 もう一人、坂本龍一と一緒に音楽にクレジットされているアルヴァ・ノトと云う方は存じませんでしたが、坂本龍一とコラボしているドイツのミュージシャンなのだそうです(実験音楽の方面はサッパリでして)。

 坂本龍一が映画音楽を担当というと、『戦場のメリークリスマス』(1983年)以外にも、『ラストエンペラー』(1988年)とか『リトル・ブッダ』(1993年)あたりはよく聴くところですが──映画音楽全集的なCDによく収録されてますし──、最近はあまり聴いたこと無かったですねえ。すみません『母と暮らせば』(2015年)とか観ていなくて。
 それに私が持っている坂本龍一のサントラCDは『王立宇宙軍/オネアミスの翼』(1987年)しかありませんデス(汗)。

 さて、冒頭から白人の狩猟団がミズーリ川流域の森林地帯で狩りをしている場面から幕を開けます。相当の収穫を上げた後、後は撤収するのみとなりますが、そこを先住民のアリカラ族の一団に襲われる。
 古典的西部劇のように奇声を発しながら襲ってくるような描写は無く、ほぼ無音で飛来する弓矢や槍に、次々と刺し貫かれていく狩猟隊員達。コワイ。
 いきなり序盤から壮絶な戦闘シーンとなりますが、この序盤の見せ場におけるエマニュエル・ルベツキのカメラワークが凄いです。前作『バードマン~』では全編ワンカットという離れ業をやってのけましたが、本作でも一つ一つのシーンが相当な長さになっています。カメラがかなりの長回しで戦闘に密着しながら、敵味方入り乱れての大乱戦が展開します。
 撮影に際しての段取りの複雑さは如何ばかりであったか。そう云えばエマニュエル・ルベツキはアルフォンソ・キュアロン監督の『トゥモロー・ワールド』(2006年)でも長回しのシーンが印象的でしたね。

 全編、エマニュエル・ルベツキのカメラワークが冴え渡っておりますが、一番印象的なのは中盤のダイビング場面でしょう。
 騎乗して全力疾走するデカプーが、そのまま断崖絶壁から飛び出し、馬と一緒に落下していくまでをワンカットで見せています。きっとCGで合成しているに違いないと思うのですが、実にリアルです。
 断崖から飛び降りて九死に一生を得るというと、シルベスター・スタローンが『ランボー』(1982年)でやっておりましたが、本作では躊躇う間もなく、急転直下待ったなしの演出が心臓に悪いデス。
 樹木の枝に引っかかりながら、落下の衝撃を和らげるのもランボー・スタイルですが、一緒に墜ちた馬の方はちょっと哀れな有様でしたね。

 本作では、リアルかつ血まみれな描写が沢山出てきます。人間だけでなく、動物もです。熊やら馬やらバッファローやらの血まみれ描写も沢山あります。
 また、劇中では人間同士の争いとして、白人対先住民のみならず、白人は白人同士でも対立していたりとか──フランス人の一団もいたりしますし──、先住民同士でも仲が良いわけでもなさそうで、アリカラ族とポーニー族間の部族闘争も描かれています。
 もはや何が善で何が悪なのかよく判らない世界です。善悪の判断などせずに、愚かな人間たちの営みが突き放されて描写されております。
 「この世界は残酷だ。そして、とても美しい」とは某コミックスの名フレーズでありますが、まさにその通りですね。

 一応、デカプー演じるヒュー・グラスが本作の主人公と云うことになっていますが、真の主役は背景全体に広がる世界ではないのかと感じられます。人間がどう振る舞おうと、自然は意に介さないし、自然環境の厳しさは、人間にも動物にも、分け隔てなく襲ってくるのです。
 本作では、人にも動物にも等しく容赦のない大自然の寒冷な気候がこれでもかと描写されております。そしてその中を、瀕死の重傷を負いながらも生き延びようとするデカプーの鬼気迫る演技が鳥肌ものでした。
 でもまぁ……(『オデッセイ』の記事にも書きましたが)、壮絶かつ悲壮なサバイバルは観ていてかなり疲れるのも事実でして(汗)。

