2014年7月12日土曜日

マレフィセント

(Maleficent)

 ディズニーの『眠れる森の美女』(1959年)と云えば名作の誉れ高い長編アニメーション映画でありますが、この度これが実写映画化されました。しかも主役をオーロラ姫から、悪役だった魔女マレフィセントに変更しております。なんと大胆な。
 しかもそれを演じるのは、アンジェリーナ・ジョリー(以下、アンジョリ姐さん)ですよ。

 ディズニー・アニメの実写映像化と云えば、『101匹わんちゃん』(1961年)を実写化した『101』(1996年)がありますが、このときの配役も凄かったですね。悪役クルエラ・デ・ヴィルを演じたのが、大女優グレン・クローズなのが話題になりましたが、本作のアンジョリ姐さんもまた負けてはおりませんです。
 実に妖艶な雰囲気を漂わせておりまして、予告編の段階から楽しみにしておりました。
 でも、うちのムスメら(12歳&9歳)にはウケが悪かったな。DVDで散々、『眠れる森の美女』を観ているのですが、主役が魔女の方だと知った途端にソッポ向きました。おかしいな。
 だからパパだけで字幕版を観ちゃいましたが。

 実は、私の目当てはアンジョリ姐さんではありませんでした。多分、大方の男性客はオーロラ姫役のエル・ファニング(以下、エルたん)の方が目当てだったでことでしょう(異論は却下)。
 もはや「ダコタ・ファニングの妹」と云うよりも、ダコタ・ファニングの方が「エル・ファニングの姉」と云われるようになった感があるのですが、『SOMEWHERE』(2010年)、『SUPER8/スーパーエイト』(2011年)、『Virginia/ヴァージニア』(同年)、『幸せへのキセキ』(同年)と少しずつ成長しているのが伺えて、この先も大変楽しみであります。もう子役ではないよな。
 本作は「マレフィセント=アンジョリ姐さん」、「オーロラ姫=エルたん」と云う配役だけで、もはや勝ったも同然であります。

 その他の配役では、オーロラ姫の父親ステファン王役がシャルト・コプリーです。『第9地区』(2009年)以来、好みの俳優さんでありますが、今回はちょっとダークでアブない感じを漂わせた王様になりました。愛娘に呪いを掛けられて平静でいられる父親などおりませんからね。
 「娘が十六歳になったとき」に発動する呪いを前にして、戦々恐々としております。その状態で十六年間過ごすわけだから、多少は精神的におかしくなってもやむを得ないでしょうか。と云うか、本作でのシャルト・コプリーは完全にイッちゃった目をした王様になっております。コワイ。

 アニメ版の方では、ステファン王の友人として隣国のヒューバート王が登場しておりましたが、本作では出番なしです。息子のフィリップ王子(ブレントン・スウェイツ)だけが登場しますが、こちらもまた扱いが小さいです。
 『眠れる森の美女』なのに、ここまでフィリップ王子が蔑ろにされているとは驚きデス。
 本作のストーリーは「マレフィセントとステファン王」、「マレフィセントとオーロラ姫」の関係に焦点を当てておりますので、フィリップ王子は脇役もいいところ。まったく見せ場のない王子様と云うのが哀しい。

 ステファン王からオーロラ姫の養育係を命じられる三人の妖精も、若干設定が変更されております。
 アニメの方では、フローラ、フォーナ、メリーウェザーの三人組でしたが、本作に於いては、ノットグラス、シスルウィット、フリットルとなっていました。役名変更の理由がよく判りません。
 色の好みが違うフローラとメリーウェザーが、オーロラ姫のドレスの色を「ブルーにするかピンクにするか」でモメまくる場面がアニメにはありましたが、本作ではそのようなユーモラスな場面はありません。
 そもそも「子育てに向いていない」と云う設定にされたので、あまりにも間抜けになってしまい、育てたオーロラ姫に対する愛情がアッサリしすぎます。「マレフィセントとオーロラ姫」の関係を強調するためとは云え、「十六年一緒に居るのにそれだけ?」と云いたくなりました。

 この三人組の中では、ノットグラス役のイメルダ・スタウントンには見覚えがありますね。
 〈ハリポタ〉シリーズでは、ダンブルドア校長を解任してホグワーツの校長(代理)に納まるドローレス・アンブリッジ役が馴染み深いです。まったく似合わないショッキングピンクな衣装が忘れ難い人でした。
 本作では三人とも妖精なので、当初は身長数十センチのデフォルメされたCGキャラでしたが、子育て中は人間に変身して、役者本人の姿になっております。

