2012年7月24日火曜日

グスコーブドリの伝記

 日本が誇る国民的作家、宮沢賢治の童話『グスコーブドリの伝記』をアニメ化した映画です。監督は杉井ギサブロー、キャラクター原案はますむらひろしです。
 もはや宮沢賢治作品のアニメ化と云えば、問答無用にますむらひろしによる擬人化されたネコキャラが使われるようになりましたが、まったく違和感なしですね。
 かつて杉井ギサブローが『銀河鉄道の夜』(1985年)をアニメ化したときにも、ますむらひろしのネコキャラでしたし、河森正治が監督と脚本を務めたTVアニメ『イーハトーブ幻想/KENJIの春』(1996年)──宮澤賢治生誕一〇〇周年記念作品──も、ますむらひろし監修によるネコキャラでした。
 もはやアニメファンの間には、「宮澤賢治 → ますむらひろし → ネコ」という図式が定着している感があります。

 やはりネコでないと受けないのでしょうか。『グスコーブドリの伝記』は一九九四年に一度、アニメ化されていますが(宮澤賢治没後六〇周年記念作品)、まったく記憶にありませんでした。いつの間にそんなことやっていたのだ。
 監督・脚本は中村隆太郎──後にTV版の『サクラ大戦』(2000年)とか、『キノの旅』(2003年)の監督になる人ですよ──で、出演も高山みなみとか、石田太郎とかいるのにねえ。ネコじゃないから印象薄いのか。本作のお陰で、この中村隆太郎版『グスコーブドリの伝記』はますます忘れ去られていくような気がします(どこかで深夜にでも再放送とかしてくれないものか)。
 するとそのうち、『セロ弾きのゴーシュ』もネコキャラでリメイク……は、あり得んか。高畑勲監督作品がありますからね。

 先述したとおり、本作の監督は杉井ギサブロー、キャラクター原案はますむらひろしですが、更に制作も『銀河鉄道の夜』と同じくグループ・タックが担当しての映画化であると云われておりました。でも完成前にグループ・タックが破産してしまったので、手塚プロダクションが引き継いで完成させたようです。
 お陰で完成が数年遅れました(制作発表段階では2009年完成予定と報じられていた)。
 完成までに紆余曲折あったようですが、結果として非常にクオリティの高い、名作に仕上がっています。ちょっとお行儀が良すぎるようにも思えますが、正面から堂々と映像化できたことはめでたいことです。
 製作に四年以上かけた(かかっちゃった)大作で、題材も名作とくれば、配役もまた有名俳優で占められております。個人的にはそういうのは如何なものかと思わぬでもありませぬが、本作の場合は特に宣伝の為などという事情抜きに、うまくいっているのではないでしょうか。
 でも『銀河鉄道の夜』では、田中真弓や、坂本千夏といった一般的なアニメ声優を起用していたのに、もうそういう時代では無いのかしら。

 本作の主な配役は、主役のブドリが小栗旬、妹ネリが忽那汐里、ブドリの両親が林隆三と草刈民代、赤ひげが林家正蔵(九代目)、クーボー大博士が榎本明。他にネリを掠っていく謎の男コトリ(「子取り」か!)が佐々木蔵之介でした。
 私の判る声優さんでは、「てぐす飼いの男」が内海賢二。それから序盤に登場するブドリの学校の先生が桑島法子でした。
 桑島法子の出番は多くはありませんが、この序盤に描かれる授業の中で、先生が朗読する「雨ニモマケズ」が実に良かったデス。本作の名場面のひとつでしょう。
 なお、榎本明はクーボー博士役と共に、本作のナレーターも務めております。と云うか、物語全体がクーボー博士の語る「グスコーブドリの生い立ち」という体裁になっている。まさに「伝記」ですね。
 つまり物語自体が、もうブドリがこの世にいなくなってから語られているという演出です。飄々とした榎本明の語りが、独特の雰囲気を醸しておりました。

 したがいまして、いつも観ている深夜のアニメとは趣が異なるのは当然です。
 しかも原作が童話ですし、配役に舞台俳優さんが多いので、アニメと云えど、何となく舞台劇──しかもちょっと児童向け──のテイストが漂っておりましたが、それもまた計算の上ですか。
 つまり登場人物の誰もが、少しずつゆっくり喋っている。
 誰も早口でまくし立てたりせず、宮澤賢治の書いた原作の通りの台詞を朗読するかのように喋るので、なおのこと児童劇団の演劇を見ているように思えました。
 似たような感じだと、シェイクスピアの戯曲を映画化した際の雰囲気のようでもあります。例え時代がかった台詞であろうとも、改変したり、省略したりせずに、書かれたとおりに役者に喋らせるので、映画になっても独特の雰囲気を保っているような感じ。

