2012年10月31日水曜日

ソハの地下水道

(In darkness)

 一九四三年、ナチス占領下のポーランドで、ユダヤ人を匿った実在の人物レオポルド・ソハの実話を基にした人間ドラマです。
 ポーランド映画(ドイツとの合作)として、アカデミー賞外国語映画賞(第84回・2012年)にノミネートされました。受賞は逸しましたが──イラン映画の『別離』がありましたからね──なかなか重厚な力作であります。
 監督はアニエスカ・ホランド(より正確にはアグニエシュカ・ホランドだそうですが)。レオナルド・ディカプリオ出演の『太陽と月に背いて』(1995年)とか、エド・ハリス主演の『敬愛なるベートーヴェン』(2006年)の監督さん。うー、観てないデス(汗)。

 本作は、ソハさんがユダヤ人を地下水道に匿う物語なので『ソハの地下水道』と云う邦題はまったく正しい。
 でも配給会社的には、同じポーランドの巨匠アンジェイ・ワイダ監督の『地下水道』(1956年)も連想させたい邦題にしたかったと云う思惑があるんでしょうか。『地下水道』も、ナチスに追われて地下水道を逃げ回るレジスタンスの物語でしたし。
 ホランド監督もアンジェイ・ワイダ監督に師事した方だそうなので──ポーランドの監督なら大抵はそうか──、まったく無関係な邦題というワケでも無さそうな。

 近年、第二次大戦時下にユダヤ人を匿ったとか、ユダヤ人がレジスタンスとして抵抗し続けたとか云うホロコースト関連の物語が映画化されております。この流れは、やはり『シンドラーのリスト』(1993年)から始まったんですかね。
 それまで聞いたことも無いようなエピソードが多いのですが、ある程度の時間が経たないと明かされることは無いのでしょうか。『ディファイアンス』(2009年)もそうですが、関係者が存命中はなかなか明かされなかったり、余命僅かとなってから手記が公開されたりして、初めて公になることが多いようです。
 悲惨な戦争体験をした者は声高に語りたがることは無いと云うことか(と、クリント・イーストウッド監督の『父親たちの星条旗』(2006年)でも云われておりました)。
 でも本作に描かれた出来事は八〇年代には、BBCのドキュメンタリ番組にもなっていたそうなので、知らなかったのは単なる私の不勉強ですね。
 第二次大戦秘録的なホロコースト関連作品は今後も増えていくんでしょうか。

 テーマとしては人道的な作品ではありますが、主人公ソハ(ロベルト・ヴィェンツキェヴィチ)はまったく善人ではありません。むしろ悪党でしょう(でも小悪党くらい)。
 冒頭から親ナチス的なポーランド人資産家の家に空き巣に入ったりしております。本職は下水道作業員ですが、やはりそれだけでは食べていけないようで、相棒と一緒に副業に空き巣を繰り返しています。
 ユダヤ人に同情的なところはあまりなく、むしろ厄介事からは遠ざかっていたいというスタンス。一般的な小市民的態度デスね。

 ソハ役のロベルト・ヴィェンツキェヴィチはポーランドを代表する実力派だそうですが、馴染みがありません。次回作はアンジェイ・ワイダ監督の『Walesa』で主演──つまりワレサ大統領役か──だそうなので、そちらは観に行きたいデス。
 むしろ相棒役のベンノ・フュルマンの方が『アイガー北壁』(2008年)に登場したドイツ人登山家トニー・クルツ役で存じております(でも本作での出番は少ない)。

 冒頭の空き巣シーンが一段落付いた後で、ソハと相棒は森の中でユダヤ人の女性達が虐殺されるところを目撃する場面があります。これがエゲツない。
 特に説明も無く、いきなり森の中を十数人の女性が全裸で追い立てられているショッキングなシーン。若い女性だけで無く、中高年女性までもが悲鳴を上げ、全裸でドイツ兵に追われている。
 そしてソハ達が隠れていると、銃声が轟き、あとには森の中に全裸射殺体がゴロゴロと倒れている。諸般の事情は一切、説明がありませんが、殺された女性達がユダヤ人であることは明白です。実に惨い。
 これも実話に基づく虐殺であるそうです。序盤から実にヘビーな演出です。

 でもソハはそれを目撃しても、何もしない。特に義憤に駆られることも無く、運の悪かった人達を放置して帰ってくる。
 そして下水道作業員であることを利用し、誰も来ない下水道内の一角に盗品を隠していたところで、今度は別のユダヤ人達と遭遇する。

 街中にはユダヤ人ゲットーが設けられており、いよいよ本格的な収容所への移送が始まろうとしていた頃であると見受けられます。
 しかし一部のユダヤ人は収容所送りになる前にゲットーから脱出しようと、床下に穴を掘り、下水道への脱出を計画していたのだった。
 計算外だったのは、下水道作業員のソハと遭遇すること。

 当初はユダヤ人達を単なる金づるとしか見ていないソハです。相棒はドイツ軍に通報して報奨金をせしめようと提案するが、ソハはすぐに賛成しない。
 下水道内に隠れ家を提供してユダヤ人達から金銭を巻き上げ、金が尽きてから通報しようと云う、実にコスカライ考えです。
 ポーランドの下水道はかなり入り組んだ作りになっているのか、迷路のようになっていて、素人が入り込むと迷って出られなくなりそうです。しかも実に汚い。
 幸いにして映画なので臭気は感じられませんが、見るからに臭そうです。
 如何に命の危険に晒されているからとは云え、小さな子供の中には暗くて臭くて怖いと泣きわめき、大人の中にもゲットーに戻りたがる者が出ますが、無理からぬ事です。

