2013年3月9日土曜日

ドラえもん

のび太のひみつ道具博物館(ミュージアム)

 ドラえもんと云えば、もはや日本人なら知らぬ者とていない国民的キャラクターでありますし、私も子供の頃から存じておりますが(と云うか、小学館の雑誌で連載が始まった頃を憶えているぞ)、私のドラえもん歴には断絶期があります。
 大山のぶ代の最盛期あたりで一旦、視聴することを止めてしまったのでした(もう子供ではなくなりましたし)。でもTVシリーズからは遠ざかっても、劇場版化された諸作品は何作か観ましたし、今でもあれらは大人の鑑賞に耐えうる立派なSFであると信じております。

 長い年月を超えて自分の子供が同じように『ドラえもん』に親しみ始め、再び劇場版を毎年、観に行くようになろうとは思いもよりませんでした。長く続くものだなあ。
 もはや声優陣も入れ替わり、原作者もお亡くなりになっても、まだ続いているとは凄いものです。
 そのうち孫を連れて『ドラえもん』の映画を観に行くようになるのではなかろうか。その頃には声優陣も何度目かの総入替が行われておるやも知れませぬ。世代によってリニューアルされ、少しずつ変わっていくのでしょう。

 変わったと云えば、私の子供の頃のドラえもんと今のドラえもんは、ビミョーに違っております。
 あまり意識したことはありませんでしたが、背景設定が変更されていたことに本作で初めて気がつきました。
 本作ではドラえもん本来の世界である未来世界へ、のび太と仲間達がやって来ると云う筋書きなのですが、世紀が「二二世紀」になっている。私が知っていた頃は、ドラえもんとは「二一世紀が産んだ高性能猫型ロボット」だった筈でしたが、現実がもう二一世紀になってしまいましたから当然、設定は先に延ばさないとイカンですね。

 本作は新世代のドラえもんの劇場版第八作。新世代劇場版としては『新・のび太の宇宙開拓史』(2009年)から観ております。
 藤子不二雄がお亡くなりになっても、スピリットは受け継がれているのか。でもかつてのようなSFマインドに溢れた作品に出来るのかは、正直ビミョーですねえ。
 旧作のリメイクである『新・のび太と鉄人兵団 ~はばたけ 天使たち~』(2011年)等は良かったけれど、『のび太と奇跡の島 ~アニマル アドベンチャー~』(2012年)はイマイチでしたし、今年はどうでしょうか。
 まぁ、それなりに面白かったデス。傑作とは云えぬまでも、良作ではあります。

 ある日、快盗DX(デラックス)なる正体不明の泥棒から野比家に予告状が届けられる。のび太がこれを見過ごしてしまった為に、まったく用心しないドラえもんは、首に掛けていた自分の鈴を盗まれてしまう。
 まあ、最初から判って用心していていても、阻止できたかどうかは疑問ですが。
 何しろ、相手は超空間から手を伸ばして奪い取っていくので、防御のしようがない。予告状があろうと無かろうとあまり関係ない気がします。
 イマイチ予告状には意味なしなのがちょっと残念でした。単なる雰囲気作りに、あとで重要な意味が出てきたりすると面白かったのですが。
 盗まれた鈴はあまり高価な代物ではなく、むしろありふれた品物なのに何故、盗まれたのか。
 ひみつ道具〈シャーロック・ホームズ・セット〉の閃きで、二二世紀の「ひみつ道具博物館」に手掛かりがあると見当を付けたのび太達は二二世紀へと赴くわけですが……。

 ドラえもんが四次元ポケットから取り出す様々な未来のアイテムは、現代人の目から視るので「ひみつ道具」なのでは。
 当の二二世紀人にしてみれば、日常的な道具であり、あれは「秘密でも何でもない」代物だと思うのデスが……。博物館の館長を始めとする未来の人達もずっと「ひみつ道具」と云い続けていることにちょっと違和感を感じました。
 このあたりはお子様は特に不自然には感じないのでしょうか。
 実際にそれらのアイテムを使った日常的な業務とかも描かれておるのですが。

 ともあれ「ひみつ道具博物館」では、建物の外観を遥かに超える広大な空間が内部に広がっていたり、博物館の各エリアが〈どこでもドア〉を使って結ばれていていたりする描写がなかなかSFらしかったです。
 しかしここでも快盗DXが不敵にも盗みの予告状を送りつけていて、警察が展示品の警備に乗り出していた。ゲストキャラとして登場する未来警察のマスタード警部役が松平健です。何故、松平健がこんなところに!
 二二世紀と云えど、刑事のスタイルが昔と変わらなかったり(むしろかなり古典的)、捜査や警備の進め方がほとんど現代と変わりがなかったり(むしろ二〇世紀以前なのでは)するのは、判りやすさを重視した演出なのでしょうか。
 出来ることなら、二二世紀の警察の捜査や警備の活動に、未来らしさが欲しかったです。
 「時代が変わっても、変わらないものがある」と云う主張は理解できますが、もうちょっと変わるものと変わらないもののバランスを考慮してもらえないものでしょうか。
 博物館の閉館時に「蛍の光」のメロディが流されるあたりは微笑ましくてよろしいのですが。

