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2013年8月29日木曜日

ホワイトハウス・ダウン

(White House Down)

 アメリカ合衆国大統領官邸が武装集団に占拠されると云う、『エンド・オブ・ホワイトハウス』(2013年)と同じネタのアクション・スリラー映画です。監督はローランド・エメリッヒ。
 ローランド・エメリッヒ監督と云えば、『インデペンデンス・デイ』(1996年)でド派手にホワイトハウスを破壊してくれたお方ですが、その後もディザスター・ムービーの巨匠として『デイ・アフター・トゥモロー』(2004年)とか『2012』(2009年)と、破壊の限りを尽くしてくれました。今回の標的はもう一度、ホワイトハウスです(初心に返ったか)。
 やはりエメリッヒ監督はこの手の映画の方が手慣れているのでしょう。前作『もうひとりのシェイクスピア』(2011年)は何かの気の迷いだったのか。あるいは本当に「エメリッヒ別人説」が正しいのか。
 本作は、「いつものエメリッヒ監督作品」です。

 武装集団に単身で戦いを挑む主人公がチャニング・テイタム。『G.I.ジョー バック 2 リベンジ』(2013年)では早々に殉職されましたが、本作では最後まで戦い抜きます。でも妙にイケメンで甘いマスクの所為か、戦う男の風貌には今ひとつ迫力が足りないような……。
 『親愛なるきみへ』(2010年)とか、『君への誓い』(2012年)といった恋愛モノの方が似合っているような気がするのですが。女性ファンは喜ぶのでしょうか。
 いや、頑張ってダイ・ハードしてくれてはいるのですが。と云うか、本作はエメリッヒ版『ダイ・ハード』といった趣で、最初はスーツ姿だったチャニング・テイタムが、いつの間にやら「タンクトップのシャツ一丁」になってワイルドに戦ってくれてます。でも、余りにもソックリなスタイルなので、ブルース・ウィリスのパロディのように見えてしまいました。

 孤立無援の戦いを強いられる男としては、『エンド・オブ・ホワイトハウス』のジェラルド・バトラーの方がオヤジ臭くて、似合っていましたかねえ。
 ネタがカブる以上、『エンド~』と比較されてしまうのは仕方がありませんが、配役だけ見ていくとなかなか面白いデス。やはり同じような役職の人が登場しますからね。

 まずは大統領。『エンド~』では、アーロン・エッカートでしたが、本作ではジェイミー・フォックスです。黒人大統領であるのが現代的ですが、あまり政治家ぽく無かったような(アクション映画だし、大統領も活躍するシーンもありますし)。
 ジェイミー・フォックスはアーロン・エッカートよりも能動的で、主役の片割れを担っております。人質になること無く、チャニング・テイタムと共にテロリストに戦いを挑んでいく。ここでもまた「戦う大統領」か。
 『インデペンデンス・デイ』でもそうでしたが、エメリッヒ監督も好きですねえ。

 テロリスト共を相手に大統領が戦うと云うと、ウォルフガング・ペーターゼン監督の『エアフォース・ワン』(1997年)もありましたか(あちらはハリソン・フォード大統領でしたね)。
 本作は、戦う大統領を描くアメリカ万歳な国威発揚映画の系譜に連なるものです。
 ペーターゼン監督と云い、エメリッヒ監督と云い、やはり国威発揚映画を撮らせてはドイツ人監督の右に出る者はいないのか(ちょっとヤバいデスカ)。

 ホワイトハウス制圧後、ペンタゴンで対策チームの指揮を執るのが下院議長であると云うのも双方に共通しております。『エンド~』では、モーガン・フリーマンだった下院議長が、本作ではリチャード・ジェンキンスです。これはどちらも名優ですし、甲乙付け難い。
 『エンド~』に於いて、下院議長をサポートしていたシークレットサービス長官はアンジェラ・バセットでした。本作では、マギー・ギレンホールがこれに相当します(長官役ではないけれど)。

 閣僚としては、『エンド~』には国防長官役でメリッサ・レオが出演しておりましたが、本作では特に他の閣僚は登場しません。副大統領役でマイケル・マーフィが登場するくらい(あまり出番は多くない)ですし、メリッサ・レオほどの熱演はありません。
 あとは、武装集団を指揮する敵役が、『エンド~』ではリック・ユーンでしたが、本作ではジェームズ・ウッズです。これは貫禄の差でしょう。ウッズの方が凄みがあります(ああ、でもかなり老けておられる)。

 ジェームズ・ウッズはシークレットサービス長官の役で、ホワイトハウス制圧にはやはり内部の者が犯行に手を貸していたという筋書きです。止むに止まれず部下と同僚を裏切る非情の男であり、覚悟を決めた確信犯の演技は素晴らしいです。
 序盤の、任期満了となり最後の登庁日となる朝に、中東に派兵された息子の写真を見つめて、思い詰めた表情でスーツから国旗の記章を外すウッズの演技が、印象的です。特に台詞が無くても、写真の構図やウッズの目の表情から、息子が戦死しているとか、これからよからぬ事を始めるつもりでいるのが判ります。

 総じて、配役的には本作よりも『エンド~』の方が勝っているのですが、内容的にはどうでしょう。本作の方が良く出来ていたと思われるのですが。
 やはり北朝鮮テロリストに占拠されるストーリーよりも、中東和平に貢献する大統領に国内の軍産複合体が横槍を入れるストーリーの方がありそうだと思われます(五十歩百歩かしら)。
 可能なら『エンド~』の配役を使って、本作を製作して戴くのが一番良かったのでは無いかと思いマス(ジェームズ・ウッズだけは残してね)。

