2014年7月4日金曜日

オール・ユー・ニード・イズ・キル

(Edge of Tomorrow)

 日本のSF小説がハリウッドで映画化されるというのは、SF者にとっては夢のような出来事です。しかもラノベですよ──と書くと「ラノベ差別だ」と云われかねませんですね。実は出版された当初(2004年12月)は、まったくスルーしておりました。
 しかしこの原作小説、『All You Need Is Kill』は翌年の二〇〇五年の星雲賞候補(日本長編部門)に、神林長平の『膚の下』、小川一水の『復活の地』、有川浩の『空の中』などと一緒にノミネートされておりました(受賞したのは笹本祐一の『ARIEL』でしたが)。
 しかしその時点でも私はスルーしまくり、そのまま半年ばかりが経過し、ガイド本『2006年版 SFが読みたい!』(早川書房)の国内編で十二位を獲得しているのを見て、初めて目に留めたという次第です(我ながら遅すぎる)。

 作者の桜坂洋も知らない作家ではありませんでしたが、時々、桜庭一樹と混同していたことは秘密デス。
 ちなみに「SFマガジン読者が選ぶベストSF2005」では、国内篇第三位でして、そちらの方の評価が自分には近いでしょうか。一位が小川一水の『老ヴォールの惑星』、二位が新城カズマの『サマー/タイム/トラベラー』でしたからね。

 だったら早く読めば良いのに、スルーしまくった挙げ句、ようやくガイド本の書評が好意的に書かれているのを目にしてからその気になるとは、今から考えると遅きに失しますな(あの頃の俺のバカ)。
 もう一つ白状すると、『All You Need Is Kill』が、SF者には馴染み深いハヤカワSF文庫でも、東京創元文庫でもなく、集英社スーパーダッシュ文庫から出版されていたのも、手に取るのが遅れた原因であります。当時、書店のラノベのコーナーでも集英社スーパーダッシュ文庫はあまり見かけることが少なく、その上「所詮はスーパーダッシュ文庫でしょお」などと云う偏見があったことも手伝って……。
 結果、都心の大型書店を廻ってようやく見つけ、半信半疑で読み始め、ものの数ページで己の不明を恥じ、読了後はこれが国内編十二位と云う評価は低すぎると感じるに至りました(集英社の皆さん、ごめんなさいごめんなさい)。

 同じガイド本ではスーパーダッシュ文庫からもうひとつ、山形石雄の『戦う司書と恋する爆弾』も推薦されていたので、一緒に買って読んだのでした(こっちは後にアニメ化されましたね)。
 まったく集英社スーパーダッシュ文庫は侮れん。
 今や、『All You Need Is Kill』は映画化のおかげで、書店で山のように平積みされていますね。十年前の出版時には考えられなかった光景です。表紙がトム・クルーズになっているのが御愛敬ですけど(本来の表紙を隠してしまうくらい大きな帯は如何なものか)。

 それにしても本当にトム・クルーズ主演で映画化されるとは、思いませんでした。海外に映画化権が売れたと報じられたことは存じておりましたが、これまた「ホントに映画化されるのかいな」と半信半疑でありました。どうせどこかでポシャッてしまうのではと思ってました。
 しかしそれが監督ダグ・リーマンで、トム・クルーズ主演と云う、とんでもないSFアクション大作に化けてしまいました。これはホントに凄いわ。

 日本のコンテンツがハリウッドで映像化されると云うのは、今までも何度かありましたが、期待はことごとく裏切られ続けてきましたよね。ハリウッド版ウルトラマンとか、ハリウッド版ガンダムとか、ハリウッド版北斗の拳とか、ハリウッド版ドラゴンボールとか……。
 最近はそうでもないのか。『GODZILLA』(2014年)とかもありますし。
 それにラノベが大作映画になると云うのも、近年よく見る傾向ではありますね。〈トワイライト〉シリーズとか、〈ハンガー・ゲーム〉シリーズとか。『シャドウハンター』(2014年)なんてのもありました。

