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2013年5月17日金曜日

私は王である!

(나는 왕이로소이다)

 李氏朝鮮時代を描いた韓国映画の時代劇です。西暦一四一八年は、第四代国王、世宗が即位した年であり、本作は韓国史上最も優れた王と云われる世宗大王の即位秘話と云う歴史ドラマになっております。
 「民に愛された偉大な国王は、実は弱気な王子でした」と云う意外な内幕を描くコメディ映画です。チュ・チャンミン監督で、イ・ビョンホン主演の『王になった男』(2012年)のようなシリアスなドラマではありません。

 第三代国王、太宗の治世。長男である譲寧は毎夜宴会で浮かれ騒ぐ問題児であり、見かねた父王は世継ぎ候補を長男ではなく、三男である忠寧に変更してしまう。学問好きで本の虫である軟弱な忠寧は、次男を飛び越して自分が指名されたのに仰天し、ストレスに耐えかねて宮廷から脱走してしまう。
 たまたま逃げ出したところで、自分と瓜二つの奴婢ドクチルと鉢合わせ。アクシデントから二人の身分は取り違えられてしまう。

 本作は、基本的にマーク・トゥエイン作『王子と乞食』の朝鮮版といった趣で展開いたします。ほぼオチに至るまで大きく路線を踏み外すことはないので、安心して笑って観ていられるでしょう。
 逆に、意外なことはあまり起こらないので、期待外れと捉えられるかも知れません。歴史的背景を、テューダー朝イングランドから李氏朝鮮に移し替えているので、そのあたりが興味深いと云えば云えるか。

 それにしても、李氏朝鮮時代の時代劇で、瓜二つの男が影武者になって、宮廷内で陰謀が進行する、といった筋書きがモロに『王になった男』とカブっておりますがエエんかいな。二番煎じと云われても仕方が無いと云うか、本作は更に『王子と乞食』なので、ますますオリジナリティを疑われるのでは……。

 主人公である忠寧(後の世宗)と奴婢ドクチルを一人二役で演じているのが、チュ・ジフン。
 残念ながら韓流ドラマは観ていないので『宮 Love in Palace 』(206年)とか、『魔王』(2007年)も存じませんデス。韓国版『アンティーク/西洋骨董洋菓子店』(2008年)もスルーしておりましたので、「アジアのオトコマエ」と云われましてもピンと来ません。
 しかし「イケメン韓流スターが二年間の兵役に就く」、と報じられたことは存じておりました。この人がそうでしたか。
 本作はそのチュ・ジフンの復帰第一作であるそうな。
 学問好きだが世間知らずのヘタレ王子と、学のない粗野な奴婢をなかなか巧く演じ分けております。

 その他の配役も、パク・ヨンギュ、ペク・ユンシク、キム・スロ、イム・ウォニ、イ・ハニ、イム・ヒョンジュン、ペク・ドビン……。勉強不足で知らない人達ばかり。
 この中ではキム・スロくらいなら『シュリ』(1999年)にも出演していたそうなので、憶えていそうなものだと思いましたが、脇役のテロリスト役では……。『ドラゴン桜』(2010年)も観てないし。韓流ドラマはほぼ全スルーでして(汗)。
 そもそも監督のチャン・ギュソンからして馴染みが無い。しかしコメディが得意な監督であると云うのは、本作を観ても判ります。伏線もきちんと張っているし、ドラマの構成はしっかりしております(内容はともかく)。

 身替わりとなった奴婢が王子不在の間の代役として宮廷内で繰り広げるドタバタと、世間知らずのヘタレ王子が世間の荒波に揉まれて次第に逞しくなっていく過程が平行して描かれていきます。
 今まで学問ばかりで、民草の苦しみを知らず、政治に無関心だった王子が、苦しむ民衆と横暴な役人の姿に愕然とする、と云うのはテッパンの展開ですね。
 世継ぎ候補指名と同時に父王は即位式典の実施も決意し、明国から使節を招く。使節が到着するまで約三ヶ月。
 予定された即位式までに王子は無事に宮廷に帰り着くことが出来るのか。折しも腹黒い大臣が王子が偽物であることに気付き、そのまま偽物を次期王にして傀儡政権の樹立を目論む陰謀が進行し始めるのだった。

 宮廷内でのドタバタは、ほぼ『王になった男』と同じ趣です。時代背景としては、本作の方が二〇〇年ばかり昔なのですが。
 洋画で「ヘンテコな現代日本」を描こうとすると、必ず洗浄機能付便器がネタにされるのがお約束であるように、韓国の時代劇でもトイレネタは欠かせぬもののようです。
 王族が用を足す際には手取り足取り、女官に尻まで拭いてもらい、デカいものが出ると「おめでとうございます」と仰々しく祝福される……と云うのはイ・ビョンホンもやっておりましたデスね。

 ストーリーは黄金のパターンなので、特に目新しいものはありませんが、描かれる時代背景がなかなか興味深かったです。
 時々、日本が引き合いに出されます。
 役人が民衆をこき使って自分の屋敷の為に強制労働させているところで、「こんなことをするよりも、海岸に倭寇対策の防壁を築くべきだ」などと云われたりします。
 半島沿岸の住民が倭寇に悩まされていたと云う描写がところどころに見受けられます。

