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2013年3月3日日曜日

フライト

(FLIGHT)

 今年(2013年・第85回)のアカデミー賞で主演男優賞と脚本賞にノミネートされたロバート・ゼメキス監督作品です。ゼメキスはここしばらく3DCGアニメの映画ばかり撮っておりましたが──『クリスマス・キャロル』(2009年)とか『ベオウルフ/呪われし勇者』(2007年)とか『ポーラーエクスプレス』(2004年)とか──、久しぶりの実写映画となりました。『キャスト・アウェイ』(2000年)以来ですか。
 残念ながら主演のデンゼル・ワシントンも、脚本のジョン・ゲイティンズも受賞を逸してしまいました(主演男優賞は『リンカーン』のダニエル・デイ=ルイス、脚本賞は『ジャンゴ 繋がれざる者』のクエンティン・タランティーノ)。
 音楽もアラン・シルヴェストリですし、骨太な人間ドラマとしてはテッパンな布陣です。

 久しぶりの実写映画である所為か、これまでのゼメキス監督の作風とは少し変わったように見受けられました。結構、アダルトでダーティな演出があって、PG12指定を受けております。
 まぁ、大人向けの映画だからと云って、ことさら女性のヌードを映さなくても良さそうに思われますが(しかも冒頭から)、これまでのゼメキス作品とはひと味違う感じはしました。しかもボカシがかかっていない。最近の映倫はこの程度ならOKなのか。

 本作でのデンゼル・ワシントンはパイロットの役。デンゼルに制服を着せて、何かの乗り物に乗せれば、それだけでサマになって映画が一本製作出来ると云う個人的な印象が本作で更に補強されました。
 しかしそれにしても、本作でのデンゼルはいつになくダーティな役どころです。のっけから乱れた生活を送っていることが開陳されます。
 パイロット(しかも機長)でありながら、フライトの前夜に深酒し、同じ機に搭乗するアテンダントと肉体関係にある。おまけに離婚した妻からは息子の養育費の件でナニやらモメていることが察せられます。
 フライトまであと数時間なのに二日酔い状態と云うのも非道いが、酔い覚ましにコカインを一発キメてハイになる。うひー。
 こんな機長でホントに大丈夫なのかと心配になりますが、搭乗する際には外見上はそれなりにマトモな人に見えてしまうのが怖ろしい。
 あまりにも外面が良すぎるので、現実の航空会社の実態も、実はこんなものなのではと思えてしまいます。飛行機での出張が多いビジネスマンは堪らんでしょう。

 ベテランになると多少、手を抜いても間違えないとは云え、これはあんまりです。
 案の定、初めてペアになる副操縦士からは疑いの眼差しを向けられています。古株のアテンダントからは「またか」と云う目で見られている。どうやら二日酔いで操縦するのは今に始まったことではなさそうです。
 こんなアル中でヤク中なパイロットが飛行機を飛ばしていいのか。コワイ!

 序盤の悪天候の中のフライトは実にスリリングです。散々、予告編で上映されていたので、ナニが起こるのかは判っていますね。
 飛行中に突如として操縦不能に陥った旅客機は墜落必至と思われたが、デンゼル機長の機転と超絶操縦テクニックで辛くも墜落を免れる。アル中でも腕は良いのか。
 住宅地の真上を旅客機が超低空背面飛行するというウルトラCが凄まじいです。映像のリアルさは特筆ものですね。

 住宅地を避け、郊外の牧草地まで飛び抜けたところで、タッチダウン。不時着の衝撃でデンゼル機長は意識を失う。
 気がつけば病院のベッドに固定されており、事故直後の様子がどうであったかは定かではない。
 詳細は報道番組を見ることで窺い知れる。
 この事故当時の場面は何度か劇中で再現されますが、目撃者がたまたま撮影した動画がネットにアップされて、報道番組でも取り上げられると云う演出が現代的です。わざと素人が撮影した解像度の低い動画にしている演出が巧いです。
 まかり間違えば大惨事になるところを、六名の死傷者を出しただけで見事に乗り切ったデンゼル機長を世間は称賛するが、事故調査委員会は事故後の機長の血中からアルコールが検出されたことを告げる。
 果たして彼は百人近い人命を救った英雄なのか、六人を殺した犯罪者なのか。
 「人が死んでいる以上、誰かが責任を問われることになる」とは事故調の弁護士(ドン・チードルが遣り手の弁護士を演じております)が重いです。

 本作を、ある種のサスペンスかミステリなのかと思っておりましたが、まったく謎解きにならないストーリーだったので、ちょっと期待外れな印象は否めませんです。てっきり私はこの後、裁判となり、事故原因を解明していく法廷ミステリものになっていくのかと思っておりました。
 関係者の証言により、法廷で事故当時の様子が再現されたりしていくのだろう。だからフライト前の描写に伏線が張られているに違いない……なんて考えておったのですが、全然違いましたですね。

 機体の整備ミスなのか、機長の操縦ミスなのか、などと云うのは争点になりません。
 ストーリーは事故原因の究明ではなく、アルコール依存症の男が人生をやり直せるか否かと云う方向に重点が移っていきます。
 また事故調の行ったシミュレーションでは、他のパイロットではデンゼル機長の操縦を誰一人再現できなかった、と云う点も重要ではない。不時着はデンゼル機長だけが行えた神業だった──と云うだけで、驚異の曲芸飛行がアルコールの影響によるものだったと云うことにもならない。
 もとよりデンゼル機長は類い希な腕利きパイロットであり、他人には真似の出来ない決断と操縦テクニックで乗客の命を救ったのである。
 ただ、もし二日酔いでなく、ドラッグでハイにもなっておらず、万全のコンディションであったなら、あるいは全員を救えたのではないかと云う疑念が残るのみ。
 これには誰にも答えられない。本人でさえも。