 映画化に際しては原作の題名が『All You Need Is Kill』と、最初から英語になっていたのに、“Edge of Tomorrow” になってしまったのが解せぬところですが、やはりビートルズのもじりはイカンのでしょうか。
 設定も色々と変更され、舞台となる背景も千葉県房総半島からヨーロッパに移され、主人公の名前も、トム・クルーズが演じやすいように「キリヤ・ケイジ」から「ウィリアム・ケイジ」と欧米ぽく変更され(名前を苗字にして残すのがイイ)、階級も最初から少佐になりました。
 ヒロインのリタ・ヴラタスキも、エミリー・ブラントが演じることになって、ちょっと年上のお姉さんなイメージになってしまいましたが(どう見ても十九歳じゃないよね)、自分よりも図体のでかい猛者共を従えて戦場に乗り込んでくるあたりは原作のままな印象です。
 まぁ、些細な変更箇所は多々あれど、大筋が同じなので『All You Need Is Kill』らしいところがちゃんと残されているのが巧いですね。

 敵エイリアンの名称も映画化に際して消えてしまったように思われますが、字幕では原作通り「ギタイ」と表記されています。耳で聴く限りでは、誰も「ギタイ」とは発声していないようなのですが、これは日本向けの配慮なのでしょうか。
 〈ギタイ〉については、ビジュアル面でも変更というか強化が図られており、原作では棘皮生物が変異したような姿と描写されていたので、ウニかヒトデぽい姿を想像しておりましたが、CG全開の何が何だか判らない生物になりました。とにかくスピーディでよく動き、触手の塊のようで、変幻自在に形を変えて襲ってくるように見えます。これはなかなか怖い。

 兵士が装着する機動ジャケットも、リアルな軍用アシスト・スーツと云った趣になっていて、イマドキのパワードスーツらしいデザインです。生身が剥き出しのところがいいですね。こういうデザインだったなら、ポール・バーホーベン監督も『スターシップ・トゥルーパーズ』(1997年)で採用してくれたのだろうかとチラリと考えてしまいました。
 両肩に武装をマウントするアームが付いているのが、日本のアニメぽいデザインです。
 このあたりはメカデザインが原作よりグレードアップしているように見受けられます。ホント云うとパイルバンカー兵装も観てみたかったのですが、あまり贅沢は云うまい。
 機動スーツの音声マニュアルが日本語で流れたりする場面にも日本への配慮を感じます。

 敵エイリアン〈ギタイ〉の進攻により、ヨーロッパ大陸が制圧されてしまい、反攻する人類軍がイギリスから出撃していき、フランスの沿岸で一大上陸作戦を繰り広げると云う筋が、あからさまに第二次世界大戦を模しておりますが、欧米人には問答無用でアピールするのでしょう。少なくとも「千葉県房総半島で敵の上陸を阻止する戦い」よりは判り易いでしょうか。
 今年(2014年)は「ノルマンディー上陸作戦七〇周年」に当たるので、それに合わせた変更なのだなと察せられます。巧いこと考えたものデス。

 イギリスが前半の舞台なので、本作ではヒースロー空港が軍事拠点と化した近未来が描かれており、本物と見紛うばかりのリアルなセットがお見事です。
 しかしヒースロー空港はセットでしたが、トム・クルーズがヘリに乗ってトラファルガー広場に着陸して司令部に出頭する登場シーンは、本物のトラファルガー広場でロケされたそうな。確かにリアルでしたが、よくそんなロケが許可されたものだと感心します。
 後半になると、パリ市内の水没したルーブル美術館なども登場し、メカデザインのみならず、背景美術も気合い入りまくりなのが伺えます。
 もはやどの辺が「日本のラノベが原作」なのか判りません。

 シチュエーションの変更は色々あれど、本筋は変わりなし。
 ストーリーは最近のSF映画ではジャンルとして確立された感のある「時間ループ」ものです。原作小説が発表された十年前には、まだ珍しくて「ありそうでなかった時間SF」と評されていたのに、いつの間にやら「また時間ループものか」と云われるようになってしまいました。
 ダンカン・ジョーンズ監督のSFサスペンス『ミッション : 8ミニッツ』(2011年)がまさに本作と同じ「時間ループ」ものでありまして、あれを観たときにまさに『All You Need Is Kill』ぽい展開であると思ったことを覚えております。あるいはハロルド・ライミス監督の『恋はデジャ・ブ』(1993年)とか。
 他にも、日本のアニメには思い当たるものが幾つもありますねえ。