 そしてマレフィセントの手下であるカラス役が、サム・ライリーです。
 実写版なので、演技するCGのカラスだけではなく、マレフィセントの魔法で変身して人間になります。アニメでは扱いの小さな脇役でしたが、本作では結構、美味しい役になりました。
 表情を崩さないアンジョリ姐さんの傍にいて、色々と内心を察してあげたり、本人が決して認めようとしない本心を代弁してあげたりしております。そもそも邪悪な役ではなく、マレフィセントに命を助けられたことを恩に着て、自ら舎弟を務めている忠義のカラスです。
 劇中では魔法によって姿に変えられるので、カラスなのに人間や、狼やにされて文句を云っております。だからクライマックスでドラゴンに変身するのも、サム・ライリーになりました。
 アンジョリ姐さんのドラゴン化と云うのも観たかったですが、その場合は迫力ありすぎで誰も勝てないですね。

 本作の基本的なストーリーは『眠れる森の美女』に準じた展開ですが、結構「実はこうだった」的な内幕が明かされるあたりが、アニメ版の方を知っていればいる程、興味深く観ることが出来ます。
 監督は本作が初監督となるロバート・ストロンバーグ。『アリス・イン・ワンダーランド』(2010年)や、『オズ/はじまりの戦い』(2013年)などでプロダクションデザイナーを務めていたそうで、その手腕は本作でも遺憾なく発揮されております。ファンタジー全開な映像がテンコ盛り。
 加えて劇伴はジェームズ・ニュートン・ハワードだし、エンディングには『眠れる森の美女』の主題歌「いつか夢で(“Once Upon a Dream”)」がアレンジされて流されるのもイイ感じです。

 マレフィセントが主役なので当然と云えば当然ですが、まず最初にマレフィセントの少女時代から語られるので軽く驚きました。しかも、このときのマレフィセント役はイソベル・モロイと云う子役の女の子で、これが大変可愛らしい。
 しかし名前を呼ばれなければ、これが少女時代のマレフィセントとは判らないような姿です。大きな角を付けて、立派な翼を持って天駆けております。しかも性格も明るい良い娘です。
 どこをどうすれば、あのアニメ版の邪悪な魔女になるのやら。

 この「女の子に大きな角を付ける」と云うビジュアルが新鮮でした。アニメ版のマレフィセントは黒い頭巾で頭部を覆っていたので、アレが角だったとは思い至りませんでした。ただの飾りだと思っていましたが、中身があったんですね。
 成長するとマレフィセントはアンジョリ姐さんになり、頭部の角もますます立派になります。ここまで角が似合うとはお見事デス。
 個人的に今まで「角が似合う俳優」と云えば、ティム・カリーでしたが──『レジェンド/光と闇の伝説』(1985年)の魔王役ね──、これからはアンジョリ姐さんも挙げるようにします。
 翼もそうですが、これらマレフィセントの特殊メイクは名匠リック・ベイカーの手になるものだとクレジットされておりました。サスガです。
 
 さて、イソベル・モロイちゃんとアンジョリ姐さんの間には、ちょっと成長したティーンエイジャーなマレフィセントもおります。
 演じているエラ・パーネルは『キック・アス/ジャスティス・フォーエバー』(2013年)で、クロエ・グレース・モレッツ(以下、クロエたん)をイジメる同級生グループの女の子のひとりでしたが(ゲロゲリ棒はヤメテェ!)、今回はもっといい役ですね。
 エルたんやクロエたんに匹敵するくらい可愛いと云っても過言ではないでしょう。いずれ更に大きな役でお目に掛かりたいものデス。
 すくすくとマレフィセントは順調に成長し、妖精の森の守護者をもって任ずるようになるわけですが、同時に人間の少年ステファンと知り合うあたりで運命が狂い始めます。最初は人間の少年と妖精の少女の麗しい友情だったのですがねえ。