 遣り手弁護士チードルはデンゼル機長を守る為に──ひいては航空会社を守る為に──公聴会での不利な証拠となるものを片端から潰していく。血中アルコール濃度の数値にさえ疑義を唱え、証拠不採用にするよう申し立てて、それを通してしまう。あまりにも腕が良すぎて、デンゼル機長の非を責める者はいない。
 本人を除いては。
 実は本作は、人間の良心の問題という、誠に倫理的なストーリーに転がっていきます。これはちょっと予想外でした。

 劇中ではデンゼル機長は何度も断酒を宣言します。「酒は止める」、「酒なんてもう懲り懲りだ」と、何度も口にして、実際に家中のアルコールを処分したりもします。
 でも、止められない。
 これはもはや自分ではどうにも出来ないことなのか。しかし「自分には治療が必要だ」と判っていても、それにも踏み切れない。
 劇中では離婚の原因も、デンゼル機長の飲酒による家庭崩壊だったのだと明かされ、ティーンエイジの息子からは軽蔑の眼差しを向けられている。

 やはり外面が良すぎるのがイカンのですかね。職を失う恐怖や、社会的地位を喪失する恐怖の前には、良心が如何に声を上げても無力なのか。
 アルコール依存症患者のグループセラピーにも顔を出しては見るものの、自分の非を認め、正直に告白する患者の言葉に居たたまれずに逃げ出してしまう。
 これほどの英雄でも、自分に嘘をつき続け、自己と対面することは出来ないのか。いや、むしろ逆か。築き上げたものが大きいからこそ、捨てることが難しいのか。
 『クレイジー・ハート』(2009年)のジェフ・ブリッジスとは対極的ですね。いっそどん底まで落ちた方が、やり直しやすいのかしら。

 そして公聴会の前日まで、友人(ジョン・グッドマンは安定した脇役ですねえ)宅にお世話になり、九日間の禁酒生活をやりとげ、公聴会を翌日に控えてホテルに投宿する。
 無論、グッドマンとチードルはデンゼル機長が酒を飲まぬように部屋の外に見張りを付けてカンヅメ状態にし、室内の冷蔵庫からも注意深くアルコール類を取り除いておくのだが……。
 ホテルの従業員の不注意から、隣室へのドアが施錠されておらず、隣室の冷蔵庫まではチェックが行き届いていなかったというのが不味かった。
 このアルコールを満載した冷蔵庫の美しいこと。まるでスティーヴン・キングのホラーを観ているようでした。
 冷蔵庫のモーターの作動音が悪魔のささやきに聞こえました。この場面の演出は実に見事です。まるで『シャイニング』(1980年)。冷蔵庫の奥にジョー・ターケルをミタ。

 翌朝、すっかり安心してホテルに迎えに来たグッドマンとチードルが見たのは破滅的に酔いつぶれているデンゼル機長だった。どんな親友でも、ここいらで縁を切りたくなる気持ちは痛いほど判りますね。
 ここから公聴会までのドタバタはほとんどコメディです。しかしデンゼル機長のいつもの手段、迎え酒ならぬ「迎えコカイン」でマトモに戻る(見た目だけは)。
 うわべだけ取り繕うテクニックの見事さには感心するばかりです。
 この調子でデンゼル機長は公聴会を乗り切れるのか。

 人間は良心の呵責にどこまで耐えられるのか。
 自分のことだけなら、どんな嘘でも真顔でシラを切り通す鉄面皮も、他者を貶めるような嘘はつくことが出来ない(少なくとも多少は抵抗がある)と云う点が救いでしょうか。
 悪天候の為に機内サービスが制限されていたのに、事故後の機体のパントリーからは空の酒瓶が発見されている。誰が飲んだのか。
 勿論、デンゼル機長が隠れて飲んでいたワケですが、それを隠す為には乗客を庇って殉職した同僚に罪を着せねばならない。さすがにそこまで嘘はつけない。
 このギリギリの瞬間の演出は、割とあっさりめでした。邦画ならもっとタメて「泣き」の展開が入るところでしょうが、淡々と告白するに止めています。
 リアルな瞬間とはこんな感じなのでしょうか。もう少し劇的でも良かったような気もします。

 最後にあと一回、嘘をつけばそれで済んだのに、それが出来なかった。何故なのか、今になるも判らない──と、刑務所内のグループセラピーで囚人仲間に語るデンゼル機長の表情は穏やかで迷いが見受けられません。
 失職し、ライセンスも剥奪、実刑判決を受けていると云うのに、その表情は清々しい。面会に来た息子からは、尊敬の眼差しを向けられ、レポートの課題「生涯に出会ったベストな人」を書く為にインタビューを受けている。
 苦悩から解放された男の姿に救いを感じます。さすがはオスカー俳優。
 でも、やっぱりちょっと倫理的というか、堅い感じのヒューマンドラマでしたかねえ。もう少しミステリ色があれば良かったのに。


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