2012年6月16日土曜日

ポエトリー/アグネスの詩(うた)

(시 Poetry)

 題名がシンプルです。英題は “poetry” ですが、ハングルではただ一文字。漢字にしても同じですね。『詩』だけ。発音も日本語と同じで「シ(shi)」のみ。邦題もそうすれば良かったのに。
 なんか私の観る韓国映画は題名がシンプルなものが多いような気がしますが、偶然かしら。『痛み』(2011年)とか『渇き』(2009年)とか。『母なる証明』(同年)もハングル表記は短かったし。『グエムル』(2006年)もか。
 それを考えると本作の邦題は長い上に副題が余計です。ネタバレなところもあるし。

 イ・チャンドン監督作品を観るのは初めてです。『シークレット・サンシャイン』(2007年)とか観てないのです。
 本作は、韓国で実際にあった女子中学生集団レイプ事件から着想を得て制作されたそうですが、二〇一〇年の大鐘賞(韓国のアカデミー賞)の最優秀作品賞に選ばれています。同年のカンヌ国際映画祭でも脚本賞を受賞だとか。
 一種のサスペンス映画的なところもありますが、犯罪ものではありませんでした。

 冒頭、川辺で遊ぶ子供達を映したのどかな風景から始まります。そこへ川上から何かが流れてくる。それは一人の少女の水死体だった。
 このまま犯罪捜査ものになってもおかしくないところですが、ドラマは初老の女性ミジャ(ユン・ジョンヒ)の日常を描くドラマにシフトしてしまいます。水死体についてはしばらく関係してきません(忘れた頃になってリンクしてくるんですけどね)。

 六六歳のミジャは孫のジョンウク(イ・ダウィット)との二人暮らし。母は離婚後、釜山へ出稼ぎに出て、息子を祖母に預けているという設定。年齢的に離れている所為か、孫の考えていることがいまいち判らない。会話も少なく、孫は暇さえあればパソコンとゲーム三昧、夜遅くまで同級生の友達と駄弁っていることも──と云うのは、まぁ日本でもよくある風景ですね。
 この孫が反抗期と云うこともあるのか、実に小憎たらしい。故意に共感できないように演出されているように思えます。状況からして躾があまり出来ていないように見受けられる。
 冒頭の溺死した女子生徒も、孫と同じ学校なのに、何を訊いても無愛想に「よく知らない」と応えるだけ。自殺であるとも報じられるが、原因はまだ判らない。

 序盤はミジャの日常を描くことにかなり傾注しています。
 まず、腕に痛みを感じて診察を受けるが、そっちは単なる筋肉痛で、それよりも健忘症的症状の方を懸念され、精密検査を勧められる。ちょっとした名詞が口から出てこない、というのが嫌ですね。伏線であることが如実に判ります。
 その一方で、ミジャは詩作のカルチャースクールを受講してもいる。リタイアしてから趣味に専念するというのもよくあることです。講座の先生は、講義の最終回には各人に一篇ずつ創作した詩を発表してもらう旨を宣言する。今まで詩は好きだが、自分で作詞したことがないミジャは不安を覚えつつ、熱心にメモを取り、日々を過ごす。詩の朗読会にも出席するようになる。
 そしてリタイアしていても、ミジャはホームヘルパーのバイトをしている。やはり孫を養育するには年金だけでは無理なことが察せられます。とある食料品店の経営者の父親が、脳梗塞の後遺症で介護を必要としている。

 「軽い健忘症」、「作詞の課題」、「介護のバイト」と、ミジャの日常を一通り描き終わると、おもむろに本題に突入です。
 ここまで来るのに結構な時間がかかりました。退屈というわけではありませんが、本筋までが遠かった。伏線は幾つかありますが、なかなか始まらないので、このまま日常だけ描いて終わるのかとも思いました(それでもそれなりに面白いですが)。
 上映時間が一三九分というのが、ちょっと長すぎる感じデス。明らかに構成上、冗長な部分が見受けられました。もう少し巧くまとめれば、一二〇分に納まるのではないかと思います。それでもカンヌの脚本賞は伊達では無いので、退屈なんてしないのですが。

 ある日、孫の友達の父兄が訪ねてくる。いつも孫が連んでいる仲間──六人組──の父親のひとりで、自殺した女子生徒に関係あることだと云う。
 ようやくここで冒頭の場面と繋がりました。長かった。
 実は自殺した女子生徒は、同じ学校の男子生徒から集団レイプを受けたことを苦にしての自殺だったということが明かされる。
 それが孫も含めた六人組。未成年者でもあり、学校と警察は表沙汰にしないことで合意を得ているが、被害者の母親に提訴させない為には、示談金を払う必要がある。