 序盤の戦闘を辛くも生き延びた少数の狩猟団のメンバー達は、追跡してくる先住民の一団から逃れようと川下りの逃走を断念し、決死の山越えに挑むことになるのですが、ここで頼りにしなければならないのが、現地に詳しい罠猟師のデカプー。
 ポーニー族の女性と一児を設け、妻亡き後は息子だけが生きがいと云うデカプーでしたが、運悪く山中でグリズリーに遭遇してしまう。
 その昔、大量生産された動物パニック映画の中に、文字通り『グリズリー』(1976年)なんてのがありましたが、本作に比べると可愛いものです(そもそも比べるのが間違ってるか)。

 何とか生き延びたものの瀕死の重傷を負い、仲間達の足手まといになってしまう。
 アリカラ族に追われているのに重傷者を連れて行く事は出来ないと、デカプーを見捨てることを積極的に主張するのがトムハでありますが、隊長(ドーナル・グリーソン)はいまいち踏ん切りが付かず。結局、数名を最期の看取りに残して、仲間達を率いて先発して行ってしまう。
 まぁ、息を引き取るのも時間の問題のような有様でしたから、やむを得ない判断だとは思いますが、トムハが残ると云い出したことに疑念は湧かないのか。「亡くなったら丁重に埋葬してから本隊に追いつく」ことを条件に、危険手当を約束してもらうので、それが目当てであるのが実に判り易い。

 トムハと一緒に残るのが、デカプーの息子ホーク(フォレスト・グッドラック)ともう一人。
 この三人目の猟師を演じていたのが、ウィル・ポールターでした。『ナルニア国物語/第3章 : アスラン王と魔法の島』(2010年)ではまだ少年でしたが、『メイズランナー』(2014年)ではもう青年の域に達していましたね。若手俳優の中では注目株か。
 本作では、善人ではあるがちょっと臆病で、トムハの甘言に騙されて抜き差しならなくなってしまう若い猟師を好演しております。

 死にそうで死なないデカプーに業を煮やして息の根を止めようとするトムハですが、それを見咎めた息子の方を手にかけてしまう。意識はあるが、身動き取れないデカプーの目前で行われる凶行。
 何も気付かず、水汲みから戻ってきたウィルを騙し、おざなりに埋葬してその場を離れるトムハでしたが、奇蹟的に息を吹き返すデカプー。
 そして復讐を誓う、という流れですが、そこから終盤にかけて描かれる壮絶なサバイバルが本作の本筋です。全体として二時間半越えの長尺ですが、大半はサバイバル描写に費やされていると云っても過言ではないでしょう。

 最初は全身打撲骨折で歩くこともままならず、這うしか出来ないデカプーがよくも生き延びられたものだと感心してしまいます。ホントに実話か、これは。
 寒気を避けるために死んだ馬の腹を割いて、その中で眠る場面も忘れ難いです。リアルな『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』(1980年)ですねえ。実にエゲつない。
 そうやって生き延び、トムハの後を追って、遂に本隊が目指した砦に辿り着くわけですが、悪事が露見したトムハは一足違いで逃走した後。
 ここから更に、雪中で繰り広げられる逃走と追跡。そして最終対決に至り、死闘の末にトムハを倒すデカプーですが、なんかもう疲れ果て、達成感なんてありはしない。
 復讐心だけを頼りに生き延びた男は、目的が果たされた後にどうなるのか。そのまま自分にもお迎えが来そうな有様でしたが、その後のことについては描かれることはありません。
 何が起ころうと揺るがない雄大な景観の前には、すべては些事に過ぎないのかと、ちょっと虚無的な印象さえ抱いてしまいました(それにどっと疲れたし)。




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