2013年7月1日月曜日

インポッシブル

(Lo Imposible)

 二〇〇四年末のクリスマス休暇にタイの観光地プーケット島を訪れ、スマトラ島沖地震で発生した津波災害に遭遇した実在の一家の経験に基づく人間ドラマです。
 ユアン・マクレガーとナオミ・ワッツの夫婦に、トム・ホランドを始めとする三人の男の子がいる五人家族。特に母親役であるナオミ・ワッツと、長男役のトム・ホランドの演技が素晴らしい。

 ナオミ・ワッツは本作で今年(2013年・第85回)のアカデミー賞に於いて、主演女優賞にノミネートされました。残念ながら受賞は逸してしまいましたが──受賞は『世界にひとつのプレイブック』のジェニファー・ローレンス──、ノミネートも納得の演技でした。
 一応、主演女優賞候補の五作はすべて鑑賞いたしましたが、いずれも甲乙付け難い。個人的には、やはりイチオシは『ゼロ・ダーク・サーティ』のジェシカ・チャステインですが、ナオミ・ワッツが次点です(個人的にね)。
 と云うか、本作はスペイン映画であるにも関わらず、アカデミー賞外国語映画賞の枠を越えて主要部門へノミネートされたのが凄いデスね(台詞は英語とタイ語ですから)。同じ事はフランス・ドイツ・オーストリア合作映画『愛、アムール』のエマニュエル・リバにも云えますが。

 監督はスペインの新鋭、フアン・アントニオ・バヨナ。『永遠のこどもたち』(2008年)に続いて二作目の監督作品ですが、新人とは思えぬ手腕です。
 実は『永遠のこどもたち』はスルーしておりまして(評判いいのに)、本作が初バヨナ作品。
 音楽も『永遠のこどもたち』と同じく、フェルナンド・ベラスケスだそうで、静かなピアノの劇伴が印象的でした。弦楽器を使った不安を煽るようなテーマもゾクゾクしますが。
 実は製作スタッフのかなりの部分が前作と同じであるそうな。

 冒頭のタイ到着の場面から津波発生までの場面が、平和で牧歌的です。
 特にプーケット島のビーチ・リゾート、カオラックの景観がトロピカルで美しいです。南国のコテージでのんびりと仕事を忘れてバカンス。クリスマスでも海水浴が出来るのが羨ましい。
 これから起こることが判っているだけに、序盤のシーンの静けさが逆に効果的です。
 クリスマスの夜に、海岸で宿泊客達が一斉に、紙製ランタンを空に上げる場面は、ディズニーのアニメ『塔の上のラプンツェル』(2010年)の一場面そのものと云った感じです。

 そして翌日、運命の一二月二六日。
 カオラックビーチは、タイ国内でも最大の被災地となったそうで、風光明媚な観光地であるだけに、その後の無残な描写はあまりにも衝撃的です。
 地震そのものはインドネシアのスマトラ島沖で発生しているので、タイのプーケットでは感じられるようなことはありませんが、劇中ではそれを予感させるような低音の効果音が実に不気味でありました。もう、フツーの潮騒の効果音からして、只ならぬものを感じてしまいます(心理的なものでしょうけど)。
 フツーにリゾート地の風景を映しながらも、観ている側は「いつ来るか。もう来るか」と緊張高めてしまいます。心臓に悪いッ。

 朝食後のひととき。ビーチに出て行く客もいれば、ホテルのプールで泳ぐものもいる。ユアンとナオミは子供達がまだ幼いこともあって、プールの方で泳いでおりましたが、結果的にはそれが良かったのか(大体、長男が中学生、次男が小学校高学年、三男が幼稚園児くらい)。
 津波の前に海岸から波が引いていく、と云うような描写は無く、プールサイドにいると突然、ソレが襲ってきます。海側に建ったコテージに遮られて、プールからは直接、ビーチを見ることは出来ない。
 したがって、何やら不穏な轟音が聞こえてきたかと思った途端に、海岸側のコテージの向こうでヤシの木が薙ぎ倒され、次いでコテージの屋根を乗り越えて激流が押し寄せてくる。

 母親は長男の元に駆け寄ろうとし、父親の方は次男と三男を抱えてプールから逃げだそうとしたところで、大量の水が頭から降り注いできて、何も見えなくなる。
 この津波のシーンは本当に凄まじいです。あまりにもリアル過ぎて、ちょっと前の日本じゃ絶対に上映延期にされてしまったであろうと思われます。
 クリント・イーストウッド監督の『ヒア アフター』(2010年)でさえ、公開打ちきりにされてしまいましたからね。本作の津波のシーンはあんなもんじゃ無いデスよ。
 勿論、CG合成された場面もありますが、可能な限り本物の水を使った撮影は迫力ありすぎです。

 『ヒア アフター』と比較すると、あの巨匠イーストウッドでさえ、水に呑まれたセシル・ドゥ・フランスの描写は、なんかファンタジーと云うか、音のない透明な水の中の世界で、たゆたうような演出になってしまったのに──臨死体験としての演出だったのでしょうが──、本作に於ける津波描写はソレよりも遥かにリアルで容赦無し。
 「濁流に呑まれる」と云うのは、こういうことか。
 韓国映画の『TSUNAMI ツナミ』(2009年)も、頑張ってはおりましたが、流れていく水の迫力は本作には及びませんですねえ。まず流されていく瓦礫や、車や、樹木といった物量が圧倒的に少ない。まぁ、それ以前に「メガ津波」と云う設定がアレでしたが……。