 物語はほぼ原作通りですが、劇場用長編として制作するには、ちょっと足りない部分もあったのでしょうか。幾つか改変された部分もあります。
 一番の改変点は、謎の男コトリですかね。劇中ではどうみても死神のような描かれ方をしています。
 森の中で家族と共に幸せに暮らしていたブドリだったが、異常気象の到来と共に飢饉が訪れ、両親がいなくなり(どう考えても子供を捨てていったとしか思えません)、残された兄妹の元に得体の知れない男が訪れる。
 男は風と共に忽然と現れ、そして妹ネリを抱えて風のように去って行く。演じている佐々木蔵之介の掛け声──「おおほいほい。おおほいほい」──もまた一種独特の節回しですねえ。死神がそんな掛け声で走って行くと云うのもシュールですが、宮澤賢治がそう書いているのだから仕方ないか。
 その後、ネリの消息は杳として知れない。

 原作では男は超自然的な存在では無く、ごく普通の人買いと云うか人さらいで、年月が経ってからブドリはネリと再会するのですが──既にネリは結婚していた──、本作では飢饉で衰弱し、命を落としたと解釈できる描かれ方でした。このあたりは、宮澤賢治自身が妹と死別していることを踏まえての改変でしょう。
 その後、ブドリがイーハトーブへ向かう列車の中で見る夢の中に、ネリの消息がチラリと描かれますが、これはブドリの願望のようなものとして描かれています(少々、突拍子も無い空想ですが)。
 全編、擬人化されたネコキャラの物語ですが、幻想シーンになるとネコではなく、一種の妖怪のような人影が出てくる描き分けがなかなか面白かったデス。
 「てぐす飼いの男」との場面も、およそ現実的では無く、気を失ったブドリの見た夢であるという解釈でした。

 現実的なのは、天涯孤独となったブドリが山を下りて、赤ひげのオリザ畑を手伝って数年暮らすという部分と、イーハトーブの街に出て火山局に勤務する部分。
 特に明るく憎めない赤ひげのキャラクターは、全体的に暗い物語の中で、一服の清涼剤のようでありました。しかしどう見てもこの「赤ひげ」は、ますむらひろしのキャラクター「ヒデヨシ」をそのまま持ってきているように思えます。
 チョーシの良い山師の赤ひげと、真面目なブドリのコンビがなかなかユーモラス。
 本作に於けるブドリは実に真面目な青年として描かれており、小栗旬もまたこれを丁寧に演じておりました。印象的なのは、ブドリが誰に対しても丁寧に「はい」と応える演出ですね。
 ブドリは常に「はい」と応える。誰に頼まれたり、訊かれても、まず「はい」と云う。もう口癖のようなものです。実に素直な好青年です。

 山から下り、里で過ごし、そして物語の後半は大都会イーハトーブへ。今までにも、この架空の街を絵に描いたり、映像化したりしたところを見たことはありますが、本作のイーハトーブもまた強烈です。
 もう完全にスチームパンクな大都会。空中を大型の飛行船が行き交い、地上では高架の下をプロペラ推進のモノレールが走っている。また個人のオートジャイロも飛んでいる。
 レトロフューチャーなデザインが炸裂しております。
 本作の背景美術は非常に凝っており、前半の森の描写や、里の田園風景も美しいものでしたが、後半のイーハトーブの街中の美術は実に素晴らしいです。CGも駆使して、凝ったデザインの建物や乗り物が描かれています。一見の価値ありでしょう。
 また音楽も独特です。本作の音楽はバンドネオン奏者の小松亮太です。全体にタンゴ調のBGMがノスタルジックな雰囲気を醸しておりました。

 そしてブドリはイーハトーブ火山局に勤め口を見つけ、研究助手として働き始める。火山の描写がなかなかリアルです。
 更に数年が経過し、少年時代に遭遇した異常気象が再び到来の兆しを見せる。かつての惨事を二度と繰り返させぬ為に、ブドリは自らを犠牲にして冷害を防ごうとするのだった。
 火山の爆発による炭酸ガスの放出で気温を上げようと云う温室効果を物語に取り入れていた点が、童話として先進的です。SFと云ってもいい。
 実際に火山の噴火で温室効果が望めるかというと異論もあるようですが、そこはスルーです。

 ブドリの自己犠牲が、劇中では独断によるものと云う描写になっていたのは、今の御時世だからでしょうか。
 原作では火山局のプロジェクトとして、カルボナード火山の噴火促進計画があり、ブドリが志願して最後に残るという展開でしたが、本作ではクーボー博士もペンネン所長も承認しない危険なアイデアを、ブドリが独断で行ったことになっている。
 その改変は理解できますが、その為に死神コトリをまた登場させたのは、ちょっと御都合主義的に思われました。何故、コトリがブドリを火山まで連れていってやらねばならないのかが、理由として弱い。最後の爆発もリアルではないし、最後の最後で妙にファンタジーな展開になりました。

 そのまま寓話として終わらせようという演出のようですから、それでもいいのか。
 小田和正の「生まれ来る子供たちのために」が主題歌として使われ、歌詞がなかなか効果的でした。
 総じて悪い作品ではありませんです。個人的には品行方正な演出よりも、緻密な美術や音楽の方が印象に残りましたが。




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