 のび太達は博物館を見学しながら、知り合ったキュレーター見習いのクルト(三瓶由布子)と親しくなり、彼のアパートに泊めてもらうことになる。
 未来でどんなに長時間過ごしても出発した時間に戻ってこられるのは便利です。〈タイムマシン〉ならではの使い方です(でも他の人達よりも早く老けるので、あまり使いすぎるのは如何なものか)。

 劇中で紹介される〈タケコプター〉の開発過程や、実用化された〈どこでもドア〉第一号と云ったアイテムの歴史がなかなか興味深かったデス。
 更にドラえもんが持っていない特殊なアイテム〈太陽製造機〉が凄い。エネルギー問題を一気に解決しようとして発明されたが、とあるトラブルの為に使用中止になってプロトタイプのみが展示されている。本物の恒星を作り出そうというのが、エドモンド・ハミルトンの傑作短編SF『フェッセンデンの宇宙』のようです。
 これらすべてのアイテムの生みの親であり、「ひみつ道具の父」と呼ばれているのがハルトマン博士。既に亡くなっておられ、博物館内には銅像が建てられています。

 実はハルトマン博士には研究のパートナーだったペプラー博士(千葉繁)がいたのだが、ペプラー博士は〈太陽製造機〉の事故の責任を負わされ学会追放。ついでに危険な研究を行った廉で指名手配中。
 ハルトマン博士とは共同研究者だった筈なのに、世間からの扱いの落差があり過ぎる。以来、ペプラー博士はハルトマン博士を超える「ひみつ道具」を発明しようと躍起になっている(でも回想シーンを観る限りでは、二人とも同レベルのマッドサイエンティストだったような……)。

 逃亡中のペプラー博士は空間をねじ曲げ、博物館内に潜伏場所を確保して、日夜研究に勤しんでいます。博物館側は居候されているのに気付いていないのか。なんか『オペラ座の怪人』みたいですね。
 孫娘ジンジャー(堀江由衣)と二人暮らしですが、孫からは「お祖父ちゃんはいつか人類を滅ぼすわね」とか云われております。
 しかし二二世紀では、人々は当たり前のように空間をねじ曲げて移動しております──〈どこでもドア〉が実用化されているのだから当然です──が、セキュリティの問題はどうなっているのでしょうか。マスタード警部に是非、訊いてみたいところです。

 ハルトマン博士の孫だったクルトは、ひょんなことからペプラー博士に師事し、自分もいつかは凄い発明をものにしようと頑張っているが、作るものはイマイチな駄作ばかり。
 クルトの作った発明品が随所に小ネタとして散りばめられています。
 適当なあり合わせの材料から、謎の生物ポポン(愛河里花子)を誕生させてしまうなど、流石はマッドサイエンティストの孫です。
 中でも、ミニ・ブラックホールを使用した掃除機と云うのがなかなか凄い。電源不要のコードレスで、「吸引力が変わらない」ところが便利そうですが、間違って何かを吸い込んでも取り戻せないので、やはり欠陥品か。

 この〈ハイパー掃除機〉で、しずかちゃんが着衣を剥ぎ取られるというサービスシーンがありました。まぁ、『ドラえもん』ですから、大してエロいわけではありませんが。
 と云うか、エロくもないのにしずかちゃんのサービスシーンがお約束なのはどうしたことか。新世代の『ドラえもん』になっても、ギャグに昭和の香りが漂っています。

 まぁ、中盤で明らかになっしまうのですが、快盗DXの正体はクルトであり、目的はペプラー博士の研究データが隠されたチップを探していたと云うオチであったのは、ミステリーとしては順当なオチでしょうか。
 『シャーロック・ホームズ』の「六つのナポレオン事件」を下敷きにしているワケですね。
 そんなミステリなネタや、SF的な危機の描写よりも、本作が良作であるのは「ドラえもんとのび太の友情」についてが、キチンと描かれているところでありましょう。

 ドラえもんがありふれた品物である「鈴」を大切にする理由が、のび太と出会った始めの頃に遡るエピソードにあったと云うのは、なかなかエモーショナルでイイ感じであります。
 どんなにダメな(と思われる)奴にも、それなりに長所はある。大事なのはそれを見つけてやることであり、どんな奴にも理解者は必要なのだ。
 人生に於ける最大の資産は友情である──と云うのは、大人にこそ訴える力のあるテーマだと思いマス(うちのムスメらはちゃんと判ってくれているのかしら)。

 それはそれとして、毎回、劇場版になると、ドラえもんが便利なアイテムでサッサと事件を解決できないシチュエーションが描かれるワケですが、本作での理由に笑ってしまいました。
 スッポンかあ(笑)。

 エンドクレジットには、主題歌であるPerfumeの「未来のミュージアム」が流れるのですが、劇場内ではお子様達がこれを一緒になって口ずさむという光景が見受けられました。うちのムスメらもサビの部分を一緒になって歌っている。
 一体どこで覚えたのかと、後で訊いてみたところ「映画のCM」と云う答えでした。ほんの十数秒のスポットCMでも、それなりに効果はあるようで(何度も繰り返して観ていれば、そりゃ覚えるわな)。




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