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2015年10月13日火曜日

UFO学園の秘密

(The Laws of The Universe : Part 0)

 原案と製作総指揮が大川隆法の〈幸福の科学〉アニメが三年に一度のペースを守って、今年も公開されました。律儀ですね。きちんペースを守って製作できる体制なのが素晴らしいデス。
 本作は『神秘の法』(2012年)に続く七作目の長編アニメ映画になります。
 今回は「~の法」と云うタイトルではないのが意外でしたが、英題が “The Laws of The Universe : Part 0” でした。「パート・ゼロ」ですか。この先も続くのかしら。
 あるいは、幸福の科学出版の書籍に『「宇宙の法」入門』と云うのがありますが、本作はそれの更に前段という扱いなのでしょうか(読んだこと無いのでサッパリ判りませぬ)。

 本作の公開の先だって、大川隆法氏の新たな著作『ザ・コンタクト ─ すでに始まっている「宇宙時代」の新常識』の宣伝が行われていたのを思い出します。通勤電車の車内で目に留めたトンデモな惹句がインパクト絶大でありました。
 曰く、「宇宙人の存在はもはや常識」、「今そこにある現実に目を背けてはいけない」。そうなのか。常識なのか。知らんかったー。
 その書籍の広告に片隅に、本作のタイトルも併記されていて、公開を待ちわびておりました。今年は一体、どんなトンデモなアニメを見せてくれるのだろう。〈幸福の科学〉アニメは毎回そうですけど。

 だってねえ、このベタなタイトル。アナクロの極致。『UFO学園の秘密』ですよ。イマドキ、ラノベでもそんな題名は付けんわ。いや、逆にコレは一周回って新しいのかしら。
 思わず A-1 Pictures 製作のアニメ『世紀末オカルト学院』を連想してしまいましたが、あっちはまだマトモな作品でしたよ。まぁ、タイムパラドックスの処理はそれなりでしたが。
 きっと本作は『世紀末オカルト学院』よりオカルト(且つトンデモ)な内容に違いない。その期待は裏切られませんでしたよ。

 しかも内容はトンデモですが、作品としてのクォリティには一分の隙も無いと云うのが凄い。特に、前作『神秘の法』に比べてもCGがなめらかで美しいです。技術も進歩していますね。
 本作のクレジットによりますと、CGIディレクターは「スカーレット・ウー」なる人物です。海外に発注したのか。本作のCG美術は今までの〈幸福の科学〉アニメとはひと味違います。
 円盤の描写や、宇宙空間の美しさは特筆ものでしょう。これは一見の価値ありですが、ストーリーの内容が内容だけに、万人にお奨めは出来ないのが残念。

 また、水澤有一の音楽も荘厳で、なかなかの聴きものでした。これで脚本さえマトモなら素晴らしいのになあと、毎度の事ながら思ってしまいます。ちなみに水澤有一も〈幸福の科学〉会員なのだそうな。
 それでも、本作のサントラCDは買ってもいいと思えます。

 本作もまた監督は今掛勇監督です。今や〈幸福の科学〉アニメの御用達監督になった感がありますね。
 出演される声優陣もベテラン揃い。あれ、でも子安武人の名前が無い。残念。
 本作はタイトルからも判るとおり、学園ものでして、主役は五人の高校生。演じているのは、逢坂良太、瀬戸麻沙美、柿原徹也、金元寿子、羽多野渉。
 加えて浪川大輔、仲野裕、藤原貴弘、田丸篤志、伊藤美紀、銀河万丈、二又一成といった方々が脇を固めておられます。
 主人公達を助けてくれる若き大学教授の役が浪川大輔。いつもならこれが子安武人のポジションなのですが。
 更にクールなベガ星人のおねいさんが伊藤美紀だったり、ちょっとユーモラスなウンモ星人が二又一成だったり、凶暴なレプタリアンが銀河万丈だったり。

 それにしても〈幸福の科学〉では毎度お馴染みですが、「邪悪な異星人=爬虫類型」と云うのは、安易すぎるイメージなのではないですかね。爬虫類>冷血>冷酷という図式か。
 どちらかと云うと、私は昆虫型のウンモ星人の方が、人間とはかけ離れていて怪しいもんだと思ったりするのですが。本作でのウンモ星人はジャパニメーション大好きと公言するイイヤツです(きっと萌えアニメが大好物なのでしょう)。
 異星人同士のルールを遵守する惑星連合加盟メンバーであるベガ星人が金髪碧眼のクールビューティと云うのも、あからさますぎますね。
 総じて本作では「邪悪なモノはトコトン醜く、凶暴」であり、「善良なモノはどこまでも美しく、温厚」であると云う判り易すぎるイメージ戦略が採用されております。イマドキ見た目だけで判断してしまうのは如何なものか(まぁ「人間、見た目が九割」とも云いますけど)。

