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2013年2月5日火曜日

ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日 (3D)

(Life of Pi)

 今年(2013年・第85回)のアカデミー賞の作品賞、監督賞にノミネートされ──他にも脚色賞、美術賞、撮影賞、編集賞と色々(計十一部門)──受賞レースの中でも本命のひとつと喧伝されております作品ですね。いや噂に違わぬ出来映えでありました。
 これはもう作品賞と監督賞は間違いなし……と云いたいところですが、今年も強敵揃いだからどうでしょうねえ。

 でも、美術賞、撮影賞あたりは確実かなと思いマス。それほどに本作の映像は美しいです。雄大な太平洋の息を呑む美しさのみならず、序盤のインドの街並みや市場の色彩豊かな景観もまた美しかったです。
 本作は大きなスクリーンで観なきゃイカンですね。
 また、主題歌「パイの子守歌」も気に入りました。監督のアン・リーは台湾の人だし、本作はハリウッド映画ですが、音楽もインド色が濃厚です。アカデミー主題歌賞も是非、獲って戴きたい(う。でもアデルの「スカイフォール」も……)。

 脚色賞にもノミネートされているとおり、本作には原作があります。カナダの小説家ヤン・マーテルのベストセラー小説『パイの物語』で、私は未読でありますが、二〇〇二年のブッカー賞受賞作であるのも納得です(つまり脚色も見事だと云うことデスね)。
 インドで動物園を経営する家族がカナダへ渡航中に嵐に遭い、船は沈没。ただ一人の生存者であるパイ少年は、トラと一緒に救命ボートで大海原を漂流することになった──と云う、サバイバルの物語。漂流記というか、海洋冒険物語ですね。
 太平洋上マリアナ海溝沖で遭難し、漂流すること二二七日(七ヶ月以上)、遂にメキシコの海岸に辿り着くという数奇な運命を辿るわけですが、無事に助かることは判っております。

 物語は最初から、中年になったパイ(イルファン・カーン)がカナダ人小説家(レイフ・スポール)に自分の若い頃の体験を語ると云う形式になっております。
 イルファ・カーンは最近だと『アメイジング・スパイダーマン』(2012年)で、オズコープ産業の研究者の役で登場しておりましたね(あまり出番は無かったが)。
 一方、レイフ・スポールは先日観た『もうひとりのシェイクスピア』(2011年)で、準主役のウィリアム・シェイクスピア役だった人ですよ。本作でも作家役か。名前は呼ばれませんが、原作者のヤン・マーテルがそのままモデルになっているのは明かです。

 予告編で散々、太平洋を漂流する場面を見せられていたので、ほぼ全編そればかりなのかと思っておりましたが、割と導入部が長いです。
 まずはパイの幼少時代の体験から語られていきます。名前の由来、それが原因で小学校でイジメに遭い、ヒンドゥー教に始まり、キリスト教に出遭い、イスラム教にもハマって、三つの宗教すべての信者となる等々。勿論、父親の経営する動物園で、トラの美しさと残酷さに魅せられるエピソードも挿入されます。
 なるほど「ライフ・オブ・パイ(パイの一生)」と題されているのは伊達ではなかったようです。
 このインドにいた頃の思い出話も、これはこれでなかなか面白くて、主人公の軽妙な語り口で進行していくストーリーと、美しいインドの景観が印象的でした。

 成長するに従い、パイくんも五歳から一六歳まで、三人の子役が演じております。物語の語り手である中年と併せて、四人がパイを演じておりますが、メインとなるのは一六歳のパイであり、演じるのはオーディションで選ばれた無名の新人スラージ・シャルマ。初主演で大作に抜擢され、ほぼ一人芝居を演じるとは凄いですね。劇中ではずっとインド訛りぽい英語を喋っております。
 初恋のエピソードまで披露したところで、いよいよカナダへの渡航となります。動物園の経営難により、父親は動物達をカナダの動物園に売却することを決める。一家はそろって動物達と共にカナダへ移民することに。
 日本の貨物船に動物達を乗せて出港です(船名があまり日本らしくありませんが)。チョイ役で貨物船のコックとして、ジェラール・ドパルデューが出演しております。

 そして悪天候による遭難とあいなるわけですが、ここまで辿り着くのに随分かかりました。
 大嵐による壮絶な波に翻弄されて、遂に貨物船は沈没するわけですが、海に投げ出されたパイが海中に沈んでいく貨物船を目撃するシーンはCGと判っていても凄かったです。3Dの効果もよく感じられました(音響も見事ですし)。
 本作がジェームズ・キャメロン絶賛の3D映画であると云うのも肯けます(船が沈没するシーンがあるからと云うわけでもないのでしょうが)。本作は3Dで観た方がよろしいのではないかと思いマス(少なくとも一回くらいは)。

 ところで、ストーリーの詳細を知らないまま観ておりましたので、ここから先は「少年がトラと漂流する」のだろうと思っていたら、他にも動物が沢山出てきたので、ちょっと意表を突かれました。
 本作は冒頭から色々な動物が登場しております。出航の際にも、動物園の動物を一式、船に積み込んでいたわけですし、遭難する前の船倉の様子でも色々動物が映っておりました。
 そして船が沈没する直前は、船倉から逃げ出した動物がやたらと画面を横切っていったので、トラの他にも救命ボートに乗っているものがいても不思議ではない。
 結果的に少年とトラだけになるにせよ、当所はシマウマ、ハイエナ、オランウータンも救命ボートに乗っております。

