2016年1月17日日曜日

アクトレス/女たちの舞台

(Sils Maria)

 オリヴィエ・アサイヤス監督(アサヤスの表記もあり)による女優を描いたヒューマンドラマです。アサイヤス監督は脚本家でもあり、本作の脚本も御自身で書いておられます。
 個人的には本作で初めてアサイヤス監督作品を観ました。『5月の後』(2012年)も、『カルロス』(2010年)も、『夏時間の庭』(2008年)もスルーしております。『クリーン』(2004年)も……(ニック・ノルティが出ていたのに)。
 本作は仏独スイスの合作映画であり、劇中では英語、仏語、独語の台詞が飛び交うバイリンガル仕様です。

 とある大物女優に、自身の出世作となった舞台劇のリメイク企画がオファーされる。しかし二〇年ぶりの配役では、自分はもはや主役ではなく、準主役となる相手役の方をオファーされてしまう。
 この劇中劇が『マローヤのヘビ』と呼ばれる戯曲です。ストーリーは、「若くて自由奔放な女性が年上の中年女性を振り回した挙げ句、自殺に追い込み破滅させる」と云うもの。
 今度は自分が主人公に振り回されて破滅していく役を演じなければならない。本作では、役作りの過程で大物女優が味わう葛藤が描かれ、劇中劇の人間関係が現実にも投影され始めて精神的に追い詰められていきます。

 かつて主演した作品のリメイクで今度は相手役を演じる──と云うと、傑作ミステリ映画『探偵スルース』(1972年)と『スルース』(2007年)を思い浮かべてしまいました。前者ではローレンス・オリヴィエとマイケル・ケインが出演しておりますが、後者ではマイケル・ケインとジュード・ロウが出演しています。
 マイケル・ケインは同じストーリーで探偵と犯人の攻守双方を演じたことになり、見比べるとなかなか興味深いです。
 しかし『マローヤのヘビ』は『スルース』ほど相手役を引き立ててくれないストーリーのようです。主役が光る反面、相手役の方は最後には小さくなって消えていくだけのように語られております。

 本作の主演となる大物女優マリア役を演じているのが、オスカー女優ジュリエット・ビノシュです。『ポンヌフの恋人』(1991年)とか、『イングリッシュ・ペイシェント』(1996年)あたりが有名ですが、個人的にはジョニー・デップと共演した『ショコラ』(2000年)が好きです。
 近年ではギャレス・エドワーズ監督のリメイク版『ゴジラ』(2014年)で、冒頭の原発事故で亡くなってしまうブロディ博士の奥さん役でしたね(あまり出番は無かったが)。

 年配のジュリエット・ビノシュに対する若手として登場するのが、クロエ・グレース・モレッツとクリステン・スチュワートです。
 クロエがリメイク版『マローヤのヘビ』で、ジュリエットの演じた主役に抜擢される新人女優の役。クリステンはジュリエットの付き人役です。
 しかし本作ではジュリエットとクロエの関係はほとんど描かれず、専らジュリエットとクリステンの関係が描かれていきます。クロエ・グレース・モレッツが登場するのは、後半を過ぎてから。

 本作の大半は、役作りのために大物女優が自分の付き人を相手役に見立てて、ああでもないこうでもないと脚本を解釈しながら煮詰まっていく過程が描かれていく構成になっております。ジュリエット・ビノシュのクロエ・グレース・モレッツに対するライバル心が、クリステン・スチュワートに投影されることになり、付き人クリステンにとってはちょっと迷惑なハナシです。
 大物女優の付き人としてスケジュール管理をしているだけなのに、脚本読みの手伝いをさせられ、いわれのない敵意をぶつけられてしまう。欲求不満解消の的にされて面白くないのは判ります。
 劇中劇『マローヤのヘビ』自体が、年配の女性が年下に振り回されるストーリーなので尚のこと、稽古中に「若さに対する嫉妬」みたいなものもぶつけられる。

 ところで「マローヤのヘビ」とは何かと云うと、気象現象の一種であると説明されます。スイスの景勝地シルス・マリアで見られる現象で、アルプスのマローヤ峠を越えて渓谷伝いに湖に向かって雲が流れていく有様が、ヘビがうねりながら進んでいくように見えることからその名前が付いたのだとか。
 劇中では、ヘビのような雲が現れるのは天候が崩れる予兆であると云われております。
 本作の原題はその景勝地の地名がそのまま付けられていますが、スイスの地名は日本人にはよく判らないですね。

