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2014年7月25日金曜日

エスケイプ・フロム・トゥモロー

(Escape from Tomorrow)

 フロリダのディズニー・ワールド・リゾートを背景に繰り広げられる幻想的なホラー映画と云うか、ダークなファンタジー映画で、昨年(2013年)のサンダンス映画祭で上映されるや問題作として注目を集めた、ちょっとアブない映画です。
 どこがアブないかと云うと、背景がディズニー・ワールド・リゾートであるのがアブない。ほぼ全編、無許可によるゲリラ撮影でロケが敢行された作品で、劇中には有名アトラクションや有名キャラクターが実名でガンガン登場しております。もう、ディズニー社から訴えられても文句の言えないような作りです。
 本作の公式サイトには、それを売りにした「関係者が告訴されずにいる日数カウンタ」が設置されているのも悪趣味ですね。
 奇蹟的に告訴されないまま、公開後も半年以上が経過しているようで、このまま記録更新されていくのか気になるところです。

 この「究極のゲリラムービー」を撮ったのは、本作がデュー作になるランディ・ムーア監督。脚本も監督自身。新人でなければ出来ないような無茶をしております。
 ゲリラ撮影なので本格的な機材は使用できず、基本は隠し撮り。キヤノン製のデジタル一眼レフカメラとオリンパス製の超小型ポケットレコーダーが活躍したそうで、日本製品の技術の高さがこんなところで発揮されるとは、ちょっと嬉しいデス(でも良い子はなるべく真似しない方がいいよね)。
 新人監督のデビュー作なので、低予算なのは当然。出演している俳優さん達も、ほとんど馴染みがありません。主にTVドラマで活躍されているような方達ですし、あまり映画出演には馴染みがないようです(あってもかなりの脇役のようですし)。

 配役とスタッフの中で一番有名なのは、本作の音楽を担当したアベル・コルゼニオフスキーでしょうか。ゴールデングローブ賞に二度ノミネートされている作曲家ですし、携わった作品も、トム・フォード監督の『シングルマン』(2009年)とか、マドンナが監督した『ウォリスとエドワード/英国王冠をかけた恋』(2011年)といった日本公開もされて、それなりに評判になった作品がありますから。本作でもなかなか壮大なスコアを聴かせてくれます。
 しかし起用の理由は、監督の知己だったからだそうな。
 音楽のアベル・コルゼニオフスキーが一番有名だろうと云うあたりで、他はほぼ全員が無名であると云い切って差し支えありますまい。

 本作はモノクロ作品です。モノクロの作品が新人監督のデビュー作であると云うのは、割とよく見かけるスタイルですね。近年でもドイツ映画の『コーヒーをめぐる冒険』(2013年)なんてのを思い起こします。
 また、色彩がない分、陰影が強調され、現実のディズニー・ワールドとは思えない、ちょっと悪夢的な印象も醸し出してくれます。楽しかるべきディズニーランドのキャラクターも、単なるツクリモノである側面が強調され、実に不気味です。人形に陰を付けてモノクロで撮ると、大体は不気味に見えてしまうものですが、それがディズニーのキャラクターであるので、尚更です。

 特に劇中に登場する「くまのプーさん」のキャラクター達や、「イッツ・ア・スモールワールド」の人形がコワイ。しかも後者にはCGによる効果が付け加えられて、人形の表情が瞬間的に邪悪なものに見えたりします。
 もう怖がるより先に、そんなことしてエエんかいな、訴えられないかしらと心配になってしまいました。ナンカ別の意味でドキドキします。

 モノクロで、監督デビュー作で、不気味かつシュールな作品と云うと、デヴィッド・リンチ監督の『イレイザーヘッド』(1977年)を思い出します。本作はあそこまで難解なストーリーではありませんが、カルトな代物であることは間違いないでしょう。いずれランディ・ムーア監督がビッグになった暁には、本作はカルト・ムービーとして名を馳せることになるのではないでしょうか。
 監督が訴えられて公開中止になったり、ビデオ・リリースが差し止めになったりする可能性もあるし、その時には「劇場公開時に本作を観た」と云うのがマニアの間でステータスに……ならんかな。
 まぁ、わざわざ劇場に足を運んで鑑賞したことに、呆れられつつ称賛されるかも知れません。