 この時点まで何食わぬ顔で生活している孫の態度が憎たらしいです。罪悪感のカケラも無い様子。詳しく事情を聞くと、集団レイプも一度や二度では無く、長期間にわたる継続的な輪姦だったというあたりで、もはや情状酌量の余地なしと云う感じデス。
 そんな孫は少年院にでもブチ込んで更生させるのがよろしかろうと思うのデスが、出来の悪い孫でも見捨てることは出来ないし、何より連帯責任なので残りの父兄達が事件の公表を望んでいない。
 予想される示談金の総額は三〇〇〇万ウォン。六人の父兄達でこれを負担すれば、ミジャにも五〇〇万ウォンの出費が求められる。とても払える額では無い。
 時を同じくして、病院から精密検査の結果が告げられる。案の定、初期のアルツハイマーであるとの診断。症状は進行していくので、早期の対応を求められる。

 中盤になって問題が一度に降りかかってくるので、ストーリーとしては面白くなります。到底ミジャ一人ではどうにもならない問題をどうやって解決するのか。
 自殺した生徒の葬儀が教会で行われると聞き、それとなく顔を出しに行く。生徒の家の宗教がキリスト教であるというのが韓国らしい描写です。
 そこで知ったのは、女子生徒の洗礼名が「アグネス」であったこと。

 副題がネタバレであるというのが、ここでして。
 示談の交渉が続けられている最中も、ミジャはカルチャースクールへの出席を欠かさない。詩の創作もやらねばならない。
 講座の最終回で、どんな詩を発表することになるのか。もう大方、予想がついてしまいます。

 その一方で、ミジャは決して娘に頼ろうとはしません。医師からは早めに娘さんに事情を説明し、孫の世話は本来の母親に任せて、自分は治療に専念をと勧められているのに、決してそうしようとはしません。ケータイで連絡を取っても、元気であるから心配するなと伝えるのみ。事件と示談金の相談も一切しません。
 すべて自分ひとりで抱え込み、解決を図ろうとする。金銭的な負担や迷惑をかけたくないという気持ちは判りますが、ここまで頑なになる理由が弱いように思われました。

 さて、ミジャは六六歳という設定ですが、演じているユン・ジョンヒのおかげでかなり若々しく見えます(年輩ではありますが)。孫のジョンウクも、「孫である」と説明されるまでは息子でもおかしくないと思っていたくらいで。
 服装も若々しく、常にカラフルな服装でいます。「おしゃれね」と何度か指摘されますが、本人はごく普通に安物を着こなしているだけ。
 だから介護のバイトをしていて、半身不随の老人から身体を求められたりします。結構、生々しいハナシです。
 一度は毅然とはねつけますが、数日後には身体を許してしまう。ミジャが何を考えているのか、この時点ではよく判りませんが、年配女性の濡れ場はそれだけで相当に凄みのある場面でありました。

 そして終盤、どうしても示談金を用意しなければならなくなり、この介護老人宅に押しかける。それなりの資産家であることは事前に描かれているので、ミジャがお金を無心するのも自然な流れに感じられます。
 温厚な性格の筈の女性が追い詰められ、ほとんど脅迫に近い形で金銭を無心するというのが怖いデス。
 本作が大鐘賞の最優秀作品賞を受賞した際に、ユン・ジョンヒは主演女優賞を受賞しておりますが、それも納得でしょう。

 ただ金策に走るミジャが万策尽きる前に、介護老人との濡れ場が入るので、ちょっとインパクトに欠ける感じがしました。この順番が逆だったなら、最初から脅迫目当てで身体を許すことになって、より一層、凄みの漂う展開になったと思うのデスが。惜しいです。
 ハリウッドでリメイクされる際には、このあたりの脚本は是非、改善してもらいたいところです(当然、これだけの作品をハリウッドが放っておく筈ないと思います)。

 示談金を用意できると同時に、ミジャは釜山に出稼ぎ中の娘を呼び戻す。孫の身支度も整えさせ、家の中もきれいに片づける。
 そして一人、机に向かい、初めての詩を書き始める。
 翌日、娘が帰省したとき、家の中にミジャの姿は無かった。
 その日はカルチャースクールの最終日でもあった。しかしここにもミジャの姿はない。
 講師の元に提出されていたのは、ミジャの創作した詩のみ。他の受講生は皆、ギブアップ。
 仕方なく講師はミジャの詩を代読し始める。

 それが副題でもある「アグネスの詩」というワケですが、何とも切ない内容の詩でした。故人に語りかける調子の詩でありますが、聞いているうちに何やら遺書のようにも聞こえてくる。
 果たしてミジャはどこに行ってしまったのか。
 主人公消失のまま、本作はラストを迎えます。冒頭の女子生徒が身を投げた川が静かに流れゆく。のどかな日差し、川のせせらぎ、小鳥のさえずり──。
 暗転し、エンドクレジット。音楽もなく、ただせせらぎの音と鳥のさえずりがいつまでも聞こえているという、実にやるせないエンディングでした。


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