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2013年6月6日木曜日

言の葉の庭

(The Garden of Words)

 新海誠の監督、脚本による青春恋愛映画です。『星を追う子ども』(2011年)以来ですね。もう観る前から、ビジュアルについては一定水準以上の出来であると安心できます。
 それだけに、脚本の方はどうなのかなあ、とかなり心配なところはありました。
 前作のように、ヘンに冒険ファンタジーな路線にされても……。

 本作は現代の東京を舞台にした、至極真っ当な青春物語です。実にストレート。本筋のみなので上映時間は四六分の中編アニメーションになっております。しかしきちんと構成されており、物語としても過不足ない感じです。
 何と申しますか、初心に返った作品のように思われます。ひょっとして、新海誠監督はあまり長編向きではないのではないかしら。
 『ほしのこえ』(2002年)や、本作と同時上映の『だれかのまなざし』(2013年)のような短編アニメの方が面白いような。『秒速5センチメートル』(2007年)も短編をつないだオムニバスでしたし。

 『だれかのまなざし』は野村不動産のCMみたいな短編でしたが、ちゃんとストーリーがあって、たまたま登場人物が、野村不動産の分譲マンション〈プラウド (PROUD)〉に住んでいるだけのような感じでしたねえ。
 そもそも野村不動産の「プラウドボックス感謝祭」なるイベントの為に製作された代物だそうですから、CMぽいのは仕方ない。
 でも近未来のストーリーなので、小道具の描写がちょっとオシャレです。ちょっとだけ『ほしのこえ』を思い起こしました。

 父子家庭で育った娘さんが長じてOLとなり、社会の荒波に揉まれてブルーになりかけているところで、疎遠にしていた父親との関係を見つめ直す出来事があって(子どもの頃から飼っていたペットの死と云うのが、ちょっと泣かせます)、父娘の距離が少し縮まる、と云う短編。
 うーむ。女の子は大きくなると、大体こんな感じで父親離れするんですかねえ。何だか他人事には思えないストーリーでした(汗)。

 そして『だれかのまなざし』に続いて始まるのが、『言の葉の庭』。
 新宿界隈の見知った風景ですが、アニメとして描かれるとまた違った趣です。JR新宿南口方面が重点的に描かれております。甲州街道の通る陸橋も、なんか新鮮です。
 特に新宿高島屋の先の、代々木方向に建つ(住所としては渋谷区千駄ヶ谷ですが)NTTドコモタワーが印象的に描かれております。あのエンパイアステートビルのような先端部分のデザインが摩天楼ぽいですねえ。
 そしてドコモタワーから見下ろす緑地が、新宿御苑。

 主人公の高校生は「雨が降ると学校へは直行せず、御苑に寄っていく」そうなので、やはり東京都立新宿高等学校の生徒なのでしょうか。劇中では学校名は出ませんが、何となく校舎の雰囲気がそのままな感じです(位置的にも御苑のすぐ隣ですし)。
 他にもJR千駄ヶ谷駅のホームからの風景などが映りますので、個人的には見知った風景が多くて楽しいです。

 とある雨の日、主人公は新宿御苑の池の畔にある東屋で若い女性と出会う。
 最初はかける言葉もなく、互いに無視し合うような関係だったが、雨の日が続くうちに連続して同じ場所で顔を合わせるようになってくると、多少なりとも言葉を交わすようになる。
 やがて雨の日の「常連」として、互いに顔見知りになり、言葉をかけ、親しくなっていく。
 万葉集の和歌が効果的に使われ、御苑の庭園風景に調和しておりました。タイトルが『言の葉の庭』ですし。

 主人公の少年タカオを演じているのは入野自由です。個人的には『機動戦士ガンダム00』やら、〈プリキュア〉やらでお馴染みの声優さんであります。新海誠監督作品でも、『星を追う子ども』にも出演されておられる。
 タカオは高校生ですが、既に将来の進む道がはっきりしており、靴職人を目指している。進路志望も普通の大学ではなく、靴職人専門学校──文化服飾関係の専門学校のような──を目指し、学費を稼ぐ為にアルバイトに精を出している。暇な時は自宅で靴を実際に製作し、自分で履く靴を自作しているのが本格的です。

 学校の授業よりも、靴職人になる勉強の方を優先しているので、雨の日は午前中の授業をエスケープし、新宿御苑で靴のスケッチに勤しんでいる。
 尺の短い中編でありますので、主人公が靴職人に憧れる理由がよく判らないままだったのが、ちょっと残念に思われました。一般的高校生がそこまで将来の道を思い定めていると云うのは、かなり稀な例なんじゃないかと思います。志望動機のエピソードまで描くと本筋から離れてしまうでしょうか。でも短くてもいいから何か理由を語って欲しかった。
 「モノ作りに励む主人公」と云うのが絵になるのは判りますが。

 タカオが知り合う若い女性ユキノは、花澤香菜が演じております。個人的には『ゼーガペイン』以来のお馴染みの声優さんです。最近じゃあ、私が録画しているアニメの大抵の作品には、何かしらの役で出演しておられますな(『俺の……』とか『僕は……』とか他にも色々)。
 劇場用のアニメ作品としては、今年は既に『AURA 魔竜院光牙最後の闘い』(2013年)と『Steins;Gate/負荷領域のデジャヴ』(同年)に続いて、本作で三本目です。
 本作では、雨の日の御苑に現れる、ちょっとミステリアスなお姉さん。文芸作品を読んでいるかと思えば、時には朝っぱらからチョコレートをつまみに缶ビールで一杯やっている不良OLのような謎めいた女性です(新宿御苑は、飲酒禁止ですよー)。

