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2013年6月13日木曜日

ハル

(HAL)

 近未来の京都を舞台に描かれる、人間とアンドロイドのラブストーリーです。上映時間が、六〇分の中編アニメと云うのも珍しい。最近だと、新海誠監督の『言の葉の庭』(2013年)もありましたが、なかなか劇場公開まで出来る作品は少ないですねえ。
 しかし本作は、非常にクォリティの高い、良作でありました。ベタベタのラブストーリーは好みの分かれるところでありましょうが、背景美術の美しさはちょっとしたものですよ。

 製作が WIT STUDIO と云う、馴染みのない会社ですが、Production I.G から独立して、本作が初の劇場用アニメとなる作品なのだとか。
 監督もアニメーター出身で、これが初監督作品となる牧原亮太郎。アニメーター歴一〇年そこそこで監督に抜擢というだけあって、才能を感じます。是非、次回作は九〇分以上の長編アニメを観てみたいデス。
 一方、脚本は木皿泉。日テレのドラマの脚本をよく書かれておりますが、TVドラマは観ないからよく存じませんデス。それでも『野ブタ。をプロデュース』とか、『セクシーボイスアンドロボ』くらいなら、何回か観たことはあります。

 しかし本作のビジュアルがもう、ド直球の少女漫画でありますので、観ようかどうしようか迷うところではありました。
 キャラクター原案は、咲坂伊緒。『ストロボ・エッジ』とか、『アオハライド』なんて作品を描いておられる。いや、さっぱり読んだことないのですが、連載しているのが集英社の「別冊マーガレット」であると知って、何となく納得いたしました。画がいかにも「そういう感じ」のタッチです。
 別マかぁ。昔むかぁぁぁぁしに、私も別マを一時期読んでいたことがありました。あの頃は美内すずえが(げふんげふん)。

 とは云え、「ハル」と云う名がSF者にとっては馴染み深いネーミングではあります。
 勿論それはスタンリー・キューブリック監督の『二〇〇一年宇宙の旅』(1968年)に登場した人工知能、「HAL9000」でありますよね。でいじーでいじー。
 本作に於けるハルは、男性型のアンドロイドです。いや、元々の形式名は〈Q-01〉で「キューイチ」と呼ばれておりました(この形式名称を愛称にするやり方が、アイザック・アシモフの手法を思わせますねえ)。「ハル」と云うのは、人間の名前。勿論、日本人。
 男の名前だから、「晴」とか「陽」とか「遙」とか書くのでしょうか。それとも「波瑠」か。

 まず最初に飛行機事故があり、人間であるハルは亡くなってしまう。ハルの恋人、くるみはすっかり気力をなくしてしまい、生きる屍状態。特に、最後はケンカしたままだったと云うのが辛い。もう二度と仲直りは出来ないのだ。
 見かねたくるみの祖父(大木民夫)は、実家で使っていた人型ロボット「キューイチ」に、ある頼み事をする。
 人間になって、あのこを助けてやってくれ。お前ならあいつになることが出来る。

 それまでは、メカっぽい外見だったロボット「キューイチ」は大改造の末、人間そっくりのアンドロイド「ハル」となって、塞ぎ込んだくるみの前に派遣される。
 ストーリーは派遣された「ロボハル」の視点で語られていきます。ラブストーリーですので、小難しい「ロボット工学三原則」なんてのはナシです。
 割とすんなり人間社会に溶け込むし(日本人はロボットに驚くほど馴染みますよねえ)、感情表現もそれなりに細やかなところを最初から見せてくれます。

 しかしアンドロイドだと判っているので、尚のことくるみはハルの存在が許せない。恋人の姿を器用に真似ているだけのように感じられるし、何より「こちらを気遣う言動」が、プログラムされたものだと判っているので、有難みも何もない。
 ストーリーの持って行き方によっては、人間の感情や意思もまた、ある種のプログラムなのだろうかとか、ロボットに魂はあるのかとか、意識や感情の問題について、いくらでも深遠かつ哲学的に展開して行けそうにも思われますが、少女漫画はそんなことしませんです。

 ハルを演じているのは、細谷佳正です。現在進行中の『宇宙戦艦ヤマト2199』では、航空隊の加藤三郎隊長役です。青春バンパイアものの〈トワイライトシリーズ〉では、テイラー・ロートナーの吹替が定番ですね。
 本作では、ロボハル役と、回想シーンに登場する生前のハルの一人二役を演じております。
 朴訥なロボハルと、チョイ悪な感じの生前のハルの演じ分けが巧いです。

 恋人のくるみを演じるのは日笠陽子です。てへぺろ。勿論、『けいおん!』の秋山澪役が馴染み深い。先日は劇場版の『とある魔術の禁書目録/エンデュミオンの奇蹟』(2013年)で、非常に名前を呼びづらいヒロイン、シャットアウラ=セクウェンツィア役でした。
 本作のエンディングで流れる主題歌「終わらない詩」も歌っておられます。

 他には、生前のハルの不良仲間であるリュウを宮野真守が、ロボハルを支援してくれるケアセンターのドクターを辻親八が演じておりました。
 出来れば主要キャラの皆さんには全員、京都弁で喋って戴きたかったデス。