 やはり女の子がヒネクレてしまうのは、男が原因だったのだ。
 そもそもの始まりは、隣国の人間の国王が妖精の森を侵略しようとして、マレフィセント率いる妖精軍団に蹴散らされたことです。その頃にはマレフィセントはアンジョリ姐さんになっておりましたので、相当に強力になって、人間など太刀打ちできるものでは無い。
 そして退却した王様が「あの妖精を殺した者に王位を譲る」なんて云いだしたお陰で、欲に目が眩んだステファンは長年の友人マレフィセントを手に掛けようとする。信じていた友人に裏切られたことで、マレフィセントは人間を怨むようになると云う筋書きです。

 ナニもかもステファン王が原因だったのか。
 まぁ、ステファンの方にも言い分があるのは判りますがね。薬を盛ってマレフィセントを眠らせ、刺し殺そうとしますが、そこまで非道は出来ない。代わりにマレフィセント自慢の翼を切り取って(なんてことしやがる!)、翼だけ見せて「殺してきました」と報告し、まんまと王位をせしめます。
 ステファンとしては「殺さなかった分だけ感謝してもらいたい」と云いたいようですが、それで女性の側が納得するとでも思っているのか。
 目が覚めると背中の翼がバッサリ切除されていると知ったときのアンジョリ姐さんの悲壮な泣き顔は忘れ難いです。これは明らかに女性のレイプを暗喩していますね。

 かくして黒衣に身を包んだ魔女マレフィセントの誕生となります。アンジョリ姐さんのなりきり演技は誠にお見事デス。杖をついて歩いているのも、翼を切除されたからだと理由が与えられているのも巧い。
 そして王となったステファンが妻を娶り、女児まで誕生したと聞いて、黙っていられなくなる。
 ここから先はアニメ版と同じ展開になりますが、解釈が違うので同じ場面でも受ける印象が全く違うように演出されています。
 激情に駆られて赤ん坊に呪いを掛けてしまい、ステファンとの友情も決定的にこじれて破綻してしまう。まぁ、どう見てもステファン王の自業自得です。決まった展開とは云え、ステファンももう少し穏当なやり方を思いつかなかったものか。すべては後の祭りですが。

 しかしアンジョリ姐さんの方も、赤ん坊に呪いを掛けてしまったが、罪があるのは赤ん坊ではないと思い至ったのか、その後は隠れながらオーロラ姫の身辺を見守り続けております。まったく素直ではありませんが、カラスに指摘されても認めようとはしません。ツンデレですね。
 そのうちどんどん情も移り、育っていく女の子からは「妖精のゴッドマザーね」と慕われ、抜き差しならなくなっていく。
 実は何度も掛けた呪いを解除しようと悪戦苦闘していたと明かされますが、一度かけた呪いはどうしても解除できない。ただひとつ「真実の愛のキス」──ディズニー定番の設定ね──を除いては。

 男に裏切られ、「真実の愛などあるものか」と嘯きながら、実は誰よりもそれを欲していたという逆説的な設定が哀しいです。しかしそうこうするうちに十五年が瞬く間に過ぎ去り、オーロラ姫の「十六歳の誕生日」がやって来る。
 そしてやっとフィリップ王子の登場となりますが、最近のディズニーは「運命の恋」を全否定しておりますので、一目惚れに奇蹟の力など宿りません。
 オーロラ姫にかけられた呪いは止められず、姫は永遠の眠りについてしまう。フィリップ王子のキスでも目が覚めない(あんな軽いキスではねえ)。
 途方に暮れたマレフィセントは、せめてこの上は「貴方を永遠に守り続けるわ」と姫の額にキスをする。しかしたったそれだけで呪いが解けてしまう。オデコへのキスだけで!

 誠に「真実の愛」とは偉大であり、男女の愛だけに限るものでは無いと云う主張が『アナと雪の女王』(2014年)と同じですね。本作の場合は姉妹愛に代わって、母性愛になるわけですが、血縁関係がないのにそれでも「真実の愛」が宿るあたり、更に強力な主張です。
 しかし、云わんとすることは理解できますが、それでいいのかしら。
 立て続けに「運命の恋」を否定しまくっているので、次回あたりには正統派というか、王道に戻ったストーリーも観てみたいのですけどねえ。
 とりあえずステファン王には天誅が下り、オーロラ姫は王国と妖精の森の両方を受け継ぐハッピーエンド。これのどこが『眠りの森の美女』なのか異論のある方もおられましょうが、アンジョリ姐さんの神々しいお姿で全て許しましょう。ここまで改変されると、いっそ清々しいデスわ。




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