 この下水道のセットは実にリアルです。監督は撮影前に様々な都市の下水道をリサーチしたとか。
 また、物語の半分は下水道という、ほぼ暗闇の中で進行するので、撮影に際の照明には細心の注意が払われているのが判ります。撮影監督の腕の見せどころですね。
 下水道内に雨水がシャワーのように降り注ぐ場面などは、背景は暗いが水滴だけは光っていて、美しいです。でも多分、見た目ほど綺麗ではないのでしょうが。それを本当にシャワーとして使う他ないと云うのが辛い境遇です。

 リアルと云うと、舞台となるポーランドの都市ルヴフの描写も興味深い。ワルシャワよりももっと東のポーランド辺境に位置しており、地理的にウクライナに近い場所だそうです。現在ではこの街はウクライナ領内です(ウクライナ名はリヴィウ)。歴史的にポーランドとウクライナの国境が変わる度に行ったり来たりしたそうな。
 その所為か劇中では各国の言語が飛び交っています。ポーランド語、イディッシュ語(ユダヤ人)、ドイツ語のみならずウクライナ語も飛び出します。
 またドイツからの逃亡ユダヤ人が喋っているのはドイツ語混じりの片言ポーランド語だそうですが、字幕だけが頼りなのでサッパリ判りません(汗)。

 一番不思議なのは登場人物の中に、ナチスに協力するロシア人将校のような人物がいたことです。
 ドイツ占領下の都市に何故、ロシア人がいるのか。一九四三年と云えば、その頃は確かソ連とドイツは交戦状態にあった筈なのに……。
 パンフレットの解説記事に拠ると、これはロシア人ではなくてウクライナ人。ウクライナはソビエト連邦に組み込まれていたが、中には独立を目指して親独に走るウクライナ人もいたとか。
 日本人にはなかなかピンと来ない状況です(そもそもロシア語とウクライナ語の違いも判りませんし)。劇中でも特に説明されません。ポーランドやドイツの人には自明な歴史的背景なんですかね。

 さて、当初は金銭目的でユダヤ人達に隠れ場所を提供するソハですが、ナチスによる取締も強化される中で、とてもリスクに見合うほど儲けているようには見えません。相棒の方が小心者で、手を引いた後になっても、危ない橋を渡り続けている。
 劇中では、その明確な理由は特に描かれません。
 一儲けしようと企んだことに、熱烈感謝されたことがきっかけだったのか。冒頭の虐殺を目撃したことに、何か後ろめたく感じるところがあったのか。
 あるいは最初のワルぶった態度が、照れ隠しの演技だったのか。

 ソハは出来る範囲で、困難な状況に何とか対処しつつ生きているだけと云う描かれ方です。人道的な行いではありますが、匿ったユダヤ人全員を助けられないし、見捨てることもします。
 地下水道内の隠れ場所のキャパシティを越える人数は連れて行けないと、非常な選り分けも行います。最初のゲットーからの脱出組は数十人いたのに、最終的には十人程度に絞られてしまう。
 切り捨てられたり、自発的に出て行ったユダヤ人は後日、下水道内で死体となって発見されたり、捕らえられて収容所に送られた者もいる。

 心理描写の少ない物語ですが、泣いたり笑ったり出来る余裕など無いのだという重苦しさも感じます。特に下水道内に潜伏する閉塞感の描写は見事です。
 ユダヤ人もただ大人しく隠れているワケではなく、不倫もすれば、喧嘩もするし、精神的錯乱に陥りそうな者も出る。特に不倫の結果として、妊娠し、出産までしてしまう。下水道内で出産までする展開に、人間の逞しさを感じました。
 でもタフではありますが、仲間を危険にさらす迷惑な行為でもあります。特に赤ん坊の泣き声で潜伏がバレそうになったりもする。
 しかも苦労して生んだ赤ん坊は、そこで育て続けることが出来ない顛末は無常と云う他ありません。
 唯一、ホッとするのは地下生活が長引く中で、幼い子供に外気を吸わせてあげようと一度だけマンホールから外を見せてあげる場面ですね。本作のポスターにも使われているビジュアルで、一番印象的な場面です。

 終盤は、更に豪雨に見舞われ、下水道内で全員が溺れかけたり、流されて九死に一生を得たり、侵攻してきたソ連軍とドイツ軍の戦闘が行われたりと、スペクタクルな場面もあります。
 そしてソ連軍の侵攻により、ドイツ軍は撤退し、潜伏生活に終止符が打たれる。
 ソハが匿ったユダヤ人達の下水道潜伏は一四ヶ月にも及んだそうで、ラストで抱き合う生き残った人々の姿にほんの僅かだけ救われる思いでした。

 しかしハッピーエンドかと云うとそうでもなく、難局を乗り切ったソハも、その数ヶ月後にソ連軍の車両によって交通事故死したことが、字幕で表示されます。戦争が終わり、生き延びたことを喜び合って肩を抱き合うソハの姿にそんな字幕を重ねるとは、あんまりだ。
 実話なのだから仕方が無いとは云え、実に切ない。人生とは誠に儘ならぬものです。


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