2014年12月10日水曜日

宇宙戦艦ヤマト 2199

星巡る方舟

 TVシリーズ『宇宙戦艦ヤマト 2199』の完全新作劇場版でありますが、『さらば宇宙戦艦ヤマト/愛の戦士達』(1978年)のリメイクと云うわけでは無かったですね。白色彗星帝国と云うか、ガトランティスは登場しますが、あくまでリメイク版TVシリーズのサイドストーリーな作品です。
 思い返せば、『さらば~』を劇場で鑑賞したときは、製作者の罠にまんまと引っかかって、感動の涙を滂沱と搾り取られたものでしたが(あの頃は未熟だった……)、さすがに今の年齢になって特攻散華するヤマトなんてのは観たくないし、それで泣けるものでは無いのは重々承知しております。

 さて、リメイク版TVシリーズでは全二六話中、往路にほとんどの話数を費やし、帰路はあっという間でしたが(オリジナル版もそうでしたから)、本作はその「帰路についたヤマトが地球に帰り着くまでに遭遇したある事件」を描いております。まぁ、ヤマト帰還後数年で地球が復興するとか、再びヤマトが出航するなんてストーリーにはリアリティも必然性も感じられませんからね。
 その意味では、本作にはきちんと整合性があり、無理なくストーリーが繋がっております。

 サイドストーリーなので意外な結末はありません。ヤマトが無事に地球に帰還することは判っていることですし。ただ、本筋では投げられてしまった幾つかの設定について、更なる掘り下げが行われているのが興味深いところでした。
 逆に、『さらば~』のリメイクではないので、スルーされてしまったものもあります。
 個人的にはちょっと期待していたんですけどね。新造戦艦アンドロメダだけは……。

 本作ではアンドロメダなんて影も形も登場しません。そもそもヤマトが帰還する前のストーリーだし、波動砲も封印されていますので、拡散波動砲なんて開発できるはずも無い。
 してみると、もしこのリメイク版ヤマトの設定でアンドロメダを登場させるなら、それは「星間条約を無視した違法な船」と云う扱いになるのかしら。
 まぁ、出渕監督は「続編なんてやらない」ときっぱり明言しておられますけどね。でも確かTVシリーズが完結したときにも同じ事を云っていたような気もします。きちんと完結させる気合いで全力投球しないと、完成度の高い作品は出来ませんから、現時点で否定されるのも無理ないことでしょう。
 こちらも歳食った分、忍耐力はあるつもりですし、待ちますともさ(監督の言をまったく信じていない)。

 本作では、ヤマトはイスカンダルで「波動砲はもう使いません」とスターシャに約束しちゃった手前、砲口には栓がされ、艦橋の発射装置には「使用禁止」の封印が施されております。その姿勢はTVシリーズでも最終回まで堅持されていたので、本作でも波動砲発射のシーンはありません。
 もう最初から、クライマックスでの波動砲発射シーンは除外されております。劇場版なのに、波動砲なしとは、いきなりハードルを高くしておりますね。
 逆に、伝家の宝刀に頼らなくても面白いストーリーは出来るのだという、製作サイドの自信の表れのようにも受け取れます。事実、面白かったデスし。

 しかし波動砲を盛大にぶっ放す場面が見せ場であったのも事実。それをスルーした結果、どうなったかと云うと……。
 うーむ。ぶっちゃけ、『スタートレック』のようなストーリーになってしまった感は否めないです。
 つまり、ヤマトが「航海中に未知の惑星に遭遇」し、「上陸班を編制して派遣したら交信が途絶」し、「少人数の上陸班が高度な異星文明とコンタクト」するなどと云うストーリーには、古いSF者としてはどうしても『スタートレック』──より正確には『宇宙大作戦』──なテイストを感じてしまうのデス。これは感じるなと云う方が無理。
 おまけに上陸班は、古代くんが指揮しますからね。
 どうして艦長補佐を任じられている戦術長が、ホイホイと未知の惑星に降下する上陸班に同行してしまうのか、なんて疑問は『スタートレック』のフォーマットに則っているストーリーでは訊いてはならぬことなのデス。これはそういう様式美なので、「不自然じゃなイカ」と指摘するよりも「そうそう。そうでないとイカン」と肯いてあげなくては。
 いっそ副長(真田さん)と医者(佐渡先生)も連れて行けば良かったのに。代わりに新見さんとアナライザーがいますけど。