 ともあれ、夢と希望が売り物のディズニーランドで、シュールかつ悪夢的な内容のストーリーが展開するあたり、絶対にディズニー社の許可なんぞ下りたりしないと確信できるので、ゲリラ撮影もやむを得ないでしょうか。その上、本作にはエロとグロとバイオレンスも含まれておりますので、尚更デスねえ。
 案の定、PG12指定も喰らっております。
 セクシーなお姉さんにティンカーベルのコスプレをさせて、ちょっとエロい妖精にするだけならまだいいが、劇中では女性がトップレスになったり、登場人物がゲロを吐いたり、血を吐いたり、SMプレイしたりと、悪趣味なシーンもありますので仕方ない。

 しかしストーリー自体は、割と「よくあるネタ」と申しますか、人生に煮詰まった中年男が、過剰なストレスから妄想を炸裂させた挙げ句の果てに暴走し、己が身を滅ぼすと云う展開でして、理解できないほど難解ではありません。デヴィッド・リンチ監督作品のように常人がついて行けないほどブッ飛んでいるわけではないです。
 逆に、ムーア監督の理性的かつ論理的な感性が作品の随所に伺われます。
 その最たるものが、徹底的なロケハンでしょう。突撃ゲリラ撮影だけでは決して本作のような映像は撮ることは出来ないと思います。

 何度も何度もディズニー・ワールドを訪れ、撮影ポイントや時間帯を細かくチェックした上で、綿密な計画に則って撮影を敢行していると監督も語っておられますし。きっと制作費のかなりの部分が入園料に消えたことでしょう。ロケハン中のスタッフは熱烈なリピーターも顔負けだったに違いない。
 だから単なる無許可撮影では得られないような興味深い景観も拝めます。
 例えば、園内が突然、無人になるシーンなどは、フツーに入園して盗撮しているだけでは得られない景観でしょう。瞬間的に「誰も通りかからない」場所があると確認するのに、どれほどの手間を掛けたのか。あるいは開園直後に走って一番乗りして撮影したのか(その為の苦労も並大抵では無いでしょう)。

 逆に、そういう場面があるので「実はディズニー社が裏で協力してあげているのではないか」とさえ思えます。まぁ、自社のイメージを著しく損なうような企画に協力する筈も無いか。
 他にも、何度か背景を合成していると思しき場面もあって、ゲリラ撮影だけでは難しい場面も(特に夜間のパレードや花火を背景にしたときには)、何とか乗り切っています。
 モノクロ作品であるので、さほど合成も違和感なく感じられるのが巧いですね。

 さて、家族連れでディズニー・ワールドを訪れることは父親にとっては非常なストレスである、と云うのはよく判ることです。仕事で疲れた身体にむち打って家族サービスに努めるパパは大変なのである(この部分だけでも身につまされます)。
 特に精神的に追い詰められているとあれば尚のこと。
 家族でディズニー・ワールドのオフィシャルホテルに投宿し、朝一番から行楽に出かける予定の早朝、主人公ジム(ロイ・エイブラムソン)は解雇通知を受け取る。
 ケータイの通話一本で解雇を伝えてくると云うのも厳しすぎますが、おかげで楽しかるべき行楽の一日がまったく楽しくない、鬱々と気の晴れない一日になる。今日を楽しみにしていた妻子に伝えるのも憚られるが、黙っていることでストレスはますます強くなっていく。

 こういう時に、イタズラ盛りのお子様がはしゃぎ回って、疲れた父親はますます精神的に煮詰まっていくと云う悪循環。上の空でいると奥さんから文句を云われ、逃避したくて若い女性に視線を注いでいると更に奥さんとの関係が悪化していく。負のスパイラル状態。
 かくして現実逃避の妄想は更に激しくなるが、訪れた場所がディズニー・ワールドであるのも不味かった。何しろここは「夢が叶う場所」である。
 疲れた中年男の妄想もまた叶えられ、虚実交錯する悪夢のような一日が始まるのだった。

