2012年6月16日土曜日

父の初七日

(父後七日 Seven Days In Heaven)

 台湾の農村を舞台に、病で亡くなった父の葬儀を執り行う一週間の日々を描いた映画です。台湾版『お葬式』とも云えます。
 台湾でもそれほど宣伝されなかった小品にも関わらず、口コミで評判になり、異例のロングランとなったというのも肯けます。良い映画でした。
 本作はエッセイ・リウとワン・ユーリンの共同監督作品となっています。元はエッセイ・リウ書いた同名の散文が原作です。ほんの数ページしかありません。短編小説と云うほどのボリュームもなく、ショート・ショートと呼べるほどのオチもない。まさに散文(でも台湾の文学賞を受賞している)。
 パンフレットの巻末に全文掲載可能なほどの文章量ですが、ほぼ余すところなく映画化されています。

 葬儀や結婚式といった非日常的な儀式と云うか式典は、様々な映画のシーンに登場しますが、式典それ自体の段取り等をネタにしたものは少ないような気がします。それでも結婚式の準備やら進行を描いたものは幾つか思いつきますが、葬儀の方は少ないか。めでたい話ではありませんからね。
 思いつくところでは、先述の伊丹十三監督の『お葬式』、マキノ雅彦(津川雅彦)監督の『寝ずの番』、あるいは滝田洋二郎『おくりびと』あたりか。全部、邦画ではないか。洋画は少ないのですかね(私が不勉強なのか)。

 それにしても台湾の葬儀というのも、なかなかに奇妙な儀式です。
 半ば仏教、半ば道教という、日本人からすると馴染みがあるようで無いような雰囲気が非常に興味深い。特に舞台が農村なので──台湾中部の彰化県と云うのがどの程度の田舎なのかよく判りませぬが(見た目は道路もちゃんと舗装されているし、電気も水道もある)──、昔ながらの風習が色濃く残っています。
 〈泣き女〉や〈紙銭〉など独特の風習もきちんと描かれ、「身内だけの地味な葬儀にしたい」と云いながら、道教に則っとると盛大な葬儀に見えてしまう。地味な葬儀でこれほどなら、本当に盛大な道教式葬儀とはどれほどのものになるのか想像できません(笑)。

 葬儀を取り扱いながら、ユーモア溢れる演出はお見事デス。この手の作品はユーモアが大事ですね。また、「愛する者との別れ」をテーマにしているのも、万国共通で判りやすいです。
 本作の主演アメイ役は、これが映画初出演というワン・リーウェン。都会(台北らしい)で働くOLの娘さんを好演しています。
 亡くなる父親役がタイ・バオ。『幻遊伝』(2006年)で田中麗奈と戦ってた人かしら(思い出せん)。回想シーンで結構、出番があり、大きな遺影でもしっかり存在を主張してくれます。
 フランクでお茶目なお父さんだったようで、回想に登場するときもジョークを忘れません。

 いいか。台湾では救急車のサイレンには二通りある。「ウーイーウーイー」と「ボーイーボーイー」だ。もし「ウーイー」と鳴らして走ってきたら、道をあけてやれ。「ウーイー」は「有医」だから急患だ。でも「ボーイー」と鳴っていたら、その必要はない。「亡医」だからもう手遅れなのさ(日本語でもちゃんと理解できるあたりに親しみを感じます)。

 そんなアブないギャグをブチかましてくれるお父さんも亡くなり、遺体は救急車で家まで搬送される。サイレンの音は心なしか「ボーイーボーイー」だった。

 親戚の叔父(ウー・ポンフォン)は道教の道士でもあり、葬儀の進行は叔父さんの采配で決められていきます。地元の葬儀屋専属の道士と云うわけでもなく、ケータイに葬儀の依頼が来ると、台湾中にあちこち出張したりもするようです。フリーの道士なのか(そんな道士がいるのかどうかは存じませぬが)。
 葬儀の日取りも風水だか八卦だかで決められるようです。七日目の葬儀が最適であると出た卦に従い、日程が組まれていく。
 と云うことは、毎回必ず七日間が必要ではないのか。邦題の「初七日」は意味が違うのでは(こっちは仏事だし)。
 台湾のような暑い地域で、七日間も遺体を保存するのはなかなか大変で、専用の冷蔵庫を手配したりします。おかげでブレーカーがしょっちゅう落ちる。

