2014年7月21日月曜日

ポケモン・ザ・ムービー XY

 破壊の繭とディアンシー
 ピカチュウ、これなんのカギ?

 ポケモンも「ベストウィッシュ」から新シリーズ「XY」に移行し、XY編初の劇場版長編アニメとなりました。通算一七作目にして、テレビ東京開局五〇周年記念作品とな。今回もまた短編と長編の二本立て路線です。
 二本立てメニューになると、どうしても長編の方の尺が削られてしまうので、ストーリー的には若干物足りないような気がするのですが、お子様的にはそれはまったく問題ないようです。

 まずは短編の『ピカチュウ、これなんのカギ?』から。
 ピカチュウたちポケモンが主役の短編番外編的ストーリーになると、人間のキャラは登場すれど顔まで映らないのが『トムとジェリー』的であります。サトシも顔までは映りません。
 本作では、「晩ご飯までには帰って来いよ」と云われて近所の公園まで遊びに出かけたピカチュウたちが遭遇する冒険が描かれます。TVシリーズとの関連が希薄なのもいつもの通り。
 ポケモン同士の会話は人語ではないので、最低限の説明はナレーションで解説されますが、今回のナレーターはAKB48の渡辺麻友です。『ねらわれた学園』(2012年)でも見事な声優ぶりを発揮しておりましたので、単なるナレーターよりもゲストのポケモン役でも大丈夫なのではないかと思えます。

 ひょんなことから、公園に隣接する空家となった洋館の地下室に飛び込んでしまったピカチュウは、そこで不思議な「鍵束ポケモン」クレッフィと出会う。不思議な鍵をコレクションしているクレッフィの鍵は、空間に浮かんだ様々な鍵穴に差し込むことで、別世界への扉を開くことが出来るのだった。
 例によって何故とか、どうしてとか、そんな疑問は一切スルーしてストーリーが進行します。
 空間に浮かんだ様々な形の鍵穴に合う鍵を見つけるのが絵合わせゲーム的であります。そしてピカチュウたちはクレッフィの世界へ遊びに出かけるのでした。

 別世界から更にまた別の世界へと、不思議な空間を遊び歩くピカチュウたち。途中で危ない目に遭いそうになりますが、過去の劇場版に登場したポケモン達が現れて助けてくれる。
 ビクティニやジラーチ、ダークライといったTVシリーズではなかなか登場しない劇場版専用とも云えるレアなポケモンがゲストで顔見せしてくれております。
 最後はタイムリミットまでに元の世界に戻れるのかと、ちょっとハラハラな展開もありますが、元がユル~いストーリーですので心配は無用ですね。
 無事に晩ご飯までに帰って来られました。で、おしまい。
 J☆DeeZ の歌うTVシリーズのエンディングテーマ「ピースマイル!」を劇場内のお子様達も一緒になって歌っておりました。

 そして長編、『破壊の繭とディアンシー』です。
 まずは本筋となるポケモン側からドラマが始まるのが定番展開ですね。
 劇場版になると人語を話せるポケモンが登場するのが通例ですが、今回はお姫様なポケモンが登場します。実はあの世界の地底には、ダイヤモンド鉱国なる「ほうせきポケモン」の王国があると云うのが初耳ですがキニシナイ。
 言葉を話すのは、位の高いプリンセス・ディアンシーと長老の二人。
 ディアンシーを演じているのは松本まりかです。SF者としては『蒼穹のファフナー』のヒロイン真矢役くらいしか存じませんが、割と幼い幼女ぽい声も巧いものです。
 長老の方は大ベテラン、飯塚昭三ですので実に安定しておられます。

 地底のダイヤモンド鉱国の繁栄は、巨大な〈聖なるダイヤモンド〉の輝きにより支えられていて、これが昏い地の底にも熱やら光やらのエネルギーを供給しております。但し、ある程度の年月を経ると輝きは失われてしまう(経年劣化か)。
 鉱国繁栄のためには、その都度、王族が新たなダイヤを作り出して交換せねばならない。しかし次代のプリンセスはまだ未熟で、不安定なダイヤしか作ることが出来ないのに、既に現在の〈聖なるダイヤモンド〉からは輝きが失われようとしている。
 限られた期間内で、ディアンシーにはその能力を開花させてもらわねばならない。

