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2013年1月30日水曜日

アルバート氏の人生

(Albert Nobbs)

 昨年のアカデミー賞(2012年・第84回)に於いて三部門にノミネートされた作品をやっと観ることが出来ました(もっと早く公開してくれぬものか)。
 なるほどグレン・クローズが主演女優賞にノミネートされるわけだと納得いたしました。他にジャネット・マクティアが助演女優賞、メイクアップ賞にもノミネートされました。女優絡みの賞ばかりになるのも宜なるかな。
 グレン・クローズも、ジャネット・マクティアも共に素晴らしかったです。

 残念ながら、主演女優賞は『マーガレット・サッチャー/鉄の女の涙』のメリル・ストリープに持って行かれ(メイクアップ賞も)、助演女優賞は『ヘルプ/心がつなぐストーリー』のオクタヴィア・スペンサーでしたが、どちらも僅差であったような気がします。
 個人的にはメリル・ストリープよりもグレン・クローズの方が、難しい演技をこなしていたように見受けられるのですが。でも題材が地味でしょうか。やっぱり元英国首相の半生を描く方がアピールするんですかねえ。

 本作は演技派女優グレン・クローズ入魂の逸品です。
 三〇年前に同名の舞台劇で同じ役を演じて以来、いつか必ず映画化するのだと誓って幾星霜。遂に実現したという執念の賜物ですよ。
 もう製作・脚本・主演・主題歌作詞までこなしている(脚本は共同脚色ですが)。
 その上、ロケハンも自ら行い、監督の指名も配役も自ら行うほどの気合いの入れっぷりだそうで、そこまで入れ込めるとは大したものです。

 グレン・クローズから監督に指名されたのがロドリゴ・ガルシア監督。個人的にはナオミ・ワッツ主演の『愛する人』(2010年)が忘れ難いです。本作もまたそれに並ぶ傑作でありましょう。
 「女性を描く」ことにかけては右に出る者がいないと称される腕前は、本作でも冴え渡っております。
 でもそう考えていくと、アン・ハサウェイ主演の『パッセンジャーズ』(2008年)はなんであんなだったのか理解できませぬ(忘れたいのにアン・ハサウェイだから忘れられない……)。

 共演となる俳優達もグレン・クローズの眼鏡にかなう人達ばかり。
 助演のジャネット・マクティアを筆頭に、ミア・ワシコウスカ、アーロン・ジョンソン、ブレンダン・グリーソン等々。
 ミアはもう『アリス・イン・ワンダーランド』(2010年)の可愛い女優だけではなくなりましたですね。『キッズ・オールライト』(同年)や『永遠の僕たち』(2011年)といったミニシアター系な文芸作品への出演が増えております。『ジェーン・エア』(同年)もか。
 アーロン・ジョンソンは『キック・アス』(2010年)が一番印象的でしたが(内容が強烈でしたし)、随分と大人になった感じがしました。『アンナ・カレーニナ』(2012年)の公開も控えているし、もうアホな映画には出演できないのかなあ──と思っていたら『キック・アス2』(2013年)には出るのか。素晴らしいぞ、アーロン。

 本作はアイルランド映画です。何となくイギリス映画であるような感じがしておりましたが──金銭の単位も「ポンド」や「シリング」でしたし──、やはり似て異なるモノですね。
 製作に当たっては当時のダブリンの言語や風俗に相当、気を遣っており、時代考証も怠りなく、その再現度は半端ではない……らしいのですが、いかに俳優の皆さんが頑張ってアイルランド訛りで台詞を喋っていても、字幕を追うだけで精一杯な私にはよく判りませんでした(汗)。
 とは云え、やたらと登場人物が「アメリカに渡りたい」とか、「アメリカに移民できれば人生を変えられる」と夢と希望を抱いている描写があって、なるほどそのあたりは一九世紀のアイルランドなのかと納得した次第デス。

 しかし本作鑑賞前に余計な予備知識を入れ過ぎてしまったかと思わぬでもありません。
 もうグレン・クローズがアカデミー賞主演女優賞にノミネートされた段階で、ストーリーについてはよく知らないまま、「主人公はグレン・クローズが男装しているのである」とだけは知ってしまいましたからね。
 だからファースト・シーンから、そのメイクアップについて「おお、見事じゃ」と思いこそすれ、「え。女だったの」なんて衝撃はありませんです。大抵の人はそうか。
 アカデミー賞やグレン・クローズについて一切、知らない人が本作を観たときのインパクトってどんなものなのか、是非知りたいものです(いや、それほどに見事なメイクなんですよ)。

 物語の舞台が一九世紀ダブリンのホテルでありますので、当然のことに女性従業員達の服装はアレです。そう、メイド服。しかもリアル。
 「おお、メイドじゃメイドじゃ」とある種のマニアには喜ばれるのでしょうか。でもミニスカじゃないです(当然ね)。森薫のコミックス『エマ』(エンターブレイン)のファンには喜ばれるのかしら。
 ミア・ワシコウスカのメイド服姿が拝めるだけでも本作は一見の価値あり(げふんげふん)。