 この叔父さんの道士の衣装が実に派手で独特です。鐘やら鈴やら盛大に鳴らすし、まるで京劇の一場面を見ているようです(根は一緒か)。
 叔父さんの指示に従い、棺にすがって泣くアメイ。どうも泣くことに意義があるらしく、適切なタイミングで声を上げて泣かねばならないというのが意味不明な儀式です。
 どういうタイミングなのかは叔父さんにしか判らない。
 とにかく「泣け」と指示されたら、例え食事中だろうが、起き抜けだろうが関係なく、棺に取りすがって「お父さぁぁぁん、わあぁぁぁんッ」と声を上げなければならない。一定時間、泣くと「はい御苦労さん」と声をかけられ、お勤めは終了。
 何度も繰り返すうちに、本当に悲しくて泣いているのか自分でもワケが判らなくなってくる。誠に不可解ですが、観ている側としては可笑しいです。

 ちなみに専門の〈泣き女〉に代理を頼むことも可能なようで、プロの〈泣き女〉はどんなに大泣きしても化粧が落ちませんという台詞もあります。何だか知らぬがすごい職業ですわ。
 劇中での〈泣き女〉さんは、普段はキャバクラ嬢でお父さんとも知り合いでした。
 死ぬ直前まで元気なお父さんだったというのは、「棺に愛用の品を入れてあげなさい」と云われて、家族がタバコの箱と一緒にヌード雑誌を供えてあげるあたりにも伺えます(しかも日本の雑誌だ!)。
 どうやらお父さん、酒もタバコも女も一切、控えたりしなかったようです。豪快ですが、そりゃ早死にしますわな。

 親戚の甥がメディア関連の専門学校に通っており、この一連の葬儀を記録映像に撮影し、卒業制作にしようとしている。ありがたいのか不謹慎なのか。
 やたらと「今のお気持ちは」とか「悲しいですか」とインタビューしてくるのも鬱陶しい。
 この甥っ子はさすがにITに長けた台湾青年らしく、お父さんの遺影もPCで制作します。
 最初はフツーにスナップ写真を遺影にしたら、親戚から「キャバクラでカラオケしている姿が遺影なのはけしからん」とクレームが付き、甥っ子が画像を合成して、マイクの代わりに花束を持たせたり、首から下をスーツ姿に差し替えたりします。
 ノートPC──台湾だからASUS製でした!──でチョイチョイとやってしまえるのが現代的。

 台湾文化の興味深い部分が幾つも伺える作品ですが、言語的な描写が印象深い。
 道士の叔父さんは実は本職が詩人で、創作活動に余念がない。甥の青年に自分の作品を披露したりもしますが、作った詩は言語が異なる。
 やはり中国ですから、標準語(北京語)の詩だったり、台湾語だったりします。そればかりか、甥っ子が呻吟する声が小さいと、明らかに日本語をしゃべります。甥も日本語で応える。
 「モット、ゲンキヨク!」
 「ワッカリマシタァ」
 瞬間的に日本語の台詞が飛び出たのでビックリしました(ソラミミではないと思うが)。
 他にもビジネス上は英語で会話したり(OLのアメイは会社との電話は英語で話す)、台湾語の会話にも英語が外来語として入っていたりします。
 台湾のバイリンガルすぎる環境が面白いです。親日家が多い土地柄だというのが納得できます。

 また、本作は音楽的にもバラエティに富んでいて面白いです。
 使用される楽曲には、ロックあり、ポップスあり、ラテンあり(ハリー・ベラフォンテですよ)、クラシックもあれば、日本の演歌まで流れます(梶芽衣子の「恨み節」!)。本作のサントラはかなり愉快な聴きものでしょう。

 数々の儀式をこなし、右往左往しているうち──地元議員の供え物が暑さで大変なことになったり──に疲れ果ててくる。台湾語で「疲れる」は「カオベイ」と云い、「父の死を嘆く」と書くそうです。
 「こりゃ本当にカオベイだわ」
 伝統を守るのも大変です。
 最後に火葬に付した遺灰を川に流して終了ですが(お墓に埋葬しないのか)、袋一杯の遺灰──と云うか、遺骨も丸ごと砕いて入れたような大きな袋──を橋の上から豪快に放り込む。これも散骨の一種なのか。もう疲れているからか、かなり投げ遣りです。
 なんか産業廃棄物を違法投棄しているみたいに見えるんですが、ええんかいな。

 日常に復帰する頃には、涙も涸れ果ててますが、哀しみはふとしたことで突然、甦るというのが痛ましい。葬儀後、四ヶ月が経過し、ビジネスウーマンとしてキャリアを積みながら、海外出張に出た空港の喫煙室でタバコの匂いをかいだ途端に、涙が止まらなくなる。
 フライトのアナウンスが、まるで父を送る言葉のように聞こえてくる。
 お疲れさまでした。どうぞ良い旅を。
 親しい者はたとえ居なくなっても、身の回りに感じられるだという感覚がリアルに描かれていました。劇的に盛り上げるような演出はありませんが、心に残る作品です。


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