 おまけに本作ではクリンゴン人まで登場します。いや、どう見てもアレはクリンゴン。
 本作に於けるガトランティスは、野蛮で暴力的で武勲による名誉を重んじる異星人として登場します。ここまで似ているといっそ清々しいと云うべきか。
 更に、リメイク版ではガミラスとの描き分けにも判り易いイメージを用いています。ガミラス人はドイツ人です(より正確にはナチス・ドイツね)。それに対して、ガトランティス人はロシア人(それも帝政ロシア)。
 元より「大帝」が治める国だから帝政ロシアで合っていると云えばそうなのですが。もう悪ノリしちゃって、宇宙船の艦橋で将校達が「ウラーッ」なんぞと鬨の声を上げたりします。判り易い。
 まぁ、『スタートレック』でも、最初のクリンゴン人はロシア人をイメージしておりましたものね(冷戦時代のTVドラマなので、ソビエト連邦な雰囲気でしたが)。

 そう考えていくと、本作からスタトレ要素でないものを見つける方が難しい。
 だってねえ、ジレル人──精神感応力を持った穏和な異星人──と、ガトランティス人──野蛮で暴力的で(以下略)──が一緒に登場しますしねえ。
 『ヤマト』から「お涙頂戴式特攻精神」を取り除き、代わりに「相互理解と宇宙的友愛精神」を注入すると、『スタートレック』に似てしまうと云うのは、当然と云えば当然か。
 でも、ちゃんと『宇宙戦艦ヤマト2199』として破綻しないようになっているのは流石デス。
 それにしても制作スタッフの皆さんには親近感を抱いてしまいますわ。

 まぁ、ちょっと悪ノリが過ぎると感じるところも無きにしも非ずです。
 TVシリーズの時から、「ジレル」だとか「ジレルの魔女」といったネーミングが、C.L.ムーアの小説に由来するものであるとは判っておりましたが、今回は更に「シャンブロウ」なんて名前まで飛びだしますからね。
 勿論、『シャンブロウ』とはC.L.ムーアの〈ノースウェスト・スミス〉シリーズに登場するアレですねえ。古いSF者はこの名前に特別の感慨を抱いておりますし、この名前を使いたいと云う誘惑には抗いがたいものがあったことは充分、理解出来ますとも。ああ、やっと私の言葉でお話しできますのね、愛しいお方。
 かの野田昌宏宇宙大元帥閣下も、愛車に「シャンブロウ号」なんぞと名前を付けていたくらいですし。そのうち「ヤロール」とか「ミンガの処女」とか「ヴォディール」なんぞと云う名前が付いたものが登場しても、私は驚きません。
 いっそ、岬百合亜ちゃんのラジオ・ヤマトに、誰か「地球の緑の丘」をリクエストしてくれぬものか。そして劇中で難波弘之の歌曲を(げふんげふん)。

 しかも、これらのC.L.ムーア由来のネーミングが、非常に判り辛い松本零士リスペクトにもなっているのが笑えます。昔のハヤカワSF文庫を読んだ奴で無いと判らないじゃなイカ。
 だったらアンドレ・ノートン由来のネーミングだって採用してくれても良さげなものですが。「太陽の女王」とか、「猫と狐と洗い熊」とか(あ、こっちは違うか)。
 他にも、本作には松本零士リスペクトな場面が登場します。もはや『宇宙戦艦ヤマト』には松本零士の名前がクレジットされないのに、どうにかして松本零士的なものを劇中に登場させようという演出であるのが素晴らしいですね。
 そうそう。宇宙船のブリッジで、艦長が只一人で、舵輪を握って操舵する場面なんてのは、実に松本零士臭が漂う場面です。漢燃えデス。もっとやれ。
 バーガー少佐(諏訪部順一)は頬に向こう傷があるのだから、いっそ片眼になって眼帯も付けて、マントを翻し(げふんげふん)。
 これでは松本零士の名前はクレジットに出てこなくても、「ヤマトは松本零士のものだ」と主張しているのも同然ですね。判ります。