 グレン・クローズは、ここではアルバート・ノッブスと名乗り、男性給仕として働いている女性の役です。男性従業員達の服装は当然のことに完璧な執事服ですねえ(いや、そういうのを楽しむ映画じゃないか)。
 アルバート氏の夢はいつか独立して自分の店舗を構えること。こつこつとチップを貯め、目標金額まで後一歩のところまで近づいている。
 ある日、このホテルを一部改装することになり、塗装屋ヒューバート(ジャネット・マクティア)が呼ばれるが、作業期間中はアルバート氏の部屋に宿泊することになる。
 当然の成り行きとして、秘密がヒューバートにバレてしまうが、ヒューバートもまた性別を偽って生きる女性であった。

 グレン・クローズの男装も見事ですが、実はジャネット・マクティアの男装の方が更に素晴らしいです。
 グレン・クローズの場合は「外見は男性でも、中の人は女性」という演技なのですが、ジャネット・マクティアの方はもう、外見のみならず内面まで野郎になり切っているのがお見事デス。気っぷも良いし、実に男前です。

 自分の同類がいたことに驚きを隠せないアルバート氏。しかもヒューバートは世間を偽る為に結婚までしていた。
 当然、妻になる女性とも秘密を共有しているわけで、今まで考えてもみなかった可能性があったことに気付かされるアルバート氏。
 これが良いことだったのかどうかはビミョーなところですねえ。なまじ成功例を見てしまったので、自分にもそれが可能であると云うドリームに取り憑かれてしまったように見受けられます。
 結果、自分にもパートナーが欲しい、それには同僚のミア・ワシコウスカが最適だ、などと云う思い込みに発展していくわけで、劇中で何度も炸裂する妄想が可笑しくも哀しいです。

 実はアルバート氏は相当に思い込みが激しい性格だったようで、ミアに秘密を打ち明ける前から「結婚を前提としたお付き合い」とか「結婚の準備」まで始めてしまう。一、二回デートしただけで、あまりにも短絡的な。
 分別がないと云われても仕方ない。長年、秘密を守り通してきたのだから、もっと賢いと云うか慎重な人だと思っていたのですが……。
 あまりにもアルバート氏が愚かな妄想に囚われているのが意外でした。
 ある意味、世間知らずなのか。
 他人とのキスやハグも初めてなのに、その一方で結婚を口走る。自分の都合を最優先に計画を立てていくアルバート氏の姿は実にイタい。いい歳してナニしてるのか。

 しかし逆に云うと、その歳になるまで世間的な楽しみも、常識を備える為の経験もまるでなかったと云うことになり、相当の年月を虚しく過ごしていたことが察せられます。
 グレン・クローズがアルバート氏役を舞台で演じた年齢では、アルバート氏もまだ「若い男性」であり、世間知らずでもやむを得ない感じがしますが、三〇年経って同じ役を演じたときには、加算される年齢分だけアルバート氏の「止まっていた時間」が長くなり、時の流れの残酷さが一層強調されているのが印象的でした。

 唯一、救いとなるのはアルバート氏がヒューバートの家を訪問するくだりです。
 ヒューバートの奥さんが仕立てたドレスを、二人で着て散歩に出かけるという珍妙な場面がありまして、これが妙に可笑しい。男装していた女性が普通にドレスを着るのだから問題ない筈なのに、まったくもって不自然に感じられる。このときのグレン・クローズとジャネット・マクティアの演技が見事すぎます。
 もう歩き方からしてヘンです。如何に長い年月、女性であることを隠してきたかと云うことが察せられる、可笑しくも哀しい場面でした。
 ひとときだけ、しがらみから解放されて砂浜を走るグレン・クローズの表情が、本作で感じられる僅かな救いでしょうか。
 とは云え、「自分自身に正直に生きろ」とアドバイスされますが、それでアルバート氏の中二病的計画が止まるわけではない(むしろ加速したような。勘違いしちゃったのかなぁ)。

 本作ではアルバート氏のみならず、登場人物は皆、多かれ少なかれ自分勝手です。そうでないと生きていけない時代だったのか。
 ミアは罪悪感を抱きつつも、アルバート氏に貢がせ、それをまた不実な恋人であるアーロンに貢いでいる。アーロンもまた、ミアと付き合いながら、彼女を妊娠させてしまったと知った途端に捨ててしまおうとする。
 この中では、アーロンが一番身勝手ですかね。しかしそれも故無きことではないと云う風に描かれ、その言動も理解できなくはない(しかし不実は不実だ)。
 結果、グダグダな痴話喧嘩に発展し、はずみで起きた事故により、実に不幸な結末を迎えます。なんとも後味の悪い。

 原作自体が一九世紀に書かれた小説であるので、こんな悲劇的な結末になってしまうのでしょうか。あまりと云えばあまりな感じがいたしました。
 ほんのちょっと救いを感じるラストシーンに、少しは安堵いたしますが、もう少しハッピーに改変してもらいたかったと思ってしまうのは、私がハリウッドの悪しき傾向に毒されているからか。
 グレン・クローズが作詞した主題歌 "Lay Your Head Down" がラストに流れます。静かでなかなかいい曲だと思うのデスが、歌詞に字幕が付けられていなかった点も、ちょっと残念なところでした。




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