 一応、レプタリアンの中にも、信仰に目覚めて光の神に帰依した「信仰レプタリアン」なる一派が存在することも明かされ、フォローされているようではあります。
 でも、一般的なレプタリアンがグロテスクなトカゲ人間なくせに、信仰レプタリアンはカッコいいドラゴン・タイプだと云うのは如何なものか。あんたら同じ人種なのかよとツッコミたい。
 正義に寝返った途端に、強そうでカッコよくなるとはこれ如何に。
 いや、それ以前に、「信仰に目覚めること=正義」と云う図式が恣意的なのでは。

 他にも、善良な宇宙人なら何をしても許されるような描写があるところも気になります。
 『神秘の法』でも言及されていましたが、直接地球に来られない宇宙人は「ウォークイン」なる方法で地球人の生態を観察しているそうな。
 対象となる人物に霊的に憑依し(無許可でね)、その人物が見聞きすることを自分も体験しようと云うわけで、アニメ好きの高校生にウォークインしたウンモ星人はすっかりアニメが気に入ってしまい……。
 しかしコレ、重大なプライバシーの侵害ですよね。笑って済ませていいものでは無かろうに。

 本作では〈幸福の科学〉的エイリアンが大挙して登場しますが、今までの〈幸福の科学〉アニメではお馴染みの霊的存在であるリエント・アール・クラウドとか、エル・カンターレとか、ラ・ムーとかは登場しません。ちょっと期待しておったのですが、さすがに『神秘の法』に続いて似たような内容は避けようとしたのか。
 その代わりに、宇宙人側の設定が詳細に語られています。なんせ宇宙人によるアブダクションを大きく取り扱う内容ですから。
 とは云え、SFのようでいて、不意にオカルト的な用語が飛び出してくるので違和感ありまくりです。

 「円盤は宇宙人の乗物」とか「超光速航行が可能」なんてのはいいのですが、光速を越えるに当たって「霊界を通り抜けていく」と云うのはどうなんですかね。SF者なら、そこはワームホールとか亜空間とか云って戴きたい。
 霊界に於ける光速は、現実世界の光速よりも速いらしい。でも、霊界、霊界と連発されると、一度死なないと恒星間航行は出来ないのかと思えます。
 ところが登場人物達は誰一人として気にしません。そこはスルー。

 ドラマは、全寮制の高校──実在する「幸福の科学学園」がモデルでしょうか──ナスカ学園の学生である主人公達のグループは、来たるべき文化祭での研究発表の題材を決められないでいるところから始まります。夏休み前にテーマを決め、夏休み明けの文化祭で発表するという日程らしい。
 並行して「学園に無許可で学習塾を受講する生徒」の存在が問題になっていて、しかもその学習塾から帰ってきた生徒は、成績の向上と引き換えに人が変わったようになる。
 あれ。何やら光瀬龍の『ねらわれた学園』みたいですねえ。但し、この学習塾は未来人の陰謀ではありません。宇宙人──勿論、邪悪なレプタリアンね──のアブダクションの隠れ蓑であり、受講した生徒は秘密裏に脳内にチップを埋め込まれ……。

 この陰謀を阻止する為に、主人公達が選ぶ研究テーマが「UFOと宇宙人の存在」であるのが飛躍しすぎで笑ってしまいました。アニメ版の『ねらわれた学園』(2012年)は観ていて、そのあまりの甘酸っぱさに身もだえしますが、本作の場合は観ていてあまりにもイタい。高校生だというのに中二病全開です。
 「UFOの存在を立証し、文化祭でコレを発表して宇宙人の陰謀を阻止するのだ」
 誰か止めろよ。

 そして時を同じくして連発されるアブダクション。こちらはレプタリアンの活動を憂う惑星連合からのコンタクトであり、主人公達は思いも寄らぬ宇宙の真実の姿を知るのであった。
 と云うか、一介の高校生達の夏休みの課題研究に、地球やら惑星連合の未来を託してしまおうと云うのはどうなんですか。そんな重いものを高校生に背負わせるのは酷では無いのデスカ。
 おまけに、アブダクションがひょいひょい発生するシチュエーションには笑ってしまいそうです。
 一晩のうちに別々の宇宙人がクラスメイトを一名ずつ掠って、色々と教えてくれて、また朝までに戻してくれる。何たる偶然か。
 しかも誰一人として、それを疑わない。「疑念を持つことは悪である」と云いたいのか。高校生にもなって、伝聞情報を鵜呑みにするなよ。彼らの将来が心配でなりません。