 本作は、リメイク版TVシリーズのサイドストーリーでありますが、一応は『さらば宇宙戦艦ヤマト』的な要素も盛り込まれています。かなり無理矢理感が漂っていますけど。
 『さらば~』になって登場したキャラクターに、空間騎兵隊の斉藤さんがおります。これは『ヤマト2』でもそうでしたが、当初の乗組員にいない人物までも、本作では登場させております。
 それがプロローグとエピローグの部分。結局、斉藤さんを始め、空間騎兵隊の皆さんはヤマトの航海に同行できなかったわけですが、ヤマトの出航と帰還を描く場面でゲスト的に登場することになりました。おかげで本作にも土方司令や山南艦長の出番があったので、ファンとしては嬉しいですね(山南艦長の出番はごく僅かですが)。
 土方司令が最初と最後に登場してくれたお陰で、ドラマが引き締まりました。
 でも、本作のヒロインである桐生美影の父上が、斉藤さんの上官であり、ヤマトの出航時に月面で亡くなっていた──と云うのは、ドラマとしては関係ない出来事でしたが。

 ガトランティス側の人物としては、大帝陛下自身が登場してくれなかったのが残念でした(あの高笑いが懐かしい)。代わりに、大帝の名代としてサーベラー丞相(甲斐田裕子)が顔見せしてくれます。少し色が変更されましたが、お変わりないようでここも嬉しいですね。
 本作のガトランティスは一部の遠征軍として登場するので、かなりゲスト的な扱いです。

 そしてガトランティスが登場する以上、『ヤマト2』からの設定が他にも顔を出しています。
 まさかリメイク版でも「火炎直撃砲」が出てくるとは思いませんでした。三五年経って再びこの名前を耳にしようとは。
 あの七〇年代のSFブーム当時、あまりにもダサい「火炎直撃砲」なんぞと云うネーミングに、SF者として非常にシラけてしまったことを思い出します。もっとマシな名前もあったろうに。
 ところが本作の「火焔直撃砲(字が異なるけど発音は同じ)」は、割とイイ感じです。そもそも今般のガトランティス人は粗野な野蛮人なので、頭悪いネーミングが逆にハマっております。
 しかも演出が巧いので、ビーム砲のエネルギーを直に転送機で送りつけると云う、SF的な描写が判り易い上に迫力あります。凄いぞ、ガトランティス。

 でも劇中では、捕虜にしたガミラス人を「科学奴隷」としてこき使って開発した代物らしいと語られておりますので、きっと原理とか判っていないのでしょう(農奴ならぬ科奴か)。
 この兵器が凄いのは、ビーム自体を転送してしまうところですので、転送機が壊されてしまえば、ビーム砲自体はただ大砲です。そして転送機を使った攻撃方法は、七色星団でドメル将軍がヤマトに使いましたので、真田副長に同じ手は通用しませんですね。
 瞬く間に解析されて、無力化される。「こんなこともあろうか」と予想していなくても、対処してしまう副長が素敵デス。そしてビーム砲が無用の長物となった途端に、船から切り離してぶん投げて寄こすガトランティスのダガーム大都督(大友龍三郎)も素敵(清々しいまでに粗野だ)。

 サイドストーリーなので、登場人物の関係はあまり変わりませんが、古代くんの判断や行動を信じて尊重しようという真田副長の温かい目や、健康を害して(まだ亡くなってはいない)伏せっている沖田艦長が、戦闘になっても一切、口を出そうとしない姿勢であるのが印象的でした。おかげで沖田艦長の出番は少なくなりましたが、無言のまま眼光鋭く見守っております。
 しかし出番は少ないがドラマの伏線は沖田艦長がしっかり張っておりまして、艦長室で聴いている古いアナログ・レコード──ドイツ民謡「別れの歌」──が効果を上げております。
 七色星団戦役で只一人生き残ってしまったドメル将軍配下の幕僚バーガー少佐と古代くんの和解と友情の場面に、この「別れの歌」が流れるラストシーンがいいですね(だから余計にドイツぽい)。
 ──さらばさらば/わが友/しばしの別れぞ ……って、そうか。ある意味、本作は紛うことなく『さらば宇宙戦艦ヤマト』でもあったわけですね。

 しかしこうなると、やっぱり更なる続編も期待したいところなのですが、早いところ出渕監督には再充電して戴きたいものデス。ガミラス帝国のその後とか、気になるじゃないですか。
 でも、ガトランティスがクリンゴン人になったなら、いずれ暗黒星団帝国が登場するときはボーグっぽくなってしまうのかしら。抵抗は無意味だ。
 ひとつだけ注文をつけるとすれば、もう「誰かが誰かと瓜二つである」と云うそっくりさんネタは止めた方がいいと思いますデス(汗)。




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