2013年6月2日日曜日

グランド・マスター

(一代宗師 The Grandmaster)

 久しぶりのウォン・カーウァイ監督・脚本作品です。実は『2046』(2004年)以降はスルーしておりまして、『マイ・ブルーベリー・ナイツ』(2007年)も未見でしたが、本作は中国武術が炸裂しまくりのカンフー・アクション映画ですから、見逃すわけには参りません。武術指導もユエン・ウーピンですし。
 もう、ストーリーなんてどうでもイイくらい、美しい映像と冴え渡るカンフー技を堪能しました。
 逆にストーリーについては……。予想していた内容とはちょっと違いましたですねえ。

 始まる前に、日本版オリジナルらしい解説ナレーションが流れます。これがないと日本人には判り辛いでしょうか。でも、このナレーションも予告編と同じで、勘違いの原因になるのでは。
 カンフーの流派には様々なものがあるが、長江を境にして北と南で大きく異なる。三〇年代、傾きかけた清朝に降りかかる未曾有の国難に、中国武術界もまた対応を迫られていた。
 ──なんてナレーションのあとに本編が始まるワケなので、当然のことにストーリーは誰かが武術界を統一し、国を助ける展開になるのだろうと思われましたが、さっぱりそういうドラマにはなりませんでした。

 本作は、激動の時代に各流派の達人が辿った半生が紹介されていくと云う趣向で、その中で対決する人もいれば、命を落とすものもいたり、特に関わることもなく生き抜いていった人もいる。かくしてカンフーは後世に、このようにして伝わっていったのであると云う趣旨のストーリーでした。
 様々なエピソードが披露され、それぞれが興味深くはありますが、何か伏線があって繋がっているとか、やがて武術家達が一堂に会してクライマックスを迎えるとかは、ありません。
 時代の流れの中で生き抜いていく武術家達が描かれていくのみ。
 ウォン・カーウァイ監督作品は、ジョン・ウーやツイ・ハークのようにはならんか。熱血武侠映画な展開を期待されると、ちょっと肩透かしを食らうでしょう。

 メインとなる武術家は、もちろん詠春拳の達人、葉問(イップマン)でありまして、本作はイップマンの半生と云うか、伝記映画のような側面もあります。
 イップマン以外には、形意拳と八掛拳の宗師、宮宝森(ゴン・パオセン)や、その弟子である馬三(マーサン)、宝森の愛娘、若梅(ルオメイ)などが登場します。いずれも実在した武術家だそうな。
 国民党の特務機関員で八極拳の達人、一線天(カミソリ)も描かれますが出番が少ない。

 イップマン役はトニー・レオン。個人的には、ドニー・イェンの演じたイップマンの方が馴染み深いのですが、本作はカーウァイ監督作品ですので、トニーです。でもこちらのイップマンも超絶にカッコいい。
 トニー・レオンと云えば、やはり『インファナル・アフェア』(2002年)や、『レッドクリフ PART.1&2』(2008年・2009年)でしょうが、今回は久々にカンフーアクションを披露してくれます。

 冒頭の、雨が降りしきる中で多勢を相手に戦うトニーの勇姿が素晴らしいです。映像的にも、飛び散る飛沫がスローとなり、その中を目にも止まらぬ早業で刺客達を叩きのめしていく。
 何を云うにしても、ユアン・ウーピンの殺陣の振付は絶品ですね。実に美しい。
 「カンフーとは、つまるところ横か縦のどちらかにしか過ぎないのさ」と語るトニー。
 戦って負ければ倒れて横たわり、勝った者だけが立っていられる。実に簡潔なカンフー哲学。
 そもそも詠春拳自体が、基本的な型は三種類しかないと云うシンプルさ。六四手もある八卦掌とはエラい違いです。

 イップマンと淡い恋愛関係になるルオメイ役が、チャン・ツィイー。この方の出演作も久しぶりです。『LOVERS』(2004年)と『2046』(同年)以来、スルーしておりました。
 相変わらずお美しい。さっぱり老けたようには見えません。おまけに八卦掌六四手の使い手として構えるポーズもピタリと決まって、実に凛々しい。
 劇中ではトニー・レオンとチャン・ツィイーの激しいアクションも描かれますが、武術指導のユアン・ウーピンは、戦いの中にも惹かれ合う男女の微妙な恋慕の情まで織り込んでくれます。

 さて、広東省の佛山に住まう八卦掌の宗師パオセンにも、遂に引退の時が来る。パオセンは北の流派統一を成し遂げたが、南北流派の統一までは成し遂げられなかったことが心残り。
 この事業を任せられる継承者として、南の詠春拳の使い手イップマンを選ぼうとするが、パオセンの弟子であるマーサンには無論のことに面白いわけがない。
 師匠に直訴するも「お前は抜き身の刀のようだ」と説教される。「良い刀は鞘に入っているものだ」なんて台詞は黒澤明監督の『椿三十郎』(1962年)みたいです。

 前半はこの継承者選びにまつわるストーリーなので、割と一貫した流れが感じられます。
 パオセンに招かれたイップマンが、パオセン門下の各流派の達人達と手合わせしていく。楼閣の各階毎に一人ずつ代表者が配置され、イップマンはこれと戦っていきながら、楼閣を登っていく。まるでどこかで観たような展開。これはカンフー映画の基本なのか(笑)。
 楼閣の凝った美術も美しく、陰影のある映像に、梅林茂の音楽も素晴らしいデス。