 本作の主な背景も、このシルス・マリアです。作者が『マローヤのヘビ』執筆のために過ごした山荘を、自分の役作りのために使わせてもらって、実際に作者が見たのと同じ気象現象を身近に感じながら、脚本を読みを進めていこうと云う趣向です。
 同時に「天候が崩れる予兆」が、そのまま大物女優とその付き人の人間関係が破綻する予兆としても現れているようでした。
 それでも背景に映るスイスの山々や渓谷、湖は実に美しいです。こういう場所でひと夏過ごせればいいでしょうねえ。現実の「マローヤのヘビ」もなかなか興味深い映像でした。

 さて、本作では主演の三人は役名が与えられておりますが、それ以外は可能な限り実名が多用されております。その方がリアリティがありますね。
 劇中では、見知った俳優や監督の名前がポンポン飛び出してくるのが、映画ファンにとっては楽しい仕掛けになっています。
 また、過去の自分の出演作──架空の作品ですが──に言及したり、相手の新人女優を研究するために新作映画を視察しに行く場面もあります。

 もう冒頭から、「『X-MEN』への出演は一度で沢山よ。もうワイヤーに吊られるのは懲り懲りだわ」なんてジュリエット・ビノシュがボヤいております。どうやらネメシス役で『X-MEN』に出演したらしいです。
 ジュリエット・ビノシュの演じるネメシス! それは是非、観てみたい。ブライアン・シンガー監督は次回作の『X-MEN : アポカリプス』が完成したら、直ちにジュリエット・ビノシュを起用して……。いや、でも、ネメシスってアレだよな。アポカリプスの息子だったような。

 他にも「ハリソン・フォードはとても紳士的で親切だった」なんて台詞もあります。どうもジュリエット・ビノシュのハリウッド進出第一作は、シドニー・ポラック監督でハリソン・フォード共演のサスペンス映画『逆さカブトムシ』なる作品であるそうです。ハリソンはCIA局員の役らしいぞ。
 ナニソレ。それも是非、観たい。でもシドニー・ポラック監督はもうお亡くなりか。

 かつて自分が演じた役に抜擢された新人女優のことを調べる過程でも、『禁断の惑星』のリメイク版に出演したなんて語られております。
 それを作るんだ、早く! クロエ・グレース・モレッツが『禁断の惑星』に出るなら、アルティア役以外にあり得ないだろう。頼む、誰でもイイから『禁断の惑星』をクロエたんでリメイクして下さい。ロビーとのツーショットが観たいンですうッ(血涙)。

 更に、台詞で言及するだけで無く、実際に劇中劇としてクロエ・グレース・モレッツが出演しているSF映画の一場面が上映される下りもありました。
 何やらクロエたんが『謎の円盤UFO』のエリス中尉みたいなコスチュームで、手から光線だか波動だかよく判らないものを発しておりました。超能力を持ったミュータントのヒロインで、敵のボスへの報われぬ愛に身を焦がす役だとか。
 お願いですから、スピンオフで全編作ってくれないものでしょうか。もはや『マローヤのヘビ』がどんなドラマになるのかなんて、どうでも良くなってきましたよ。

 劇中ではジュリエット・ビノシュが、若年層向けの他愛のないエンタメ作品に出演しているクロエ・グレース・モレッツのことを小馬鹿にするような発言をして、クリステン・スチュワートにたしなめられる場面もありました(いや、でも冒頭ではあなたも『X-MEN』に出演したって……)。
 自分はもうコミック的な役を理解することは出来ない年寄りなのか。若さに無理にしがみついているだけなのでは。
 大物女優と持ち上げられてはいるが、自分はもはやピークを過ぎたロートルなのではないのかとの焦りから、付き人との脚本読みの稽古でも巧く演じられずに失敗を繰り返すジュリエットです。
 そうこうする間にも、女二人の関係は悪化の一途を辿っていく。

