2014年11月20日木曜日

ドラキュラ ZERO

(Dracula Untold)

 ブラム・ストーカーの創作した吸血鬼ドラキュラ伯爵はホラー映画ではお馴染みのモンスターですね。伯爵によらず「ヴァンパイアもの」はそれだけでひとつのジャンルを築いております。
 しかし意外と原典『吸血鬼ドラキュラ』は、あまり省みられてこなかったような感があります。個人的にはフランシス・フォード・コッポラ監督による『ドラキュラ』(1992年)が一番原作に近い気がします。
 コッポラ版『ドラキュラ』でも、冒頭部分に「如何にしてヴラド大公は吸血鬼となったか」が語られておりましたが、本作はその部分だけ取り出して一本のストーリーにしております。

 当然、ヴラド大公が主人公ですので、悲劇の主人公になりました。
 敬虔なキリスト教の信者であり、オスマン帝国の侵略から領民を守護しようとする勇敢な領主様が、如何にして悪魔の力を手に入れ、不死の怪物と化したのかと云うストーリー。
 原典は一九世紀が背景でしたが、本作はドラキュラの起源の物語となるので時代を遡り、一五世紀の東欧が舞台となります。
 語られざるドラキュラの物語と云うことで、邦題には判り易く「ZERO」なんぞと付けられております。前日譚にはアリガチですね。シリーズものではありませぬが。
 本作の監督はゲイリー・ショア。本作がデビュー作となる新人監督だそうですが、なかなか頑張ってCG満載の歴史アクションものに仕上げております。

 このヴラド大公=ドラキュラを演じているのが、ルーク・エヴァンスです。『タイタンの戦い』(2010年)以降、メジャーな作品への出演が多くなってきておりますね。今まではライバル役とか悪役で目立っておりましたが、遂に主役を張るまでになりました。
 一方、ルーク・エヴァンスの相手役となるヴラド大公の美しき妻ミレーナを演じているのは、サラ・ガドン。カナダの女優さんで、デヴィッド・クローネンバーグ監督の『危険なメソッド』(2011年)にマイケル・ファスベンダーの奥さん役──つまりユング夫人ね──で出演しておりました。近年のクローネンバーグ作品には『コズモポリス』(2012年)にも出演しているそうですが、そちらはスルーしておりまして未見デス(汗)。

 ルーク・エヴァンスのライバル役となるのが、オスマン帝国の皇帝メフメト二世を演じるドミニク・クーパーです。一番記憶に残るのは『デビルズ・ダブル/ある影武者の物語』(2011年)のウダイ・フセインとその影武者の一人二役でした。今回もアラブ人の役ですが特に不自然ではありません。
 どちらかと云うと、遠征軍の指揮をスルタン自らが執っていると云うストーリー上の都合の方が不自然でしたが、それは仕方ないか。
 メフメト二世もヴラド大公と同じく実在した歴史上の人物でありますので、本作は可能な限り史実の設定も取り込んだ歴史ドラマのような作りになっております。
 とは云え、アクションものでもありますので、史実に忠実な姿勢もテキトーなところで切り上げちゃって、クライマックスでは歴史そっちのけでヴラド大公とメフメト二世が壮絶にチャンバラしたりします。

 また、メフメト二世はヴラド大公と顔見知りでもあると云う設定になっております。少年時代、ヴラドは人質としてオスマン帝国に囚われており(ここも史実であるそうな)、その際にメフメトとも友人であったと云う(こっちはフィクションか)。
 敵はかつての幼馴染みという設定が少年漫画ぽいです。
 残念なのは、ちょっと設定倒れな感じがするところでしょうか。あまり仲が良かったというわけでもなさそうなので、宿命の対決というところまで盛り上がったりはしてくれませんでした。
 まぁ、二人ともいい歳したオヤジですから、感慨に耽るほどではないのか。
 二人の少年時代までも回想シーンで挿入して、友情が破局を迎えて宿敵となる過程まで描かれていれば燃える展開ですが、それではストーリーが別物になってしまいますか。

 更に、単なる人質ではなく、本格的な戦闘訓練も施されたということになっており、敵の兵士を情け容赦なしに串刺しにして晒す行為も、オスマン帝国時代に培われたと云う設定。
 冒頭から、オスマン帝国は東ヨーロッパ諸国から千人の少年少女を奴隷として掠っていき、過酷な戦闘訓練を施して帝国の兵士として鍛え上げた旨が語られます。その中で生き延びて比類無き兵士として成長したのがヴラド少年である。
 なにやらザック・スナイダー監督の『300 スリーハンドレッド』(2007年)を思わせますね。
 劇中ではルーク・エヴァンスが見事な筋肉を披露してくれるサービス・シーンも用意されております。身体中、古傷だらけであるのが過酷な過去を伺わせております。