 助かったとは云え、草食動物と肉食動物を小さなボートに詰め込んで漂流させてどうなるかと云えば、結果は見えておりますわな。
 しかも最初からシマウマは脚を怪我して立てない状態なので、先が長そうにないとは察しがつきます。案の定、数日を経ないうちにシマウマは弱り、抵抗できなくなり、ハイエナの餌食になる。トラではなくて、ハイエナに喰われるのがちょっと意外でした。
 実は、漂流し始めの頃はトラよりもハイエナの方が脅威だったりします。あの独特の笑っているような声で襲いかかってくる場面はかなり怖い。

 救命ボートの構造がなかなか考えられていて、半分が防水シートに覆われており、動物が登ってこられないつくりになっている。これがなければパイ少年も長くは保たなかったでしょう。
 それにしてもシート一枚隔てた足下にトラがいると云うのもイヤですねえ。
 次にハイエナはオランウータンにも襲いかかる。健闘虚しくオランウータンもやられてしまうが、そのハイエナも突如として襲いかかったベンガルトラにかみ殺される。
 本作に於けるトラは全てCGであるそうですが、その動きといい、毛並みの表現といい、見事なものです。実に迫力があります。

 いよいよここから少年とトラだけに。
 もはや他にエサになるものがないので、絶体絶命であるわけですが、色々と策を講じながらサバイバルするアイデアが秀逸でした。
 ボート内の備品として備え付けてあった救命胴衣や、オールをロープでしばって、即席のイカダを作るのが巧いです。イカダとボートはロープで繋がっているので、何やら母屋をトラに占拠されて離れに退避している図のようです。

 非常食をボートに取りに行く前にボートを揺らしてトラを船酔い状態にしたり、救命胴衣についていた笛の音で条件反射を起こすよう調教していくなど、決死のサバイバルが描かれます。実にスリリングです。
 でも、本当にそんなに巧く条件反射を仕込んだり、調教したり出来るのかと、かなり半信半疑ではありました。
 実は本作の漂流シーンにはところどころ妙な部分があります。意図的に穴を開けているのだと云うのが後になって判る仕掛けです。この伏線にはちょっと唸ってしまいました。

 トラと漂流しながら出会う大自然の驚異が本作の見どころでしょう。
 海の美しさと怖ろしさがこれでもかと描かれておりまして、これが大変素晴らしいデス。本作が美術部門でもアカデミー賞にノミネートされているのも当然です。
 中でも凪いだ海の鏡のような水面がいい。空が海に映って境界が判らなくなるのですが、昼間は雲が海面に映り、夜は星空が映る。
 真上からボートを捉えたショットでは、船底の下をクジラを始め、様々な魚が泳いでいくのですが、これが星空を泳いでいくように見受けられ、実にファンタスティックでありました(無論、これもCGね)。
 個人的にはCGのクジラより、CGのダイオウイカが登場してくれたのが嬉しかったです。

 ファンタスティックなのは、終盤で立ち寄る「ミーアキャットだらけの不思議な浮島」もそう。
 リアルな漂流記のようでいて、ところどころ奇想天外なエピソードが挿入される。ここは『船乗りシンドバットの冒険』ような、古典的な海洋冒険もののエピソードを見る思いでした。
 一体全体、こんなエピソードが必要なのかしらと首を傾げるのですが、この意味はラストで明らかになります。

 遂にトラも衰弱し、自らも死を覚悟した頃になって、ボートはメキシコの海岸に漂着。パイが救助される前にトラは森の中に姿を消し、救助されたパイは一命を取り留める。
 沈没した貨物船が日本のものであるので、入院中に日本の保険会社の調査員が二人、事情聴取にやって来る(日系の俳優さんらしく日本語がカタコトだったのが残念)。
 当然のことながら、調査員はパイの話を信じない。
 「動物の出てこない話を」と請われてパイが話すもうひとつの漂流記……。

 人間にはファンタジーが必要なのだと痛感しました(特に現実が過酷である場合には尚のこと)。どおりで所々、穴があるように感じられたわけです。
 でも、「トラが出てくる話」と「出てこない話」の、どちらを信じますか──と訊かれたら……。
 そりゃもう、トラが出てくる方がいいに決まってます。
 ええもう。私も断然、トラを支持しますよ。トラに膝枕しても全然OKですッ。
 「物語の力」の凄さを改めて感じました。

● 追記
 二月二五日に第85回アカデミー賞の受賞が発表されました。
 残念ながら作品賞受賞作は『アルゴ』となり、本作は受賞を逸してしまいました。しかしアン・リー監督は監督賞は受賞です。
 他にも本作は視覚効果賞、撮影賞、作曲賞を受賞しました。でも主題歌賞は『007 スカイフォール』かぁ(それもやむを得ないですかねぇ)。


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