2012年11月15日木曜日

屋根裏部屋のマリアたち

(Les Femmes du 6eme etage)

 一九六〇年代のパリを舞台に、高級アパルトマンに暮らすブルジョワ階級の夫婦と雇われたスペイン人メイド達が織り成すヒューマンドラマです。ユーモア溢れる演出の楽しいドラマでありました。
 しかし「メイド」と云うと何やら「萌え」要素があるかのように思われますが、ぶっちゃけオバチャンばかりなので、ここは「家政婦」と翻訳するのがよろしいのでしょう。
 それに「マリア」と云うのは劇中に登場する新規採用された家政婦の名前であって、家政婦全員がマリアであったり、聖女のような人達というワケでもありませんデス。

 監督および脚本はフィリップ・ル・ゲ。フランス人監督によるフランス映画ですが、頻繁にスペイン語も飛び出すバイリンガル仕様になっております。
 主演のファブリス・ルキーニは『しあわせの雨傘』(2010年)でカトリーヌ・ドヌーヴと共演しておられましたデスね。ワンマン経営の旦那の役で、カトリーヌ・ドヌーヴに振り回されておりました。今回はヒゲ剃って、お堅い証券マンを演じております。
 もう一方の主演は『悪魔のリズム』(2007年)のナタリア・ベルベケ。美人ではありますが、良く存じませんデス(汗)。
 でも共演のカルメン・マウラは、ペドロ・アルモドバル監督作品によく出演されているので覚えております。『ボルベール〈帰郷〉』(2007年)ではペネロペ・クルスの母親役でした。スペイン的肝っ玉母さんと云えばこの人か。

 六〇年代と云うと、スペインではフランコ将軍による軍事独裁政権がずーっと続いていた時期でありますから(七五年にフランコが死去するまで続いた)、スペインからフランスに逃れてくる人も多かったようで、そういった人達がフランスでは労働力として雇われておったのですね。
 劇中でも、家政婦さん達が内戦時代の過去に言及したり、ひとり共産主義者らしい家政婦がいて、スペインから逃れてきた旨が語られております(そりゃ、フランコ政権下のスペインではコミュニストは生き難かろう)。

 原題の “Les Femmes du 6eme etage” は「六階の女たち」と云う意味だそうで、アパルトマンの最上階が六階で、住み込みの使用人達にあてがわれている設定から付けられた題名のようです。
 中産階級(ブルジョワ)と労働者階級(プロレタリア)の明確な棲み分けが行われており、階下のブルジョワ家庭のリッチな生活に比べれば、かなり窮屈で質素な生活を強いられています。一応、粗末ではあるが上下水道通っているのが救いですが、トイレは共同で、シャワーもない。
 一部は物置としても使用されているので、「屋根裏部屋」と呼ばれるに相応しい環境です。勿論、冷暖房不完備。

 「アパルトマン」と云うと、「フランスの家具付き集合住宅」程度の認識しかありませんでしたが、本作では、このアパルトマンの独特の構造が随所に現れていて、ストーリーの進行とは別に、なかなか興味深く思われました。
 石畳の道路に面して建つ六階建ての建物ですが、奥行きがあり、四棟の建物が一体となって四角く向き合った形の集合住宅になっている。通りに面した門からアーチをくぐって中庭に入ると、各家庭の玄関が内向きに並んでいる。アーチの脇には管理人室があり、アパルトマン全体の管理を請け負っている。

 中庭には六階への直通の入口もあって、狭い階段を上り下りして家政婦達が出入りに使用しますが、雇われた家庭のキッチンにも出入り出来るよう、階段の途中にドアが取り付けられている。なんか秘密の抜け穴ぽい感じデス。でも実際は、出来るだけ家政婦達の生活を目にしなくて済むようにと云う、社会的な差別意識の表れだそうな。
 当然、集合住宅なので家政婦達にも担当する家庭がそれぞれにある。基本は一家庭に家政婦一人と云う配分のようですが、家政婦達の寝起きは同じ六階なので、各家庭のプライバシーは家政婦同士の間ではほぼ筒抜け状態。

 おまけに全員スペイン人なので勤務時間が終わった後の夜に、同郷のよしみで酒盛りが始まるとギターは弾くわ、フラメンコは踊るわ、スペイン語で歌うわとかなり賑やかです(オバチャンばかりだし)。管理人のフランス人(こちらも中年女性)から「スペイン人共め」と睨まれていても、平気の平左。
 家政婦同士で連帯しているので、どこかの家庭でヘルプが発せられると、中庭側の窓を開けて仲間に声をかける。すると手隙の家政婦が担当の家庭を放り出して駆けつけてくれるというシステムが出来上がっているのが笑えました。

 物語はそんなアパルトマンの中のひとつの家庭、株式仲買人ジャン=ルイ氏(ファブリス・ルキーニ)の家庭で進行します(他の家庭は登場しません)。
 劇中では「三代前から受け継がれているアパルトマンだ」とも云われるので、どうもジャン=ルイ氏がオーナーのようです。他は居住者は賃借人なのか。
 やはり石造りなので長持ちするんですかね。
 『サラの鍵』(2010年)にも同様なパリ市内のアパルトマンが描かれておりましたが、建物の外観を変えずに内側だけリフォームしながら住み続けるのが粋なのでしょうか。