 ホワイトハウスの様々な歴史的なトリビアや、興味深い施設の構造を駆使しながらストーリーが進展するのはどちらも同じなのですが、本作の方がよりバラエティに富んでいたように思われました。敷地内にある様々なものを積極的に活用していこうという脚本では本作の方に軍配を上げたい。
 おかげでホワイトハウスの敷地内でカーチェイスまで行われます。かなり無茶な展開ではありますが、大統領専用車の防弾仕様が遺憾なく発揮され、これはこれで興味深い。まぁ、ジェイミー・フォックス大統領がロケットランチャーをぶっ放す場面は、ちょっとヤリスギな感じはしますが(笑)。

 伏線の張り方も本作の方が巧いです。特に、序盤のチャニング・テイタムの娘役のジョーイ・キングがチアリーディングの発表会で「旗振りの役だった」と云うところまで活用してくれる展開には感心しました。
 ジョーイ・キングちゃんは『オズ はじまりの戦い』(2013年)では、車イスの少女役とセトモノ少女(の声)の二役を演じておられましたが、なかなか将来有望な子役ですね。

 しかし全体的にストーリーが『ダイ・ハード』であったり、お約束の設定が臆面も無く披露されるのは確信的だとしても、あまりにもパターンな感じがします。
 まず主人公の境遇からしてそう。バツイチで、離婚した元妻が親権を持っている娘と定期的に面接していると云う設定。しかも「仕事にかまけて娘の発表会をスッぽかす」と云う定番のダメパパ描写。
 年頃の娘から次第に「パパはうざい」と疎んじられ、危機感を抱いている。
 アクション映画にアリガチと云うか、超テッパンな主人公の設定ですね。何故、こんな設定の映画ばかりになってしまうのか。そんなに離婚家庭や、子供との面接はポピュラーなのか。

 アクション映画で、独自設定の家庭の描写は手間が掛かるだけというのも判りますが、あまりにも代わり映えがしないと云うのも如何なものか。これでは主演がチャニング・テイタムでなくても、ベン・アフレックや、リーアム・ニーソンであっても、まったく差し支えないような。
 それにバツイチで、ティーンエイジの娘がいると云う設定にチャニング・テイタムだと、ちょっと若すぎるような気がするのですが……。いや、俳優の年齢的には問題ないのかも知れませぬが、見た目のイメージが父親ぽくないような。やはり恋愛モノのイメージが強すぎるのか、子持ちの男性と云う設定に違和感を感じてしまいます。
 同じ事はジェイミー・フォックスにも云えます。劇中では、二人が娘の扱いについての父親トークを交わす場面もありますが、双方ともに父親ぽくない。ジェイミー・フォックスの方は台詞で語られるだけで、娘との場面がない所為もありますでしょうか。序盤に大統領一家の描写でもチラリと入っていれば、多少は父親ぽく感じられたのではないかと思いマス。

 そこをスルーすれば、攻撃ヘリがワシンシン市街地を低空で飛んだり(ちょっとCGがあからさま)、爆発炎上してホワイトハウスがほぼ全壊したりする見せ場も迫力ありますし、組織の黒幕についても脚本がヒネってあったりとか、緊迫した場面であるのに妙にユーモアを交えた演出が入っていたりとかして、面白いのですが。
 また、スマホを駆使して動画を撮影し、その場でネット上にアップするといった現代的なIT機器の使われ方がストーリーに取り込まれているのも巧いです。きっと一昔前の人が本作を観たら、ナニしてるのかよく判らない場面もあるのでしょうねえ。

 その一方で、スマホをマナーモードにしておかなかったから、思わぬ時に音を立ててピンチになるといったお約束の場面もあります。この手の演出は『ダイハード2』(1990年)のポケベルの頃から変わらないです。
 また、人質の中に娘が含まれていて、テロリスト達にそれと気付かれると主人公の立場が不味いことになるのに、マスコミの先走った報道が籠城中のテロリストの知るところとなる、と云うのもお約束です。

 興味深いのは、大統領の権限委譲についての手続きが劇中で何度も描かれるところです。
 最初はホワイトハウスが制圧され、大統領の生存が確認出来なくなったとき、副大統領に権限が委譲される。その後、ホワイトハウスから防衛システムをハッキングしたテロリストが、退避中の副大統領機を撃墜し、今度は下院議員議長に権限が委譲される。
 トコロテン式に大統領権限が委譲されていき、その都度、核ミサイルの発射コードが変更されていく。
 実はそれもまたテロリスト達の周到な計画の一部であったというのがお見事でした。

 クライマックスは覚悟を決めたジェームズ・ウッズが核ミサイルの発射ボタンに手をかけようとするところを、チャニング・テイタムが阻止せんと突入する場面。ジェームズ・ウッズが公然と、ミサイルの標的にイランの諸都市を設定していくのですが、そんなあからさまに他国の実在する都市名を挙げていってエエんですか(如何にアメリカとイランの関係が芳しくないとしても)。
 ストーリーの設定上、ウッズの息子はイランで命を落としており、そのことで大統領に遺恨があるとは語られますが、まさか本当に「イランを地図上から消してしまう」のが目的だったのとは。

 息子を亡くした父親の恨みとはかくも凄まじいものか。ジェームズ・ウッズの迫真の演技ですねえ。間一髪で発射は阻止されるわけですが(イランはチャニング・テイタムに救われたのか)、そこでドラマが終わるわけではありません。
 一件落着と思われた後に、真の黒幕とその目的が明らかになる。二段オチの脚本です。
 そして万事メデタシな超お約束的ハッピーエンド。チャニング・テイタムの父権も見事に復活。
 ホワイトハウスと云う題材が目新しいところでありますが、基本路線は驚くほど『ダイ・ハード』的で、黄金のパターンなアクション映画でした。こういうのは意外性がない方がいいのかしら。




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