 圧倒的に優勢な敵エイリアンは、実は時間を遡って常に失敗しない選択を繰り返しながら侵攻していたわけで、たまたま最初に主人公はその能力の発動に巻き込まれ、同じ能力を得てしまう。
 以来、主人公は同じ一日を繰り返す。戦っては死に、戦っては死にを繰り返し、やがて「その一日」のエキスパートとなる。難易度の高いアクション・ゲームのステージを、繰り返し繰り返し飽きることなくプレイするゲーマーにも似て、遂には最短でステージをクリアするルートを見つけ出す。
 私も昔は『バイオハザード』のタイムアタックとか、何度も挑戦しましたねえ。
 繰り返す内に、最初はドジを踏んでいた箇所も、目を瞑っていても流れるような動作でクリアしてしまうトム・クルーズの動作が痛快です。
 次第に歴戦の勇士と化し、戦う男の面構えになっていくところが見どころであるので、逆に初登場時の妙にニヤケたチャラ男ぽい言動がちょっとあからさますぎて笑ってしまいましたけどね(あれはあれで珍しいか)。

 ダグ・リーマン監督は『フェア・ゲーム』(2010年)のようなサスペンス映画もよろしいのですが、やはり『ボーン・アイデンティティー』(2002年)や『ジャンパー』(2008年)のようなアクションものが好きです。
 特に『ジャンパー』はSFでもあり、作品のSF設定を活かした演出が素晴らしかったのを覚えております。本作でもそのセンスは遺憾なく発揮されておりまして、繰り返されるシチュエーションの省略の仕方が見事でした。
 でも時間ループものは、繰り返されるシチュエーションが見どころとは云え、演じている俳優さん達には苦行でしょうか。同じシーンばかり何度も何度も繰り返したり、少しずつ演技のバージョンを変えていくのは大変だったことでしょう。

 それにしても、毎度の事ながらトム・クルーズの五〇歳を越えているとはとても思えぬ鍛えた肉体には惚れ惚れしますな。
 鍛えた肉体と云えば、エミリー・ブラントもそうですね。本作ではエミリーは最初から歴戦の勇士として登場しますが、『アジャストメント』(2011年)とか、『砂漠でサーモン・フィッシング』(同年)などとは打って変わった印象に驚きました。トレーニングルームで腕立て伏せを楽々とこなす筋肉は凄いわー。
 トム・クルーズとエミリー・ブラント以外には、ビル・パクストンとブレンダン・グリーソンがおりました。戦闘部隊の鬼軍曹役がビル・パクストンで、ブレンダン・グリーソンは映画オリジナルの将軍役です。

 ところでラストシーンが、原作を改変したハッピーエンドなのはいいとしても、あの結末では、トムはやっぱり時間ループからは抜け出せていないのではないかと心配デス。だってオメガの体液を取り込んだままですからね。
 戦争が終結し、人類が勝利し、エミリーと幸せな未来に歩み出すのはいいとしても、そこから数十年が経過して幸福な人生の果てに御臨終を迎えた途端、いきなりまた若返ってトラファルガー広場に着陸するところまでリセットされるような気がしてならないのですが、そんなところにツッ込んではイカンですか。
 どうにもトム・クルーズ主演のSF映画は『オブリビオン』(2013年)といい、最後にツッコミ処を残すのがサービスなのかと疑ってしまいます(そんなことを考えるのはヒネたSF者だけか)。

 しかしこうして本当に桜坂洋の『All You Need Is Kill』が映画化されたとなると、他の企画も気になりますねえ。
 日本のSF小説としては、小川一水の『時砂の王』や、冲方丁の『マルドゥック・スクランブル』もハリウッドで映画化されると聞いた憶えがありますが、どうなることか。アニメの実写化よりもスリリングであります。まぁ、『マルドゥック・スクランブル』は先にアニメ化されましたが。
 本作は例外だと云われるようなことになりませんように。




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