 対決シーンも上品です。血生臭い格闘にはならず、正々堂々と手合わせし、負けた側は潔く引き下がる。トニーも相手が自分よりも格下だと、片手だけで相手の拳を受け流しています(まさに半手)。
 最後はイップマンとパオセンの、武術家としての思想勝負。禅問答のような勝負の果てに、パオセンは潔く負けを認めてイップマンを継承者に指名する。
 釈然としないルオメイや、マーサンとの因縁などもあるのですが……。

 中盤になると、日中戦争が勃発し、時代は激動の波に飲み込まれていきます。
 この時点で、もはや流派統一とか、継承者がどうとか、云っている場合ではなくなってきます。佛山は陥落し、イップマンも自分の屋敷を日本軍に接収されてしまう。
 かつて多くの武術家が集ったパオセンの楼閣にも日の丸がたなびき、イップマンは日本軍に協力することを潔しとせず、佛山を去る。
 ルオメイもまた故郷である東北地方に帰郷し、イップマンとは歌を詠んだ文通で交流するプラトニックな関係が描かれます(イップマンには既に妻子がおりますし)。

 日本軍が劇中に登場いたしますが、本作は昨今、中国で流行りのトンデモ抗日ドラマとは一線を画しております。時代考証もしっかりしているように見受けられます。
 単に、「当時はそういう不幸な時代であった」と云う風に描かれ、日本兵が悪逆の限りを尽くしたり、イップマンが日本兵をバッタバッタと薙ぎ倒すような場面はありません。
 また、劇中の日本兵士の台詞もネイティブな発音で、きちんと描かれております。
 当時のニュースフィルムらしい場面も使われたりして、時代背景を公平かつリアルに描こうとしている演出は、好感の持てるところです。

 まぁ、主役は中国の人達ですから、劇中には「東北は日本の天下だ。東北に戻って日の丸の下で生きるつもりはない」とか、「日本の米は私の口には合いません」なんて台詞も飛び出しますが、ドラマの上では至極尤もな流れですし、別に問題はありませんねえ。
 逆に、パオセンの弟子、マーサンは時流に乗って日本軍に取り入り、羽振りが良くなったりします。
 しかし師であるパオセンはマーサンを認めない。八卦掌の極意のひとつは、謙虚でなければ会得できない。「引き際を知らないお前には無理だ」とも指摘され、激昂したマーサンは師匠の命を奪ってしまう。

 ドラマとして繋がりがあるのは、父パオセンを殺されたルオメイが、兄弟子でもあるマーサンを仇として復讐を誓うエピソードです。
 しかしこの復讐にイップマンや、カミソリが関係してくるのかと云うと、全く関係ありません。
 この為、本作は後半に入ると、ドラマが散漫な印象になってしまいます。

 イップマンが仇討ちに助太刀する展開なら良かったが、それはない(そんな史実ではないからか)。
 カミソリに至っては、国民党のスパイとして日本軍に追われているところを、ルオメイに匿ってもらうだけの縁しかありません。しかも互いに名乗らず、誰だか判らぬまま、袖振り合って別れるのみ。
 そして時代は三〇年代後半から、いきなり一九五〇年までジャンプします。

 戦時中の様子は語られず──だから戦争の場面もない──、いつの間にやら戦争は終わり、イップマンは香港にいる。抗日運動で多くの友人を失い、愛娘とは死に別れ、孤独な生活を送っていることがモノローグによって語られます。大陸との行き来が出来ない為、佛山の妻の元にも帰れない。
 どうにも予想していたストーリーとは違う方向へ物語は転がっていきます。武術家の流派統一なんてストーリーではありません。

 そしてイップマンは香港でルオメイと再会するが、復讐を果たしたルオメイは武術家を引退していた。
 再会したイップマンにルオメイが語る場面で、マーサン対ルオメイの達人対決が描かれますが、「もう一〇年も前の事よ」と云う回想シーンです。いや、カンフー・アクション自体は素晴らしいし、対決するシチュエーションも実に絵になるので、これは一見の価値ありなのですが……。

 一方、カミソリの方も戦後は国民党を抜け、香港で理髪店を営んでいる。国民党を辞める際に組織の追っ手を叩きのめしたり、香港の街で地元のヤクザを叩きのめしたり、色々と鮮やかな立ち回りを披露してくれますが、基本的にイップマンとは無関係なままです。
 せっかく香港にイップマン、ルオメイ、カミソリが集っているのに勿体ない。イップマンとカミソリが邂逅することは遂にありません。ルオメイも八卦掌の極意を封印したまま、香港でその生涯を閉じる。

 その後は淡々と、カミソリにより八極拳が香港に伝えられ、イップマンもまた請われて弟子を取ったことが語られます。
 そしてイップマンと云えば、ブルース・リーの師匠。ラストシーンで登場する一人の少年が、誰がどう見ても少年時代のブルース・リーなのはファン・サービスですね。これはホントによく似た子役を探してきたものです。
 そして「カンフーに流派などない。横か縦かだけだ」と云うイップマン哲学が再び語られ、劇終。

 エンドクレジット前に、「拳法の為に生きるのではない。人として生きるのだ」と云うブルース・リーの格言が表示され、最後の最後にもう一度、トニー・レオンの勇姿を映しておしまい。
 本作は、時代に翻弄された武術家達の列伝ではありますが、ドラマとしては……如何なものか。少なくともキャチコピーにある「どれだけ愛を失えば、頂点に立てるのか」と云う物語ではなかったです。
 個々の場面のアクションは本当に素晴らしいし、流石はユアン・ウーピンなのですが。


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