 ジャン=ルイ氏宅では大奥様が亡くなって半年、遂に姑のくびきが外れた奥さん(サンドリーヌ・キベルラン)が部屋のリフォームに着手し、長年勤続していた家政婦が反旗を翻すところから始まります。大奥様に可愛がられていた婆さんの家政婦は、家長のジャン=ルイ氏も頭の上がらない存在ですが、奥さんにとっては最後の抵抗勢力。
 亡くなった姑の部屋をリフォームして何が悪い。逆らう家政婦も解雇よ、とばかりに強権を発動。板挟みになった旦那はやむを得ず暇を云い渡してしまう。

 家政婦がいなくなってしまった途端に家の中が目に見えて荒れ始めるのが笑えます。奥さんは家事を全くしないようです(ブルジョワめ)。何とか代わりの家政婦の見つねばと雇い入れたのがスペイン人のマリア(ナタリア・ベルベケ)。実はアパルトマンの別の家庭に雇われているコンセプシオン(カルメン・マウラ)の姪で、叔母を頼ってパリに出稼ぎに来たのでした。
 いきなり若い女性が家政婦になって、戸惑うジャン=ルイ氏ですが、有能なマリアはすぐに家族に馴染んでしまう。
 その後、ジャン=ルイ氏は妻がいるにもかかわらず、少しずつマリアに心惹かれていく──と云う、ある意味パターンな物語であります。

 最初は家政婦達の境遇など一顧だにしなかったジャン=ルイ氏ですが(そりゃまあ、婆さんかオバチャンばかりですから)、若い女性が生活し始めると途端に気になり始めるというのが実に判り易い。
 六階のトイレが詰まっていると聞けば、早速に業者を手配し配管を修理させる。下心見え見えなのが却って清々しいくらいです。
 しかし家政婦達から熱烈感謝されたことでジャン=ルイ氏の中で何かが変わったような。
 やはり人間、感謝されると嬉しくなるので、更にまた便宜を図ってやり、また感謝され──と云う善のスパイラル状態となる。

 次第に他の家政婦達とも親しくなり、暴力を振るわれて難儀している家政婦には別の勤め口を斡旋してやるなどしてあげる。もはや家政婦達からは聖人扱い。
 今まで無趣味でつまらない人生を送ってきた中年男性が、急に打ち込めるものに出会うとこうなるのか。商売も親の代から続く証券会社で、堅実ではあれど変化が無い。毎朝の朝食に付けるゆで卵のゆで具合(きっかり三分半)だけがコダワリであると云う、誠に無味乾燥な日々に比べれば、やり甲斐のあることを見つけて急に生き生きし始める。

 しかし当然そんなことをしていると不倫を疑われるわけで、これは仕方ないか。若干、奥さんの勘違いのきらいはあるものの、当たらずとも遠からず。
 夫婦喧嘩の果てに、ジャン=ルイ氏は家から追い出されてしまう。行くあての無いジャン=ルイ氏はやむを得ず家政婦達と一緒にアパルトマンの六階に住み始める。階下には奥さんが暮らしているのに、自分の居場所は明かさぬまま六階に潜伏する図が笑えます。自分の持ち家なのにコソコソと(笑)。
 アパルトマンの構造が序盤でちゃんと説明されているので、不自然なことはないのが巧いです。フランス人で無くても納得できます。
 社会的な階級を超え、自分の知らなかった世界に足を踏み入れたことで人生が輝き始める演出が巧いです。

 しかし階級差を乗り越える恋の成就には、まだまだ紆余曲折があり、一旦は恋を諦め、マリアは行方をくらませてしまう。叔母コンセプシオンの配慮があってのことですが、六〇年代になってもまだ社会通念上は難しいと云う描写は厳しい。
 そして三年の月日が流れ──。
 マリアを追って、スペインまで探しに来るジャン=ルイ氏はかなり頼もしい男に変貌しております。事業も共同経営者に譲り、離婚して身辺整理も怠りない(奥さんもそれなりに別の人生を歩み始めたようですし)。スペインの陽光の下で、かつての証券マンも別人のようデス。

 家政婦だった皆さんも、ジャン=ルイ氏のお陰で蓄財も増え、皆一足先に家政婦を辞めてスペインに戻っている。まだフランコ政権は続いているのに、いいのかと思うのデスが、見た目は平和な村の様子です。
 ここで、それでもマリアの行方について言い渋るコンセプシオンですが、コンセプシオンの旦那の方が気を利かせてこっそり教えてくれる図にラテン男の意気を感じました。
 「女にゃ愛のことなんざ判りゃしねぇよ」と、ニヤリと笑うオヤジ(だから浮気もしちゃうのですが)。劇中では「グータラな亭主だ」と散々に云われていた旦那ですが、ラストで登場した御本人は漢でしたねえ。
 そして遂に居所を突き止め、マリアと再会するわけですが、最後はセリフもなく、歩いてくるジャン=ルイ氏を見て微笑むマリアのアップが全てを語っておりましたですね。爽やかなラストシーンでした。


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