 また、劇中ではチャン・ヨンシルと云う発明家が登場します。これは朝鮮史では有名な実在の科学者であったそうな。韓国の人には説明抜きで判るのでしょうが、日本人にはイマイチよく判りませんでした。
 史実では日時計、水時計、大砲等を製作したらしく、劇中でも大砲を試作してはぶっ放しています。研究所らしい小屋の中にもいろいろな発明品が並べてあって、中世朝鮮でシャワーを作ったりしています(コメディですから)。
 その中の、発明品のギャグの一つに「押後」なる筆が登場します。
 墨汁を付けなくても筆の末端をノックすると軸内の墨汁が補充される。墨が無くてもその場で書ける。「押した後に書く」から「押後」と名付けたのだと語られ、発音は──台詞を聞く限りでは──「シャープゥ」だか「サープー」だか云っているように聞こえました。
 えーと。これはアレか。「シャープペンシルの起源は韓国にある」と云うウリナラファンタジーな韓国起源説ネタのギャグなのか。
 別にそんなところで笑いを取らなくても……本筋に全く関係ないし。

 終盤になると、いよいよ明からの使節が到着し、即位式が目前に迫るわけですが、朝貢品がどっさり用意されるなどと云う描写もあります。朝鮮は冊封体制の中で明に従属しているワケで、君主である太宗も明からの使臣を礼を尽くして迎えております。
 劇中では、この使臣が虎の威を借る狐の如くイヤな奴として描かれているのはいいのですが……。
 クライマックスでは次期王としての自覚に目覚めた忠寧が、奴婢ドクチルと力を合わせて、腹黒大臣の妨害工作をかわして宮廷に帰還します。大臣には天誅を喰らわし──ダブル・チュ・ジフンのドロップキックが炸裂──、そして人格的に見違えるように立派になった忠寧が父王の前で、明からの使臣をやり込めるところが痛快な見せ場になっております。

 まぁ、フィクションですからね。そう目くじら立てずとも……と思うのデスが。
 「皇帝の許可がなくては朝鮮王にはなれないのだぞ」とエラそうにする使臣を、「皇帝は皇帝。お前はお前だ」と云い放ち、孔子を引用しながら「君主としての心構え」を父王の前で朗々と披露する。居並ぶ家臣達は皆、感服。
 逞しくなった息子を前に満足げな太宗。逆に「孔子は我が国のものなのに……」と妙にイジケてしまう使臣。
 そして反省して態度を改めた使臣が太宗に向かって、今までの非礼を詫びます。
 すると太宗はニッコリ笑って許してしまう。

 「心から謝罪しているのなら、どうしてこれ以上、責められようか」

 えー。朝鮮の人はDNA的に千年間は恨みを忘れられないのではなかったのか。中国相手ならあっさり水に流すのか。どうにも観ていて釈然としないエンディングでした。
 「正しい歴史認識」ってのは難しいですねえ。
 そして盛大に即位式が行われ、第四代国王、世宗大王が誕生する。
 宮中に響き渡るマンセー三唱。めでたしめでたし。

 なんかかなり願望充足的なエンディングであるように思われるのデスが、気の所為かしら。
 それにこれだと、世宗の即位と共に「明と朝鮮の不公平な関係には終止符が打たれました」と云うことになるのですが、ちょっとファンタジー過ぎるのでは。
 エンドクレジットと共に、エピローグとして主な登場人物達のその後の様子が描かれ、善人にはきちんと報いがあって、身替わりだった奴婢ドクチルにも幸せが訪れる。
 万事ハッピーなコメディ映画として、軽く流せる心の広さが求められているようでした。

 ところで世宗と云えば、ハングルを創製したことで知られておりますが、劇中ではエンディングで若干そのことが触れられているだけでした。
 勿論、太宗に倣って儒教を重んじ、仏教弾圧を行ったとか、即位の翌年に対馬に攻め込んだ(応永の外寇)なんてことにはカケラも触れられておりません。
 日本人としては倭寇に言及するなら、もうちょい室町幕府との関係についても描いて戴きたかったところデスが、本作は即位するまでの物語ですからやむを得ませんかね。

 もう一つ、気になるところがありまして、冒頭で世継ぎ指名が長男(讓寧)から三男(忠寧)に飛んだことで、忠寧が次男(孝寧)に助けを求めに行ったら、次男は僧侶になって出家していたと云う笑える場面があります。これによって、次男がスルーされた経緯を簡単に説明しており、そこは巧い演出だと思うのデスが……。
 でもこの時代、朝鮮では仏教弾圧が進行していた筈なのにこれは正しいのか……と思いましたが、孝寧が出家したのは史実のようです(細かい事情は異なるようですが)。
 劇中でも「寺を追い出された坊主は……云々」などと云う台詞もあって、然り気なく仏教弾圧についても描かれているようでした。

 また、世宗(忠寧)の仏教弾圧に反対し、孝寧は仏教を保護しようともしたとか。
 ぬう。本作はイケメンのチュ・ジフンが主役なので、世宗が何となく憎めないキャラになっておりますが、対馬の寺社に朝鮮半島由来の仏像があったと云うのも、こいつが原因だったのか思うと憎たらしくなってきました(実際には仏教弾圧は太宗の治世から行われていたし、世宗の後も続いたのですけど)。
 どなたか仏像を守ろうとした孝寧を主役にしたドラマを作ったりはしてくれないかなぁ。
 それにつけても……仏像を返せ、コノヤロウ。




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