 そこで、生命を司る伝説のポケモン、ゼルネアスの持つ神秘の力「フェアリーオーラ」を与えてもらえれば、ダイヤも安定する筈だとの長老の助言に従い、ディアンシーはゼルネアス探索の為に地上の世界へと旅立つのであった──と、云うところでタイトルと共にオープニングです。
 ここまでの前説が割と長いです。しかも多少、他力本願なところがあるように感じられるのですが、いいのかしら。まぁ、ゼルネアスに遭うのが一種の通過儀礼だと思えばいいか。
 いつものオープニングテーマ「メガV(メガボルト)」に乗せて、カロス地方のポケモン・リーグの様子がチラリと映ります。いずれTVシリーズで対戦するであろうカルネさんもチラ見せ登場(でも台詞は無い)。

 そして早々に、サトシ御一行様とディアンシーの出会いが描かれます。いずこかの都市で開催されているポケモン・バトルに参加していたサトシ達は、そこで悪漢に追われているディアンシーを助けると云うお約束展開。
 ディアンシーを追っているのは、魔女のような女性盗賊マリリン(足立梨花)と、忍者のような男性盗賊ライオット(山寺宏一)。二人して互いにディアンシーを奪い合っております。
 「ほうせきポケモン」であるディアンシーは、無からダイヤモンドを作り出せる能力があるので盗賊達に狙われているという、実に判り易い理由です。
 そんな能力を容易く見せては、そりゃ狙われるわと思うのですが、そこは世間知らずなお姫様なので、まったく人を疑うことがない。『ローマの休日』(1953年)のオードリー・ヘップバーンを思わせるディアンシーの言動がユーモラスです。

 助けてあげたディアンシーと行動を共にするサトシ達。そこへロケット団も現れ、事態はややこしくなっていく。このところ劇場版では影が薄かったロケット団でしたが、本作では珍しく出番が多いです。
 ムサシとコジロウから「ダイヤを作って」と請われて、素直に大量のダイヤモンドを出してあげるディアンシーですが、能力が未熟なのでダイヤも一定時間が経つと消滅してしまう(これはほとんどペテンですな)。
 ダイヤ生成の能力を高める為には、ゼルネアスの「フェアリーオーラ」が必要なのだ。

 ロケット団の元からディアンシーを逃がしてやる謎めいた少女ミリスがおりまして、これを中川翔子が演じております。山寺宏一と中川翔子は毎年、ポケモンの劇場版には様々な役で出演しておりますね。
 実はミリスもまたディアンシーの作り出すダイヤを狙っているのですが、まずはゼルネアスに遭わせてディアンシーの能力を高めさせてから拉致しようというのが悪賢い。

 そうやって様々な悪党に追われながらも、サトシ達と旅を続けるディアンシー。旅の道中もダイヤ生成の練習を続けていますが、なかなか巧くいかない。しかしサトシ達との友情が深まってくると、次第に作り出すダイヤの質が変わってくる。
 何となく「本当にゼルネアスを見つけ出す必要があるのか」と思わないではないです。実は「フェアリーオーラは必要無かった」なんてオチになるのかと思われましたが、さすがにそれはなかったですね。
 そのまま旅は続き、遂に一行はゼルネアスが棲むオルアースの森林地帯に到着する。
 ここはかつて破壊の化身イベルタルが引き起こした「大破壊」によって一度は荒廃したものの、ゼルネアスの生命の力によって再生した森なのだという。

 二本立てにして尺が短いのに、壮大な背景を語ろうとしておりますが、イベルタルと云う別のポケモンまで登場させようとして、無理しているように思われてなりません。
 そりゃまぁ、『ポケットモンスター XY』ですから、ゼルネアス(X)とイベルタル(Y)を両方登場させないとイカンと云うのは判りますが。
 だからかなりの部分、設定を飯塚昭三の長老に台詞で語らせてしまっているのが残念でした。「破壊と創造は表裏一体」と云うのは、よく聞くフレーズですが(インド神話ですしね)、ゼルネアスとイベルタルの関係も「自然の摂理」なのだと言葉で語ってしまうのも如何なものか。
 それに表裏一体にするなら、ゼルネアスとイベルタルは別々のポケモンにするのではなく、一体のポケモンの異なる相だとする方が納得がいくような気がします。