 タカオの家族として、兄(前田剛)と兄の恋人(寺崎裕香)、そして母親が登場します(父親は早くに亡くしたようです)が、母親の出番がほとんどありません。と云うか、かなりの放任主義らしく、新しい恋人と駆け落ちしていると語られています。
 だから、もっぱら兄弟二人暮らし。兄が社会人なので問題は無いが、その兄も近いうちに独立して恋人と同棲生活を始めるらしい。
 頼り甲斐のある兄貴ですが、弟も必要以上に甘えることなく独立を目指しており、母親が不意に姿をくらませてもさっぱり慌てる素振りがない(どうやら過去にも似たようなことをやらかしているような)。

 この放任主義で、かなり無責任な母親は、劇中ではチラリとしか姿を現さず、台詞も一言くらいしかありません。明るくアッケラカンとしたお母さん(子供らを放置して罪悪感なし)。
 でも、この母親役が平野文でした。クレジットの見間違いではない。平野「綾」ではなく「文」。
 ああ、もうちょっとよく聴いていれば良かったッ。個人的には平野文の台詞をもう一度聞く為に、リピート鑑賞してもいいくらいデス(懐かしい)。いや、BDが発売されたら買おう。

 本作は新海誠監督作品らしく、二人の逢瀬に描かれる新宿御苑の背景も実にリアルです。
 しかもこの場所は Google のストーリートビューで見ることが出来ます。最近は新宿御苑の中まで、 Google のストーリートビュー撮影が及んでいたとは存じませんでした。
 劇中に登場した池と、二人が逢瀬に使う東屋のような小さな休憩所を、居ながらにしてPCのモニタ上で聖地巡礼してしまえるとは、便利な世の中になったものデス。
 でもストリートビューで見られる風景は、天気のいい快晴の風景なのがチト残念です。出来ればこの場所の撮影は雨の降る梅雨の日にして戴きたかった(笑)。

 当初からユキノの方は、タカオのことを見知っているようで(制服の校章に見覚えがあるような)素振りを見せますが、タカオの方は深くは詮索しません。我関せずとばかりに、靴のスケッチに余念がない。
 プライベートなことには踏み込まないと云う、暗黙の約束事が成立し、雨の日だけの逢瀬を繰り返しながら、少しずつ二人は打ち解けあい、個人的な悩みを話し始める。
 実はユキノは職場での人間関係に悩み、精神疾患を発するまでに追い詰められていた事が明らかになります。やはり鬱病でしょうか。「歩けなくなっちゃった」と云うからには、身体的な症状が出ていたようです。

 タカオはユキノの為に、「彼女がもっと歩きたくなるような靴」を作ろうと決意する。
 ユキノの足型を取らせてもらう場面が、妙にエロティックでした(観ている側に邪念があるか試されているような)。
 年上のお姉さんと人気のない公園で逢瀬を重ねると云うのも、何やら甘酸っぱくドキドキの描写です。ピュアな青少年の恋心を描かせたら、新海誠監督は天下一品ですねえ。

 特に約束を交わすようなことはないので、双方共に朝の天気が「雨でない」とガッカリするという描写が微笑ましい。
 しかも二人が逢うときは雨天でありますので、本作では雨が降っている風景が非常に多いです(当然ですね)。その雨も、静かに降る長雨から、激しい豪雨のような夕立、軽い天気雨に至るまでの、様々な雨の描写が実に美しく描かれております。雨に濡れた日本庭園の風景が詩情豊かです。

 美術も美しいが、劇中に流れる音楽もまた画面にマッチしておりました。
 いつもの新海誠監督作品であれば、劇伴は天門ですが、本作では柏大輔です。馴染みのないアーティストでしたが、ピアノの旋律がなかなか美しかったです。ただ、天門ほど鑑賞後にまでメロディが頭の中に残らない感じで、映画音楽としては控えめな部類に入るのでしょうか。
 代わりに印象に残るのは(使われ方が劇的な所為もあって)、主題歌の方です。
 本作の主題歌は大江千里の「Rain」ですが、これを秦基博がカバーしております。歌詞の内容が作品世界に良く合っておりました。

 雨の日から始まった恋である以上、梅雨が明けてしまえば会う機会も減り、夏が来るとバイトの都合も合って、互いを思いながらも会えない日々が続くというのがもどかしいです。
 そして夏休みも終わって、新学期が始まり、タカオはユキノと思わぬところで再会し、彼女が語らなかった(別に知りたくもなかった)事情を知ってしまう。知らない間は年上のお姉さんで済ませることが出来たのに、知った途端に垣根が出来てしまうのが辛いです。

 この障害を乗り越えるのが最後の試練ですが、ここでまた大雨が降る。天候で主人公らの心情が表現されているのが見事です。
 最後は文字通り「雨降って地固まる」ワケですが、ピュアなラブストーリーとして、観ている側が気恥ずかしくなる位ストレートな演出が清々しい。甘酸っぱすぎて身悶えしちゃいますね。

 そのままエンドクレジットでは四季の移ろう新宿の風景が流れていき、エピローグが語られます。御苑の同じ場所に今度は雪が降り積もっている。一時的に離ればなれになろうとも、二人の気持ちが通じ合っているようです。
 ユキノからの手紙を読むタカオ。いずれまた再開できる日が来ることを予感させる、落ち着いたラストでした。




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