 ここで描かれるのがフロリダのディズニー・ワールド・リゾートですが、ここは主に四つのパークで構成されているのだそうな(行ったことないものでよく存じませんでした)。
 曰く、「マジックキングダム」、「アニマルキングダム」、「エプコット」、「ハリウッドスタジオ」の四種類。
 本作で描かれる──盗撮される──背景となるのは、その中のひとつ「エプコット」です。
 エプコットとは「実験未来都市(“Experimental Prototype Community of Tomorrow”)」の略称だそうで、科学的かつ未来的なアトラクションが売り物のパークのようです。特にエプコットのシンボルなのが、「スペースシップ・アース」と呼ばれる建物。
 直径五〇メートルの巨大な銀色の球体で、表面は三角形のアルミパネルで凸凹している幾何学的な建造物(内部はライド系のアトラクションだそうな)。このデザインは実に印象的です。

 本作では、スペースシップ・アース館の地下には怪しげなコントロール・センターがあって、人間の脳内をモニターしていると云われております。主人公が建物の外観を模した奇怪なヘルメットを被せられる場面が気色悪い。本作のキービジュアルの一つにもなっています。
 モノクロである上に、非常にシュールなデザインのビジュアルは、フランスのSF映画のような感じもします。ここは数少ない「セットで撮影」された場面です。低予算なので、ガジェットも簡潔です。
 セットの他に、ミニチュアで撮影された場面もあって、劇中ではこの「悪の巣窟(笑)であるスペースシップ・アース館」が爆発して粉々になるシーンも登場します。もう、好き勝手やってます。怖いもの知らずというか何と云うか。

 しかし妄想が炸裂するといっても、疲れた中年男性の妄想が主にエロであるのは万国共通ですね。
 園内で見かけた若い女性が、妙に自分に気がある素振りを見せたりするのは、そりゃ勝手な思い込みでしょう。同じ日に園内をぐるぐる回っていれば、何度かニアミスするのも偶然の範疇であるように思われますが、主人公はそこに何らかの意図を(勝手に)読み取ってしまう。
 そうやって妄想に耽っているうちに、自分の子供が迷子になりかけたり、それをまた奥さんに責められたりするので、半ば自業自得的な側面もあります。更に、園内で手に入るアルコール飲料を片っ端から飲んでいくので、次第に悪酔いして手が付けられなくなっていく。
 如何にストレスがかかっているとは云え、格好悪いパパでちょっと情けないデス。
 
 そして妄想の行き着く先が「人生のリセット」であると云うのもよく判るハナシですが、本作の主人公の場合はちょっと屈折しております。どこからヒネリ出してきたものか、ディズニー・ワールドでは謎の奇病「猫インフルエンザ」が流行しているのだと云う。
 感染者は瞳がネコ目になって、一晩で毛玉と血を盛大に吐いて死に至る怖ろしい奇病。
 実はディズニー側は感染者をこの世から葬り去り、キャスト総出で証拠隠滅を図っているのだと描かれております。そして主人公も謎の奇病によって命を落とす。

 自分をこの世から葬り去り、その痕跡はディズニー側が総力を挙げて隠滅してくれる。勿論、遺された家族へのフォローも、きちんと怠りなし。
 そうして自分の遺体がホテルから密かに運び出されるのと入れ違いに、新たな自分が妄想の中で出会った美女と一緒に(可愛らしい娘も連れて)、幸せな家族連れとしてホテルにチェックインすると云うラストシーン。
 ディズニー・ワールドでは、どんな夢も、妄想も、叶ってしまうのであると云う、ある意味ではこれ以上ないくらいにディズニーをリスペクトしているようなエンディングです。
 しかし相当に自分勝手な妄想につき合わされた九〇分で、背景がディズニー・ワールドでなければ半分も面白くないストーリーでしょう。これは脚本と云うよりも企画の勝利と云うべきなんでしょうか。




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