 付き人クリステンにしてみれば、役作りの協力にと自分なりの解釈を披露しても、ことごとく貶されて却下されるばかりでは面白かろう筈もない。
 役作りが巧くいかないのは「若い女性に翻弄されて破滅していく惨めな年配女性」を受け入れることが出来ないからだと指摘されます。その通りですね。
 そして「芝居に不満があっても私にぶつけないで」とクリステンもだんだんキレて来ます。
 二人の女性の関係が破局を迎える修羅場が、本当にジュリエット・ビノシュとクリステン・スチュワートの間で進行しているかのように真に迫って見えてきます。かなり本音が混じっているようです。

 クリステン・スチュワートは本作の付き人の役が絶賛され、米国人女優として初のセザール賞助演女優賞を受賞したのだそうです。それも宜なるかな。
 しかし劇中では不意にクリステンは姿を消してしまいます。どこへ行ってしまったのか、最後まで不明なままです。
 ある日、山荘滞在中に何度目かの「マローヤのヘビ」を見るために二人で山歩きに出かけていき、峠を見渡すポイントに到着しますが、途中からクリステンの姿が消えてしまう。
 雲が流れていく風景に見とれていたジュリエットが振り返ると、そこには誰もいない。

 あまりにも付き人に無理難題をふっかけ、不平不満を垂れ流し続けてきた所為で愛想を尽かされたのだとは理解出来るのですが、いきなり消失してしまうのが不思議な演出でした。
 これ以後、クリステン・スチュワートは一切、姿を見せません。
 ただ静かに雲が峠を越えて流れていく場面が象徴的に挿入されています。

 それで肝心の『マローヤのヘビ』はどうなってしまったのか。
 大物女優と付き人との葛藤が終わってしまえば本筋はそこまでですから、細かい部分は省略されてしまいます。実際にクロエ・グレース・モレッツとジュリエット・ビノシュが一緒に稽古する場面は、とうとうありませんでした。
 いきなりロンドンに場面が移り、本番の上演当日になっています。既にジュリエットの傍には新しい付き人がいて、甲斐甲斐しくスケジュール管理しておりますが、クリステンのときのように遠慮のない言動は慎んでいるように見受けられました。
 付き人と親しすぎる関係になるのは良くないと学習したのか。

 最終リハーサルでクロエと言葉を交わしますが、この期に及んでもまだ女優同士の演技の調整が出来ていないようです。台詞と台詞の間に、どのような間を開けるかで解釈の相違が見られる。
 ジュリエットとしては、自分の出番の最後に役を印象付けるためにはクロエの台詞に若干の間が欲しいと主張しますが、クロエはそんなもの必要ないと云う。大体、ジュリエットの役はもう消えていくだけなので、そこで存在を強調しても意味ないでしょう。観客がそちらに注意を向けることはないのだと指摘され、反論できません。

 最終リハーサルでこんな調子なのに、本番は大丈夫なのかと心配になりますが、そこで楽屋に戻ると、見知らぬ男が面会を求めてくる。まだ若い映画監督であり、次に撮る予定のSF映画『エレクトリック・ショックウェーブ』への出演オファーに来たのだと自己紹介します。
 もう若くない自分にそんな役は合わないでしょうと断ろうとすると、若い監督は「あなたでなければならないのです」と熱烈なラブコール。
 何だかよく判りませんが、主役であるミュータントのヒロインを演じられるのはジュリエット・ビノシュしかいないと見込んでいるようです。

 そんな一幕があって、いよいよ『マローヤのヘビ』が開幕する場面でエンドとなります。つい先刻まであった気落ちした表情はもはやジュリエットには見られません。
 落ち着いた表情で幕が上がるのを待ち受けている。そして暗転してエンドクレジット。
 『マローヤのヘビ』がどうなってしまったのか、それはもはや重要ではありませんね。自分は新人女優に駆逐されて消えていくだけの年寄りではないのだと確認できたのでよろしいのでしょう。

 まぁ、クリステン・スチュワートがどうなってしまったのか、気になるところではありますが。
 それに何より、その新作SF映画『エレクトリック・ショックウェーブ』がどんな作品になるのか判らないままとはあんまりです。題名からして若年層向けエンタメ作品ですねえ。
 せめてエンドクレジットが終わった後のオマケにでも、ジュリエット・ビノシュが両腕からバリバリと電撃とばして敵を薙ぎ倒す場面を見せてもらえなかったものでしょうか。いやいっそスピンオフで丸ごと(以下略)。




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