 ここまで考えて、そんなアニメが過去にもあったなぁと思い出してしまいました。宮崎駿監督の『もののけ姫』(1997年)って、まさにそういう設定であったような……。
 そう考えると、ゼルネアスが鹿のような形態のポケモンであると云うのも、『もののけ姫』のシシガミ様を思わせますね。イメージ・ソースが同じところから来るので被ってしまうのもやむを得ないのか。
 まぁ、『キュレムVS聖剣士 ケルディオ』(2012年)でも、鹿タイプのポケモンは神格が高いようでしたし、「鹿とは神秘的な生き物である」と云うイメージで通底しておるのでしょうか。

 そこで遂にゼルネアスに遭遇するサトシ達。ゼルネアスの声は三田佳子です。最近また芸能活動に復帰されたようです(次男の覚醒剤所持というのも随分と以前のハナシですしね)。
 神格の高いポケモンらしい演技でありましたが、出番が少ないのが残念でした。まぁ、主役はディアンシーの方ですから。
 ゼルネアスはディアンシーがフェアリーオーラを求めていると即座に見抜き、これを承諾するのですが、かなり脚本が駆け足であるように感じられました。即座にOKとは。この手のクエストに付きものの試練とかは無いのですか。
 求めたらすぐに与えられてしまうところがお手軽すぎる。
 そしてフェアリーオーラの力で本物のダイヤを生成できるようになったところを見計らって、追ってきた盗賊達が襲いかかってくる。だがその場所には破壊神イベルタルが眠っていたのだ。

 イベルタルは封印され、「破壊の繭」と名付けられた岩塊のような状態になっていましたが、盗賊達の争いによって覚醒してしまう。邪な人間の強欲が破壊神を覚醒させると云うのが判りやすいです。
 覚醒したイベルタルは問答無用に周囲の土地から生命エネルギーを吸い取り、木々を枯らし、生き物を石化させていく。逃げ遅れた盗賊達も、ロケット団も皆、石に。
 こちらもまた『もののけ姫』のダイダラボッチと似たような印象です。まぁ、生命エネルギーを奪う神様の演出としては、似通ってしまうものなのか。荒ぶる神ですねえ。

 ただ、ポケモンの劇場版だけでも『七夜の願い星 ジラーチ』(2003年)に、グラードン(のようなポケモン)が出現して、大地のエネルギーを吸収して木々を枯らしていく場面がありましたし、割とイメージとしてはマンネリと云わざるを得ませんデス。表現手法としてはCGが使われるようになったので、ダイナミックな画面にはなりましたが。
 グラードンはホウエン地方のポケモンだし、カロス地方にはイベルタルがいると云うことで、各地方には各々の神様(のようなポケモン)がいると云うことなんですかね。

 サトシの絶体絶命のピンチに、ディアンシーの諦めない心がメガ進化となって顕現し、遂に生成された巨大な〈聖なるダイヤモンド〉は、イベルタルの攻撃さえも防ぎきる。石化された盗賊達も、ロケット団も、ダイヤの輝きで元通り。友情パワーが奇蹟を呼び起こすというのが黄金のパターンではありますが感動的でした。
 とは云え、尺が足りないと云うのはイカンともし難いようで、イベルタルとの決着は付かず、戻ってきたゼルネアスとの調停で、ナニやら荒ぶる神も鎮められたように描かれておりましたが、ドラマとしてはイマイチすっきりしませんデス。

 その後、ゼルネアスは大地の再生の為に巨大な樹木へと姿を変えるのですが、ソレが自然の摂理なのかと云われると、どうなんでしょ。イベルタルはそのままどこかへ飛んで行ってしまいましたし。
 ディアンシーの成長と友情の物語に、ゼルネアスとイベルタルの「破壊と再生」が巧く咬み合っていなかったように思われます。
 SCANDALの歌う主題歌「夜明けの流星群」に乗せて、エピローグ的に事後を描きつつ、サトシらの旅はまだ続く──のですが、例によって来年の映画の告知まで入るのが手回し良すぎです。




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