 近未来の京都が舞台ですが、特に未来ぽいところはあまりありません。アンドロイドが日常生活中にいるとか、身近な装飾品がハイテク化している(ウェアラブルコンピュータが浸透しているようです)くらいでしょうか。
 逆に、思いっきり昔ながらの「京都」な風景が強調されています。エキゾチック・ジャパン。
 路地裏の街並みや、鴨川の河川敷などが実にリアルに描かれております。また、祇園祭や嵐山灯籠流しといった風物もきちんと描かれ、歴史と伝統が近未来でも変わること無く受け継がれております。実にリアルで美しい。

 ハルは「くるみの哀しみを本当に理解してあげられるのか」と悩んだりもしますが、ケアセンターのドクターはそれをあっさり突き放す。
 「それは人間でも無理。お前はあの子のそばで見ているだけでいい。そんなことだけで実は充分なんだ」
 人間、何事も自分で何とかするしかないと云うのがシビアですが、そう云いながらもドクターはケアセンターでお年寄り達の為に奔走しております。なかなか深い言葉です。

 最初はくるみから相手にしてもらえないロボハルだったが、ハルの遺品の中にルービックキューブを見つける。色の揃った最初の頃に、キューブの面に何か文言が書かれたようで、その後キューブはランダムに回転されて、もはや元の文言を読み解くことが出来なくなっている。
 苦心の末、ある面を揃えると、そこには生前のハルが書き残した「将来の夢」があった。

 これをロボハルはひとつずつ、現実に叶えていこうとする。「見ているだけでいい」と云われても、それでは自分の存在意義がない。
 まず最初の夢は──「キリンを飼う」。初っ端から無茶な願いごとです(笑)。
 紆余曲折の末、それを実現化すると、くるみの心情に変化が現れ始める。
 ストーリーはこうして、キューブの面に書かれたメッセージを一面ずつ解読しながら、それをクリアしていくことで進行していきます。それにつれてくるみは打ち解け、笑顔を取り戻していく。

 このルービックキューブは、通常の 3×3×3 ではなく、難易度の高い 5×5×5 の、いわゆる「プロフェッサーキューブ」と呼ばれる代物です。通常のキューブでは簡単すぎるか。
 でもアンドロイドのくせに、一面ずつしか揃えていくことが出来ないのが、もどかしいですね。人間の達人なら、プロフェッサーキューブであろうと数十手で全面を揃えることが出来るそうなので、ハルの電脳の性能には疑問を抱かざるを得ません(一応、ちゃんと理由はあります)。

 まぁ、一度に全部揃えると、ストーリーもあっと云う間に終わってしまいそうですし。
 しかし「一面ずつ」色を揃えていったとき、メッセージが読めるようなキューブの配列になるものなのか(そんな理屈を考えてはいけません)。いや、いっそバラして組み直した方が手っ取り早いのでは……。

 また、SF者としては、ハルの描写にもユルいものを感じてしまうのはやむを得ませんか。
 アンドロイドのくせに妙に人間臭く、注意力散漫で失敗したりします。人間そっくりに作られたとは云え、食事もちゃんと摂ったりします。
 実はそのあたりには秘密が隠されておりまして、ラストで驚愕の事実が明かされたりします。
 でも、それで納得出来る部分もありますが、逆にそっちの疑問が氷解した所為で、今までスルーしていたところに別の疑問が生じてしまうと云う厄介なことにもなってしまい、ちょっと脚本がアクロバットすぎるような気がいたしました。

 別にそんな、どんでん返しを用意しなくても、ユルいSFのまま純愛ストーリーにしておけばいいのにと思ってしまいます。
 ひとりの人間が生きる気力を取り戻し、立ち直ったとき、アンドロイドがそのまま傍に居続けては、正常な生活が営めないのではないかと云う心配は判りますが(特に若者であるなら)。
 本作が悲恋になるのはお約束であると思いマスが、あのどんでん返しは必要だったのかな。

 哀しくはありますが、立ち直り、前向きに生きていこうとする主人公の姿には明るいものを感じるラストシーンではありました。
 エンドクレジットでは、幸せだった頃の恋人達のスナップ写真が、次々に流れていくのがいいですね。関西では万博公園でデートするのは定番なのか(笑)。
 「記憶」と「スナップ写真」と云うのが、『ブレードランナー』(1982年)ぽいところですが、青春恋愛映画としては水準以上であると思いマス。美術が細やかで美しいのも好印象。

 鑑賞後、劇場のロビーに 5×5×5 の〈プロフェッサーキューブ〉の実物が展示されているコーナーがありました。劇中で登場したのと同じように、各面に願いごとが書かれている。
 願いごとを書いているのは、出演した声優さんや、スタッフの方々(サイン入り)。
 「いい仕事をする」とか、「心が皆さんに届きますように」なんてメッセージが書かれている面は、よろしいのですが……。
 当然、牧原監督も面をひとつ使って、願いごとを書き込んでおられました。
 「売れますように」
 うーむ。切実だなあ。 WIT STUDIO の今後の発展をお祈り申し上げマス。




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