 まぁ、こうでもしないと〈串刺し公〉を主人公には出来ませんですね。残虐な行為も、好き好んでやっているのでは無いと云いたいようです。
 その後、虜囚の身から解放されて故国ワラキアに帰り着いたヴラドは領主となった。
 ──と、語っているのはヴラドの息子インゲラス少年(アート・パーキンソン)。
 本作ではヴラド大公のミレーナ公妃への愛だけでなく、息子を守ろうとするヴラドの父性愛も描かれるというストーリーになっております。

 さて、ドラキュラを悲劇の主人公にするには、もう一人、悪役が必要になりますね。本人は望んで吸血鬼になる訳では無いので尚のことデス。
 ここで登場するのが「マスター・ヴァンパイア」なる設定。大抵のヴァンパイアものでは、ドラキュラ伯爵こそ吸血鬼の始祖であると云う設定ですが、本作ではドラキュラよりも古い太古のヴァンパイアが登場します。
 こいつがヴラド大公と取引し、悪魔の契約でヴァンパイアの能力を与えると云う流れです。
 このマスター・ヴァンパイア役がチャールズ・ダンス。TVシリーズ『ゲーム・オブ・スローンズ』では悪役のキャスタリーロック公を演じておりますね。本作では特殊メイクばりばりの怪物面ですが、そこはかとなく威厳を漂わせておりまして、陰で糸を引いている一番の悪党です。

 まずは小康状態で平和が続く東欧諸国に、再びオスマン帝国の斥候部隊が出没し始めたという報告を受けて、ヴラド大公と部下の騎士達が領内を探索しております。オスマン帝国との戦が近いことを憂慮するヴラドですが、奇妙なことに発見されたオスマン兵の兜には野獣の爪のような跡が残っていた。
 オスマン兵の痕跡を追って「魔の山」と呼ばれる山岳に足を踏み入れたヴラドと部下達は、とある洞窟の中で正体不明の魔物に遭遇する。部下を惨殺されながら九死に一生を得たヴラドは、オスマン帝国の侵略だけでも頭が痛いのに、この上、魔物のことなどに構っていられるかと関係者一同に箝口令を敷く。
 ここで魔物は、悪魔と取引して怪物化した人間であり、聖書の時代から生きているなどと説明されております。東欧の修道僧達が長年封じてきたのだとも。
 このあたりの事情をもっと詳しく知りたいものですが、とりあえずヴァンパイアの顔見せだけ済ませると、ストーリーはオスマン帝国の侵略の方に比重が移っていきます。

 帝国からの横暴な使節団が現れ、再び千人の少年少女を差し出せと要求してくる。しかもその要求にはヴラドの息子、インゲラスも含まれていた。
 戦を避けて子供達を差し出すか、要求をはねつけて帝国と一戦交えるか。
 苦悩するルーク・エヴァンスですが、その妻サラ・ガドンの方は息子を差し出すなどもっての外と聞く耳持たず。このあたり論理的な説得を受け付けない母性の描き方が強烈です。若干、ヒステリック気味(無理からぬ事ですが)。
 夫の方からすると、会話も成立しない状態というのは如何なものかと思われますねえ。

 結局、人質を差し出すつもりでオスマン帝国の使者と対面するが、土壇場で翻意して斬り伏せてしまう。理性的なようでいて、やはり感情に流されてしまうあたりに人間的なものを感じますが、後先考えない行動に出てしまったことを後悔しても後の祭り。もはや帝国との戦は避けようがない。
 窮余の策として思い出したのが、件の魔物。あの悪魔的な力ならばオスマン帝国の軍隊を滅ぼせる筈だと、大公自らが単独で再び魔の山を訪れます。
 ストーリーが非常に判り易く、サクサク進行していきますね。尺も九二分しかありませんし。