 本作に於ける津波の水位は、実はそんなに高くありません。人の背丈程度の水なのに、これほどまでに怖ろしいものかと観ていて戦慄を覚えました。こりゃ、実際に東日本大震災で津波を体験された方の鑑賞は控えられた方がよろしいのでは(いや、鑑賞を勧める人もいないでしょうけど)。
 流されるナオミ・ワッツの迫真の演技。もはや周囲一帯がすべて河と化し、何もかもが流されていく。この場面の撮影は本当に津波を再現して撮影したのかと見紛うばかりです。

 ここからしばらくは、ナオミ・ワッツとトム・ホランドの「母親と長男サイド」のストーリーになります。流されていく樹木で怪我をするのが観ていて痛い。濁流が更に血で染まるし。
 しかも流されていく進行方向から、津波の第二波が襲ってくるのが絶望的。よくあれで一命取り留めたものだと思います。
 津波が去った後でも水は引かず、どこにいるのかも判らず、無人の泥原が広がるばかり。
 気候が穏やかだったのがせめてもの救いです(あと原子力発電所も近くに無かったし)。
 被災地を俯瞰で映すショットがエゲツない。CGだと判っていても衝撃的です。

 現地の村人に救助され、言葉も判らないまま、どこかの病院へ搬送されるナオミ達。本作ではナオミ・ワッツのいつもの美貌は序盤のみで、ほぼ全編、顔中傷だらけで、泥まみれで、血まみれで、実に不健康です。おまけに時間経過と共に死相まで表れてくる。
 それでもナオミは、自分は大丈夫だから、誰かを助けてやりなさいと長男を促します。大した母親です(設定上、職業は医者だからか)。
 病院はもう混乱の極みにあり、野戦病院もさながら。怪我人ばかりでなく、行方不明になった家族を探す人達でもごった返している。

 ここで長男が人捜しのボランティアを始め、他者を助けることに否定的だった態度が、次第に変化していく過程が描かれております。
 自分の助力によって、ある家族が再会する場面を目の当たりにし、それが彼の生き方を変える出来事になる。他人の喜びを我が事のように感じられるようになるのは素晴らしい事です。
 本作では被災者たちが互いに助け合おうとする描写が随所に見受けられ、悲惨な状況の中でも光明を見い出す思いがいたしました。

 後半に入ると、今度はユアン・マクレガーによる「父親と次男、三男サイド」のストーリーが始まります。
 父親の方は怪我を免れましたが、行方不明の妻と長男を探さねばならない。だが幼い次男と三男を抱えて、こちらも動きが取れない。
 と云うか、よく全員無事だったものだと驚いてしまいます。あの津波に呑まれる場面で、これはもう父親たちは助かるまい、本作は母と長男のサバイバルのストーリーなのかと思ってしまいました(事前にストーリーを知らないまま観たら絶対、そう思いマスよ)。

 これはバヨナ監督の演出上の傾向なのでしょうか。ちょっとサスペンス調に傾いている演出でして、劇中では「ダメだったのか」と思わせておいて、「実は大丈夫でした」と云う描写が繰り返されております。
 いや、観客をドキドキハラハラさせたいと云うのは理解できますが、感動のヒューマンストーリーでそれを何度もやられましても困ります。これも心臓に悪いわ。

 そして今度はユアンの視線で、家族を探す遍歴が始まります。あちこちの避難所のみならず、遺体安置所をめぐりながら、必死に妻と長男の行方を捜すユアン。
 特に、外国の観光地で被災すると親戚に連絡するだけでも一苦労と云う描写が辛い。誰しも家族からの連絡を待って、ケータイのバッテリーは温存したいのが人情ですからね。貸してくれと云われても、断ってしまうのが一般的か。
 しかし中にはそれでも貸してくれる人がいる。バッテリーが尽きるかも知れないのに連絡しなさいとケータイを差し出してくれる。実に有り難いことです。
 そして、親戚に連絡を入れながら、妻と長男が行方不明だと泣き崩れるユアンを、周りの人達が支えてくれる。言葉の通じない外国で孤立した同国人同士、困ったときは相身互いであります。

 劇中でほんの少し気が休まるのは、父親が捜索に出ている間、二人きりで寄り添い合う幼い次男と三男に語りかけてくれる見知らぬ老婦人の場面でしょう。
 こんなところにジェラルディン・チャップリンがちらりと顔を出してくれています。

 クライマックスは、ナオミが収容された病院での場面。諦めずに探し続けるユアンがやって来る。
 しかし相変わらず戦場のような病院で、家族の行方を捜す人々でごった返しているから、簡単に探し当てることが出来ません。バヨナ監督は観客を焦らすのがお好きらしく、人混みの中でニアミスを繰り返しまくり。
 早く巡り合わせてやれよとジリジリした挙げ句、やっとのことで家族全員が再会。感動的ではありますが、焦らしすぎなのでは。

 本作は比較的短い期間のストーリーで、災害により離散した一家が再び再会するまでのドラマとなっておりますので、ここまでです。
 無事に一人も欠けることなく家族はめぐり逢い(奇蹟のようなハナシですが実話です)、母親も手術を何とか乗り切り、そろってタイを離れるところでエンド。
 しかし背景には、まだ家族を探し続ける人達が何人もおり、突然路上で泣き崩れる人もおり、依然として厳しい状況が続いていることが察せられます。
 あまり手放しでは喜べないビターなハッピーエンドですが、困難に際して互いに助け合う人々の姿に打たれる感動のドラマとしてお薦めしたいデス。


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