 どうにも「証拠が無いと信じられない」と云うのは、悪い大人の姿であると云いたいような演出です。しかし社会ではそれがフツーだと思うのですが。
 まぁ、ツッコミ処満載なのはいつものことですし、トンデモな内容もまだまだ序の口なのですが。
 それにしても、本作はストーリーを語るよりも、〈幸福の科学〉的な世界設定(宇宙の真実)を紹介していく方を重視しているように感じられました。だから高校生達が遭遇する事象の中には、あまり伏線ぽくもないし、それほど背景描写としても重要ではないようなものも含まれていました。

 何となく、ネタがネタでさえ無ければ、同時期に公開されている青春群像劇『心が叫びたがってるんだ。』(2015年)にも似た展開にもなりそうなものをと、残念感が漂いまくり。
 全体の構成は、高校生のグループが夏休みの期間中に遭遇する不思議な出来事、といった趣でありまして、その気になれば爽やかな青春ものにもなり得たかも知れないのに。
 劇中では五人の高校生がそれなりに進路に悩み、将来への不安を吐露する場面もありまして、こういう場面は素直に評価できるのですが。
 但し、それら青少年の抱える疑問や、不安に対するアンサーがことごとくアッチの方に向いてしまっているのが残念でしたけど。

 劇中では例によって〈幸福の科学〉アニメでよく聞くフレーズが飛び出します。
 「魂の教育」とか、「本当の自分に目覚める」とか、「高貴なる義務を果たす」とか……。人は転生輪廻を繰り返し、何度も生まれ変わっているが転生の都度、それを忘れてしまっているのだ。本当の自分を忘れてしまっているから、自分自身の魂の真実が判らないのだ。
 えー。そんなことを云われましても。
 何やら壮大なオーケストラと共に宇宙の中心(らしい)場所で光り輝く存在も紹介されます。あれが光の神か。「魂の親」であるとも云われております。観ただけで判るのか。

 そして夏休み明け、文化祭が開催され、グループ毎の発表が行われるわけですが、当然のように妨害工作が行われます。しかし、逆に妨害工作が行われたことが惑星連合の介入を招き、結果的に宇宙人の存在が明らかになるわけで……。
 黙って荒唐無稽な研究発表をさせてあげる方がレプタリアンの目的に適っていたのではないかとの疑念が拭いきれませぬ。悪党が証拠隠滅を図って、却って馬脚を現してしまうと云うのは、B級映画によくある展開ではありますけどね。

 文化祭の最中にレプタリアンの円盤が学園上空に飛来するとか、時空が歪んで並行世界的「裏の宇宙」に吸い込まれてしまうとか、そこからどうやって脱出するのかとか、クライマックスはそれなりにダイナミックで、アクションも交えた展開であるのは良いのですが……。
 やっぱり解決策があまりに御都合主義的なのが玉に瑕でしょうか。
 前世の記憶に目覚め、本当の自分に気付くと、何やら正義の超人のように変身できるなんて都合良すぎだろ。しかも変身できたのは主人公一人だけだし。
 そして「信仰レプタリアン」の助力もあって、無事に暗黒の裏宇宙から脱出し、最後は学園上空の巨大なレプタリアン母船に決戦を挑みます。魂の力で。

 えーと。「信じる心の力で戦う」のはいいとしても、皆で合掌して祈ると、宇宙の彼方から「光の神」が顕現して、邪悪なUFOを打ち払ってくれる……と云う描写はどうなんですかね。それって、ただの神頼みですよね。いいの?
 特に何かしら努力するとか、犠牲を払うとか、アクション映画にありがちな戦闘シーンとかも素っ飛ばして、いきなり神様が助けてくれるあたりが宗教映画です。でも、リドリー・スコット監督の『エクソダス : 神と王』(2015年)も、ここまで直接的では無かったですよ。
 そして浄化の光によってレプタリアンに埋め込まれたチップも無力化され、学生達は元通り。惑星連合の代表者達も、ナスカ学園を拠点に地球との交流を深めることを宣言して一件落着。

 まぁ、何が凄いと云って、そんな大変なことが起きたのに、その後も文化祭はつつがなく進行し、フィナーレの花火大会まで行われるというのが凄い。肝の据わった運営です。
 地球を宇宙に誇れる理想の星にしたいねと語り合う主人公達。
 星空と花火を見上げる青少年達の図という、青春ドラマにありがちな爽やかなラストシーンにうまくまとめてくれましたが、そこに行き着くまでが強引すぎるだろ──なんてツッ込む気力も失せるくらいにトンデモな一二〇分でありました。

 何故かエンドクレジットは全て英字でした。邦画なのに、これではスタッフやキャストが誰なのかよく判りませんよ。教えたくないのでしょうか。
 と云うか、本作を海外で公開するのは如何なものでしょうかねえ。
 あと、印象的なのはエンドクレジットに流れる歌曲ですね。特に主題歌のあとに流れるナスカ学園校歌の方がインパクトある歌詞でした。
 ……ってコレ、幸福の科学学園の校歌そのまんまか。世の中には色んな校歌があるんですねぇ。




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