 そして、やってはいけないと判っていてもやらざるを得ない魔物との契約。超常の能力と引き換えに、人間の血を飲みたいという「血の渇望」に責め苛まれるルーク・エヴァンスです。
 当初から完全なヴァンパイアになるわけでなく、三日間渇望に耐えきればヴァンパイア化は免れると説明されますが、無事に三日を乗り切れる筈も無いと観ている側には判っているのが哀しい。
 なので、ストーリー的には「どこで渇望に屈してしまうのか」が焦点になってきます。
 愛する妻に事情を話すことも出来ず、禁断症状に悶々とするルーク・エヴァンス。ちょっと中毒患者ぽいです。
 直射日光が弱点ですが(でも日陰なら大丈夫というのが御都合的)、完全なヴァンパイアでは無いので十字架は怖くない。代わりに「銀に触れられない」と云う制約が付きます。

 また、吸血鬼には下僕が付き従っている設定も踏襲されます。ドラキュラ伯爵にはレンフィールドなる下僕がおりましたが、本作でもレンフィールドぽい下僕が現れます。「早く血を飲んで楽になりなさい」と誘惑してくる不気味な男ですが、いまいち正体がよく判りません。
 何となくマスター・ヴァンパイアが遣わしているらしいと察せられますが、そのあたりの設定は明らかになりません。自分が洞窟に封じられているので、下僕を使って誘惑しているような。
 ちょっと説明不足ですが、ルークが誘惑に屈すれば自分も洞窟から自由になれるらしい。

 禁断症状に苦しみながらも領民を救うためにオスマン軍と戦うルーク。このあたりのアクションはCG全開でダイナミックです。
 走り出すと身体が無数のコウモリの群れに別れ、またコウモリが集結して合体すると元に戻るという映像がなかなか興味深い。敵兵と戦う際にも、斬りつけられると瞬時にコウモリ化して躱し、相手の背後に回り込むや合体して元に戻って斬り伏せるという殺陣が実にスピーディに展開しております(ちょっとズルい戦い方ですが)。
 更にコウモリ軍団を自在に操りオスマン軍を翻弄しますが、敵の圧倒的物量の前に次第に押されていく。夜間の戦いでは優勢でしたが、夜明けと共に能力が衰えてしまうのは如何ともし難い。

 結果、遂に領民と共に立て籠もった修道院は包囲殲滅。息子は人質に掠われ、奥方も断崖から転落してしまう。
 落下するサラ・ガドンを救おうと猛スピードで追いすがるが間に合わず。この場面はティム・バートン監督の『ダーク・シャドウ』(2012年)でも観たような演出ですね。
 息絶える前の奥方の最後の願いが、息子を救ってくれと云う懇願。遂に三日目にして禁を破ってしまうわけですが、ヴァンパイア化が愛妻の血を吸うことで果たされるのが劇的且つ哀しい。

 そこから先は腹を括ったルーク・エヴァンスのリベンジが行われるわけで、ヴラドの名を捨てドラキュラとなり、瀕死の領民や部下の騎士を片っ端から吸血鬼化させて手下にし、オスマン帝国軍の陣営に殴り込む。
 もはや日中であろうと、天候まで操れるようになったので、暗雲で太陽を隠してしまえば怖いものなし。かくして不死のヴァンパイア軍団の前にオスマン帝国軍も瓦解するわけですが、ドミニク・クーパーだけは銀で武装し、最後までしぶとく抵抗してくれました。
 ひょっとしたらメフメト二世が勝ってしまうのでは……と思わせる当たり、敵役としては頑張ってくれましたが、最後は壮絶にやられてしまいます。正しい悪役の姿です(歴史のことは忘れよう)。

 しかし帝国は倒したが、手下にした吸血鬼共は全員、人間性を失い化け物になってしまう。その責任を取るべく、助けた息子を一人の修道士に託して、自ら暗雲を払って手下全員を道連れに、白日の下に自決するドラキュラ。自決するヴァンパイアと云うのも珍しいでしょうか。
 冒頭と同じく、息子インゲラスのモノローグでその後のことなどが語られていきます。父の後を継いで領主となるが、本当に国を救った大公は禁を犯した罪人として讃えられること無く忘れ去られていく。

 ……筈でしたが、吸血鬼ドラキュラがそんなことで滅してしまうわけもないか。
 簡単に甦ってしまう体質というのも難儀なことです。
 そして時は流れて現代ロンドン(あれ、一九世紀をスルーしましたよ)。
 永劫の時を生き続けるルーク・エヴァンスですが、実はマスター・ヴァンパイアとの決着はまだ付いていなかったというところで、何やらホラー映画にはありがちな、続編を匂わせるような幕切れでありました。まさか本当に続編にはならないと思いますが……うーむ。




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